2019年12月27日金曜日

令和元年 冬興帖 第一(曾根 毅・小沢麻結・渕上信子・松下カロ・山本敏倖)



曾根 毅
瓦礫より赤い毛布を掴み出す
裸木が想像力を突き抜けて
腸に黒きを宿し破蓮


小沢麻結
ボージョレヌーヴォー鶏焼き加減覗きつつ
裏表紙の絵柄不可思議日記買ふ
狐火を見て一睡もなき夜明け


渕上信子
翁近づく落葉掃きつつ
火事だ!ケンポーポーの辺りだ!
聖樹は小さしアルト豊かに
寒紅も売るヨドバシカメラ
冬薔薇の棘かくも逞し
寒鯉らしくあまり動くな
手毬唄戦争あけらぽん


松下カロ
白鳥の一羽戻らぬことを言ふ
片腕を映すばかりの白障子
息白くグランドピアノ運ばるる


山本敏倖
彼の枯野をノアールにする火刑
耳かきにふくろうの水深がかかる
万葉仮名のキメラを遊び返り花
マスクして出刃包丁に日をあてる
絹石鹸の空をくすぐる冬紅葉

令和元年 夏興帖 第八/秋興帖 第六(早瀬恵子・佐藤りえ・筑紫磐井・青木百舌鳥・岸本尚毅・田中葉月・堀本吟・飯田冬眞・花尻万博・望月士郎・中西夕紀)


【夏興帖】

早瀬恵子
薩摩殿しおからき夢のなか
吟行の友あり切株は海星形
七色の直球でくる削り


佐藤りえ
蟇鳴いて眉間を揉んでゐるところ
クロールの抜き手に爪の朱の夏よ
花栗に日暮れて廻る風車


筑紫磐井
一人では行くなと葛の山揺るる
汗垂らす昨日のシンポジウムの敵
滴りて相馬先生の山河かな
日本一まづい蕎麦屋に端居する


【秋興帖】
青木百舌鳥(夏潮)
立秋の雲の高さを駅頭に
白き家二棟建ちたる秋の風
蟷螂を仏のごとく掌に
西五百キロに颱風田のうねる
稲刈りて浅間の風の寒からず


岸本尚毅
白つぽき残暑の扇買ひにけり
盆花のマーガレツトは田舎めき
出し投げを二たび三たびよき相撲
八つ頭京の着だふれあほらしや
窓に壁に秋風淋しレモネード
ぐにやぐにやと月へ歩いてゆく男
ひとすぢの砧の罅の柄に及ぶ


田中葉月
生まれたての水の匂ひを天の川
秋蛍となりの部屋にいたなんて
さまざまなもの駆けぬける秋桜
ペースメーカー星河の岸を歩いてる
悪相な月光もあり石の上
虫の闇だまつていたら溺れるわ


堀本吟
    森
柵閉ざし紅葉けんらん汚染地区
おめかずらにこし甘たし種つつむ
虫すだく闇の弾力量りつつ
息ぐるし森のきのこの木をまたぐ
風に愛あるか鬼の子抱きあやし


飯田冬眞
妖怪門抜ければ秋の塔ひとつ
触角のかけらをもらふ十三夜
木犀や香りの舌の伸びてきし
台風の目の中にゐるもぐら塚
神あまた名を持ち給ひ大根蒔く
この村に消されし名あり秋祭
鷹柱岬の雲を手繰り寄せ


花尻万博
強引な星月夜まだ生きてる母よ
星月夜知らぬ存ぜぬ客船は
蓑虫の垂れて供養の光る午後
終はりなき稲光国の気配する
色鳥を追はぬ金色の手前かな
なにかしらかくすてのひらあおりんごも


望月士郎
桃は桃に触れて間にある鏡
架空の町の地図描くあそび秋の蝶
うつくしく秋刀魚の骨に叱られる
硝子のキリン貰った記憶月の駅
卵生の眠りや夜の鱗雲


中西夕紀
わが猫に通ひどころや牛膝
北斎も来しこの町の栗おこは
松茸にあらねど松の茸かな
ひと呑みの蛙を忘れ穴惑ひ
名を忘れれば先生と呼び芋煮会

2019年12月20日金曜日

令和元年 夏興帖 第七(真矢ひろみ・竹岡一郎・前北かおる・小沢麻結・下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子・水岩瞳)



真矢ひろみ
若衆の手弱女ぶりぬ五月闇
余花対ふ非在の空を如何にせむ
海の日の海のにほひはふゐにたつ
意味問わず意味を嗤ひぬ蟻地獄
空事や空蝉何ぞ華やげる


竹岡一郎
「良いひとなのに」手花火落とし「悪い酒」
蘭鋳を鉢いつぱいに太らせよ
翡翠りをり黒姫の草いきれ
蜂の巣へ掛けし炎や夜を泳ぐ
鉄火の夜南溟巡る玳瑁たいまい
大くらげ澪に紛れてつき来たる
尖る体にビキニ「なに見てんのよ」


前北かおる(夏潮)
お揃ひの光るカチューシャかき氷
熱帯夜フランクフルト焼きまくる
消火器と如雨露と蜘蛛とマンホール


小沢麻結
雨を聴くための庵の実梅かな
錯覚は恋のはじまりソーダ水
シャンデリア涼し講習会眠し


下坂速穂
木に触れて人思ひ出す南風
その先も径あるやうに著莪の花
晴れてたのし降つてうれしき簾かな


岬光世
睨むほかなき目が一つ灸花
凌霄の昏きへ坂を下りつつ
人待ちの脚を見遣りて夏の蝶


依光正樹
碧い風菖蒲の上を流れ出す
絵日傘の絵にこのごろを振り返り
傘内に青鬼灯を廻しけり
人の背に汗の染み出る古い寺


依光陽子
青梅に触れたき指やいまに触れむ
花に来しものを見てゐる日傘かな
涼しさの一篇を読み眼が澄んで
海の夏のインクを流しガラスペン


水岩瞳
初恋の記憶をよぎる金魚かな
黙契を確かめてゐる古扇
滝しぶき今が流れてゆきにけり

2019年12月13日金曜日

令和元年 夏興帖 第六(浅沼 璞・林雅樹・北川美美・青木百舌鳥・岸本尚毅・田中葉月・堀本 吟・花尻万博・井口時男・渡邉美保)



浅沼 璞
ねむたげなまなこ降りくる花あふち
ポットからそゝぐ父の日の無言
階段のぢつと動かぬ更衣
冷房のスカートは腰ほそくなる
日本の目鼻だちして欠き氷


林雅樹(澤)
池に浮く子供の靴や蝉しぐれ
うんこちよつと出ちやつた花火きれいだな
キューピーの波に漂ふ驟雨かな


北川美美
喧嘩するためのトマトを山積みに
血のごとくトマト煮詰めてゐるところ
赤赤とY子弔うトマトかな


青木百舌鳥(夏潮)
きらきらと化繊の綾や明易き
夏山や鍬つかふ音の乾びたる
日曜の会議へ歩く祭町
懐メロにグッピーの舞ふ喫茶室


岸本尚毅
笑ひをる顔の若あゆ新茶汲む
安物の水鉄砲のうすみどり
三才や回つてみせて素つ裸
避暑の人寒しと云うて犬を抱く
空蟬は雌日芝の葉を固く抱く
ラムネ飲む女とラムネ売る男
夏帽子振ればジブリの映画めく


田中葉月
美しき雨つれて来よ道をしへ
眠れないああ眠れない蟇蛙
禁断のくだものを食べはんざきに
ふあの雨音またずれてゐるバルコニー
蝉時雨こんなに軽い本音かな


堀本 吟
季のみだれ
季のみだれ四通八達蟻の旅
ねむの花金魚からまた金魚生れ
けもの道わけいっても雲の峰


花尻万博
問い掛けの途中昼寝始まり
守宮の尾疾走までは夢境
花茣蓙を阿保程敷いて病み直す
羽蟻に強き反芻ありにけり
陸の魚に潮近付けぬ朝は曇り


井口時男
沢水ひかりころがる百の青胡桃
火の文身水の文身都市雷雨
夏の夜をこれ天山の雪の酒
  *「楢山節考」のモデルの村で。三句
夕焼の早桶沢へ七曲り
晩夏晩景矍鑠として山畠
老農に志あり夏逝くも


渡邉美保
水音に誘われて入る木下闇
折紙のピアノ鳴りだす大西日
沼杉の気根膨らむ半夏雨

2019年12月6日金曜日

令和元年 夏興帖 第五/秋興帖 第五(山本敏倖・神谷 波・木村オサム・坂間恒子・浅沼 璞・林雅樹・北川美美・ふけとしこ)

夏興帖

山本敏倖
草木染め夏の銀河で濯ぎおり
透析の力を借りて濃紫陽花
箱眼鏡たましいの色見つけたり
万緑の遺骨のような乳母車
夜の秋明日には消える舟を編む


神谷 波
蝉の殻あつめて忘れ脱ぎ散らかし
館涼しそこのけそこのけ撞木鮫
いやらしいまで張り付いて汗のシャツ
イケメンに髪切つてもらひ青田風


木村オサム
真夜も目を開ける令和の羽抜鶏
翼竜の骨の曲線更衣
柩無き金魚のための平方根
仏蘭西語に男女の区別かたつむり
ぐにゃぐにゃの樹をまっすぐに蝉時雨


坂間恒子
炎天へ自己確認の手形押す
夕顔は源氏の扇にのっており
薔薇園のはてあり裸婦の横たわる


秋興帖

浅沼 璞
ネクタイをゆるめる首の夜長かな
むかれたる種なし葡萄ふるへたる
無理じひの握手よろしく鰯雲
頂上で絶え絶えの鯖雲ありき
両手なら飛べた空かも明治節


林雅樹(澤)
秋晴や尿もて崩す砂の城
山の端のアドバルーンや稲を干す
下痢すれば出づる涙や竈馬


北川美美
山に霧ワインセラーに石の門
虚子たぶんやはらかからむ秋の空
秋風や犬がよろこぶ牛の骨


ふけとしこ
秋天や鳶が掴みそこねし杭
台風が来る枳殻が棘磨く
蛇穴に入る窯番が菓子を割る
頬杖のをとこに松は色変へず
黄昏をくれなゐ帯びて鰯の目
菊の香やもう息をせぬ髭を剃り

2019年11月29日金曜日

令和元年 夏興帖 第四/秋興帖 第四(仙田洋子・小野裕三・松下カロ・仲寒蟬・神谷波・杉山久子・木村オサム・坂間恒子)

【夏興帖】
仙田洋子
りんりんとベル鳴りにけり夏旺ん
おとろへし女にたかる藪蚊かな
草むしるたびに小さき蟻の湧き
   沖縄 四句
太陽のどつとふくらむ暑さかな
恋疲れしてはプールの底を見る
酒漬けの飯匙倩かつと口ひらきけり
星空に溺るるごとしハンモック


小野裕三
夏の人体空を飛ぶのも仕事です
海見えて「海」と声上げバス暑し
貴石売られゆくを眺める端居かな
悪魔には尖った尻尾夏の雨


松下カロ
噴水の向うに他郷ありにけり
レース編むマリーアントワネットの髪で
ひまはりと影を重ねて抱き合ふ


仲寒蟬
そんな人簡単服で会ふほどの
超新星爆発優曇華そよぎけり
真向ひに髭面座るところてん
青嵐山の向かうを子は知らず
食ふものも食はるるものも泉へと
蠅叩大凡人といふ境地
コンビニに列をなしたる祭足袋


【秋興帖】
神谷波
朝顔や瓜坊兄弟回れ右
青瓢夕陽が夕陽らしくなる
しんがりをあひつとめます法師蝉
留守番に芭蕉のさやぐ軒端かな
いつもどほり隣家に明かり十六夜
哀願調猫の鳴き声釣瓶落とし


杉山久子
関取の躰へ伸びる無数の手
銀杏を踏みし肉球匂ひけり
ライバルの菊をまづ見る品評会


木村オサム
短命の家系かまきり仁王立ち
脇腹のぜい肉つまむ蚯蚓鳴く
電磁波をしばし忘れて虫時雨
天高しジャブは打ったらすぐ戻す
平和とは桃の産毛を思ふこと


坂間恒子
秋刀魚の骨きれいにはずす外科医かな
漁港の秋原稿用紙燃え上がる
銀木犀その奧疾走オートバイ

2019年11月22日金曜日

令和元年 花鳥篇追補・夏興帖 第三・秋興帖 第三(北川美美・椿屋実梛・曾根 毅・ 辻村麻乃・小野裕三・仲寒蟬・山本敏倖)


【花鳥篇】
北川美美
うぐいすをさかしまにきくあさねかな
鳥骨を組み立ててゐる日永かな
港区に古墳ありけり羊歯萌ゆる


【夏興帖】
椿屋実梛
夏立つや異国の青き水の瓶
夏風邪や味覚どうやらおかしくて
風薫る京友禅のポーチより
Tシャツが風に膨らむデッキかな
仲夏なり眠気を誘ふ法律書
サマーセーター歯の白すぎる男かな
鉛筆を返しそびれし美術展


曾根 毅
眦を研ぎ澄ましたりくちなわよ
戦艦の胴に触れたる夏休み
客観の一つは影や百日紅


辻村麻乃
あめんぼの動けば光動きたる
花ダリア一つ一つの虚空かな
蜘蛛の囲を掻き分けてゐる調律師
隠れ沼や藻海老背筋伸ばしをり
零余子剥く爪半月の父に似て


【秋興帖】
小野裕三
枝豆を悲劇のように盛りにけり
三面鏡にひそむ終戦記念の日
降りやんだ雨の形で黄鶺鴒
話聞かぬ耳を並べて茸喰う
十一月をひとりで渡る綱渡り


仲寒蟬
ひぐらしの周り時間の濃くうすく
一歩目に蝗十跳ぶ二歩目に百
爆弾を持ちたる蜻蛉ゐはせぬか
陋巷に淫祠を見たり後の月
幾たびも案山子に道を訊く老婆
鉱脈のかたちに並ぶ曼殊沙華
仏弟子像声なく哭きぬさはやかに


山本敏倖
おるがんの五臓六腑が見える秋
唐辛子尖り過ぎて臍曲げる
風呼んで弦楽器めく秋の蜘蛛
きりぎりすもう譜面には戻れない
菊枕この幕間は酸っぱい

2019年11月15日金曜日

令和元年 夏興帖 第二・秋興帖 第二(夏木久・山本敏倖・望月士郎・曾根 毅・辻村麻乃・仙田洋子)



【夏興帖】
夏木久
この坂は上りか下りかはイソップ
向日葵に黒子或ひは空似とも
間違ひは偶々月の無人駅
膨大な夜の片隅の腕枕
星月夜死後より椅子は徐に
明易し夢からの電話待つてゐて
裏窓をさも嬉しげに飛ぶドローン


山本敏倖
10Bの金釘文字の暑さかな
六月の通奏低音あるかでぃあ
古代史の律令に穴紙魚走る
油蝉稲荷の裏の古代杉
水打って記憶の路地と路地繫ぐ


望月士郎
毛虫焼くときもしずかな薬指
うす塩の空蝉カウチポテト族
黙祷のくびすじ夏蝶のつまさき
八月六日ふりむく街のみな双子
空席にハンカチのあり広島忌


【秋興帖】
曾根 毅
露けしや苦しまぎれに抱きたる
紙おむつ穿き替えてから秋刀魚焼く
慰めにあらず日暮れの木守柿


辻村麻乃
駅前が海になりたる台風禍
二代目は無口な店主貴船菊
鰯雲遠き街より暮れなずむ
山は我我は山なる野分あと
頭からがぶりと秋刀魚喰らひたる


仙田洋子
トス高く上がりし空を秋燕
飛べさうもなき字の重さ蟿螽は
こほろぎの雌こほろぎの雄を踏み
   明治神宮 四句
おほかたは莟のままの菊花展
菊花展もう飽きてゐる男の子
奉納の菊や明治の世を思ふ
奉納の懸崖菊の古びざる

2019年11月8日金曜日

令和元年 花鳥篇追補・夏興帖 第一・秋興帖 第一(坂間恒子・飯田冬眞・大井恒行)

●夏興帖・秋興帖
【花鳥篇】が長びいているうちにすっかり晩秋となりました。応急の措置として、【夏興帖】と【秋興帖】を合わせて掲載することにさせて頂きます。これからお送りいただく方は、【夏興帖】又は【秋興帖】と書いて(もちろん両方出していただいて結構です)お送りください。掲載も、(【花鳥篇追補】と)【夏興帖】・【秋興帖】を併行して掲載させていただきます。
今後の予定としては、12月には【冬興帖】も開始し、季節に追いつきたいと思います。
「俳句新空間」第12号には、令和元年中の句をすべて上げたいものと思っております。
よろしくご協力ください。


【花鳥篇追補】
坂間恒子
鬱の日のうつにプールの匂いする
コンパスは兵士の遺品藤は実に
剥製の雉子の見つめる祭壇座


【夏興帖】
飯田冬眞
竹の花うつろなる節かさね咲く
胸中に星座を蔵し鹿の子百合
蛇苺イヴに見つかる前に踏む
革命は老人のもの青林檎
老眼に翠巒のひだ迫りくる
器とは窮屈なもの水羊羹
脱いでなほリュックの痕の汗を負ひ


【秋興帖】
大井恒行
自画像の涙さあれが風の秋
「あゝ」と泣き「嗚呼」と叫べる鸚鵡かな
私年号に「福徳元年」秋めく多摩
水引の赤を結びて移る風
わがうしろうばわれやすき風の秋

2019年11月1日金曜日

令和元年 花鳥篇 第十一(望月士郎・花尻万博・中村猛虎・青木百舌鳥・佐藤りえ・筑紫磐井)



望月士郎
ガラス器に根の国みてる春夕べ
朧夜のやがてやさしい鰓呼吸
はつなつのとてもきれいな永久歯
病棟に白い汀が潮まねき
なめくじのために一行開けておく


花尻万博
さよならは手長蝦に返しけり
お祈りの列に続いて見る蛍
筍を授かる小雨聞こえている
木の国の干ぜんまいと飛びゆけり
落ち合ふといふは賑やか藤の花
一升瓶光り光りて鹿の子に


中村猛虎
だるまさんが転んだ空に飛花落花
多動児の重心にある向日葵
亡骸を洗うガンジス紅黄草
ああ言えばこう言い返す通草かな


青木百舌鳥(夏潮)
枝渡る子猿を見をり若葉風
軽トラの白の清らか茶山ゆく
鯉のぼり鰻のぼりに鮎のぼりも
田を植ゑてそれを撮るとて坂駆くる


佐藤りえ
のどけしと眉間を揉んでゐるところ
ドラゴンとコモドドラゴン相見て花
草嗅いでむかし戦のあった場所


筑紫磐井
六道の盆歌なれどなつかしき
白日傘ダムに浮んだドラム缶
風殺し親を殺して炎暑来る

2019年10月25日金曜日

令和元年 花鳥篇 第十(水岩瞳・菊池洋勝・内橋可奈子・高橋美弥子・川嶋健佑)



水岩瞳
花種を蒔きて明日が信じらる
丸盆に干菓子なけれど新茶かな
強がつてみて雨ボート裏返す
中元はいつも花染め三輪素麺
ものごとの価値の変遷バナナかな


菊池洋勝
風青し背を向けている握り飯
自販機を開けたる鍵や風薫る
通院の予約の日かな青葉雨
下ろしたら戻せぬ箱や夏の初め
手習いの新元号や夏来る
紫陽花や会釈を返す対向車
絵日記の余る頁や夏休


内橋可奈子(夜守派)
今日を終え冷蔵庫から角砂糖
春はるよ張られて腹を触られて
蝶蝶はすてき保護者も来るけれど
それみんな放下してもうすぐ夏休
カキゴオリ刺さらぬ白い白い匙
犬と猫いっしょに走る万緑へ


高橋美弥子(夜守派)
朝ざくら一膳ほどの粥炊けり
褥瘡の軟膏匂ふ日のさくら
自傷痕の微熱あかあか桜散る
火取虫ネイルのラメの飛び散りぬ
夜間飛行フットレストの跣なり


川嶋健佑(つくえの部屋、夜守派)
万緑の牛を林道へと放つ
トンネルは滴るところどころから
絶望の底で蹴伸びをして泳ぐ
葡萄狩る八時を五分過ぎるごと
夜の秋の砂漠に自動販売機

2019年10月18日金曜日

令和元年 花鳥篇 第九(岬光世・依光正樹・依光陽子・辻村麻乃)



岬光世
くちなしや窓開けぬ家つづく道
子供下駄そろひし店へ鉄線花
姫女苑いつしか径を外れゐて


依光正樹
海鳥の立ち羽ばたきも春めいて
茅花あれば鳥も来るらむ海の音
立葵高き一花は反り返り
碧い風菖蒲の上を流れ出す


依光陽子
青柿に乾いてゐたる蛇口かな
両の手に面と鏡や夏蓬
夏蜜柑青き少年服が映え
木香薔薇洩れ日の中の吾やさし


辻村麻乃
曼珠沙華
朱き舌見せし蕾や彼岸花
すつくりと蕾揺れたる曼珠沙華
咲き頃に見放されをり曼珠沙華
次次と手指のごとく彼岸花
水引の赤となりたる曼珠沙華
彼岸花彼岸に咲きたる律儀さよ
ざはざはと曼珠沙華立ち上がる夜

2019年10月11日金曜日

令和元年 花鳥篇 第八(山本敏倖・堀本吟・仲寒蟬・下坂速穂)



山本敏倖
花の冷向こうの海を海にする
草木染の色の深さに椿落つ
まだせねばならぬことありふきのとう
令和かな蟻が巣をなす不発弾
芍薬や生かされているのだろうか


堀本吟
母の木を恋し恋しと落椿
沈丁花過敏な人の濡れティシュ
奥歯病む木瓜に棘あるとは知らず
インスタ映えというか肉片涼しそう


仲寒蟬
酒屋出て書店素通り夕桜
鷹鳩と化すや剃らるる髭鬚髯
チューリップ涙はすぐに溜まるもの
アネモネや苦手な女ほど近く
老鶯や未知の山河の奥へ奥へ
さびしくてまた鳴きに来るほととぎす
七賢の筍を焼くにほひとも


下坂速穂
何色が好きで岸辺に残る鴨
人逝きて水に蜻蛉生れたる
咲けばその木をまた愛す青野かな

2019年10月4日金曜日

令和元年 花鳥篇 第七(飯田冬眞・ふけとしこ・加藤知子・前北かおる)



飯田冬眞
水となる骨を納めに桃の花
表札は先代のまま蝦夷桜
羊の毛刈る牧童の青ッ洟
ぼうたんや崩るる音を秘め白し
螢籠まだみぬ吾子の魂連れて
老鶯や溶岩ラバを踏み行くカルデラ湖
郭公の声よおにぎりつぶれたり


ふけとしこ
ひよどりの巣のあるらしき庭に立ち
青柿や西の一間を墨客に
青蜂の取り合うてゐる韮の花


加藤知子
滴りて戦後生まれは甘く跳ぶ
沙羅落花夢は食べたか消えたのか
刺青着て二人称なり大暑なり
天気晴朗馬を冷やしにいくは誰


前北かおる(夏潮)
暗幕の裏地は緑風薫る
あぢさゐの頃のゆりのき通りかな
洗濯機三回分の五月晴

2019年9月27日金曜日

令和元年 花鳥篇 第六(小沢麻結・井口時男・岸本尚毅・仙田洋子)



小沢麻結
満月の更けて煌々春コート
スパイダークロスステッチ薔薇の午後
パン厚くバナナとラムの黒糖ジャム


井口時男
鬣青く谷間の夏へいつさんに
夏蝶の影が貼りつく甃のうへ
炎帝と酌むガード下の昼酒
黒猫の眉間に発止(ハッシ)!夏星燦
海鞘ふとる海底ひそと動く夜も
水茄子や南鳥島風力3


岸本尚毅
永き日の後のつめたき夜の闇
平成が逝き春が逝くパンを噛む
老鶯や莟大きく百合の供華
郁子若葉梅の支へ木巻きながら
昼顔の花と子供と鋏虫
玉子丼ほろほろ食うて桜桃忌
売つてゐる扇に透けて扇かな


仙田洋子
口つぐむチェルノブイリの春の鳥
絶滅の近し近しと亀鳴けり
ちぎられし英字新聞鳥の巣に
べたべたと躑躅べたべたと妬みゐる
エビアンを飲み葉桜のざわざわと
相撲部の部室風鈴鳴りにけり
ウィンドサーフィン水平線のまだ遙か

2019年9月20日金曜日

令和元年 花鳥篇 第五(林雅樹・渡邉美保・家登みろく)



林雅樹(澤)
高校俳句部交る雀の交るを見て
教室で魔羅出す教師桜散る
泡吹きて痙攣するや花見客
ホルモンの活発に出る躑躅かな
百千鳥厠に足の痺れけり


渡邉美保
川萵苣の花散る水面つばめ来る
幾百の夜を過ごせり蟻地獄
プチトマト仰山育て夏痩せす
月の出を人になるべくスッポンモドキ


家登みろく
新しき靴もて薄暑光の中
一粒に座りよろしきさくらんぼ
遮断機のするりと上がり虹さやか
木の匙を濡らし濡らして氷菓食ふ
極暑かな日出づる国の五輪騒

2019年9月13日金曜日

令和元年 花鳥篇 第四(浅沼 璞・小野裕三・真矢ひろみ)



浅沼 璞
ねむたげなまなこ降りくる花あふち
緑さすポニーテールの輪ゴムかな


小野裕三(海原・豆の木)
春の星集めて飼育するごとし
紫陽花の潔さにて聴くバッハ
向日葵に攻められ音楽室は空っぽ


真矢ひろみ
春の水海となりその夢となる
箱庭の音だけすなる大花火
丹波太郎眉太き嬢よく笑ふ
若衆のあをき美白や晩夏光
鉄線花断ち切るほどの縁なく

2019年9月6日金曜日

令和元年 花鳥篇 第三(小林かんな・早瀬恵子・木村オサム)



小林かんな
夏霧に捺す漢委奴国王
将軍の一字拝領額の花
字の中に草国尸山滴る
夕虹や偏と旁がめぐり合い
金文を器に鋳込み夏の星


早瀬恵子
クリムトのラディカルにくる金の夏
忘れられ油団ゆとんの床のゆかしかり
花形の和事・荒事・令和三伏


木村オサム
全身の鈍痛のごと蟇蛙
黙秘する男の前の金魚鉢
天上の瀬音満ちたる蝉の殻
目撃者ごとに異なる蛇の丈
女太夫の隣の鬼火月見草

2019年8月30日金曜日

令和元年 花鳥篇 第二(杉山久子・渕上信子・夏木久)



杉山久子
白髪の美しき遺影や鳥雲に
木漏れ日の記憶匂へる夏帽子
終電に空ける予祝の缶ビール


渕上信子
老いうぐひすの物狂めき
蟻にあなたに雨の休日
兜太論茹小豆甘すぎ
被爆ピアノを聴く熱帯夜
夏帽子振向くや別人
夜食のあとの指舐めて「さて!」
歩み出す厄日の団子虫


夏木久
炎昼を影の干乾びゆくボレロ
顔役になれず朝顔朝茶漬
峰雲の麓総州九十九里
雨脚が伸びて曼陀羅図の小火へ
器より銀河へしずく水の星
向日葵の所属七三一部隊
王子さま忌の夜の飛行機雲へ

2019年8月23日金曜日

令和元年 花鳥篇 第一(神谷 波・曾根 毅・松下カロ)



神谷 波
手が空いて炭酸水とバラの風
あとはよろしくとばかり鳴くほととぎす
消灯や狂つたやうに香るカサブランカ
ヘリの爆音のうぜんの花ぽとぽと


曾根 毅
裁かれることなく老いぬ白牡丹
灰色の夜は人肌の桜蘂
薄き翅仕舞いきれずに天道虫


松下カロ
石ひとつ抱いて帰りぬ昼寝覚
おほかたは倒れてゐたるかきつばた
蝉しぐれ青年は喉焼きつくし

2019年8月16日金曜日

令和元年 春興帖 第十三(筑紫磐井)



筑紫磐井
陽炎の天にちぎれて野に遊べ
立春のゴジラのやうに山かたち
Boy meets girl 繰り返しつつ春嵐
クーパーの字幕に浮ぶ春愁ひ
唱名逐鳥不買は蜜の味がする

  *〈唱名逐鳥〉は『東国歳時記』にある農村行事。

2019年8月9日金曜日

令和元年 春興帖 第十二(依光陽子・小沢麻結・近江文代・佐藤りえ)



依光陽子(「クンツァイト」)
八重桜空を見やうとして空は
死せる木を叩けば蝶のつぎつぎ来
藤の花まるめて仕舞ふ羽織もの
白石の覘く荒磯や夏隣


小沢麻結
にじり寄る田螺の先の田螺かな
田螺鳴く泥に窶せる濡れ羽色
この度の恋は実らず嗚呼田螺


近江文代
火を焚いて男の腕よ春の雪
目薬の一瞬鶴の帰ること
鳥の恋はがき一枚なぜ書けぬ
両親の部屋の鍵穴春休み
桃の花管に血液ゆき渡る


佐藤りえ
たなごころ綺麗な菩薩春の雪
春や車内にスマートフォンの落ちる音
桃の闇に橋かかりをる遅日かな

2019年8月2日金曜日

令和元年 春興帖 第十一(西村麒麟・下坂速穂・岬光世・依光正樹)



西村麒麟
眠さうな中学校の桜かな
野球部の遠投を見る桜かな
紫のジャージの人が耕すや
先生の忌日に吹かん鶯笛
稀に出す手紙の返事春愁ひ


下坂速穂(「クンツァイト」「秀」)
囀や今はしづかな祟り神
残る子と貰はれてゆく子猫かな
髪長き男が春を寒さうに


岬光世(「クンツァイト」「翡翠」)
漁りの指を離れぬ春の潮
菜の花や浜には浜の屋台来て
かたはらの子は砂を掘り春の沖


依光正樹(「クンツァイト」主宰)
門の中からしやぼん玉吹いてゐる
海風が出て春光が照りつけて
磯遊びビルばかり見し吾にうれし
草餅や潮の香りもどこからか

2019年7月26日金曜日

令和元年 春興帖 第十(渕上信子・望月士郎・井口時男・青木百舌鳥・花尻万博)



渕上信子
「令和」号外四月一日
万葉集に初春とあり
歸田賦には仲春とあり
子引き孫引きともかくも春
平成さいご春もたけなは
蛇穴を出てみれば改元
新元号の五月はじまる


望月士郎
しらすぼし知らない人の死亡記事
あおぞらへ蝶ゆく白紙委任状
囁きにふりむくさかな夕桜
春雷の髪から出てる白い耳
そらいろの空はだいろの人はるうれい


井口時男
寒明けて焼酎臭い死が一つ
幼さぶ母よかたかごの花藉いて
日暮し坂に春愁灯る影ふたつ
花びら踏んでこちたき鳩の急ぎ足
柳絮飛ぶ水路の町の逆光に


青木百舌鳥(夏潮)
連なれる白き遠嶺や畦を塗る
ぬめ革のてかりに畦の塗りあがり
彩雲や午前に畦を塗り了り


花尻万博
船頭の歌尻追へる蝶無限
口熊野に宿取る蜷の道踏みて
蘖の森の迷ひ路紀伊夜汽車
耕して喜雨の後手造り柄杓試さむか
遠足の声聞く鬼の蛍光す
背中押すだけの役割鳥の親らも

2019年7月19日金曜日

令和元年 春興帖 第九(羽村美和子・小野裕三・山本敏倖・仲寒蟬・飯田冬眞)



羽村美和子
時代という名のあとさきを春嵐
かしこかしこ春あけぼのの標本木
花の夜の深みに沈む目安箱
留守居して満開の花に攻め込まれ
行く春の美貌の石をふところに


小野裕三
ウェールズ地方に雨のある立春
古書店に明かり立ち込め春朧
春浅き紐をきしりと結びけり
清潔な校舎春雨は寡黙な雨
どこもかしこも水面並べて春行けり


山本敏倖
冴え返る手のひらにあるマチュピチュ
風光る縄文土器の破片かな
水底のモネの色揺れ蝶生まる
花冷えや鱗びっしり通せんぼ
陽炎の第二関節調教す


仲寒蟬
色塗つてやれば回りぬ風車
裏の砂透けてゐたりし桜貝
鞦韆のまだ揺れてゐる夜の闇
山の端に雲の混み合ふ仏生会
遠目にもクレソンの沢輝ける
わが影の外へ散りゆく蝌蚪の群れ
高原を来て春星の名を知らず


飯田冬眞
パイプ椅子たたみ終へれば春休み
封鎖せし町よ酸葉の赤き揺れ
どら焼きの歯ざはり八十八夜かな
問ひかけて飲み込むことば蜷の道
石楠花の白に囲まれ喉渇く
ざうざうと罪を負ひたり熊谷草
背伸びして覗く巣箱よ朝な朝な

2019年7月12日金曜日

令和元年 春興帖 第八(内村恭子・林雅樹・神谷 波・北川美美・中村猛虎)



内村恭子
鳥のごと石油掘削機の春愁
パイプライン春の原野を貫きて
蜃気楼海上プラントの遥か
夕凪をタンカーのゆく遅日かな
タンクローリー銀色に風は春


林雅樹(澤)
恋猫や煌々として花やしき
回春の妙薬は砒素木瓜赤し
妾宅の猟奇殺人濃山吹
朧月屋形船にて乱交す
国道に馬牽く人や春の雲


神谷 波
たんぽぽの絮吹きをはり走り出す
宮殿の男手に手にチューリップ
用忘れ花に見とれる二階かな
さくら散る夜と昼とのあはひかな
改元初日うぐひすは普段通り


北川美美
春陰の臨月となる妃かな
魚屋が逗子駅前に桜海老
青山椒一合半の米を研ぐ


中村猛虎
意地悪なこの意地悪なチューリップ
靴裏の紅きヒールや夏燕
褒められる事なき齢鳥曇
骨壷の蓋開けている蛍の夜
残雪や賽の河原に石を積む

2019年7月5日金曜日

令和元年 春興帖 第七(木村オサム・真矢ひろみ・水岩瞳・家登みろく)



木村オサム
掬ふたらけむりになりし春の水
天界の耳を咲かせる大桜
あさっての真夜が見頃と桜守
モザイクをかけられし村春の風
満開の桜の下の手術台


真矢ひろみ
還るのか産むのか春泥キラキラす
にがよもぎ高音伸びる初音ミク
県道に大蛙をり海苔弁当
 

水岩瞳
初蝶や犬の鎖を解き放ち
若芝の真ん中猫が座を正す
昇降機途中で止まる三鬼の忌
わたくしも二つのおもて月日貝
ゴールデンウイークお出かけは三千歩


家登みろく
戯れて拗音多き春の泥
蘖や人の世を捨て人となる
そぞろ神枝垂桜を揺らしづめ
あてどなき旅の途桜また桜
空磨くごとく手を振り昭和の日

2019年6月28日金曜日

令和元年 春興帖 第六(内橋可奈子・福田将矢・とこうわらび・工藤惠)



内橋可奈子 (夜守派)
環状線乗り場を探す四月尽
桜蘂降る平成のバス降りる
板張が緩む五月が来たらしい
五月にもこんなにひとがいるなんて
蒲公英を弄る皆んながみてるのに
いさらいの片側を触る五月闇
粗筋も曖昧皐月躑躅吸う


福田将矢(夜守派、301)
轍跡蝌蚪干からびてひとつふたつ
掬われて人に飼われる蝌蚪となり
廃村に蝌蚪の犇めく水のあり


とこうわらび(夜守派)
十三大橋にのせて春分
真っ青うねる四次元のソーダ水
見下げるや月下美人はまだ枯れず
梅雨めいて赤信号のわめきたる
夏の陽に縫い付けられし椅子ひとつ


工藤惠(船団、夜守派)
初夏のトランペットを草原に
まっすぐに行けば東京聖五月
ぽかぽかと恋人なぐるさくらんぼ

2019年6月21日金曜日

令和元年 春興帖 第五(浅沼 璞・網野月を・堀本 吟・川嶋健佑)



浅沼 璞
一斉に目刺しなくなるカウンター
硝子戸をのぞいてぬけて春の風
このところ寝返りうてぬ涅槃かな
受付のあたりを花の散りぬるを
伊吹山横へと花のねぢれたる
布引の滝たらすなり春の宵


網野月を
いまの嬰は四頭身よ岩燕
一輪挿に活ける野の草春暑し
春陰の人地下鉄の出口から
薄荷タバコ貰って吸わぬ花曇
くじらの絵探して歩く残花かな
競い合う二人の婿や潮干狩
わたしにはかえるとこある若緑


堀本 吟
春風の見送りに来る令夫人
あのように拐って笑う夕桜
三月去るよくあることよくないことも
 二〇一九年三月六日暁 川柳家筒井祥文氏死。一句
畏友ともなれば戦死と言わん春嵐


川嶋健佑(夜守派)
春は名ばかりベッドの数が足りないぞ
このハサミななめに蝶を切り刻む
都市は箱おおきな桜活けておく
白魚の濁って遠い国でテロ
怒髪天突けば苺が暮れ泥む
黒揚羽ただ残像を置いてある

2019年6月14日金曜日

令和元年 春興帖 第四(前北かおる・坂間恒子)



前北かおる(夏潮)
春の蠅ぷいと失せたる日なたかな
春昼の千住あたりのガスタンク
お見合ひによき日楓の花の紅


坂間恒子
緑立つ令和の空気壜に詰め
松の芯「令和」墨書の払いかな
令和なり茹で筍を子に送る

2019年6月7日金曜日

令和元年 春興帖 第三(田中葉月・大井恒行・岸本尚毅・ふけとしこ)



田中葉月
桃色のわんこのお腹春深し
春陰のまた残りたるパンの耳
てふてふや湖面をわたる風になる
春の月どんぶらこつこどんぶらこ
押印のまたも傾く葱坊主


大井恒行
空・草木・海・風こだま連帯す
春北風の影となりたる鳥ばかり
山葵田の風こそ令和四月尽く


岸本尚毅
海霞むはるかに靴のやうな舟
春の日や下向く犬に石が照り
供華古び樒の花の咲いてをり
メーデーが来るビルに棲む老人に
カルデラや鶯鳴いて雲湧いて
カルデラの蝶々の今はるかなり
うつくしき母にもたれて日永の子


ふけとしこ
一坪で足りる商ひ遅日なる
熱々のドリアへ匙を花の雨
たんぽぽのうしろよ鬼の隠れしは

2019年5月31日金曜日

令和元年 春興帖 第二(杉山久子・辻村麻乃・乾草川・池田澄子)



杉山久子
春昼や小屋に混み合ふ鶏の脚
御中の御の字ゆるぶ目借時
永き日の百円ショップに迷ひをり


辻村麻乃
春の雷
春の雷程よく濡れてアスファルト
柳人の美しきブラウス春の雷
春の雷河童がついてきたやうな
片瞼上げて男の春の雷
春雷の女の頸光りたる
春雷の駅に飛び込む女学生


乾草川
生来の火群滅びず薔薇・アリア
魂のどの睡蓮に宿らうか
シャガールの鬱巡り来ぬ蝶となり
大地焼き締めたる備前アンタレス


池田澄子
よく晴れて桜葉が出て平成尽
改元のファミレスで逢いマンゴージュレ
直方体の水に和蘭獅子頭
命令に背かぬ犬と青嵐
青あらし和気藹々の烏どち

2019年5月23日木曜日

令和元年 春興帖 第一(仙田洋子・松下カロ・曾根毅・夏木久)



仙田洋子
白梅のうしろ大きな山のあり
戦争のあとは紅梅ばかり咲く
祈るほかすべなき我ら鳥雲に
真つ先に帰つてゆきし新社員
猫の子ら眠りゐて三連音符
たんぽぽは小さき太陽踏までゆく
たんぽぽの絮吹きあます子供かな


松下カロ
敵なくて苺にミルクたつぷりと
地球なほ回るひばりの卵乗せ
秒針もオタマジャクシも帰らざる


曾根毅
昏昏と舟沈みゆく雪柳
つちぐもり次々に核廃棄物
情交のはじめにありし藤の房


夏木久
椿落ち白磁の皿を泳ぎをり
其処からは闇と知りつつ花筏
アルバムの文字は朧を踊りだす
トライアルに出来ぬ現世や鳥雲に
保守的な廊下の奥や凝視しやる
夏立つ他何の匂ひも立たず門
描き直す犀棲む森の風景画

2019年5月17日金曜日

平成三十一年 歳旦帖 第十(仲寒蟬・佐藤りえ・筑紫磐井)



仲寒蟬
臍の緒をはなれ久しき臍初湯
何もせぬことこそよけれお正月
歌留多取り恋と無縁の顔をして
不揃ひの歯もめでたけれ初笑
読初に地球四十億年史


佐藤りえ
あぶな絵の橋揺れてゐる初昔
海鮮の餡かけお焦げ淑気かな
鳥渇く口をしてゐる実朝忌


筑紫磐井
初春や令和の前のこの静けさ
カウントダウンをしつつ我等は過去の人
  すべての日は夜から始まる
メビウスの循環しつつ初夜空

2019年5月10日金曜日

平成三十一年 歳旦帖 第九(近江文代・網野月を・北川美美・小野裕三)



近江文代
喪の家に色増えてゆく去年今年
亡き人と目の合わぬよう年来る
雑煮から餅のひとつを剥すなり


網野月を
今年から去年へ戻る羽田発
初鶏や通販雑誌の犬の耳
何時もなり一般参賀テレビで見る
雑煮食う平成最後疲れかな
獅子舞に虫歯予防を祈願せり


北川美美
歌骨牌畳の縁に立つ亡霊
歌骨牌千年前の恋の歌
額に入る三橋敏雄歌骨牌


小野裕三
元朝の尻尾の殖えていたりけり
寝る位置に高さそれぞれ寝正月
英米で英語の違い骨正月

2019年5月3日金曜日

平成三十一年 歳旦帖 第八(望月士郎・青木百舌鳥・大井恒行・花尻万博)



望月士郎
ひとり灯して白梟に囲まれる
生前の町にかざはな売り歩く
いつからか書棚の奥に黒海鼠
まどろみのまなぶたふっとめくれ 蝶
春の虹さす指のふと密告者


青木百舌鳥
初国旗小さき車を撫でてをり
二日かな詣でみたれば女陰祀る
風の日となれど三日も晴れの富士
魚食ひの民と生まれて富士の春


大井恒行
水ほろびゆく水の日 木に冬霧
白椿昏れつつはるか山の音
与死の椿十三平成最後の日


花尻万博
夕刊と海岸に出る鼬かな
寒卵光らぬ言葉身の内に
木の国を置き去り恋の むささび
神樹らの目覚めぬ夜を狩の宿
白足袋で行きて天草を踏みて
白鳥や湖は光になりきらず

2019年4月26日金曜日

平成三十一年 歳旦帖 第七(ふけとしこ・井口時男・前北かおる・水岩瞳)



ふけとしこ
膝に笙休めて四日暮れにけり
人日や折鶴の息抜くことも
菓子箱の底の金色松も過ぎ


井口時男
雉一声枯野で年を越すつもり
ふるさとは神棚にぎはふ去年今年
あらたまの空蹴り上げて初ゴール


前北かおる(夏潮)
東京に初雪ありて旅に出づ
食卓に余白のありて粥柱
待春の十色に余る千羽鶴


水岩瞳
ふる里や初御空の碧いづくにも
箸二膳目を合はざすに御慶かな
書き込まれらしくなりけり初暦
読初や読み止しの本読み終わる
がらくた市胡散臭さを買初に

2019年4月19日金曜日

平成三十一年 歳旦帖 第六(下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子)



下坂速穂(「クンツァイト」「秀」)
めくりてもめくりても海初暦
初場所や江戸に大火のありしころ
親指の太く大きく初仕事


岬光世(「クンツァイト」「翡翠」)
近況も知らずなりたる賀状かな
七日なり清白の丈つつましく
みやげ買ふ繭玉揺るる先なれば


依光正樹(「クンツァイト」主宰)
去年のこと引き摺つてゐる春著かな
古きこといつまで好きや鳥総松
初場所や裏道ゆけど大通り
いろいろな社を踏みて寒詣


依光陽子(「クンツァイト」)
散らしたる蕾を鈴や初鋏
元朝のかほの映れる蛇口かな
塵芥のをどりまろびや初箒
鶏旦や群青強きねずみもち

2019年4月12日金曜日

平成三十一年 歳旦帖 第五(坂間恒子・田中葉月・木村オサム・乾 草川)



坂間恒子
もっと奧は樹氷林なり初詣
初夢やボタンがひとつ波打ち際
初夢に「地獄の門」のあらわれる
   

田中葉月
福寿草ほんの小さなでき事に
蓬莱やひこうき雲の広ごりて
転生の白いカラスが窓叩く
仏の座ほんのつまらぬものですが
裸木ややはり帰つていくんだね


木村オサム
遠い地球操縦席に鏡餅
福助を空へ向けたるお元日
おほかたは使われぬ脳寝正月
初景色猿がぽつんと土手に立つ
なんとなくいるだけのひと福寿草


乾 草川
なつかしや薺打ちゐる父の家
卒論は「出エジプト記」寒卵
パスカルが呼ぶから枯野越えてゆく
薄氷や子の好きだつた銀食器
煮凝りの闇「馬車道」へ「馬車道」へ
島の春小さな穴へ落ちぬよう
冬枯れや昼餉の箸をパキと割り

2019年4月5日金曜日

平成三十一年 歳旦帖 第四(小沢麻結・真矢ひろみ・浅沼 璞・渡邉美保)



小沢麻結
初詣心にかかりつつ病めり
初笑父奪はるるとも知らで
小豆粥待たずに父は逝きにけり


真矢ひろみ
福沸ケトルに映る鬼笑ひ
スマホみな閉じゆく音といふ淑気
箱庭に夜御降りは柵の外


浅沼 璞
《歳旦三つ物》
ゐのしゝの歳旦発句帖に候
 雑煮の餅もそこばくの汁
月咲きて花はのぼりて微笑みて


渡邉美保
お降りや月光菩薩の指の先
猫にツナ缶父にちょろぎの酒肴かな
人日のコーンスープのとろみかな

2019年3月29日金曜日

平成三十一年 歳旦帖 第三(飯田冬眞・辻村麻乃・夏木久・杉山久子)



飯田冬眞
パック酒くしゃりとつぶし初日の出
初筑波祈る角度は鋭角に
鼻歌の優しきうねり初御空
骨密度減りゆく母よなづな打つ
福耳を揺らす作務衣や喧嘩独楽
放浪の芙美子の庭に福寿草
たたかれて猛る火もありどんど焼


辻村麻乃
無骨なる若者鯛焼に並ぶ
色色な野菜の星や白シチュー
羽子板市邪鬼も悪鬼も叩かれず
歳晩や道で荷物を出す女
梳初や背後に誰かゐるやうな
幣揺るる工事現場の初茜
椅子の背にコート掛けたるサンルーム


夏木久
寄せて返す波打ち際の室内楽
  飛び乗りし夜行ソナタの淋しさよ
かみしものすけるかみしもすけるかみ
かくかくしかじかかみしものかみしたもゆる
はらきりしこおにたびらこほとけのざ
脳裡の月光ソナタより水の漏れ
ペン先に圧加はりぬ春の夜


杉山久子
初旅や左足よりはじめたる
牛日の既読スルーを眺めをり
何にでも「平成最後」餠伸びる

2019年3月22日金曜日

平成三十一年 歳旦帖 第二(仙田洋子・神谷 波・岸本尚毅・堀本 吟)



仙田洋子
社あるたびに拝みて明の春
ちちははもちちははを恋ひ雑煮かな
初鳩の噛みつきあつてゐるところ
何といふ鳥の足跡初渚
春着の子宝のごとく膝に乗せ
舞ふ獅子の口に突つ込むチョコレート
初大黒風に押されて詣でけり


神谷 波
泥のやうな眠りから覚め千代の春
無風快晴で始まる今年かな
大粒の赤子の涙初日受く
いつになく部屋がすつきり鏡餅
西暦より元号似合ふ鏡餅


岸本尚毅
今の世にポチといふ犬お元日
あたたかに猫に蚤ゐるお元日
我の云ふことに我のみ初笑
初笑腰巾着として笑ふ
お屋敷の裏の日陰の初鴉
初霞通天閣に子を泣かせ
初東風や田舎稲荷に供へもの


堀本 吟
除夜の鐘一打大本義幸哭く
     ・
凧生きてきましたこの死にざま
福寿草わが事なくて今日は過ぐ
七草や陛下もっとも人として
     ・
松過ぎの服脱いでみるリアリズム

2019年3月15日金曜日

平成三十一年 歳旦帖 第一(山本敏倖・曾根 毅・松下カロ・小野裕三)



山本敏倖(山河・豈)
初日の出ふつうの色に染まりけり
写らない父母と撮る初参り
伊勢海老の尻尾が有頂天を突く
けんか独楽刃向かいし者なびく者
鏡餅大器晩成型である


曾根 毅
元日を急ぐ信号機も影も
鹿威しより氷柱とも狂気とも
松の枝先雪嶺のざわざわと


松下カロ
わが恵方彼方に銀の埃立ち
うつくしき足指映り初鏡
真青である淋しさの松へ雪


小野裕三
寝る位置に高さそれぞれ寝正月
元朝の尻尾の殖えていたりけり
英米で英語の違い骨正月

2019年3月8日金曜日

平成三十年 冬興帖 第九(網野月を・小沢麻結・坂間恒子・佐藤りえ・筑紫磐井)



網野月を
冬日受く帝国ホテルのゴンドラ
増す光荒男の背に芝枯れる
頃合いに沢庵石を取り換えて
朝に晩に風呂上りにひび薬
冬休み自由であるを強制す
大寒や家鳴り下の方からも
手入れして魚眼広角春を待つ


小沢麻結
遠雷は再び呼ばず冬薔薇
銀行にかつて算盤膝毛布
鉄砲洲東百閒雪もよひ


坂間恒子
裸木にあまたの触手水かげろう
冬蝶に傷サンダカン作家死す
砲弾のごとくみがかれ冬の鯉


佐藤りえ
蒲団着てコスモロジーを読み耽る
枯園へ埋めた死体を確かめに
変拍子いよいよずれて冴ゆるかな
小石川二丁目汚すぼたん雪


筑紫磐井
焼芋を讃ふすべての税引後
知育・食育衰へて冬没日
開戦記念日よくなつてゆく痔のゆくへ

2019年3月1日金曜日

平成三十年 冬興帖 第八(真矢ひろみ・堀本 吟・内村恭子・青木百舌鳥)



真矢ひろみ
御講凪みな悪人にして笑顔
テロありし大路を渡る冬の月
煮凝りや液化せし魂見える化す
瞑りゐて三日とろろを泳ぎけり
箱庭にけもの道引く春隣


堀本 吟
日の射すや紅葉散る森ふかく行き
片時雨電話ボックスただ独り
そらいろに翳る皇帝ダリアの域
冬に咲くダリアも仮のあはれかな


内村恭子
二日はや川辺はアスリートばかり
氷壁を数歩穿ちてまた静寂
猟銃音ノイシュヴァンシュタイン城の朝
アイスホッケー防具外せば細き肩
無念の帰還とアノラック飾られて


青木百舌鳥
金剛の砥の粉にまみれ霜の舟
PRINCESS PRINCESS(プリプリ)は我になつかし公魚釣
道わたりくる公魚の釣師かな
生きてゐるものとは見えず暖め鳥

2019年2月22日金曜日

平成三十年 冬興帖 第七(辻村麻乃・木村オサム・渡邉美保・ふけとしこ・水岩 瞳)



辻村麻乃
冬天に百軒長屋の胴間声
軒下に忘れられたる冬日向
脈拍の小太鼓となる師走かな
銘仙の滑らかなる肌鐘氷る
車椅子冬の金魚の真正面
空耳に母の呼吸や虎落笛
角巻を脱ぎて狐のやうな人


木村オサム
長崎の墓地に聖樹を立てにゆく
石投げて当たった人とクリスマス
どことなく心拍数の多い河豚
0と1だけが転がる大枯野
冬眠は或るバラードの作り方


渡邉美保
裸木となりて木の瘤賑々し
時々は横座りして一葉忌
木枯一号キューピーを横抱きに


ふけとしこ
さてどうする二つ貰ひし竜の玉
知らぬ町知らぬ川の名冬木立
年の瀬や豆浸けて水平らなる


水岩 瞳
しやぶしやぶと今年丸ごと年の暮
また夫の締めは沢庵茶漬かな
着ぶくれてどんな署名もお断り
水仙や束ねて捩じり皿に立て
高層の窓に消えゆく雪の精

2019年2月15日金曜日

平成三十年 冬興帖 第六(井口時男・竹岡一郎・浅沼 璞・乾 草川・近江文代)



井口時男
灰かぶり(サンドリヨン)幾たり眠る雪の村
灰かぶり(サンドリヨン)老いかゞまつて雪の村
雪の夜のわが少年を幻肢とす


竹岡一郎
母の死後鼬のひよんと立つ広場
狐の子地下水道より母の墓所へ
ラブホテル聖樹になりたくて焼ける
すき焼屋奥の店主が牛頭(ごづ)の顏
聖夜明け精霊みちて電気街
カジノ轟轟冬木はみんな切株に
凍天を刺すラブホテル建てにけり


浅沼 璞
濡れたての指たててゐる障子かな
カネつきて勤労感謝の金曜日
人知れず落葉の下に寝る子かな
小春日の地下を一歩も出ずにゐる
また曲がかかり始める障子です


乾 草川
血涙のにほふ外套父還る
身の内に蹲る夢成道会
己が咎知らざる熊の穴に入る
若水や声に応へて土に触れ
花石蕗に葬の灯こぼす勝手口
執行や枯野の起伏気にならず
薺粥寅といふ字に日が当る


近江文代
冬暖かロールキャベツの断面図
平日を冷たく挟む体温計
遠火事へ向き変えて抱く赤ん坊
雪片の息に消えゆくことをまた

2019年2月8日金曜日

平成三十年 冬興帖 第五(下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子・渕上信子)



下坂速穂(「クンツァイト」「秀」)
子規の来しあたりや冬のあたたかく
クリスマスソング喧し飯旨し
冬の木や柄長集めるうれしさに


岬光世 (「クンツァイト」「翡翠」)
雪吊と短き枝の在り処
ふくらみの寒木瓜めきぬ密やかに
人来れば綺麗に座る雪見かな


依光正樹 (「クンツァイト」主宰)
帯解や人を閉して硝子窓
あつまつてひとつの花を日短か
慕はれてもう夕方や落葉掻
群雀群れとほしてや冬ざるる


依光陽子 (「クンツァイト」)
焚き上げの櫓に年の釘を打つ
門松の一度据ゑしを寝かせたる
千両や鍵かけて戸に隙間出来
透明な影を遊ばせ路地の冬


渕上信子
初時雨はや喪中葉書か
蟷螂みどり冬のベランダ
聖しこの夜首輪瞬き
鱈場蟹いえ「ほぼタラバガニ」
忘年会よ春歌でをはれ
マスクのひとの耳尖りゆく
朝床に聞く雪掻のこゑ

2019年2月1日金曜日

平成三十年 冬興帖 第四(望月士郎・前北かおる・小野裕三・仲寒蟬・田中葉月)



望月士郎
まぼろしの象の重力ふっと冬
サーカスの爪先がくる霜夜かな
少女笑えば歯列矯正開戦日
駅頭に落ちてる顔のないマスク
手首から先が狐で隠れて泣く


前北かおる(夏潮)
望月のあくるあしたの小春かな
合掌をとけば小春の日ざしかな
皿よりもナンの大きな小春かな


小野裕三
山眠る夜へと綴る筆記体
処刑場跡の広さに落葉踏む
王冠を観る人群れて冬館
黒人の息ひとつあり氷橋
クラスメートひとりひとりに冬の聖書


仲寒蟬
パンタグラフ折り畳まれて神の留守
冬あたたか会へば笑顔になれる人
風呂吹に透けて昭和の町明り
欠航の朝を塩鮭噛む他なく
山脈を浮かべるための冬青空
狐火を追ふともなしに岬まで
星ぜんぶ呑む勢ひや年忘


田中葉月
白鳥や仮面かしら魔女かしら
本能のかたまりごろり冬林檎
天狼星帰つてこないブーメラン
転生の手触りやさし冬の壺
バス降りる冬の銀河の真つ只中

2019年1月25日金曜日

平成三十年 冬興帖 第三(加藤知子・林雅樹・北川美美・杉山久子・夏木久)



加藤知子
小春日の鳥語おおきく旋回し
寒卵われば少女の黄泉がえり
猪の眼のかなしむときのアドバルン


林雅樹
溶接の火花や雪の降り始む
ストーブの匂ふ名画座のロビー
待ち伏せてポインセチアを突出しぬ
河豚鍋やストッキングの蹠が好き
鱈鍋に煮ゆるたらちやんあちゆいでちゆ


北川美美
地図になき城跡をゆく十二月
手に星や梯子を昇る十二月
新しき看板の立つ十二月


杉山久子
十二月八日盥の底に傷
くちびるに消ゆるコトノハ昼の雪
着ぶくれて番号順に並びをり


夏木久
オーロラをと笑みを零す冬菫
死者生者ドリンクバーに屯せる
ボヘミアから手土産さげて花八手
地下室の井戸に写れる地下の灯よ
引継ぎは湯湯婆のことのみ保安室
踏切のことを畳めばロダンの忌
色々な印象くらべ枯芭蕉

2019年1月18日金曜日

平成三十年 冬興帖 第二(岸本尚毅・神谷波・松下カロ・飯田冬眞)



岸本尚毅
ばらばらに行く時雨雲しぐれつつ
短日や欠伸の如きムンクの絵
冬の雲なべて大きくこの庭に
経を読み孔雀を飼へる冬の山
冬蠅の身幅広くて石平ら
冬の川映れるものに夜が来て
くちばしの見えぬ向きなる寒鴉


神谷 波
コスモスの枯れて竜巻注意報
さざんくわの散るやところにより豪雨
石段を影が勇んで小春日和
水鳥の寄り添つてゐる日暮かな
寒夕焼エプロンの紐きつちりと


松下カロ
ふりむけばふりむいてをり白鳥も
白鳥へ雪 つれないといふ言葉
群れて争ふ 最果ての白鳥も


飯田冬眞
着ぶくれやぶつかつて来る夜の色
山茶花の戻れぬ白さ変声期
胸中の獅子飼ひ馴らし寒オリオン
切株の衛星として冬たんぽぽ
卵黄をつるりと飲んで一茶の忌
蒼ざめし馬は枯野の眼となりぬ
渡来仏湯ざめしさうな背中して

2019年1月11日金曜日

平成三十年 冬興帖 第一(池田澄子・曾根 毅・山本敏倖・仙田洋子)



池田澄子
こがらしのときおり渡り夜の青空
拭くまえの眼鏡に寒く息を吐く
黄粉餅悪い夢見の後引きぬ
ポインセチアあの人むかし若かった
愛を注ぐとは葉を全て落とす蔦


曾根 毅
数え日の大鷲にして穀潰し
家族葬から白みゆく霜柱
青く固し蜜柑の尻に指を入れ


山本敏倖
絶壁の活断層に冬の蝶
白亜紀へ階降りて冬眠す
初霜やまだら模様の仮面劇
御柱の樹齢を洗う寒月光
燻製の甲骨文字に冬籠る


仙田洋子
熊手市混みて社のこぢんまり
熊手売る侘しき裏を見せず売る
大熊手店の裏にもびつしりと
消防車しづかに去つてゆきにけり
落葉道ひろびろとあることのよき
羽子板にふれず羽子板市を去る
羽子板市点る一夜の夢のごと