2021年1月29日金曜日

令和二年 冬興帖 第二/令和三年 歳旦帖 第二(坂間恒子・曾根 毅・仙田洋子・仲寒蟬・杉山久子・山本敏倖・竹岡一郎・小林かんな)

【冬興帖】

坂間恒子
熊手立つ旧街道の金物屋
天平の十二神将除夜の鐘
表札は夫婦別姓注連飾る
裸木にあまたの触手水かげろう
冬カモメ投網のように移動する


曾根 毅
青黒き舌の裏側流氷来る
誕生の光を纏い冬の瀧
狼の匂い生木の匂いかな


仙田洋子
綿虫の突然ゐなくなる日暮
小春日の峠天使の降るところ
嘴に少年の血や百合鷗
 奥飛騨クマ牧場 二句
寝転んで餌欲しと熊手を挙げぬ
芸をする熊をあはれと思はずや
切り結ぶ相手はをのこ寒稽古
雪女涙こぼせばまたふぶく


仲寒蟬
人だますやうには見えず狸の目
まだ誰か待つてをるらし夕時雨
一羽覚めやがて水鳥みな目覚む
風呂敷の四隅より枯すすみけり
隣より釘抜き借りて神の留守
梟の目に寄り道の一部始終
冬ざれやしらじらとして石切場


【歳旦帖】

杉山久子
フリースの人ばかりなり初電車
初吟行リュックサックの鈴鳴らし
餅花の下うたたねの女の子


山本敏倖
生き物の輪郭作る淑気かな
三界双六顔を忘れて二歩戻る
BLACKブラックというガムを噛む元旦
初日から黒い涙のこぼれけり
にんげんの見えぬ間を縫い独楽疾る


竹岡一郎
内戦の年賀切手を未来へ貼る
廃墟屋上屠蘇酌む餐を暴動下
死をかろく白く演じて木偶二体
春著一群地下道を出て広ごれり
山川のまろさかなしむ雑煮かな
嫁が君家なき者についてゆく
蓬莱や吉野暮れれば火の音のみ


小林かんな
縫始パジャマの腰のゴムゆるく
餅食いたし餅目の前にあり遠し
三口使って母の最後の祝い箸
生姜湯よつくづく母の旋毛見て
傘寿の父傘寿の母を入れる初湯

2021年1月22日金曜日

令和二年 冬興帖 第一/令和三年 歳旦帖 第一(ふけとしこ・網野月を・関悦史・花尻万博・曾根 毅・仙田洋子・椿屋実梛)


【冬興帖】

ふけとしこ
山茶花や人形の髪荒びゆき
アメジストセージに冬の日の陰る
枯れてゆく中に紛れてゐたる紐
祝はれて雪見障子に鳥を見て
沼杉の気根突立つ氷かな
寒波くる父の蔵書に父の印


網野月を
義眼なればもみぢの遅速映しけり
裸木の梢労る時雨かな
時雨には五色の虹が桧木山
大福の豆穿り出す義央忌
恋は千里眼冬空どこまでも高く
数え日やto do list続く続く
お陰様にて元気な老父日記買ふ


関悦史
目をつむる首の三島の日なりけり
東洋文庫の緑色を積み聖樹とす
ジムノペディ千年聴ける氷かな


花尻万博
記憶なき水あり水鳥の傍らに
人間の大根かぶら水染めて
消炭や朝の走れる枯木灘
凪優し星を啄む千鳥ども
鈴曳きていつか綿虫連れて行く
風花を舞はする炎景色焼き


【歳旦帖】

曾根 毅
楪や面長にして太き耳朶
電子国土までのおはようお年玉
後々の為に指す歩や松の内


仙田洋子
初鏡恋しき人のなくもなし
鏡餅テレビの前にちよとありぬ
獅子舞の大きく空を喰らふ口
猿曳の猿が笑へと手をたたく
先ほどと同じ芸させ猿廻
猿曳も猿もさつさと帰りけり
沖浪のきらきらとして漁始


椿屋実梛
 コロナ禍
新宿が静かすぎたる元旦
初夢をすぐに忘れてしまひけり
乗り継ぎがうまくいきたる初電車

2021年1月15日金曜日

令和二年 秋興帖 第十(小野裕三・妹尾健太郎・水岩 瞳・渕上信子・佐藤りえ・筑紫磐井)



小野裕三(海原・豆の木)
手土産のように広がる鰯雲
号外に包まれ朝の桃匂う
眠る日も泣く日も秋の遊覧船
龍淵に潜むあたりに学術書
老いてなお象に一芸黄落期


妹尾健太郎
初風のはじまるところ無地番地
葡萄とは思わなかったのが不思議
まるがおはあんまりいない菊人形
栗飯の栗慰めているお米
秋寂ぶや抜くに難儀な茄子の棘


水岩 瞳
三条を上リ西入ル秋の蝶
あーだこーだと人はコロナ禍水澄めり
虫籠や共同リビング食事付き
うつかりと集めてしまふ木の実かな
どうせならあの人に付く牛膝


渕上信子
九月二七日   俳句詠む力士正代初優勝
九月二八日   秋晴や赤い小さな傘干して
九月二九日   庭へ出ん秋蚊一匹ぐらゐなら
九月三十日   掃除当番秋草を少し刈り
十月 一日   今日の月マスク外して深呼吸
十月 二日   雲動き子夜の満月煌々と
十月 三日   長き夜のもういちど近現代史


佐藤りえ
インターチェンジ芒のなかへきりもみに
楽しかつた日西日に駅のドアひかる


筑紫磐井
紅葉赤くなるとき 水青くなるとき
いぢわるな書評をながめ九月盡

2021年1月8日金曜日

令和二年 秋興帖 第九(井口時男・家登みろく・下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子)



井口時男
 乱丁泰西美術史初学篇
うろこ雲ひろがりマリリン・モンロー増殖す
モンローの増殖断つべし鵙猛る
モンローの逆さまつ毛や曼殊沙華
田を棄て家を棄て秋晩鐘に母を棄つ
落穂拾ふ妻よまたも子を孕み
糸杉を地の軸として月天心


家登みろく
核心になほ触れぬまま栗ご飯
肯うて後の道のり鵙猛る
恋果てて秋光眼を啄みぬ
露結ぶ我がぬばたまのアイライン
しらじらとしめじだらけの鍋つつく


下坂速穂
伐られたる木のこゑ満ちて夜の鹿
ときじくの花あるほうへ穴惑
穴惑真昼をしんと曇らせて
鳥の中から鳥翔ちて冬へゆく


岬光世
待つとなく朝顔の蔓細りゐる
雨の止む気配を余し萩の花
虫の音をとほす竹垣しつらへし


依光正樹
名前なき家事をつづけて秋が来て
ゆふがたのマスク外せば秋めいて
鶏頭を見る秋雨に打たれても
穴惑星のまたたく夜なりけり


依光陽子
左手は左へ伸ばす秋の風
秋蟬の翼は濡れてゐると思ふ
まなざしが水引草に触れにゆく
秋蝶や淀みなき枯れすぐそこに