2021年2月26日金曜日

令和二年 冬興帖 第六/令和三年 歳旦帖 第六(なつはづき・前北かおる・田中葉月・林雅樹・松下カロ・堀本 吟・望月士郎)

【冬興帖】

なつはづき
はつふゆや風のことばを手話にする
しぐるるや寝相の悪いゴムホース
アルコール度数が違う冬の薔薇
握力を緩め狐火と踊る
原っぱを空っぽにして夕焚火
クリスマスのっぺらぼうに鳴る音叉
お仕置き部屋にしまわれている聖樹かな


前北かおる(夏潮)
洛中に句碑ひとつなき貞徳忌
おでん食ふ男の腰にコルセット
父ひとり子ひとりポインセチア置く


田中葉月
はぐるるを覚悟の千鳥焼きまんじゅう
海鼠喰ふいく時代かがありまして
異郷の鬼となるも良し冬桜
後の世はすずなすずしろ星を飼ふ


林雅樹(澤)
議員会館地下道から地下鉄駅に出て寒し
枯芝に三脚置くや測量士
木枯をしのぐやブルーシート張り


【歳旦帖】

松下カロ
初夢に見知らぬ橋のかかりけり
車からホテル玄関まで吹雪
三ヶ日朱の縦糸を抜く遊び


堀本 吟
追い抜けよ年の獣が青き踏む
見続けて独楽止むとすぐ嬰児が泣く
万両を活けたが招待状は来ず
亡父母の干支を数えて戦後に還る
人日や皇女の愛のすこやかに


望月士郎
ちょうろぎは雪兎には使わない
魂を一つてんてん手毬かな
昭和とは畳の上のカーペット
剥製のうさぎのひとみ遠く火事
日こぼれて水鳥の浮くちがう場所

2021年2月19日金曜日

令和二年 冬興帖 第五/令和三年 歳旦帖 第五(青木百舌鳥・松下カロ・井口時男・堀本 吟・望月士郎・夏木久・小沢麻結・ふけとしこ)

【冬興帖】

青木百舌鳥
立冬の丘を星糞踏みのぼる
一の酉石段濡るるほどに雨
一団の一人一人が熊手買ふ
リサイクルきものショップにマスク買ふ


松下カロ
爪を噛む青い氷柱を見たあとで
小さな氷柱か兵士の襟章は
休演のオペラハウスは大氷柱


井口時男
父あらば白寿霜月初雪草
憂國忌父よ白寿の二等兵
憂國忌父よ白寿の「ハラショ・ラポータ」
いつからの晩年小春日の三日目
鉄骨の森に迷ひて蝶冷ゆる
踊子の手足かじかみ白鳥来
雪の猟犬の肛門大開き


堀本 吟
初雪や雑木林の鴉二羽
白息の嬰児ややはかぐわし乳臭し
熱帯に交尾りて花のごとき臀


望月士郎
夜焚火に燃えてめくれる私小説
やぶこうじ母を忘れた耳飾り
兎抱くとくんとくん純情す
十二月七日、九日みみぶくろ
湯たんぽのたぷんと不審船がくる


【歳旦帖】

夏木久
竜宮へ寄らぬ便とは宝船
コロナ籠の夜色楼臺雪萬家
縄文は何の縄かと初御空


小沢麻結
箱根駅伝仰ぐ眼の捉へしは何
初乗やきら頼もしきボンネット
寒菊の後ろ姿を見るなかれ


青木百舌鳥
粛として疫病のなかの初詣
ターレーを下りし初荷のゆくへかな
初荷来て氷まみれの荷捌所
眩しみていよいよ丸し初雀


ふけとしこ
正月のインコが塩をつつく音
はつはるを岩合さんの猫が跳ぶ
繭玉や下駄の見事に裏返り

2021年2月12日金曜日

令和二年 冬興帖 第四/令和三年 歳旦帖 第四(渡邉美保・渕上信子・木村オサム・夏木久・小沢麻結)

【冬興帖】

渡邉美保
うつむいてゐてはわからぬ冬椿
凍蝶の翅のざらつき波の音
渦潮の底山幸彦と凍蝶と


渕上信子
越冬の覚悟の蜘蛛か十二月
柚子風呂にいつまで遊んでゐるつもり
小さき駅小さきクリスマス・ツリー
今年聖樹飾らぬ家の主のこと
さまざまのこと思ひだし書く賀状


木村オサム
冬ざれや豹の時空を飛び交ふ樹
寒卵思惟仏として光り出す
枇杷の花詩の熟すまで引き籠る
百年間寝技かけられたまま枯野
一本の電信柱だった冬


夏木久
走りなさい豆腐の縁を墓場まで
狐火が君は来ないと唆す
玉稿を残し月光北帰行
冬蝶の竟の震えに零れる塩
どの死にも枯野被され眠らされ
強面の神のお強請りの山茶花
寒月の漆器の蔭を妊る影


小沢麻結
花八手ウルトラマン立つ如く塔
ぽつねんとバス待つ仕事納かな
月仰ぐ仕事納の行き帰り


【歳旦帖】

渡邉美保
リュウグウの遥へ御慶海幸彦
晩白柚ひとなでしたる歳の神
青竹を削る太箸ややいびつ


渕上信子
鶏旦やみな新鮮な無精卵
女郎蜘蛛あつぱれ生きて年越しぬ
初箒休みて暫し立ち話
朝床に雪掻の声夢うつつ
春風や耳はあつても馬の如


木村オサム
初明り円空仏ののどぼとけ
独楽はじく面壁僧の尻
神経と結びつきたる福笑い
ふるまひの電子音めく御慶かな
ゆっくりと眼帯外す初山河

2021年2月5日金曜日

令和二年 冬興帖 第三/令和三年 歳旦帖 第三(杉山久子・山本敏倖・竹岡一郎・辻村麻乃・神谷 波・関悦史)

【冬興帖】

杉山久子
宇宙船に地球の翳やクリスマス
日向ぼこ黄泉路に赤き花を摘み
悴みて感染者数確認す


山本敏倖
ふつうというかたちをさがし葱刻む
牧谿のポラロイドそこだけが火事
障子の穴の向こうのボクと目が合う
どう見ても臆病なだけ寒苺
寒鰤の煮汁で永遠を骨組みす


竹岡一郎
くさめして奔放のまま死にたまふ
血涙に生れ広ごりし大火とも
十二月八日マネキンに四肢嵌めてやる
退学す校長室を雪で充たし
凍土溶かしてロゴス照り舌のたうつ
雪の屋上あやとりに人熟れて墜つ
雪女だから小指が透けてるの


辻村麻乃
うつかりと海に来てをり十一月
ゆくりなく足送り出す小春かな
けふ立冬靴下片方見つかりて
マスクして睫毛の長きインド人
冬三日月栗鼠の鼓動に尾の巻かれ
冬天に梯子となりて御神木
聞こえるか森のせせらぎごろすけほう


神谷 波
Tシャツの遺影に話しかけ小春
小春日や涙が真珠になりさうな
小春日の高砂百合はおすましで
ちりとりと箒のダンス小春日和


【歳旦帖】

辻村麻乃
秒針の音無き時計年明くる
歳晩や静かに近づく電気カー
アスファルトしんとしてゐる大晦日
大旦赤子の涎に始まりぬ
台地いま冬三日月の降りなづむ
かむながら武蔵の国の初寝覚
ぽつぺんに妣の吹きたる息少し


神谷 波
寝入りばな夢かうつつか除夜の鐘
元日の小窓残月畏まる
餅花と月とささやかなるお膳
コロナ禍中ガンバレガンバレと初日


関悦史
賀状来て宇宙の如く少し眠る
身の奥のミノタウロスの御慶かな
パノラマ視現象かはた初夢か
家庭なくんば無機物満つる淑気かな
初電話は安楽死恋ふこゑとこゑ
ロールシャッハの染み啼きだして初鴉
広告動画割り込んで来よ初景色