2021年12月31日金曜日

令和三年 秋興帖 第七(依光正樹・依光陽子・渡邉美保・辻村麻乃・網野月を)



依光正樹
秋の蟬雨の間を少しづつ
行列が出来るパン屋も秋のこゑ
肌寒の着るべきものを腰に巻き
朝寒の小鳥の寄つて来たる家


依光陽子
刈り込んで金木犀や木の白き
秋蝶降下翅を失ふ日のための
無患子や木目を暈す雨の綾
木のかなた風のかなたの運動会


渡邉美保
露けしや夜の切株に棄て鏡
秋深しガラスの兎の耳の欠け
秋惜しむ高野豆腐を煮含めて


辻村麻乃
爽籟や秘仏の眠る奥の院
砂利を踏む音の疎らや秋日和
秋蟬の地に木霊して神楽殿
生まれるか今生まれるか台風圏
時限爆弾の如き孕み娘秋の虹
観音のやうな稚児ゐて九月尽
皆どこか軋みを抱へ天高し


網野月を
開かぬように雌ネジを嵌める牽牛花
性別は別せぬものに星祀る
外連味は無くしてしまへ黄コスモス
何もない畳の部屋や秋座敷
浦和にも夜霧に礼を言う奴が
心臓のあたりの痛み山粧う
秋の蝶脚に加わる力かな

2021年12月24日金曜日

令和三年 秋興帖 第六(眞矢ひろみ・岸本尚毅・小沢麻結・下坂速穂・岬光世)



眞矢ひろみ
AIの狂走止まる芒原
柿剥けばしづかに充ちてゆくちから
古伊万里の秋の金魚になりすます
誰何受く昇りきったる銀漢に
水澄みて三千世界迫りくる


岸本尚毅
外を見る猫を我見る秋の暮
歯を見せて太刀魚長し鯛の辺に
日は釣瓶落しや蜂は狩りながら
信厚く羊羹食うて秋遍路
柿供ふ白く綺麗な空海に
這ふ蟻に熟柿の皮の裂目あり
帽の子に秋潮深く澄めりけり


小沢麻結
ドビュッシー聞こゆるロビー秋の夕
虫時雨二階の浮かみゐたるかな
実椿や渡し場跡は川遠く


下坂速穂
おはやうとおはやうさんと冬支度
深秋の紅き蕾や明日も蕾
花と花噛み合うてをる曼珠沙華
すぐそこのはるかな月の光かな


岬光世
葉を影に影を楓に秋澄めり
無風なる人を離れぬ蜻蛉かな
仙人掌の爪立つときを星流れ

2021年12月17日金曜日

令和三年 秋興帖 第五/夏興帖 補遺(中西夕紀・浅沼 璞・青木百舌鳥・中村猛虎・なつはづき・小沢麻結)



中西夕紀

帰燕ありいざ演習の帆をあげて
はびこるといふ生きざまの草の花
豊年や力士の坐る二人掛け
馬肥ゆる隣国の船領海に
火恋しジュラ紀の骨のレプリカと


浅沼 璞
校庭は初秋で顔は瓜実で
稲妻や川はロダンの如うねる
電柱も人声もなき良夜かな
蜩と見おろしてゐる甃
さはやかに原発近き機影かな
鼻唄の右へ右へと木賊刈る
曲がりしな振り返るなり穴惑


青木百舌鳥(夏潮)
隅つこの水引草ののびやかに
へびうりの尾がへびうりの名札巻く
蓮の実に空室ひとつありにけり
塵埃をひろく浮べて水澄める
木々の曳く蔭も光も秋深し


中村猛虎
栗飯や縄文人の眉太し
花野来て幽霊子育飴を買う
火葬場の跡地の紅葉紅葉かな
捨て台詞にまとわりついて金木犀
月連れてロードショーのドアの開く
ミサイルのスイッチ埋める秋渚


なつはづき
目的地付近のはずのつくつくし
二百十日ウルトラマンはすぐ帰る
三分で出来る合鍵桃熟れる
草の穂や幼くなりたくて眠る
濃りんどう沼に女の名が付いて
茨の実呼吸正しき人といる
秋蝶が最後に止まる革の靴


【夏興帖】
小沢麻結
うつし世の疫病あまねく夏祓
水中に飽いて金魚の泡ひとつ
風鈴を鳴らしサラリーマンの指

2021年12月10日金曜日

令和三年 秋興帖 第四(小林かんな・松下カロ・木村オサム・夏木久)



小林かんな
魚津港へ女ぞくぞく稲雀
ひるがえる袂よ月は天心に
翌朝は蜻蛉流す石畳
八山の雨を束ねて鵙高く
山裾はまだ色づかぬ七竈


松下カロ
欲ふかき両のこぶしの烏瓜
烏瓜アンダーライン錯綜し
不在票ちらつくあたり烏瓜


木村オサム
老人の後ろ姿の虫の闇
ほおずきや大きめの服たまに着る
秋の蚊のときどき混ざる円周率
穴まどひ森に死体の多すぎて
冬瓜の放物線がラストシーン


夏木久
黙祷の澄みゆく時を曼珠沙華
銀河辺り密やかに死を解凍す
蛍光色重ね傷付く葡萄の海
白朝顔海の底より忍び足
扇風機それは淋しき銀河船
声明を少し発条ある夜舟ゆく
死体より眼鏡離れて土星の環

2021年12月3日金曜日

令和三年 秋興帖 第三(山本敏倖・曾根 毅・花尻万博)



山本敏倖
蔦紅葉見えない惑星空間を縫う
美学とは鵙の贄への道標
自衛隊にワクチン打たれ秋暑し
遠近法の記憶の誤差は三日月
羊羹買って十一月に逢いに行く


曾根 毅
ふたたびの廊下の暗さいぼむしり
十哲か否か団栗こぼれざる
常世とや風に稲穂の奥座敷


花尻万博
木の国のどの速達も鰯かな
煙草吸ふ一はなやぎに霧の海
頂ける藁塚ばかり星零す
弔ひに入りし花野に残りけり
蔦渡る戦欲しさに蟷螂よ
俯けば昔を降らす木の実雨
色鳥の瑠璃羽見せて燃えにけり

2021年11月26日金曜日

令和三年 秋興帖 第二/夏興帖 補遺(杉山久子・神谷 波・ふけとしこ・依光正樹・依光陽子・佐藤りえ・筑紫磐井)

【秋興帖】

杉山久子
何憑きし顔か葛の葉より女
夢に鹿森を生やして去りにけり
蚊の目玉スウプ一匙秋深し


神谷 波
口を開けるのもめんどくさい残暑
大雨の後勢揃ひ曼珠沙華
アフガンをぞくぞく脱出あかとんぼ
 明日は雨らし
ひかへめな嫦娥の艶や十四夜


ふけとしこ
あかちやんがバンザイしたよいわし雲
着崩しにしてもやりすぎレモン切る
団栗が降るぞ逢魔が時なるぞ


【夏興帖】

依光正樹
鳥どちの若葉の中に光りけり
だんだんに老いし掌芒種かな
海に来て蚊遣の淡き色を見て
花茣蓙の上を走つていく子かな


依光陽子
初蟬や樹齢等しき埋立地
新月に蟬と生れしか啼いてみん
夕立や手前の雨と奥の雨
逃したる鳥に囲まれ西日の家


佐藤りえ
青芝を転がつてゆく児童ふたり
芭蕉葉の奥釣り人の二三ある
審判も汗拭いてゐる草野球


筑紫磐井
遠い青春 美男美女美女避雷針
座談会に不遜なままでチエホフ忌
  しばしば小諸に行ったっけ
美美のなき夏来たり夏逝きにけり

2021年11月19日金曜日

令和三年 秋興帖 第一(仙田洋子・渕上信子・妹尾健太郎・坂間恒子)



仙田洋子
うさぎ小屋のにほひのむつと休暇明
ちちははの家の昏さや葛の花
チェンバロの音やんでをり秋の昼
空瓶で殴るせつなさ秋の浜
秋の蟬土蔵に罅のはしりけり
秋暑し墓地分譲の旗残る
踏切のかんかん鳴るや秋の暮


渕上信子
女郎花テレビ会議の背景に
秋の雷「昭和史」はいまB29
その花を想ひ出しつゝ石榴の実
コロナ禍や墓参叶はぬ今日子規忌
監督の名はMuscat美味しさう
彼岸花盛りを過ぎて鳶高し
長き夜の手紙の末尾with love


妹尾健太郎
旅ゆけば柿が鈴なり遠州路
打つ時を虚空へ飛ばす添水かな
藪枯何の倉庫か聞いたよな
いつからと思う時から虫の時
昼を君と何にもかむらない紫苑と


坂間恒子
曼珠沙華鉱毒事件おわらない
野牡丹の真昼を走る亀裂かな
夕暮れの鶴一羽いる違い棚

2021年11月12日金曜日

令和三年 夏興帖 第九(妹尾健太郎・渡邉美保・下坂速穂・岬光世)



妹尾健太郎
はるばる来たる祭の鼻の穴
そらまめのそらしどれみふぁそらのいろ
下り来て後ろびっしり蕗の丘
辣韮にチャンスとピンチある如し
縦のもの横にしてみる大暑かな


渡邉美保
完熟のパイナップルにある狂気
空蟬の背に仁丹を詰めてみる
瓜漬の真青なる色露伴の忌


下坂速穂
宿へゆく道にいくつか鮎の宿
箱らしきものを並べて鮎の宿
汗拭いて露地に昔を見てをりぬ
白雲の灼けて真白き雲になる


岬光世
サングラス掛けて娘の手を借りぬ
甘辛くにほふ川風アマリリス
枇杷の実の熟るる家なり立ち寄らず

2021年11月5日金曜日

令和三年 夏興帖 第八(ふけとしこ・林雅樹・家登みろく・小野裕三・池田澄子)



ふけとしこ
かはせみの切手で返す夏見舞
向日葵の丈や線状降水帯
行く夏をウバタマムシの長き擬死


林雅樹(澤)
犬の首輪光り新樹の夜を過ぐる
草いきれすごいマスクを外したら
虫入り放題破れし網戸より


家登みろく
二つ三つ氷菓家路を急がるる
影向の松片蔭といふ御加護
をぢさんはかつて小次郎捕虫網
驟雨去り驟雨のやうに街始動
夏雲潔白行くべき道は知らぬ道


小野裕三
サイダーの溢れ出したる希望かな
こいのぼり方向音痴でも愉快
宵祭本祭とも小雨かな
三伏の白きも黒きも放し飼い
「ぜんぶ嘘」プールサイドに告白す


池田澄子
災害級大雨予報以後涼し
蟬穴に突っ込んでみし指を扨て
蓮つぎつぎひらきおらんと寝返りぬ
夕立の先ずは匂いを先立てて
夏野あぁ光の匂いとはこれか
暗い目という比喩にまた夏は秋
無花果裂く我が生誕の覚えなく

2021年10月29日金曜日

令和三年 夏興帖 第七(井口時男・眞矢ひろみ・前北かおる)



井口時男
筋肉は饐えて五色の黴の花
ウイルスの吐息おぼろに合歓の花
蟇他人ばかりの死者の数
蜜流れ乳流れ難民流れ砂炎ゆる
真裸の少年ダヴィデに姫百合を
水瓶座の女しやがむや泉湧く
イカロス溺れ瀬戸は夕凪夕炊ぎ


眞矢ひろみ
夕凪や山幸彦の還らざる
夏マスクずらし滅亡予言など
石鎚の地肌削ぎ立つ涼しさよ
紙魚邂逅す岩波新書絶版に


前北かおる(夏潮)
疫病の衢に聖火燃やす夏
上空のカメラに替はり揚花火
プールより顔くしやくしやに泣きながら

2021年10月22日金曜日

令和三年 夏興帖 第六(のどか・夏木久・早瀬恵子・竹岡一郎)



のどか
幼き手にバナナを二丁カウボーイ
山法師の花や老ひたるニュータウン
旅行ガイドの付箋紙の増え秋隣
炎日や厳かにするトーチキス
寝ころびし青芝と息あわせをり


夏木久
寝室へ四角い夜の侵入後
パレード後の夢の広場の蝸牛
アフガンもロレンス在らず並ぶ銃
半畳の案山子の不味い性生活
永遠=銀河の底辺×時間÷2
海溝を回想ゆれて敗戦忌
紅型を魚の形に夜の海流


早瀬恵子
残暑とや吻に屏風を立てるごと
科学と政治ダリアかっと咲き
赤い遺伝子モルモット風人類に
てらてらとふふむ銀なり蛇曼陀羅


竹岡一郎
船溜り箱眼鏡より火があふれ
翡翠とわれ幽谷を遁れゆく
贄の決議が巴里祭の議事堂に
炎帝に医学部昏きまま吞まれ
河原より梯子すずしよ橋へ立て
涙形に鱗融けをり蛇去れば
山蟹の鋏や雨意に紅深み

2021年10月15日金曜日

令和三年 夏興帖 第五(大井恒行・鷲津誠次・山本敏倖・水岩 瞳)



大井恒行
紫陽花や忘れ上手は生き上手
夏空を眺め体中が痛い
葉月この五彩の雲に風に乗れ


鷲津誠次
鷺草や旧街道の投句箱
整備士の昼餉だんまり蝉時雨
朝涼やゲートボールの高笑ひ
男子寮の解体始む西日濃し


山本 敏倖
生前へ揚羽の後をついていく
ひまわりのトルテ二等辺三角形
感情は展覧会の弱冷房
油蝉廃車置場の出口かな
噴水の規則性のない楕円


水岩 瞳
黴の世や見えぬ黴ふく何処をふく
ワクチンの是非のもやもや髪洗ふ
開脚も逆立ちもせぬ素足かな
オリンピック中止すべきとキャベツ抱き
金メダル幾つ取つても黴の国
蚊を叩く快感は血をともなへり

2021年10月8日金曜日

令和三年 夏興帖 第四(辻村麻乃・曾根 毅・小林かんな・望月士郎・神谷 波)



辻村麻乃
夕闇の道塞ぎたる蟾蜍
勢ひのいや増す川瀬河鹿鳴く
昼寝覚赤子の窪み残りたり
夾竹桃歯科医の指の苦みかな
歌声や実梅落ちたる隠沼に
老鶯応うる水の流れれば
蛍光灯点いては消えて梅雨の宿


曾根 毅
泥酔の女を愛し山棟蛇
骨と骨ぶつかり鳴れる夏蒲団
心経や蓮のつぼみを湿らせて


小林かんな
園丁に暇をやりぬ巴里祭
青ひげ公露台についている花粉
物部氏ここに敗れし未草
深く礼本殿に蚊も参る頃
緑酒の杯一斉に浮く夏座敷


望月士郎
ほたるぶくろ黙読のふと独り言
白地図の上をどこまでも白靴
プールより人いっせいに消え四角
ががんぼの脚取れ夜が非対称
湖にひらく掌篇オオミズアオ


神谷 波
やまももがいつぱいラジオからジャズが
曇天やかきまぜかきまぜやまもも煮る
やまもものジュースをおませな女の子と

2021年10月1日金曜日

令和三年 夏興帖 第三(加藤知子・仲寒蟬・網野月を・岸本尚毅・坂間恒子)



加藤知子
新緑を絞めた手明日は浦安
はつ夏の天使の羽はみゅうと鳴く
江戸川水門無痛分娩痛のあり
前面に女陰あらわが五月晴
青葡萄シーラ・ナ・ギグの宿りかな


仲寒蟬
空中に鳥静止させ青嵐
門柱に薔薇を這はせて魔女の家
葛切を加筆されたる壁のメニュー
裏口の水桶に酒登山小屋
中洲に鵜鳴くほどに月昇りゆく
背泳ぎの雲呼び寄せてをりにけり
両足を海へ突つ込み虹くつきり


網野月を
性別は別せぬものに星祀る
天皇が頭を下げて秋めきぬ
平和とは油絵の餅か玉葱
ひしゃげた奴が元気な馬に瓜と茄子
手踊の外輪をそつと抜けにけり
寒蟬や外灯一つ幽霊に
テレビの中のつづくの文字や法師蟬


岸本尚毅
紫陽花が頭の如く暗がりに
来ては去る人に雨だれ虎が雨
黒雲のしづかに蟬のなきつづけ
墓原や空蟬草に墓石に
梵妻の粉もてつくるソーダ水
明易や見えて色なき家具調度
避暑の町淋しやアーティチョーク枯れ


坂間恒子
虹ふたえ額田王袖をふる
青芒風の言葉を研いでいる
薔薇(そうび)拒食症の眼とも
仙人掌を捨てし日のことはくらやみ
黒揚羽柩の蓋をあけにくる

2021年9月24日金曜日

令和三年 夏興帖 第二(渕上信子・木村オサム・中村猛虎・花尻万博)



渕上信子
生麦酒オータニサンのホームラン
子蟷螂世界を敵に廻すなよ
ボリス・ジョンソン面白き人アイス・ティー
径はゆるく右折してをり遠郭公
アイスキャンデー感染者数の棒グラフ
七夕や夢つつましく叶ひがたく
箱庭に幸福なひと立たせたり


木村オサム
耳一つ落としておかむ蟻地獄
手相見が言う「蟻地獄しか見えぬ」
独り言多し隣の蟻地獄
蟻地獄だらけだが吉兆らしい
仰向けの死顔にある蟻地獄


中村猛虎
 「テロ」
詠む人しか読まない句集水羊羹
人間の進化の先の蝸牛
ステージ4螢を逃してあげたのに
暗黒物質の中より竹婦人
蓮の実飛ぶイスラム国の空白地
人類を繋いでまわる揚羽蝶
ブラックホールに飛び込んで行く蟇


花尻万博
吊り橋のどこ揺らしても母が居て
初めての流灯会子にきらきらす
昼蜥蜴砥石の水を曳きゆける
目覚めたる子に晩涼の上座かな
寂しさの似たり寄つたり簾揺れ
花火の夜水に何かの気配する

2021年9月17日金曜日

令和三年 夏興帖 第一(なつはづき・堀本吟・飯田冬眞・青木百舌鳥・杉山久子)



なつはづき
あの言葉この言葉夏野から持ち帰る
辰雄忌や驢馬柔らかく風にいる
カタカナが舌にもつれて梅雨寒し
夕虹や心が透けそうなドレス
炎帝がみっしり席を埋め五輪
裸足から幼さ消える片思い
のうぜんか会釈のように日差し揺れ


堀本吟
長い触手がゆるゆる水母水くさし
炎天のマスク脱ぐまいエチケット
歩道橋犬とマスクをして夫人
朝顔や水道工事の穴だらけ


飯田冬眞
憲法記念日池にはびこる外来種
修司の忌澤田和弥のいない夜
夏の星宿のタオルを首にかけ
語り継ぐ革命前夜ジャスミンよ
朝帰り月下美人を置き去りに


青木百舌鳥(夏潮)
花あふち木蔭に風を招じけり
バナナ撮る足を揃へて裸婦のやうに
畳まれて記憶小さし梅雨籠り
夏草の花ののんどを擦る葉も


杉山久子
蜘蛛黒く太りたる嵌め殺し窓
剽窃のしづかな蠅として集る
マスクよしっ滅菌シートよしっ晩夏

2021年9月10日金曜日

令和三年 花鳥篇 第十一(仲寒蟬・早瀬恵子・井口時男・佐藤りえ・筑紫磐井・のどか)



仲寒蟬
梅林に迷ひしことは伏せておく
鶯の森の明るさ湖よりす
三方に奇岩絶壁桃の村
草を編むネアンデルタール人の春愁
お若いですねと言つて筍をもらふ
しまはれぬ翅だらしなく兜虫
海月に聞けその海流のことならば


早瀬恵子
スノッブな風のごちそう花見鳥
花パワー天地返しの自粛の園
バロックはロックのオンかパンジー茶
而して母の金魚は喪の素振り


井口時男
春宵の「居酒屋馬酔木」灯りけり
逃水や王国いくつ亡びたる
遠富士へ言の葉若葉ちぎり行く
すひかづら日暮の母の足の裏
ルノワールの少女らにサァ薔薇の鞭


佐藤りえ
測るがに尾を振り回す春の牛
枇杷の実や蓋を組み合はせて遊ぶ
デスメタル聞かば聞けとし夜光虫


筑紫磐井
ドクホリディは死なず炎天なる決闘
助五郎(きょうかく)を葦原雀贔屓にす
  北川美美を思い出し
死んで十両生きて五両の洗鯉


のどか
白鳥座へ戻る交信時計草
素足の子ペディキュアでする自己主張
父の日の似顔絵に濃き鼻毛まで
木耳や百鬼夜行に遅れたる
勝鬨や木耳数多亡者めく

2021年9月3日金曜日

令和三年 花鳥篇 第十(下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子・網野月を)



下坂速穂
花の雨花の嵐となりつつあり
空にありし枝を集めて烏の巣
つつ立つてゐるは燕を見てゐたる
青葦や人は遠くへゆきたがり
   

岬光世
葉桜やバックハンドがまだ苦手
硝子戸の閑かに昏き杜鵑花かな
浜木綿の花もやもやと咲き初めて


依光正樹
春禽のよく鳴くこゑもおもてなし
鰻食うて旬の花々活けもして
日々のもの食うてうれしき夏料理
水草の花やあたりをうち鎮め


依光陽子
叢雨や砂を噛んだる野梅の根
うぐひすや色を少なく咲く庭に
かなしみの消し方茅花流しかな
ふりほどく光は夏のかもめかな


網野月を
記入漏れの生年月日若葉騒
ハンカチもリボンも黄色麦の秋
梅雨流すステンレス製すべり台
誕生日に満期の定期夏至る
白ワイン赤でもショーレ薄暑光
うかつにも女性専用車に雷火
欲張りな女神に捧ぐ火取虫

2021年8月27日金曜日

令和三年 花鳥篇 第九(なつはづき・竹岡一郎・堀本吟・飯田冬眞・青木百舌鳥・水岩 瞳)



なつはづき
青鬼を泣かせてしまうバレンタイン
春の雪触れたい唇を探す
末黒野の微かに匂う夜深し
寄居虫や手なずけられる闇ひとつ
シュレッダーごうごう桜散り始む
四月馬鹿腹話術師の長まつげ
寝袋の耳だけ冴えて遅桜


竹岡一郎
宇宙卵つつめる花もありぬべし
沈丁花ほとに薫らせ暴君たり
はるうれひ昭和硝子の星の紋
澄みゆけり虹煮る姉のひとりごと
有刺鉄線灼くる禁忌のペンチを手に
糸巻回る空蝉めくれ裏返る
ぐつちやぐちや麺麭とケーキと巴里祭


堀本吟
急坂をまろぶまさかの蟻地獄
紫陽花の路地の三方行き止まり
紫陽花は見知らぬ路地に核のごとし
密かにもあわき水母に刺されたり
白い蛾がどこかの星と戦争中


飯田冬眞
鰊空後ろの山に狐憑き
遥かなる千島樺太蜃気楼
山伏の影を離れず春の蝶
蝦夷の蚕屋熊の爪痕深々と
事故現場囀だけが残りたる
点滴の刻む祈りや春の虹


青木百舌鳥(夏潮)
何もない青空があり雉の声
猫うららうなじ搔くとき片目あき
クレソンは咲き小魚は跳ねつづけ
白玉やリビングにあるお仏壇


水岩 瞳
ポスト迄なれど浅黄の春ショール
あの時のわたし許せぬ飛花落花
朧夜や赤鉛筆の好きな○
大学のチャペルは涼し黙涼し
地下鉄のカーブの軋み手にダリア

2021年8月20日金曜日

令和三年 花鳥篇 第八(松下カロ・家登みろく・鷲津誠次)



松下カロ
アドバルーン山椒魚の見し夢は
十薬の葉か人形の心臓か
山椒魚夢より覚めて後ずさり


家登みろく
夫を待つ春の北斗の下に待つ
しあはせの輪郭確かおぼろ月
結末は春風に遣る花占
夫の駆るバイクの音よ麦の秋
五輪来るぬ東京タワーに夏の霧


鷲津誠次
囀りや検針員の忍び足
無人駅に父の下駄の音雨がえる
老施設となりし母校よ花は葉に
洗濯屋の蒸気たわわに夏うぐいす

2021年8月13日金曜日

令和三年 花鳥篇 第七(眞矢ひろみ・浅沼 璞・内村恭子)



眞矢ひろみ
全身を覆う看護師袋角
はくれんや白とは空で無ではない
蕗味噌の苦み男娼連れ歩く
ぶつ切りの蛸の総身を逆算す
柘榴咲く六は完全数だから


浅沼 璞
金蘭のあかるさ肉のまろやかさ
襖絵の龍の瞳やうすら繭
月涼し鸚鵡無言のまゝ飼はる
日や弓のしなりて海は夏の海
短夜のマウスピースは水の底
母の日は大陸父の日は列島
首浮かしゆく夏霧の向うがは


内村恭子
アクリル板だらけ金魚になつた気分
非接触電脳決済冷房裡
断捨離もし尽してをり走り梅雨
椅子に×(バツ)もしくは蓮の花の鉢
吊り革につかまる手なき薄暑かな

2021年8月6日金曜日

令和三年 花鳥篇 第六(林雅樹・前北かおる・小沢麻結)



林雅樹(澤)
桜散る世界残酷物語
緑道を夜通し歩く躑躅かな
新緑の樹海にずつと呼ばれてゐる


前北かおる(夏潮)
葉桜や昭和のままの西武バス
新緑の径に山門細身なる
万緑や雪国のごと屋根厚く


小沢麻結
春日傘引き寄す風と行きたがる
砂粒を払ひもう見ず春の海
青葉風興行中止の立札に

2021年7月30日金曜日

令和三年 花鳥篇 第五(渡邉美保・望月士郎・辻村麻乃)



渡邉美保
海光や翼稚き巣立鳥
幼鳥のはばたく構へ大南風
鳥ごゑは鳥声を呼び新樹光


望月士郎
春陰はガーゼの匂い少しめくれ
逃水にときおり跳ねてわが魚
捕虫網かぶせるための弟欲し
老いという静かな点線蟻つまむ
幻聴のようにオオミズアオを見る


辻村麻乃
入学式むんと胸張る双子かな
翩翻と旗ひるがへり青嵐
裏口に「星のタンゴ」てふクレマチス
海霧や夕闇迫る時計台
箱庭や幽閉さるる偏屈王
袋小路狂つたやうに鳴る風鈴
緋のダリア夜行列車に顔を挙ぐ

2021年7月23日金曜日

令和三年 花鳥篇 第四(ふけとしこ・神谷波・小林かんな)



ふけとしこ
フェイジョアはつぼみ私に初蚊きて
さっきまで雨喜んでゐた鉄線
たんぽぽの絮も雀も雨の中


神谷波
小綬鶏の呼べど叫べど死んだふり
山に藤五輪五輪とあほらしや
その声の今日喧嘩腰ほととぎす


小林かんな
ぶらんこをこつんと降りて共犯者
土の上で死にたかったろヤモリの腹
高山寺蛙の喉のふくらんで
啜る人干す人梅雨入近き月
夜の新樹父の咆哮もう沈む

2021年7月16日金曜日

令和三年 花鳥篇 第三(坂間恒子・中村猛虎・木村オサム)



坂間恒子
からすうりの花サックス咆哮す
黒揚羽ダリの時計にふれるかな
フラメンコダンサー手拍子立葵
阿修羅像の片鱗しめす宵待草
倒木に五匹の子亀暗くいる
    

中村猛虎
 監視
揚雲雀追いかけていく縄梯子
深呼吸して細胞に木の芽吹く
高速道にもんどり打ちて山桜
囀りに踝まで埋まる
パソコンの全てにカメラ花の冷え
菜の花の非常ボタンに届かざる
チューリップ君のどこにも翳がない


木村オサム
梅日和片手だけ出す箱男
本を読む人の手を見る花の昼
囀りや疲れた影が先に浮く
陽に透かすリポビタンD麦の秋
若作りしてさくらんぼもらひけり

2021年7月9日金曜日

令和三年 花鳥篇 第二(岸本尚毅・渕上信子・山本敏倖)



岸本尚毅
額から鼻へしづくや甘茶仏
バンザイをさせて小さき子猫かな
埼玉は草餅うまし雲白し
その人の墓ある山に鳴く蛙
陽炎の尖の震へてゐるところ
薄赤き塵となりつつ桜蘂
てつせんの花喰ふ虫や葉も少し


渕上信子
マーキングみたいに散歩春寒し
人丸忌いかなお方でおはせしや
昭和史の複雑すぎる昭和の日
春はやて風見の鳥を軋ませて
猫の手でこと足る用事小判草
感染予防手順が違ふ老い鴬
夕涼やみんなマスクをして真面目


山本敏倖
枝垂れ桜己の影を嗅がんとす
手のひらに残花の残響匂いけり
見えない糸の遺伝子辿り鳥帰る
酔狂の素性外せば水中花
蟻の穴人差し指が襲いくる

2021年7月2日金曜日

令和三年 花鳥篇 第一(仙田洋子・曾根 毅・杉山久子・夏木久)



仙田洋子
揚雲雀わたしを空へ招いてよ
少女らの駆けて菜の花蝶と化す
白躑躅ティッシュペーパーのごと溢れ
百千鳥同じ地球を借りてゐる
太古よりつづく大空軒菖蒲
遠くより恋の兆しの日雷
夏河原朝日のやうな夕日かな


曾根 毅
石室の大きな隙間山桜
飛花落花胡麻の風味のランドセル
迎撃や桜と桜の間から


杉山久子
すかんぽのさみしきほどに丈高く
剥きかけのバナナを持つて眠るなよ
ブラウスに葉桜の影ららららら


夏木久
逃水と太陽の影闇市に
難色を避けて余白に逗留す
病院の影に寂れて椅子を待つ
とある星の空蝉ホールのリサイタル
その一語絡め取るには棘棘が
幽霊の中の数人ホームレス
徐は街壁画伯の深層考

2021年6月25日金曜日

令和三年 春興帖 第九(依光正樹・依光陽子・井口時男・佐藤りえ・筑紫磐井)



依光正樹
花冷の雄蕊をひとつ拾ひたる
春禽のものも言はずに身ほとりに
春寒のふざけあひたる仲や何
花筏もうひとひらを乗せてみたし


依光陽子
聴きゐるは滂沱の無音春の鵙
舟揺れて君は揺れずよ鳥帰る
イヤホンの落ちてゐる椅子春の雪
蝶々を捕へし網をかるくねぢる


井口時男
うらゝかや老漫才師鳩まみれ
何事も「させていたゞく」とか土筆
春ぢやものらしやめん金魚赤いベゞ
祝婚や曳舟からの花便り
金雀枝やいのち傷みて母逝きぬ
母逝きてすみれかたかごれんげ草
春の野に女童(めわらんべ)の母遊ぶらん


佐藤りえ
雲雀野にくだものの匂いがするわ
切り通しいよいよ無人余花曇
ちり籠に桜はなびらかたまりて


筑紫磐井
マスクして沈黙の春ばかり
井戸端で茶壷に嵌る老いの春
  鈴木明氏
春闌けて白にて仕舞ふ全句集

2021年6月18日金曜日

令和三年 春興帖 第八(林雅樹・渡邉美保・浅沼 璞・水岩 瞳・下坂速穂・岬光世)



林雅樹(澤)
形式的辞職願や夕桜
チューリップ濃し退職の花束に
あたたかや傘にさえぎらるゝ視界


渡邉美保
梅林を通り過ぎたる鈴の音
霾や厠に古き世界地図
街灯に造花めきたる花水木


浅沼 璞
梅林の折れ線つつがなくグラフ
日を舌に感じてをりぬ石鹸玉
さきに敷く春の布団をひろびろと
みんなしてたらりとすごす花きぶし
花散るを通りがかりの空にみる
よろこびの急坂にして百千鳥
ほの暗き藤が廊下をたれてゐた


水岩 瞳
いつどこで誰が何して建国日
此処までと堪へきれずに亀の鳴く
四月馬鹿続く此の国何がホント
石投げて壊す片片春の水
雑草も芥ものんで花躑躅


下坂速穂
帰りたる葉ずれの中にゐし鳥も
人見知りする掌に田螺かな
空き部屋の多きアパート柳の芽
Bar閉ぢてその奥に棲む干鱈かな


岬光世
野遊びやうとまれてゐて駈くる風
根菜のゑくぼを洗ふ春の水
本を読む背や春潮の太平洋

2021年6月4日金曜日

令和三年 春興帖 第七(小沢麻結・松下カロ・早瀬恵子・小林かんな)



小沢麻結
警告は一度春雷二タ三度
胸深く吸へば痛みや沈丁花
春の沖いつかその地へその浦へ


松下カロ
しやぼん玉おとなになんかならないよ
春泥の中で誰かが泣いてゐる
ひとり吹きひとりが壊すしやぼん玉


早瀬恵子
ミルキーな夢の一歩よ丑の春
紐育(ニューヨーク)ニュー育児の春爛漫
さくららん星空ライブのユーチューブ
変異株比度屋(ひとや)の国になりたまう


小林かんな
怪の字の頁がひらく春の宵
春満月扉の奥にサラサーテ
井筒へと通う百夜の藪椿

2021年5月28日金曜日

令和三年 春興帖 第六(妹尾健太郎・望月士郎・眞矢ひろみ・神谷 波)



妹尾健太郎
ろうそくの焔と似たる白魚かな
指で土落とすだけ野蒜すぐ齧る
ちょっとちくっとしますよ草餅
夢に立つ栄螺の殻を抜け出して
春鰯転がるさしずめ真人間ほどの


望月士郎
ひとひらのどこからかきて春愁
点滴と心音シンクロして透蚕
秒針がちくちく痛い木の芽時
風光る睫毛とっても不思議草
たんぽぽの絮を吹くとき無人の駅


眞矢ひろみ
背に縄を垂らす春夜のカレーパン
春月は軽く人類無かりせば
春愁か身ぬちを巡るワクチンか


神谷 波
連翹やジーパン乾き喉渇く
仲直りのいちご大福鳥雲に
今更オリンピックなんてつばくらめ

2021年5月21日金曜日

令和三年 春興帖 第五(杉山久子・網野月を・木村オサム・ふけとしこ)



杉山久子
列柱のひとつに凭れ春の闇
陽炎の奥の扉は地へつづき
夢殿を出でくる桜吹雪かな


網野月を
ブランチのホットコーヒー月曜日
火曜日の雨の日の朝火の匂ひ
水曜日小雨はやがて花曇
木曜日週に一度の出勤日
リモートは隠れ休日金曜日
独りぼっちの土曜日が来て春日和
四月とは毎日毎日日曜日


木村オサム
同姓の表札眺む春の昼
囀りや抜糸したての後頭部
陽炎の端でどっちつかずの挙手
朧月みな浄瑠璃の顔になる
仰向けに寝るは人だけ春の虹


ふけとしこ
定位置に箒塵取り朝桜
はなびらの落ち着く先の無きままに
桜蘂流れて二羽の鳰

2021年5月14日金曜日

令和三年 春興帖 第四(青木百舌鳥・山本敏倖・堀本吟・中村猛虎)



青木百舌鳥
下萌に舗道はゆるき下り坂
山茱萸のゆたかに花を爆ぜにけり
芽木の名をあれは欅と眩しみて
草萌をけふは仰ぎて土堤散歩


山本敏倖
春の野に鼻毛のような飛行船
遠くまで初蝶のままこのままで
網膜に春の月呼びノクターン
さえずりや平行四辺形のまま
異端派の能の系譜や竹の秋


堀本吟
洛北の運河日影る桜花
蛇が出る穴いえ揚げたてのドーナツ
ウイルスは感心虚心坦懐な


中村猛虎
歩数計壊れて君を卒業す
ハンカチの自販機のあり鷹鳩に
受験子の母の大きな独り言
雑巾掛け尻の高さに蝶の道
土手に腰掛け土筆に愚痴る
四本の脚の其々青き踏む
父の記憶妻の記憶の海苔黒し

2021年5月7日金曜日

令和三年 春興帖 第三(前北かおる・渕上信子・辻村麻乃)



前北かおる(夏潮)
今はまだ獣医の卵厩出し
友垣を結び直して山笑ふ
逆風に引きあげられて鳥雲に


渕上信子
そのむかし踏絵ありけりタンポポ黄
山茱萸に蝶は隠れてゐるのだらう
『昭和史』は楽しくはない冴返る
検眼に春の憂ひを覗かるる
春ぼこり古本市のぞつき本
機嫌良く亀鳴くを聴く夫の暇
姪のおめでた猫のおめでた麗けし


辻村麻乃
名を呼べば子音抜けたる春の風
妣からの遠き小言や飛花落花
指先に満ちる血潮やチューリップ
土鳩の声深く入りたる花の闇
春時雨中華屋換気のぶんと鳴る
杣小屋の朽ちて連翹咲き満ちる
どうしても引きちぎれたる野蒜かな

2021年4月30日金曜日

令和三年 春興帖 第二(仲寒蟬・曾根毅・坂間恒子・岸本尚毅)



仲寒蟬
「ほ」と口を開くるかたちに梅の花
補助輪はづれ春風となりにけり
戦さなどやめて草餅でも食はう
たんぽぽの途切れしところ船着場
雲すこし混ぜて編まれし春帽子
ふらここや天より取つて来し楽譜
蠅生まる幻想交響曲の鐘


曾根毅
ガーベラをときどき眺め受験生
花粉症首から黄ばみはじめたる
花粉症受話器に耳を当てながら


坂間恒子
海桐の実手に切り傷のある景色
ほうぼうの尾鰭の戦ぎかの子の忌
大仏の背中がひらく惜春


岸本尚毅
春立ちし海や日暮に間のありて
子供泣く三人官女冷然と
なつかしき粉よ欠片よ雛あられ
春や昔の春ならぬ我が吹出物
埋もれてゐる団栗や地虫出づ
砂白く流れし跡や春の雨
磯巾着保育士は髪かきあげて

2021年4月23日金曜日

令和三年 春興帖 第一(のどか・大井恒行・夏木久)



のどか
寄居虫の手本地球の歩き方
太陽であったおみなよ花ミモザ
“ローランの美女“の吐息や霾晦
さくら餅付喪神なる皿へもり


大井恒行
陰卓というさびしき丘や春隣
軍旗また興亜を祈り花の森
幼年や焦土にありしかの牡丹


夏木久
淘汰して空誂えり紋白蝶
瘡蓋のように瓦礫をあっ菫
銭湯の富士へ太郎は旅立ちぬ
ヴィーナスを視線で縛り付け春宵
執拗に執事が春夜を叩き執着
サヨナラの切手を雨で霞草
墨蹟へ棹差すように花筏

2021年4月16日金曜日

令和三年 歳旦帖 第十二(井口時男・五島高資・佐藤りえ・筑紫磐井)



井口時男
去年今年ゴヤの巨人の一跨ぎ
黒い絵の部屋にみゝしひ去年今年
雪嶺はるか後退り行くわが帰郷
雪嶺かゞやくこの現し世へようこそ
マスクの下のカイゼル髭や信田妻
ナルシスの指わなゝくや寒卵
春寒やメールの言葉やゝ尖り


五島高資
若水を赤秀と分かつ島根かな
初富士の穢土を憂ひて空にあり
立ち返る年の孔雀の助走かな
蓬萊や浦に翁の隠れたる
雲間より天見ヶ浦の淑気かな


佐藤りえ
パパイヤの木にパパイヤの初明り
初御空ひむがしへ行くおほみあし
 悼 北川美美
虎と龍従へ空つ風に乗れ


筑紫磐井
年の鐘ひびかぬ夜を迎へけり
人間ひとのゐぬ草木世界春や嘉し
「今年逝った人々」が溢れてゐる

2021年4月9日金曜日

令和三年 歳旦帖 第十一(中村猛虎・小野裕三・飯田冬眞)



中村猛虎
初詣やっぱり僕は日本の子
トーストの飛び出し損ね女正月
テーブルにイヌの骨壷年の暮れ
金箔のこぼれて加賀の祝箸
ウーバーイーツの銀輪光る年の暮
リセットすスマートフォンの初神籤


小野裕三
棒読みのような書き初め飾るかな
ストリップ劇場にある宝船
手毬唄町より橋の大きかり


飯田冬眞
鉄塔の奥に初富士構へたる
へその緒の函に金文字初雀
ともに来てばらばらに去る嫁が君

2021年4月2日金曜日

令和二年 冬興帖 第十(早瀬恵子・家登みろく・佐藤りえ・筑紫磐井)



早瀬恵子
 追悼句
虹のかなたに美美さんのバスケット


家登みろく
極月や行く人なべて荷を運ぶ
枯葉吹き入るや飯屋に客入る度
鯛焼きの背ビレの硬さ友を待つ
濡れたやう寒夜の新のアスファルト
白鳥の離れふたたび水黒む


佐藤りえ
葱の字の心あやふくたうとけれ
犀抱くちひさな牛や冬銀河
雪踏の背中明るく暗く立つ


筑紫磐井
  眠る兜太
異形畸型の詩を生んだひと二月尽
狼星張りこんでゐて犯罪つみ未だし
我が視野を白き邪魔者時々殺意

2021年3月26日金曜日

令和二年 冬興帖 第九/令和三年 歳旦帖 第十(小野裕三・飯田冬眞・妹尾健太郎・浜脇不如帰・五島高資・下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子)

【冬興帖】


小野裕三
プレッシャーに強き青年悴めり
鳰の岸幽霊話ある酒場
オーバーの自由な色で吊るされり


飯田冬眞
寒椿奔馬のごとき運命線
冬の蝶壊るる色を引きずりて
冬木立鏡の国に迷ひこむ
寒木瓜の瘦せて原色のくちびる
寒明の紙は一途なる凶器


妹尾健太郎
妙薬の角狩人の手には無し
にょっぽつりつららのつらのうつらつら
物さがす冬服のどれみふあ
縄跳に時化はじめたる校舎裏
この辺かやや下か大根の首ねっこ


浜脇不如帰
おんらいんしょっぷのシラタキのカラミ
虎河豚はあぶらぎらないフルボディ
「ほんじゃこりゃぁ」Gパン畳む寒夕焼
敗北に得るもの診出す河豚鍋
カピカピが新米ならば缶バッジ
生きて置く要するに意地寒鮃
主イエスの血さらりキッパリ霜柱


五島高資
乗り降りもなくドア閉まるレノンの忌
星空やマスクを取りに帰りたる
飴玉を落として洗ふ寒九かな
寒林や赤色灯の駈け廻る
涸れてなほ夜の病院に水の音


【歳旦帖】

下坂速穂
近況のさても短き雑煮かな
寒紅や江戸の鬼門に棲んで佳き
足音の風のごとしや寒念仏
人去りて人あらはれて露地寒し


岬光世
初凪へ斉しくあらむ願ひ事
切山椒開化の町に商へる
親筆や上寿を記す年賀状


依光正樹
人待つてゐるせはしさに年用意
年の瀬のコートまとつて暑がりで
年の音ひとつひとつの芽が生きて
眺めては灯りがあたり年の花


依光陽子
極月や我が笑ひ声遠のき
見えて来るものを見るべく初旦
星を読む人のことばを仏の座
一月や動かないもの動くもの

2021年3月19日金曜日

令和二年 冬興帖 第八/令和三年 歳旦帖 第九(岬光世・依光正樹・依光陽子・花尻万博・大井恒行・中村猛虎・浅沼 璞・眞矢ひろみ・水岩瞳)

【冬興帖】

岬光世
手袋の達者に紐を結び終へ
雪曇蟹のととのふ昼の競り
使はざる日日しんしんと年惜しむ


依光正樹
冬霞駆けていきたき道なれど
御降りのひとりぽつんとしてゐたる
あの人が月を指さし冬はじめ
立冬のはじめましてといふ声と


依光陽子
息を吸ふそのとき雪の気配して
頭に寄する波もありける千鳥かな
君はもう君の言葉となりて冬
冬美しき羽で美美忌と空に記す


花尻万博
猪を食めば流れる音ありぬ
字引より不確かな鮟鱇の灯よ
一束の魂を嗅ぎ出す猟の犬
寒鯉や夢の続きのつまらなさ
透かし絵に時折り刺さる枯木かな
室の花その首垂るる色あるや


大井恒行
茫洋と煮る大根やキー・ファクター
氷り晴れのとめどなき午後青い昼
国防ややがて明るき鳥に寒


中村猛虎
食堂に口が並んでいて寒し
積み上げしドラム缶より冬の月
存在のR指定の海鼠切る
非常口に十二月八日の抜け殻
風呂吹の湯気の向こうの都市封鎖
立山連峰背負いて拾う海鼠かな
冬ざれのざの音にある不誠実


【歳旦帖】

浅沼 璞
のびやかに育てて切るや雑煮餅
うし年や餅咀嚼して横坐り
牛肉の部位もばらばら福笑
手遅れといふ遅れなり初電車
ぽつぺんの右の鼓膜を小人かな


眞矢ひろみ
元日の日をおしのけて朝刊来
若菜摘む陰に生る根を探しつつ
初風呂の初潜りかな頭一列


水岩瞳
この星の神は寄り添ひ年を越す
去年今年貫く棒やコロナの禍
空いちまいあれば希望の大旦
初春や顔あげてゐる陶の牛
名も体もめでたきものよ福寿草

2021年3月12日金曜日

令和二年 冬興帖 第七/令和三年 歳旦帖 第八(岸本尚毅・浅沼 璞・眞矢ひろみ・加藤知子・水岩瞳・下坂速穂・田中葉月・林雅樹)

【冬興帖】

岸本尚毅
波立てて遊ぶ我居る柚子湯かな
陽気なるもの冬雲とアドバルーン
霜柱舐めたる如くつややかに
冬晴の雲の曳かれてゆく如く
何淋しとてにほどりの淋しさは
子供らはひねもす墓地に落葉蹴る
もの買へばサンタクロースお辞儀して


浅沼 璞
鹿の顔に似た人もゐて牡丹雪
排水のほそぼそ氷る山羊の舌
永遠に笑窪はマスクしてゐたる


眞矢ひろみ
世の果にただ佇つちから寒昴
あゝ皆んなここにいたんだ枯木立
彼の世より生前葬の寒牡丹
水鳥はその水影に溢れをり
東京湾に鮫真白き腹見せり


加藤知子
尊きは致死量の青ふゆ空の
冬の陽をこばむひとだまには目薬
ひとだまや冷たき恋に触れてみる
雪獄の総監室へひとだま燦


水岩瞳
絶版といふも冬めくもののうち
喜怒哀楽すべて眼に込め白マスク
十二月八日塩つぱい握りめし
一撃す今年傘寿の牡蠣割女
毛糸編む行きつ戻りつして未来


下坂速穂
梟や古地図と古地図見比べて
水涸れて木に真直な影が沿ひ
風の色日の色雨色の落葉
伐られたる木が残る木へ雪降らす


【歳旦帖】

田中葉月
吉原のお栄の眼差し遠い火事
黒豆や肩までつかつてコロナ風呂
くれぐれも御自愛ください芹なづな
去年今年流れる砂のごとくあり


林雅樹(澤)
家人呼べど応へぬ鏡餅に罅
『ヴィルヘルム・マイステルの遍歴時代』読み始む
初売りの商店街琴の音流れ人はをらず
 

岸本尚毅
雲高く浮かび裏白よく吹かれ
薔薇園に薔薇の落葉や初雀
初鴉頭小さく飛び去れる
窓大きく開けて初荷の運転手
青き空つづく長途を初荷かな
幹部諸氏マスク大きく初句会
初場所の腹をゆたかに仕切りけり

2021年3月5日金曜日

令和三年 歳旦帖 第七(なつはづき・仲寒蟬・前北かおる)



なつはづき
陽だまりが甘みを増していく春着
乗初やしきりに影の揺れる恋
延命を議論している福寿草
人日や酸っぱき眼帯を外す
寒紅を綱渡りして取りに行く
雪女日記に溜める静電気
寒波来る歯科も耳鼻科も混んでいる


仲寒蟬
鏡餅家の重心かたむきぬ
初夢はTレックスに追はれけり
一年の疲れまだあり初鏡
勝独楽を高く掲げて兄帰る
独楽跳ぶや入鹿の首のごとくにも
人日や悪友持たぬことさびし
村内放送一時よりどんど焼


前北かおる(夏潮)
カーテンの内に初日の熱たまり
ふねひとつ我がものにして初湯殿
都より広まる疫病若菜摘む

2021年2月26日金曜日

令和二年 冬興帖 第六/令和三年 歳旦帖 第六(なつはづき・前北かおる・田中葉月・林雅樹・松下カロ・堀本 吟・望月士郎)

【冬興帖】

なつはづき
はつふゆや風のことばを手話にする
しぐるるや寝相の悪いゴムホース
アルコール度数が違う冬の薔薇
握力を緩め狐火と踊る
原っぱを空っぽにして夕焚火
クリスマスのっぺらぼうに鳴る音叉
お仕置き部屋にしまわれている聖樹かな


前北かおる(夏潮)
洛中に句碑ひとつなき貞徳忌
おでん食ふ男の腰にコルセット
父ひとり子ひとりポインセチア置く


田中葉月
はぐるるを覚悟の千鳥焼きまんじゅう
海鼠喰ふいく時代かがありまして
異郷の鬼となるも良し冬桜
後の世はすずなすずしろ星を飼ふ


林雅樹(澤)
議員会館地下道から地下鉄駅に出て寒し
枯芝に三脚置くや測量士
木枯をしのぐやブルーシート張り


【歳旦帖】

松下カロ
初夢に見知らぬ橋のかかりけり
車からホテル玄関まで吹雪
三ヶ日朱の縦糸を抜く遊び


堀本 吟
追い抜けよ年の獣が青き踏む
見続けて独楽止むとすぐ嬰児が泣く
万両を活けたが招待状は来ず
亡父母の干支を数えて戦後に還る
人日や皇女の愛のすこやかに


望月士郎
ちょうろぎは雪兎には使わない
魂を一つてんてん手毬かな
昭和とは畳の上のカーペット
剥製のうさぎのひとみ遠く火事
日こぼれて水鳥の浮くちがう場所

2021年2月19日金曜日

令和二年 冬興帖 第五/令和三年 歳旦帖 第五(青木百舌鳥・松下カロ・井口時男・堀本 吟・望月士郎・夏木久・小沢麻結・ふけとしこ)

【冬興帖】

青木百舌鳥
立冬の丘を星糞踏みのぼる
一の酉石段濡るるほどに雨
一団の一人一人が熊手買ふ
リサイクルきものショップにマスク買ふ


松下カロ
爪を噛む青い氷柱を見たあとで
小さな氷柱か兵士の襟章は
休演のオペラハウスは大氷柱


井口時男
父あらば白寿霜月初雪草
憂國忌父よ白寿の二等兵
憂國忌父よ白寿の「ハラショ・ラポータ」
いつからの晩年小春日の三日目
鉄骨の森に迷ひて蝶冷ゆる
踊子の手足かじかみ白鳥来
雪の猟犬の肛門大開き


堀本 吟
初雪や雑木林の鴉二羽
白息の嬰児ややはかぐわし乳臭し
熱帯に交尾りて花のごとき臀


望月士郎
夜焚火に燃えてめくれる私小説
やぶこうじ母を忘れた耳飾り
兎抱くとくんとくん純情す
十二月七日、九日みみぶくろ
湯たんぽのたぷんと不審船がくる


【歳旦帖】

夏木久
竜宮へ寄らぬ便とは宝船
コロナ籠の夜色楼臺雪萬家
縄文は何の縄かと初御空


小沢麻結
箱根駅伝仰ぐ眼の捉へしは何
初乗やきら頼もしきボンネット
寒菊の後ろ姿を見るなかれ


青木百舌鳥
粛として疫病のなかの初詣
ターレーを下りし初荷のゆくへかな
初荷来て氷まみれの荷捌所
眩しみていよいよ丸し初雀


ふけとしこ
正月のインコが塩をつつく音
はつはるを岩合さんの猫が跳ぶ
繭玉や下駄の見事に裏返り

2021年2月12日金曜日

令和二年 冬興帖 第四/令和三年 歳旦帖 第四(渡邉美保・渕上信子・木村オサム・夏木久・小沢麻結)

【冬興帖】

渡邉美保
うつむいてゐてはわからぬ冬椿
凍蝶の翅のざらつき波の音
渦潮の底山幸彦と凍蝶と


渕上信子
越冬の覚悟の蜘蛛か十二月
柚子風呂にいつまで遊んでゐるつもり
小さき駅小さきクリスマス・ツリー
今年聖樹飾らぬ家の主のこと
さまざまのこと思ひだし書く賀状


木村オサム
冬ざれや豹の時空を飛び交ふ樹
寒卵思惟仏として光り出す
枇杷の花詩の熟すまで引き籠る
百年間寝技かけられたまま枯野
一本の電信柱だった冬


夏木久
走りなさい豆腐の縁を墓場まで
狐火が君は来ないと唆す
玉稿を残し月光北帰行
冬蝶の竟の震えに零れる塩
どの死にも枯野被され眠らされ
強面の神のお強請りの山茶花
寒月の漆器の蔭を妊る影


小沢麻結
花八手ウルトラマン立つ如く塔
ぽつねんとバス待つ仕事納かな
月仰ぐ仕事納の行き帰り


【歳旦帖】

渡邉美保
リュウグウの遥へ御慶海幸彦
晩白柚ひとなでしたる歳の神
青竹を削る太箸ややいびつ


渕上信子
鶏旦やみな新鮮な無精卵
女郎蜘蛛あつぱれ生きて年越しぬ
初箒休みて暫し立ち話
朝床に雪掻の声夢うつつ
春風や耳はあつても馬の如


木村オサム
初明り円空仏ののどぼとけ
独楽はじく面壁僧の尻
神経と結びつきたる福笑い
ふるまひの電子音めく御慶かな
ゆっくりと眼帯外す初山河

2021年2月5日金曜日

令和二年 冬興帖 第三/令和三年 歳旦帖 第三(杉山久子・山本敏倖・竹岡一郎・辻村麻乃・神谷 波・関悦史)

【冬興帖】

杉山久子
宇宙船に地球の翳やクリスマス
日向ぼこ黄泉路に赤き花を摘み
悴みて感染者数確認す


山本敏倖
ふつうというかたちをさがし葱刻む
牧谿のポラロイドそこだけが火事
障子の穴の向こうのボクと目が合う
どう見ても臆病なだけ寒苺
寒鰤の煮汁で永遠を骨組みす


竹岡一郎
くさめして奔放のまま死にたまふ
血涙に生れ広ごりし大火とも
十二月八日マネキンに四肢嵌めてやる
退学す校長室を雪で充たし
凍土溶かしてロゴス照り舌のたうつ
雪の屋上あやとりに人熟れて墜つ
雪女だから小指が透けてるの


辻村麻乃
うつかりと海に来てをり十一月
ゆくりなく足送り出す小春かな
けふ立冬靴下片方見つかりて
マスクして睫毛の長きインド人
冬三日月栗鼠の鼓動に尾の巻かれ
冬天に梯子となりて御神木
聞こえるか森のせせらぎごろすけほう


神谷 波
Tシャツの遺影に話しかけ小春
小春日や涙が真珠になりさうな
小春日の高砂百合はおすましで
ちりとりと箒のダンス小春日和


【歳旦帖】

辻村麻乃
秒針の音無き時計年明くる
歳晩や静かに近づく電気カー
アスファルトしんとしてゐる大晦日
大旦赤子の涎に始まりぬ
台地いま冬三日月の降りなづむ
かむながら武蔵の国の初寝覚
ぽつぺんに妣の吹きたる息少し


神谷 波
寝入りばな夢かうつつか除夜の鐘
元日の小窓残月畏まる
餅花と月とささやかなるお膳
コロナ禍中ガンバレガンバレと初日


関悦史
賀状来て宇宙の如く少し眠る
身の奥のミノタウロスの御慶かな
パノラマ視現象かはた初夢か
家庭なくんば無機物満つる淑気かな
初電話は安楽死恋ふこゑとこゑ
ロールシャッハの染み啼きだして初鴉
広告動画割り込んで来よ初景色

2021年1月29日金曜日

令和二年 冬興帖 第二/令和三年 歳旦帖 第二(坂間恒子・曾根 毅・仙田洋子・仲寒蟬・杉山久子・山本敏倖・竹岡一郎・小林かんな)

【冬興帖】

坂間恒子
熊手立つ旧街道の金物屋
天平の十二神将除夜の鐘
表札は夫婦別姓注連飾る
裸木にあまたの触手水かげろう
冬カモメ投網のように移動する


曾根 毅
青黒き舌の裏側流氷来る
誕生の光を纏い冬の瀧
狼の匂い生木の匂いかな


仙田洋子
綿虫の突然ゐなくなる日暮
小春日の峠天使の降るところ
嘴に少年の血や百合鷗
 奥飛騨クマ牧場 二句
寝転んで餌欲しと熊手を挙げぬ
芸をする熊をあはれと思はずや
切り結ぶ相手はをのこ寒稽古
雪女涙こぼせばまたふぶく


仲寒蟬
人だますやうには見えず狸の目
まだ誰か待つてをるらし夕時雨
一羽覚めやがて水鳥みな目覚む
風呂敷の四隅より枯すすみけり
隣より釘抜き借りて神の留守
梟の目に寄り道の一部始終
冬ざれやしらじらとして石切場


【歳旦帖】

杉山久子
フリースの人ばかりなり初電車
初吟行リュックサックの鈴鳴らし
餅花の下うたたねの女の子


山本敏倖
生き物の輪郭作る淑気かな
三界双六顔を忘れて二歩戻る
BLACKブラックというガムを噛む元旦
初日から黒い涙のこぼれけり
にんげんの見えぬ間を縫い独楽疾る


竹岡一郎
内戦の年賀切手を未来へ貼る
廃墟屋上屠蘇酌む餐を暴動下
死をかろく白く演じて木偶二体
春著一群地下道を出て広ごれり
山川のまろさかなしむ雑煮かな
嫁が君家なき者についてゆく
蓬莱や吉野暮れれば火の音のみ


小林かんな
縫始パジャマの腰のゴムゆるく
餅食いたし餅目の前にあり遠し
三口使って母の最後の祝い箸
生姜湯よつくづく母の旋毛見て
傘寿の父傘寿の母を入れる初湯

2021年1月22日金曜日

令和二年 冬興帖 第一/令和三年 歳旦帖 第一(ふけとしこ・網野月を・関悦史・花尻万博・曾根 毅・仙田洋子・椿屋実梛)


【冬興帖】

ふけとしこ
山茶花や人形の髪荒びゆき
アメジストセージに冬の日の陰る
枯れてゆく中に紛れてゐたる紐
祝はれて雪見障子に鳥を見て
沼杉の気根突立つ氷かな
寒波くる父の蔵書に父の印


網野月を
義眼なればもみぢの遅速映しけり
裸木の梢労る時雨かな
時雨には五色の虹が桧木山
大福の豆穿り出す義央忌
恋は千里眼冬空どこまでも高く
数え日やto do list続く続く
お陰様にて元気な老父日記買ふ


関悦史
目をつむる首の三島の日なりけり
東洋文庫の緑色を積み聖樹とす
ジムノペディ千年聴ける氷かな


花尻万博
記憶なき水あり水鳥の傍らに
人間の大根かぶら水染めて
消炭や朝の走れる枯木灘
凪優し星を啄む千鳥ども
鈴曳きていつか綿虫連れて行く
風花を舞はする炎景色焼き


【歳旦帖】

曾根 毅
楪や面長にして太き耳朶
電子国土までのおはようお年玉
後々の為に指す歩や松の内


仙田洋子
初鏡恋しき人のなくもなし
鏡餅テレビの前にちよとありぬ
獅子舞の大きく空を喰らふ口
猿曳の猿が笑へと手をたたく
先ほどと同じ芸させ猿廻
猿曳も猿もさつさと帰りけり
沖浪のきらきらとして漁始


椿屋実梛
 コロナ禍
新宿が静かすぎたる元旦
初夢をすぐに忘れてしまひけり
乗り継ぎがうまくいきたる初電車

2021年1月15日金曜日

令和二年 秋興帖 第十(小野裕三・妹尾健太郎・水岩 瞳・渕上信子・佐藤りえ・筑紫磐井)



小野裕三(海原・豆の木)
手土産のように広がる鰯雲
号外に包まれ朝の桃匂う
眠る日も泣く日も秋の遊覧船
龍淵に潜むあたりに学術書
老いてなお象に一芸黄落期


妹尾健太郎
初風のはじまるところ無地番地
葡萄とは思わなかったのが不思議
まるがおはあんまりいない菊人形
栗飯の栗慰めているお米
秋寂ぶや抜くに難儀な茄子の棘


水岩 瞳
三条を上リ西入ル秋の蝶
あーだこーだと人はコロナ禍水澄めり
虫籠や共同リビング食事付き
うつかりと集めてしまふ木の実かな
どうせならあの人に付く牛膝


渕上信子
九月二七日   俳句詠む力士正代初優勝
九月二八日   秋晴や赤い小さな傘干して
九月二九日   庭へ出ん秋蚊一匹ぐらゐなら
九月三十日   掃除当番秋草を少し刈り
十月 一日   今日の月マスク外して深呼吸
十月 二日   雲動き子夜の満月煌々と
十月 三日   長き夜のもういちど近現代史


佐藤りえ
インターチェンジ芒のなかへきりもみに
楽しかつた日西日に駅のドアひかる


筑紫磐井
紅葉赤くなるとき 水青くなるとき
いぢわるな書評をながめ九月盡

2021年1月8日金曜日

令和二年 秋興帖 第九(井口時男・家登みろく・下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子)



井口時男
 乱丁泰西美術史初学篇
うろこ雲ひろがりマリリン・モンロー増殖す
モンローの増殖断つべし鵙猛る
モンローの逆さまつ毛や曼殊沙華
田を棄て家を棄て秋晩鐘に母を棄つ
落穂拾ふ妻よまたも子を孕み
糸杉を地の軸として月天心


家登みろく
核心になほ触れぬまま栗ご飯
肯うて後の道のり鵙猛る
恋果てて秋光眼を啄みぬ
露結ぶ我がぬばたまのアイライン
しらじらとしめじだらけの鍋つつく


下坂速穂
伐られたる木のこゑ満ちて夜の鹿
ときじくの花あるほうへ穴惑
穴惑真昼をしんと曇らせて
鳥の中から鳥翔ちて冬へゆく


岬光世
待つとなく朝顔の蔓細りゐる
雨の止む気配を余し萩の花
虫の音をとほす竹垣しつらへし


依光正樹
名前なき家事をつづけて秋が来て
ゆふがたのマスク外せば秋めいて
鶏頭を見る秋雨に打たれても
穴惑星のまたたく夜なりけり


依光陽子
左手は左へ伸ばす秋の風
秋蟬の翼は濡れてゐると思ふ
まなざしが水引草に触れにゆく
秋蝶や淀みなき枯れすぐそこに