2020年5月29日金曜日

令和二年 春興帖 第十/花鳥篇 第二(岸本尚毅・佐藤りえ・筑紫磐井・加藤知子・夏木久・神谷 波)

【春興帖】

岸本尚毅
春よ来いウイルス来るな猫は来い
風に乗る足湯の湯気や梅の花
てらてらと胸の木目や涅槃像
涅槃図の眠たさうなる釈迦を見る
日に障子熱くなりつつ地虫出づ
太宰にも沈丁花にも飽きにけり
串団子もちて日永をどこまでも


佐藤りえ
ころばせてころがるままにうららかに
花の旅窓を眺めてゐるばかり
とりどりのマカロン選るも春仕事
猫の仔と坂の途中の教会へ
朧夜のあなたがひっこぬくターン


筑紫磐井
大いなるマスクに隠す悪事かな
大胆な水着を選ぶ磯巾着
遠い日の子規の日記の桜餅


【花鳥篇】

加藤知子
初蝶来羊水ゆるるカルデエラ
すかあとの裾半乾き走り梅雨
手に余るなお捕まえる蛍の死
ピンク本開いて夏野通り過ぐ


岸本尚毅
永き日の日本堂といふ菓子屋
陽炎が高々とこれみんな墓
チユーリツプ「コーポ幸」幸あれと
蝦の尾のひつかかりつつ蜷の道
姫女苑ぐらぐらとして茎硬く
青き空甘茶に暗く映りをり
鍋底のやうなる春の雲を見る


夏木久
花解体デルタの街の猫車
淘汰せし蝶を摘んで病棟へ
10階に水際の波五月雨の病院
海暮れて見舞へぬ五月病ひかな
春菊の残菊をいただく晩春をいただく
銭湯の富士からセザンヌの裸婦
風薫り策を弄してしまひけり


神谷 波
去りがたきうぐひすの声柿若葉
国中が暗澹たるに柿若葉
そのうちに雨は上がるさ柿若葉

2020年5月22日金曜日

令和二年 花鳥篇 第一(仙田洋子・杉山久子・大井恒行・池田澄子)



仙田洋子
春の宵じゃんけんぽんで負けて死ぬ
鳥帰る十字架運びゆくやうに
春愁の極みに巨象耳を振る
四月馬鹿待たずに逝けり志村けん
桜守野太き声を出しにけり
白鼻芯消えてしまひし花の山
始祖鳥の影よぎりけり春の月


杉山久子
雲梯にぶら下がり見る春の雲
春愁をまぜてタピオカミルクティー
亀鳴くや三千年の禁固刑


大井恒行
鳥よ毎朝悲愴にかわす春の言の葉
花ふぶく日月火水木金金
ゆずり葉のゆくゆくいずれ風の色


池田澄子
家々や春が寒くて かと言って
   浦風の途切れ仔猫が塀の上
べつにいいけど土手のぎしぎし手が届かぬ
二羽ずつの残り鴨かな川長し
豆の花他力本願難しき

2020年5月15日金曜日

令和二年 春興帖 第九(花尻万博・竹岡一郎・中山奈々・北川美美・大関博美・小野裕三)



花尻万博
蜷の道昼長々とありにけり
花降りて沼として薄まれる
浜風と背中を反らす花の中
木の国の鳥居の次の桜となり
半身に花を頂きイノブタらは
我儘に泣かされている昼の蝶


竹岡一郎
疫の春腹話術師の舌の赤
黄砂に紛れこはい寝首を搔くめえか
啓蟄や疫や正義や魔女狩や
「死すべきは死す」と逆打ち遍路這ふ
教室空つぽ恋猫さかり放題
疫神おぼろ首都マンホール次々跳ね
もともと死霊の息吸ふ我ら花万朶


中山奈々
蜥蜴が出てきた世界そのものがバベルの塔だつた
疫病の塔や春燈より崩れ
新聞の日に日に薄し花のあと
誰彼と保有の黄砂降りにけり
服をみな紫とせよ鐘おぼろ
どの国の言語で死者数を伝へやうかとすみれを踏む


北川美美
永き日の窓側に置く電波時計
花粉症湿り気のある黒土かな
春の夜の我は豆腐を抜けてゆく


大関博美
LEDランプにレタス盛りなり
悪女とはなれぬ青春シクラメン
どこからの白タンポポやパン工房


小野裕三(海原・豆の木)
亀あれば鼓膜の奥で鳴きにけり
寄居虫の散文的な歩みかな
数式を究めし学長花ミモザ
糸遊の丘へと歩む安息日
肉体は眠り始めて豆の花

2020年5月8日金曜日

令和二年 春興帖 第八(飯田冬眞 ・小沢麻結・坂間恒子・網野月を・井口時男・中村猛虎)



飯田冬眞
臘梅や含羞の色訥訥とつとつ
あくびして虚無を身に飼ふ恋の猫
愛の日のわが影乾き始めをり


小沢麻結
夜開く花に似て雲春立ちぬ
輪を半歩外れ立ちたり新社員
ポケットから洗濯挟み姫女菀


坂間恒子
イスラエルヘ帰る人あり朝桜
朝桜ほどよきところ梯子かな
はっきりしないのが勝か李の花


網野月を
薄氷あの子に踏まれるまで待って
出目金は遠い親戚ムツゴロウ
言葉遣いの知らない人と花疲れ
膝替えは兄弟弟子や弥生果つ
西東忌吾は孫弟子でありにけり
遅日の象師の面影を追っている
祈るとは諦めぬこと染卵


井口時男
春風やクラリモンドは自転車で
シャボン玉子らと子雀跳ねやすし
天地の開けておたまじやくしかな
我や悪相雪柳の花扱き取る
ウイルスの春ひつそりとケバブ売
春の雪はだらまだらに世界病む
惜しみなく無人の街の夕桜


中村猛虎
三椏のどの道行けどフラクタル
花の下抱き寄せようか押し倒そうか
卒業歌終えて少年のジハード
菜の花の濃厚接触しているか
春の夜の発音できぬあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛

2020年5月1日金曜日

令和二年 春興帖 第七(妹尾健太郎・なつはづき・小林かんな・山本敏倖・水岩瞳・五島高資・青木百舌鳥)



妹尾健太郎
早春の鳶佐和山へ舵をきる
眩しくて何も見えない目張かな
人間で残念連翹きっと香り満つ
春眠に出る点心に多めの酢
気象庁その中に鼻を振る穀雨


なつはづき
洗ってもまた手を洗うシクラメン
春雷や短いカッコ書きで恋
寄せ書きの文字ぎゅうぎゅうにあたたかし
土筆野や水の匂いの過去にいる
かざぐるまライオンすべすべとあくび
鞦韆漕ぐ言葉がいらぬところまで
ハリネズミひっそり針を立て春夜


小林かんな
春の雲ちぎれて犬の駆けてくる
雀の子蛤御門より入る
女性より高き声出るほうれん草
犬の毛に犬の目隠れ春の暮
蝶そして子どもの消える堤かな


山本敏倖
不定時の江戸の鐘音桜散る
墨東の交差点から鳥雲に
山水画に戻りかけてる花の精
遍路笠岐路の地蔵に被せおく
継ぎ繋ぐ津波のようなつつじかな


水岩瞳
麦踏んで思考の坩堝はまりけり
少年に内省の日々苗木市
黒板に晴れの文字あり三月忌
ルビー婚なんて知らずに木の実植う
さくら桜ひとりと孤独は違ひます


五島高資
  東日本大震災から九年を迎えて
手を合はせ蹲ふ浜や風光る
  志村けんさんを悼む
斃れたる身に滞る春の水
春陰や拳でまなこ支へたる
引き急ぐ春の潮こそ光りけれ
目を瞑り額に受けたる春入日
コロナ死とな言ひそ春のかはたれに


青木百舌鳥
遠桜へとつながらず墓地の道
風やみて花ひとつまたひとつ散る
花の山下りて白色灯の花
稲妻のごときフラッシュ花の山