2018年6月29日金曜日

平成三十年 花鳥篇 第二( 椿屋実梛・夏木久・杉山久子・小沢麻結)



椿屋実梛
春まけてバーカウンターに一人ゐる
龍天へとほくの空にヘリの音
桜前線どこの桜を観にいくか
教会の桜明るき日曜日
残業のあとかろやかに夜桜へ


夏木久
九電の灯は煌煌と五月闇
空蝉を覗いてみたが警備員
写生の手は休み休みに花は葉に
精一杯火を吹き消す涙のバースデイ
形程よく恥毛剃られり夏の巴里
水中花愛に言葉は不要かな
10ルクス程に記憶を初蛍


杉山久子
黙示録記されしのち蠅生まる
早苗田となるしろがねの雲宿し
黒南風や蜷局巻きては解きては


小沢麻結
永遠の若さは呪ひ薔薇廻らせ
萵苣刈りぬ乳迸る先へ先へ
裏山の緑蔭秘密基地として

2018年6月22日金曜日

平成三十年 花鳥篇 第一(仙田洋子・辻村麻乃・松下カロ・曾根 毅)



仙田洋子
春闌けて絶滅近き鳥けもの
春愁や目覚めてもホモ・サピエンス
花は葉に昭和遠のくばかりかな
武蔵野の浮巣に座りたくなりぬ
鵜の眼死者悼むごとぼんやりと
どくだみのびつしりよもつひらさかは
音もなく三途の川のあめんばう


辻村麻乃
一斉にダムに飛び立つ夏燕
蛇苺摘みて少女のいなくなり
降る前の空の暗さよ草いきれ
辞儀する牡丹の下の牡丹かな
お向かひのマダムの窓のゼラニューム
空豆が一粒置かれし母の部屋
羽ばたきて揚羽溺れてゐたりけり


松下カロ
たんぽぽを吹いて平気で嘘をつく
卒然と箱庭の川途切れけり
あぢさゐの刺青は乳房におよび


曾根 毅
澄みきっている春水の傷口めく
一瞬の蝶の曳きたる無重力
山の端に髪を束ねし水遊び

2018年6月15日金曜日

平成三十年 春興帖 第九(網野月を・水岩 瞳・青木百舌鳥・佐藤りえ・筑紫磐井)



網野月を
雪という娘がいて春の日を迎う
ぶらんこに坐す老残の目の濡れて
料亭の昼行灯や春告鳥
目借時拾ってしまう捨て台詞
平成に最後の昭和の日なるか
尾を右へ振れば右向く稚鮎かな
リビングに自分空間こどもの日


水岩 瞳
テスト終はつたあ!イェ~イ立春
不合格合格なべて春疾風
文集に君の文字なく卒業す
無人駅春天に日も月もゐて
コンクリの溝はいつしか花筏


青木百舌鳥(夏潮)
はやり目に罹りをれるも花の後
樹々若葉してきらきらと名を得たる
ながらみといかものぐひの目が合ひぬ
虻に生れ蠅に生れて並び居る


佐藤りえ
仮想敵打ち据ゑ猫の仔の停止
ポンヌフは新しい橋鳥曇
檻に春来て唐獅子の眞居眠り
遅桜御息所をねむらせよ


筑紫磐井
割れるまで蝌蚪の大団円の塊
山独活の般若波羅蜜より苦し
春疾風煙の上がる国境
保守党が負けても村はうららかに
友情を引きかへにして恋うらら
卒業式みな親指のよく動く

2018年6月8日金曜日

平成三十年 春興帖 第八(岸本尚毅・辻村麻乃・山本敏倖・加藤知子・下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子)



岸本尚毅
春寒やあたたかさうに花屋あり
お彼岸のお稲荷様や人遊ぶ
墓の辺や藤ははげしく虫を寄せ
毛深くて蜂と思へぬつらがまえ
やどかりや絶壁に汝死ぬなかれ
母と子と春の日暮の砂あそび
衣笠にすこし涙やチユーリツプ


辻村麻乃
シャッターを押せば鶯鳴きにけり
初鳴きや父の奥津城ふんはりす
わたくしを休業したる春の風邪
赤き眼に包囲されゐて花万朶
風光る大黒様の腹の皺
村中の鯉のぼり今飛ばんとす
戻り橋手招きしてゐる花蘇芳


山本敏倖(豈・山河)
囀りや古いからくり時計ぱろ
パッカーションお国訛りの木の芽かな
奥へ奥へ麒麟の影を曳く霞
麦踏んで大地の神を目覚めさす
オートロックする単線の逃げ水


加藤知子
水仙の水は古地図に浸み渡り
チューリップのチューの相手は機密保護
木瓜咲くや尊きものは死んでいく


下坂速穂(「クンツァイト」「秀」)
ひらきたる窓の上に窓鳥帰る
風光る水底に棲むものたちへ
うつくしき日本の旗と甘茶仏


岬光世(「クンツァイト」「翡翠」)
粗忽なる膝かしこまる桜餅
流れありときに蛙のこゑとして
堆き三十年や春の坂


依光正樹(「クンツァイト」主宰)
たんぽぽの中に私が咲いてゐる
春灯や館を守る紺絣
妓をやめて店を持ちたる花蘇芳
春の海に面テ上げたる女かな


依光陽子(「クンツァイト」)
風光る空貝より汐溢れ
掌に乾ける貝や鳥ぐもり
鼓草踏んでか黒きかもめかな
黄の花と蝶をちりばめ野となりぬ

2018年6月1日金曜日

平成三十年 春興帖 第七(近江文代・渕上信子・花尻万博・浅沼 璞・五島高資)



近江文代
くちびるを薄くレタスを裂いている
遠く来て磯巾着の縞模様
遺影とは三色菫咲くところ
片方の足組んでいる藤の昼
発音の途中浅蜊の口開く


渕上信子
連翹よりも山吹の濃し
百千鳥花殻摘に倦み
花過の月細りゆく日々
もやしの髭根とる夫に蝶
昭和の日安楽死の話
夕ひばり黒点となるまで
春をかなしむ家持のごと


花尻万博
桜貝いちいち波に応へ照る
浸す足持たぬ仏に水温む
何もかも子らに任せる桜烏賊
牛の声鬼の声草摘みにけり
花疲見ている沖の光かな


浅沼璞
時の門ぬければ石だたみ芽吹く
実朝の石の烏帽子の風光る
看板に春雨 東京流れ者


五島高資
沈みたる島と繋がる磯焚火
永日や手のひらに手のひらを置く
方丈の岩屋に空や雪解水
雛の間や川は夕べへ流れけり
右大臣の烏帽子を直す雛の朝
蹲へば雲母さざめく正御影供