2020年10月30日金曜日

令和二年 夏興帖 第十三(小野裕三・佐藤りえ・筑紫磐井)



小野裕三(海原・豆の木)
蜘蛛の巣に架かる幽霊みな透明
礼拝も口づけもなき薄暑かな
自転車の荷台に置かれパイナップル
浜木綿やヒッチハイクの二人組
岬へと当てずっぽうの径灼ける


佐藤りえ
水菓子に文添へてある映画かな
夏河にイルカの群れのやうな雲
猫のよぶこゑ 素手でさはつて良いものか


筑紫磐井
夏座敷妻がまる見えだから不安
少女s(複数形)脱いで 蛾となったり 蝶となったり
君が飲む私の溶けたソーダ水

2020年10月23日金曜日

令和二年 夏興帖 第十二(川嶋ぱんだ・中村猛虎)



川嶋ぱんだ(樹色、つくえの部屋)
水眼鏡してアクリルの向こう側
峰雲が分厚く白くピアノ弾く
虹がでるまでまちぼうけ白い雲
薫風が吹いて午後から椅子だらけ
捨て積まれゆく文春の紙魚だらけ
横たわる頭を蛞蝓がわたる
天井を煙草の煙這う蜈蚣


中村猛虎
一畳に足りぬ棺桶道おしえ
姿見の中で口開く原爆忌
中年の肉のはみ出す虫籠窓
カフカ読み終えれば足下の出水
爆発してこその爆弾草いきれ

2020年10月16日金曜日

令和二年 夏興帖 第十一(松浦麗久・高橋美弥子・姫子松一樹・菊池洋勝)



松浦麗久(いつき組、樹色)
夏空の青さに音符溶け出して
メロディーが光り始める夏の浜
この夏は優しさ取り戻せない夏
雲の峰希望を歌い続けたい


高橋美弥子(樹色)
高速の朝空まぶし袋掛
ペディキュアのはじけて青い夏の星
抽斗の奥の百円梅雨の月
ねむの花若き役者の逝く空や


姫子松一樹(青垣、関西俳句会「ふらここ」、樹色)
レガースのひたと吸ひ付く夏の昼
赤鱏を干せば現る人の顔
アロハシャツ着れば陽気に思はれる
サイダーに呼吸乱れてゐるこども
子鯰の腹に透けたる蚯蚓かな


菊池洋勝(樹色)
ダンボールベッド組み立つ初夏の風
甚平に着ける変身ベルトかな
リトマス試験紙の滲む夕焼かな

2020年10月9日金曜日

令和二年 夏興帖 第十(依光正樹・依光陽子)



依光正樹
大輪の花やしづかにものを書き
涼しさや手狭暮しに花ひとつ
蟬の色わづかに堅き晩夏かな
手を添へて鉄砲百合の趣きも


依光陽子
晴子忌の切実に散る花びらよ
ちちははに会へぬ日日草二色
風が吹く付箋のやうに外寝人
作庭の要の石や蟬時雨

2020年10月2日金曜日

令和二年 夏興帖 第九(水岩 瞳・のどか・下坂速穂・岬光世)



水岩 瞳
廃校の足踏みオルガンアマリリス
わたくしも並んでそよぐ夏木立
七夕竹終息の文字ここかしこ
捩花の選ぶ右巻き左巻き
混沌が混濁となる泉かな


のどか
月下美人魔女と契約した証
ミルク飲み人形にもと天花粉
前世での爵位隠してゐる飛蝗


下坂速穂
蛸はいつより海に棲む壺に眠る
其処な者毒消売か酒飲みか
蛸が壺出でゆくほどの月明り


岬光世
初夏や女庭師の道具入
内にある水音立てて葛桜
花束を簡単服の腕へ受く