2021年10月29日金曜日

令和三年 夏興帖 第七(井口時男・眞矢ひろみ・前北かおる)



井口時男
筋肉は饐えて五色の黴の花
ウイルスの吐息おぼろに合歓の花
蟇他人ばかりの死者の数
蜜流れ乳流れ難民流れ砂炎ゆる
真裸の少年ダヴィデに姫百合を
水瓶座の女しやがむや泉湧く
イカロス溺れ瀬戸は夕凪夕炊ぎ


眞矢ひろみ
夕凪や山幸彦の還らざる
夏マスクずらし滅亡予言など
石鎚の地肌削ぎ立つ涼しさよ
紙魚邂逅す岩波新書絶版に


前北かおる(夏潮)
疫病の衢に聖火燃やす夏
上空のカメラに替はり揚花火
プールより顔くしやくしやに泣きながら

2021年10月22日金曜日

令和三年 夏興帖 第六(のどか・夏木久・早瀬恵子・竹岡一郎)



のどか
幼き手にバナナを二丁カウボーイ
山法師の花や老ひたるニュータウン
旅行ガイドの付箋紙の増え秋隣
炎日や厳かにするトーチキス
寝ころびし青芝と息あわせをり


夏木久
寝室へ四角い夜の侵入後
パレード後の夢の広場の蝸牛
アフガンもロレンス在らず並ぶ銃
半畳の案山子の不味い性生活
永遠=銀河の底辺×時間÷2
海溝を回想ゆれて敗戦忌
紅型を魚の形に夜の海流


早瀬恵子
残暑とや吻に屏風を立てるごと
科学と政治ダリアかっと咲き
赤い遺伝子モルモット風人類に
てらてらとふふむ銀なり蛇曼陀羅


竹岡一郎
船溜り箱眼鏡より火があふれ
翡翠とわれ幽谷を遁れゆく
贄の決議が巴里祭の議事堂に
炎帝に医学部昏きまま吞まれ
河原より梯子すずしよ橋へ立て
涙形に鱗融けをり蛇去れば
山蟹の鋏や雨意に紅深み

2021年10月15日金曜日

令和三年 夏興帖 第五(大井恒行・鷲津誠次・山本敏倖・水岩 瞳)



大井恒行
紫陽花や忘れ上手は生き上手
夏空を眺め体中が痛い
葉月この五彩の雲に風に乗れ


鷲津誠次
鷺草や旧街道の投句箱
整備士の昼餉だんまり蝉時雨
朝涼やゲートボールの高笑ひ
男子寮の解体始む西日濃し


山本 敏倖
生前へ揚羽の後をついていく
ひまわりのトルテ二等辺三角形
感情は展覧会の弱冷房
油蝉廃車置場の出口かな
噴水の規則性のない楕円


水岩 瞳
黴の世や見えぬ黴ふく何処をふく
ワクチンの是非のもやもや髪洗ふ
開脚も逆立ちもせぬ素足かな
オリンピック中止すべきとキャベツ抱き
金メダル幾つ取つても黴の国
蚊を叩く快感は血をともなへり

2021年10月8日金曜日

令和三年 夏興帖 第四(辻村麻乃・曾根 毅・小林かんな・望月士郎・神谷 波)



辻村麻乃
夕闇の道塞ぎたる蟾蜍
勢ひのいや増す川瀬河鹿鳴く
昼寝覚赤子の窪み残りたり
夾竹桃歯科医の指の苦みかな
歌声や実梅落ちたる隠沼に
老鶯応うる水の流れれば
蛍光灯点いては消えて梅雨の宿


曾根 毅
泥酔の女を愛し山棟蛇
骨と骨ぶつかり鳴れる夏蒲団
心経や蓮のつぼみを湿らせて


小林かんな
園丁に暇をやりぬ巴里祭
青ひげ公露台についている花粉
物部氏ここに敗れし未草
深く礼本殿に蚊も参る頃
緑酒の杯一斉に浮く夏座敷


望月士郎
ほたるぶくろ黙読のふと独り言
白地図の上をどこまでも白靴
プールより人いっせいに消え四角
ががんぼの脚取れ夜が非対称
湖にひらく掌篇オオミズアオ


神谷 波
やまももがいつぱいラジオからジャズが
曇天やかきまぜかきまぜやまもも煮る
やまもものジュースをおませな女の子と

2021年10月1日金曜日

令和三年 夏興帖 第三(加藤知子・仲寒蟬・網野月を・岸本尚毅・坂間恒子)



加藤知子
新緑を絞めた手明日は浦安
はつ夏の天使の羽はみゅうと鳴く
江戸川水門無痛分娩痛のあり
前面に女陰あらわが五月晴
青葡萄シーラ・ナ・ギグの宿りかな


仲寒蟬
空中に鳥静止させ青嵐
門柱に薔薇を這はせて魔女の家
葛切を加筆されたる壁のメニュー
裏口の水桶に酒登山小屋
中洲に鵜鳴くほどに月昇りゆく
背泳ぎの雲呼び寄せてをりにけり
両足を海へ突つ込み虹くつきり


網野月を
性別は別せぬものに星祀る
天皇が頭を下げて秋めきぬ
平和とは油絵の餅か玉葱
ひしゃげた奴が元気な馬に瓜と茄子
手踊の外輪をそつと抜けにけり
寒蟬や外灯一つ幽霊に
テレビの中のつづくの文字や法師蟬


岸本尚毅
紫陽花が頭の如く暗がりに
来ては去る人に雨だれ虎が雨
黒雲のしづかに蟬のなきつづけ
墓原や空蟬草に墓石に
梵妻の粉もてつくるソーダ水
明易や見えて色なき家具調度
避暑の町淋しやアーティチョーク枯れ


坂間恒子
虹ふたえ額田王袖をふる
青芒風の言葉を研いでいる
薔薇(そうび)拒食症の眼とも
仙人掌を捨てし日のことはくらやみ
黒揚羽柩の蓋をあけにくる