2020年7月31日金曜日

令和二年 花鳥篇 第十(岬光世・依光正樹・依光陽子・佐藤りえ・筑紫磐井)



岬光世
紫蘭咲き高貴な人をつれてくる
受け継ぎし厨の広さ椎の花
黄の薔薇の朝をひらきて入る館


依光正樹
水草の花や名もなく美しく
河骨の一茎に神宿るやも
小鳥屋に小鳥を見たる若葉かな
舟少しうごくときある鵜飼かな


依光陽子
この夏やほつれと見えし花を剪り
カーネーションけふはやさしくせむと思ふ
たかんなよ薬指ばかりが荒れるよ
花よりも草の親しき安居かな


佐藤りえ
フランスに行かなきゃ糊のきいたシャツ
月のこゑきこえて青む大画面
月球儀猫に掻かれてゐたりけり
蹲るおほきな魚みたいに


筑紫磐井
老艶の芸は人なり水中花
古稀の春古きテレビを一日中
六年生とほくに見えて卒業す

2020年7月24日金曜日

令和二年 花鳥篇 第九(北川美美・小林かんな・椿屋実梛・下坂速穂)



北川美美
鶯や昨日の庭に手を入れて
みつちりと十薬の庭文字うつり
老鶯や巨石並べて庭石屋


小林かんな
黒南風や果実を龍と名づけたる
指笛は市場のおじい雲の峰
芭蕉畑より日焼けして子と大人
気圧910ヘクトパスカルソーダ水
海蛇を燻して吊るす朱の瓦


椿屋実梛
令和二年春がなかつた気がしてる
闇市のごとくマスク売らるる商店街
ひとりしづか巣籠り生活慣れてきて
自粛といふ言葉に慣れて豆ごはん


下坂速穂
真夜中の雨明け方の燕
行かぬ方の道うつくしく麦の秋
麦秋を見つめてしづかなる二人

2020年7月10日金曜日

令和二年 花鳥篇 第八(高橋美弥子・菊池洋勝・川嶋ぱんだ・家登みろく)



高橋美弥子(樹色)
下萌や産直市に人あふれ
春暁の悪夢を獏に食はせたし
春の月ラピスラズリを握りしむ
バタールを十回囓んで春時雨
春ショール三越前の閑散と


菊池洋勝(樹色)
石鹸玉飛べるソーシャルディスタンス
憲法記念日のテレビ会議かな
渋谷駅展望台へ蟻の道


川嶋ぱんだ(樹色、夜守派)
食パンの穴に足長蜂の穴
つばくらめきて向日葵の群のなか
夕立の溢れて沈下橋怒濤
夏蝶がどんどん増える無菌室
蛇口錆びれば蜈蚣這い触れられず


家登みろく
ほむら立つ日の出の中や伊勢詣
人が人厭ふ春なり疫病えやみ
風見鶏ぐるぐるときのけの春を
忍ぶれど恋の鼻歌チューリップ
南風待つ紙飛行機は芝の上に

2020年7月3日金曜日

令和二年 花鳥篇 第七(真矢ひろみ・渕上信子・曾根 毅・のどか)



真矢ひろみ
花篝焚いて百鬼のしんがりに
亀鳴くやカーナビ座標北にずれ
ロボットの長い瞬き風光る
飛花に顔上げて軌跡は眼裏に
素数てふ割り切れぬ数おぼろの夜


渕上信子
涅槃図や遠近法が変
手のとどく鳥の巣のからつぽ
さくらんぼ未完のグッド・バイ
堂々と玄関から蜈蚣
犬は片足上げ小判草
ちまむちまむと尺蠖虫は
なつれうり器をかへただけ


曾根 毅
花冷の枕の端が縮むなり
花筏妻の匂いを潜めたる
花客なり別れのときは離岸めき


のどか
朱の紅は覚悟の色や晶子の忌
燃え上がる草矢の射ぬく処から
石楠花や懐妊を知る日の鼓動
軽鴨やモンローウォークの母を追ひ
雛罌粟や転校生は帰国子女