2021年5月28日金曜日

令和三年 春興帖 第六(妹尾健太郎・望月士郎・眞矢ひろみ・神谷 波)



妹尾健太郎
ろうそくの焔と似たる白魚かな
指で土落とすだけ野蒜すぐ齧る
ちょっとちくっとしますよ草餅
夢に立つ栄螺の殻を抜け出して
春鰯転がるさしずめ真人間ほどの


望月士郎
ひとひらのどこからかきて春愁
点滴と心音シンクロして透蚕
秒針がちくちく痛い木の芽時
風光る睫毛とっても不思議草
たんぽぽの絮を吹くとき無人の駅


眞矢ひろみ
背に縄を垂らす春夜のカレーパン
春月は軽く人類無かりせば
春愁か身ぬちを巡るワクチンか


神谷 波
連翹やジーパン乾き喉渇く
仲直りのいちご大福鳥雲に
今更オリンピックなんてつばくらめ

2021年5月21日金曜日

令和三年 春興帖 第五(杉山久子・網野月を・木村オサム・ふけとしこ)



杉山久子
列柱のひとつに凭れ春の闇
陽炎の奥の扉は地へつづき
夢殿を出でくる桜吹雪かな


網野月を
ブランチのホットコーヒー月曜日
火曜日の雨の日の朝火の匂ひ
水曜日小雨はやがて花曇
木曜日週に一度の出勤日
リモートは隠れ休日金曜日
独りぼっちの土曜日が来て春日和
四月とは毎日毎日日曜日


木村オサム
同姓の表札眺む春の昼
囀りや抜糸したての後頭部
陽炎の端でどっちつかずの挙手
朧月みな浄瑠璃の顔になる
仰向けに寝るは人だけ春の虹


ふけとしこ
定位置に箒塵取り朝桜
はなびらの落ち着く先の無きままに
桜蘂流れて二羽の鳰

2021年5月14日金曜日

令和三年 春興帖 第四(青木百舌鳥・山本敏倖・堀本吟・中村猛虎)



青木百舌鳥
下萌に舗道はゆるき下り坂
山茱萸のゆたかに花を爆ぜにけり
芽木の名をあれは欅と眩しみて
草萌をけふは仰ぎて土堤散歩


山本敏倖
春の野に鼻毛のような飛行船
遠くまで初蝶のままこのままで
網膜に春の月呼びノクターン
さえずりや平行四辺形のまま
異端派の能の系譜や竹の秋


堀本吟
洛北の運河日影る桜花
蛇が出る穴いえ揚げたてのドーナツ
ウイルスは感心虚心坦懐な


中村猛虎
歩数計壊れて君を卒業す
ハンカチの自販機のあり鷹鳩に
受験子の母の大きな独り言
雑巾掛け尻の高さに蝶の道
土手に腰掛け土筆に愚痴る
四本の脚の其々青き踏む
父の記憶妻の記憶の海苔黒し

2021年5月7日金曜日

令和三年 春興帖 第三(前北かおる・渕上信子・辻村麻乃)



前北かおる(夏潮)
今はまだ獣医の卵厩出し
友垣を結び直して山笑ふ
逆風に引きあげられて鳥雲に


渕上信子
そのむかし踏絵ありけりタンポポ黄
山茱萸に蝶は隠れてゐるのだらう
『昭和史』は楽しくはない冴返る
検眼に春の憂ひを覗かるる
春ぼこり古本市のぞつき本
機嫌良く亀鳴くを聴く夫の暇
姪のおめでた猫のおめでた麗けし


辻村麻乃
名を呼べば子音抜けたる春の風
妣からの遠き小言や飛花落花
指先に満ちる血潮やチューリップ
土鳩の声深く入りたる花の闇
春時雨中華屋換気のぶんと鳴る
杣小屋の朽ちて連翹咲き満ちる
どうしても引きちぎれたる野蒜かな