2018年10月26日金曜日

平成三十年 秋興帖 第一(松下カロ・仙田洋子・杉山久子・岸本尚毅)



松下カロ
身体へ戻つて行つた秋の海月
遠紅葉 絹のシーツに頬ふれて
ゐのこづち背中につけて帰しけり


仙田洋子
ぎんなんの臭ひいきなり小石川
秋の草足入れて足濡らしをり
どこまでも続く塀なり秋曇
秋の蝶眠るごと翅閉ぢにけり
秋の蝶翅を閉ぢては傾きぬ
秋陰やヒマラヤ杉にもたれゐて
けら鳴くや月命日のまた来たる


杉山久子
玉子ゆがいて台風の目は愉し
スナック道草西日射し放題
満ちてゆく月の水音に耳すます


岸本尚毅
薄明は薄暮に似たり葛嵐
土色の無数の飛蝗壁を這ひ
口論か劇の稽古か秋の暮
長き柄に八手の葉あり秋の暮
草の花健康ランド廃屋に
夢の如野菊あつたりなかつたり
空ずつと続くが見ゆる秋の風

2018年10月19日金曜日

平成三十年 夏興帖 第十(望月士郎・五島高資・佐藤りえ・筑紫磐井)



望月士郎
蛍をつまむ指先から弥勒
棺を運ぶ内の一人は蟹を見る
金銭感覚サボテンの花咲いた
空蝉をつまむ異郷につままれる
死後のこと背泳で見た昼の月
描かれてヨットは白い過去となる
写真みなやさしい死体砂日傘


五島高資
岩肌の流れ出してや夏の蝶
年輪に墓碑に出水の刻まるる
滝壺に掬ひて仰ぐ朝日かな
河と川出会ひて滾つ青楓
日は海に面影の立つ出水かな


佐藤りえ
飴ちやんが貰へる賽の河原なら
欲望に服を着せても透けてゐる
膃肭臍蛸擲てる土用波
一艘の小舟を待ちて一輪廻
三姉妹仲良いこともメモつとこ


筑紫磐井
雷鳴豪雨おほへる楷の大樹かな
三越や昔ありにし花氷
七時より開演夏のスタアたち

2018年10月12日金曜日

平成三十年 夏興帖 第九(中村猛虎・仲寒蟬・ふけとしこ・水岩瞳・花尻万博)



中村猛虎
子宮摘出かざぐるまは回らない
星涼し臓器は左右非対称
ビックバン宇宙が紫陽花だった頃
初盆や萬年筆の重くなる
早逝の残像として熱帯魚
亡き人の香水廃番となりぬ
古団扇定年の日のふぐり垂れ


仲寒蟬
立てばすぐ谷底見えて簟
えごの花体育館に風通す
払つても払つてもまた火取虫
一本の滝白雲をつらぬきぬ
滴りに押され滴り落ちにけり
不審車に不審者が乗る日の盛
柘榴咲く多産の村の洗濯場


ふけとしこ
飛石へ足置くときを糸とんぼ
水亭に人影白きさるすべり
夏の月くさかんむりを戦がせて


水岩瞳
八月や残したものは絵一枚
風死せり絵筆の声を今に聴く
涼風のオール沖縄のこころかな
ただ灼けて有刺鉄線続きをり
忘れたらかはいさうやさ夏の丘


花尻万博
木の国やどの青蔦も町を出て
さよならの縁(えにし)集まる茂かな
すすり泣くくちなはとして頂きぬ
一等星届かぬ距離の海月なり
街眩し少女らは立葵ほど
青簾水消ゆるまで揺れるかな

2018年10月5日金曜日

平成三十年 夏興帖 第八(小沢麻結・椿屋実梛・林雅樹・池田澄子・浅沼 璞)



小沢麻結
鰻重待つ仕事鞄を傍らに
南風微睡みてなほ日は高き
三四郎こゝろ読み継ぐ日焼して


椿屋実梛
座禅後の脚のしびれやばつたんこ
十薬はいつも寂びたる闇背負ふ
妖精が扇をひらき合歓の花
陰に咲き夕日のちから花岩菲


林雅樹(澤)
空蝉を集めてひとり遊びかな
窓枠を担ひ人行く西日中
江戸つ子の意気ぞ蚯蚓の踊り食ひ
啄木忌書庫の机の灯せる
新緑の樹海に入りて戻らざる


池田澄子
暑し「硫黄島」をGoogleで検索中
風鈴の窓や開けたり細めたり
水饅頭亡き先生を自慢して
幸せそう苧殻の中に居る煙
寝たあとの耳を慕いてアナタは蚊


浅沼 璞
畳の目こすりこすりて青大将
寝返りのSの字蛇とふれてゐる
雑草の蛇をすすつてゐるところ