2018年5月25日金曜日

平成三十年 春興帖 第六(木村オサム・渡邉美保・内村恭子・真矢ひろみ・前北かおる)



木村オサム
三猿のでんぐり返る春の泥
形代を透かして見やる春日かな
家政婦がとある女雛に耳打ちす
夜桜やパジャマのままでコンビニへ
真夜中に遇ふ三匹の孕み猫


渡邉美保
花曇うつぼかづらを吊り怠惰
うつぼかづらに誘われてゐる花の昼
臨界とは浦島草の裏表


内村恭子
応接間いつもひんやり風光る
春浅しレースのカバー長椅子に
アップライトピアノに少し春の塵
春宵の硝子の煙草盆光り
朧夜や百科事典の並ぶ棚


真矢ひろみ
空豆を炒る素粒子にスピンあり
落花止まず翳らしきもの魂らしき
副作用とは青饅の舌ざわり
シャボン玉短詩はアイデア勝負なの
春灯ちゃぶ台返しを躊躇わず


前北かおる(夏潮)
囀や目覚めの遅き木を仰ぎ
はすつぱにつつじの花のひらきけり
桜餅みやげ話を朗らかに

2018年5月18日金曜日

平成三十年 春興帖 第五(林雅樹・ふけとしこ・小沢麻結・飯田冬眞 )



林雅樹
飛び降りて涅槃で待つや沖雅也
春浅し塩素の匂ひしてキッチン
雛の間に翁媼と来て交る
踏青や俳人どもは屁で会話
臓物のバケツに光る日永かな


ふけとしこ
草の芽や大道芸の輪の飛んで
ベーコンとマッシュルームと春愁と
保養所といふも廃墟に松の芯


小沢麻結
春立つや林道へギア切り換へて
ぶらんこを離れぶらんこもう忘れ
チューリップ心開くにまだ少し


飯田冬眞
末黒野や風のかたちに焼け残る
焼野原大股で逝く兜太かな
去る者は去りささやかな土筆かな
振り向けば影のほかなき遅日かな
春雷や神の戻らぬ井戸を掘る

2018年5月11日金曜日

平成三十年 春興帖 第四(堀本吟・小林かんな・神谷波・望月士郎)



堀本吟
  * 猫が来た
新入りはあいさつ知らん猫柳
らんぼうに猫をあつかうクローバー
ゆったりと芥に従いて花筏
  * 下界の事情
忖度をいっぱい埋めてお安い御用
荒れもようたまらんたまらんぺんぺん草


小林かんな
蛸地蔵駅が最寄や花の城
築城の謂れは知らず花筏
歴代の具足六体陽炎る
甲冑の着用図解昼の虻
会場費にがっちょ合算風光る


神谷波
名を知らぬ人と話の弾む春
エイプリルフールの空の瑞々し
あの人もこの人もマスク西行忌


望月士郎
海市消え寄せては返す哺乳瓶
病棟に夜の触角さくらざい
老人に初めてなってみて栄螺
弟のような妻いて春の鼻
霾るや手相に知らない町の地図
春の虹コップを重ねたら斜塔
旅は風音ときおり蝶のかすり傷

2018年5月4日金曜日

平成三十年 春興帖 第三(仲寒蟬・曾根毅・夏木久・坂間恒子)



仲寒蟬
海市にまだランプ磨きといふ仕事
かの世まで川向かうまで花菜畑
妻とちがふ時間を生きて朝寝かな
鶯餅やつぱり膝を汚しけり
鳥雲に入るや知恵の輪外れたる
春月や今産まれたるごとく島
結婚指輪抜けなくなりぬ春の風邪


曾根 毅
飛花落花抜けて眼鏡のつる固し
寄居虫の見えなくなりし男根期
出囃子のひとりは霞かも知れず


夏木久
観劇や間隙へ花迷ひ込み
鼻かめば話外され花ふぶく
鳥のゐる部屋を叩けり魚の貌
設計図の2階の部屋より花水木
灯は消せど出るに出られず今日の部屋
りんかくをしみじみけせるしじみじる
そこそこに底に響けるさようなら


坂間恒子
花冷えの二十四階からおりる
白蝶の壊れつつくる真正面
ひとひらのさくら冷たき捨て鏡
揚げ雲雀花束川に捨ててある
転生の夏鹿眼そらしけり