2019年12月27日金曜日

令和元年 冬興帖 第一(曾根 毅・小沢麻結・渕上信子・松下カロ・山本敏倖)



曾根 毅
瓦礫より赤い毛布を掴み出す
裸木が想像力を突き抜けて
腸に黒きを宿し破蓮


小沢麻結
ボージョレヌーヴォー鶏焼き加減覗きつつ
裏表紙の絵柄不可思議日記買ふ
狐火を見て一睡もなき夜明け


渕上信子
翁近づく落葉掃きつつ
火事だ!ケンポーポーの辺りだ!
聖樹は小さしアルト豊かに
寒紅も売るヨドバシカメラ
冬薔薇の棘かくも逞し
寒鯉らしくあまり動くな
手毬唄戦争あけらぽん


松下カロ
白鳥の一羽戻らぬことを言ふ
片腕を映すばかりの白障子
息白くグランドピアノ運ばるる


山本敏倖
彼の枯野をノアールにする火刑
耳かきにふくろうの水深がかかる
万葉仮名のキメラを遊び返り花
マスクして出刃包丁に日をあてる
絹石鹸の空をくすぐる冬紅葉

令和元年 夏興帖 第八/秋興帖 第六(早瀬恵子・佐藤りえ・筑紫磐井・青木百舌鳥・岸本尚毅・田中葉月・堀本吟・飯田冬眞・花尻万博・望月士郎・中西夕紀)


【夏興帖】

早瀬恵子
薩摩殿しおからき夢のなか
吟行の友あり切株は海星形
七色の直球でくる削り


佐藤りえ
蟇鳴いて眉間を揉んでゐるところ
クロールの抜き手に爪の朱の夏よ
花栗に日暮れて廻る風車


筑紫磐井
一人では行くなと葛の山揺るる
汗垂らす昨日のシンポジウムの敵
滴りて相馬先生の山河かな
日本一まづい蕎麦屋に端居する


【秋興帖】
青木百舌鳥(夏潮)
立秋の雲の高さを駅頭に
白き家二棟建ちたる秋の風
蟷螂を仏のごとく掌に
西五百キロに颱風田のうねる
稲刈りて浅間の風の寒からず


岸本尚毅
白つぽき残暑の扇買ひにけり
盆花のマーガレツトは田舎めき
出し投げを二たび三たびよき相撲
八つ頭京の着だふれあほらしや
窓に壁に秋風淋しレモネード
ぐにやぐにやと月へ歩いてゆく男
ひとすぢの砧の罅の柄に及ぶ


田中葉月
生まれたての水の匂ひを天の川
秋蛍となりの部屋にいたなんて
さまざまなもの駆けぬける秋桜
ペースメーカー星河の岸を歩いてる
悪相な月光もあり石の上
虫の闇だまつていたら溺れるわ


堀本吟
    森
柵閉ざし紅葉けんらん汚染地区
おめかずらにこし甘たし種つつむ
虫すだく闇の弾力量りつつ
息ぐるし森のきのこの木をまたぐ
風に愛あるか鬼の子抱きあやし


飯田冬眞
妖怪門抜ければ秋の塔ひとつ
触角のかけらをもらふ十三夜
木犀や香りの舌の伸びてきし
台風の目の中にゐるもぐら塚
神あまた名を持ち給ひ大根蒔く
この村に消されし名あり秋祭
鷹柱岬の雲を手繰り寄せ


花尻万博
強引な星月夜まだ生きてる母よ
星月夜知らぬ存ぜぬ客船は
蓑虫の垂れて供養の光る午後
終はりなき稲光国の気配する
色鳥を追はぬ金色の手前かな
なにかしらかくすてのひらあおりんごも


望月士郎
桃は桃に触れて間にある鏡
架空の町の地図描くあそび秋の蝶
うつくしく秋刀魚の骨に叱られる
硝子のキリン貰った記憶月の駅
卵生の眠りや夜の鱗雲


中西夕紀
わが猫に通ひどころや牛膝
北斎も来しこの町の栗おこは
松茸にあらねど松の茸かな
ひと呑みの蛙を忘れ穴惑ひ
名を忘れれば先生と呼び芋煮会

2019年12月20日金曜日

令和元年 夏興帖 第七(真矢ひろみ・竹岡一郎・前北かおる・小沢麻結・下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子・水岩瞳)



真矢ひろみ
若衆の手弱女ぶりぬ五月闇
余花対ふ非在の空を如何にせむ
海の日の海のにほひはふゐにたつ
意味問わず意味を嗤ひぬ蟻地獄
空事や空蝉何ぞ華やげる


竹岡一郎
「良いひとなのに」手花火落とし「悪い酒」
蘭鋳を鉢いつぱいに太らせよ
翡翠りをり黒姫の草いきれ
蜂の巣へ掛けし炎や夜を泳ぐ
鉄火の夜南溟巡る玳瑁たいまい
大くらげ澪に紛れてつき来たる
尖る体にビキニ「なに見てんのよ」


前北かおる(夏潮)
お揃ひの光るカチューシャかき氷
熱帯夜フランクフルト焼きまくる
消火器と如雨露と蜘蛛とマンホール


小沢麻結
雨を聴くための庵の実梅かな
錯覚は恋のはじまりソーダ水
シャンデリア涼し講習会眠し


下坂速穂
木に触れて人思ひ出す南風
その先も径あるやうに著莪の花
晴れてたのし降つてうれしき簾かな


岬光世
睨むほかなき目が一つ灸花
凌霄の昏きへ坂を下りつつ
人待ちの脚を見遣りて夏の蝶


依光正樹
碧い風菖蒲の上を流れ出す
絵日傘の絵にこのごろを振り返り
傘内に青鬼灯を廻しけり
人の背に汗の染み出る古い寺


依光陽子
青梅に触れたき指やいまに触れむ
花に来しものを見てゐる日傘かな
涼しさの一篇を読み眼が澄んで
海の夏のインクを流しガラスペン


水岩瞳
初恋の記憶をよぎる金魚かな
黙契を確かめてゐる古扇
滝しぶき今が流れてゆきにけり

2019年12月13日金曜日

令和元年 夏興帖 第六(浅沼 璞・林雅樹・北川美美・青木百舌鳥・岸本尚毅・田中葉月・堀本 吟・花尻万博・井口時男・渡邉美保)



浅沼 璞
ねむたげなまなこ降りくる花あふち
ポットからそゝぐ父の日の無言
階段のぢつと動かぬ更衣
冷房のスカートは腰ほそくなる
日本の目鼻だちして欠き氷


林雅樹(澤)
池に浮く子供の靴や蝉しぐれ
うんこちよつと出ちやつた花火きれいだな
キューピーの波に漂ふ驟雨かな


北川美美
喧嘩するためのトマトを山積みに
血のごとくトマト煮詰めてゐるところ
赤赤とY子弔うトマトかな


青木百舌鳥(夏潮)
きらきらと化繊の綾や明易き
夏山や鍬つかふ音の乾びたる
日曜の会議へ歩く祭町
懐メロにグッピーの舞ふ喫茶室


岸本尚毅
笑ひをる顔の若あゆ新茶汲む
安物の水鉄砲のうすみどり
三才や回つてみせて素つ裸
避暑の人寒しと云うて犬を抱く
空蟬は雌日芝の葉を固く抱く
ラムネ飲む女とラムネ売る男
夏帽子振ればジブリの映画めく


田中葉月
美しき雨つれて来よ道をしへ
眠れないああ眠れない蟇蛙
禁断のくだものを食べはんざきに
ふあの雨音またずれてゐるバルコニー
蝉時雨こんなに軽い本音かな


堀本 吟
季のみだれ
季のみだれ四通八達蟻の旅
ねむの花金魚からまた金魚生れ
けもの道わけいっても雲の峰


花尻万博
問い掛けの途中昼寝始まり
守宮の尾疾走までは夢境
花茣蓙を阿保程敷いて病み直す
羽蟻に強き反芻ありにけり
陸の魚に潮近付けぬ朝は曇り


井口時男
沢水ひかりころがる百の青胡桃
火の文身水の文身都市雷雨
夏の夜をこれ天山の雪の酒
  *「楢山節考」のモデルの村で。三句
夕焼の早桶沢へ七曲り
晩夏晩景矍鑠として山畠
老農に志あり夏逝くも


渡邉美保
水音に誘われて入る木下闇
折紙のピアノ鳴りだす大西日
沼杉の気根膨らむ半夏雨

2019年12月6日金曜日

令和元年 夏興帖 第五/秋興帖 第五(山本敏倖・神谷 波・木村オサム・坂間恒子・浅沼 璞・林雅樹・北川美美・ふけとしこ)

夏興帖

山本敏倖
草木染め夏の銀河で濯ぎおり
透析の力を借りて濃紫陽花
箱眼鏡たましいの色見つけたり
万緑の遺骨のような乳母車
夜の秋明日には消える舟を編む


神谷 波
蝉の殻あつめて忘れ脱ぎ散らかし
館涼しそこのけそこのけ撞木鮫
いやらしいまで張り付いて汗のシャツ
イケメンに髪切つてもらひ青田風


木村オサム
真夜も目を開ける令和の羽抜鶏
翼竜の骨の曲線更衣
柩無き金魚のための平方根
仏蘭西語に男女の区別かたつむり
ぐにゃぐにゃの樹をまっすぐに蝉時雨


坂間恒子
炎天へ自己確認の手形押す
夕顔は源氏の扇にのっており
薔薇園のはてあり裸婦の横たわる


秋興帖

浅沼 璞
ネクタイをゆるめる首の夜長かな
むかれたる種なし葡萄ふるへたる
無理じひの握手よろしく鰯雲
頂上で絶え絶えの鯖雲ありき
両手なら飛べた空かも明治節


林雅樹(澤)
秋晴や尿もて崩す砂の城
山の端のアドバルーンや稲を干す
下痢すれば出づる涙や竈馬


北川美美
山に霧ワインセラーに石の門
虚子たぶんやはらかからむ秋の空
秋風や犬がよろこぶ牛の骨


ふけとしこ
秋天や鳶が掴みそこねし杭
台風が来る枳殻が棘磨く
蛇穴に入る窯番が菓子を割る
頬杖のをとこに松は色変へず
黄昏をくれなゐ帯びて鰯の目
菊の香やもう息をせぬ髭を剃り