2025年4月25日金曜日

令和六年 冬興帖 第三/令和七年 歳旦帖・春興帖 第一(辻村麻乃・瀬戸優理子・仙田洋子・神谷 波・豊里友行・山本敏倖)

【冬興帖】

辻村麻乃
藻の池に朽ちたる舟の冬日かな
熊手笹ゴールデン街に消えゆけり
人の飲む珈琲匂ふ冬日向
肉まんの暖を分け合ふ高架下
手の余る父のポケット冬麗
こそばゆき白の配列霜柱
どの家も幸せさうな十二月


瀬戸優理子
天然水買って孤独の風邪薬
侘助や廊下の奥は人を断つ
慟哭を散らかすまいとブロッコリー
身の内の余熱をさます冬木立


【歳旦帖・春興帖】

仙田洋子
咆哮やあらたまの闇深々と
広重の空の青さや大旦
暗がりの多き実家の切山椒
集まりて大鷲しづか流氷原
流氷を割りては海を覗き込む
流氷原残照に闇しのびこむ
国後へ流氷すさりゆく夕べ
魚は氷にトランポリンで跳ねる子ら
病室に影のまはれる吊るし雛
野遊やどの子一番早く死ぬ


神谷 波
野に山に月の簪お正月
初晴や順調肺も心臓も
松過ぎの手足遊ばせ湯船かな
野の池の縮緬皺や雲に鳥
ぬばたまの眠りを誘ふ春の闇
愛敬たっぷりのかんばせ土雛
そつと抱き寄せ花冷えの抱き枕


豊里友行
翅ばかり残してショーウィンドウの春
次第しだいに皇軍の電照菊
溢れ出す白い会話のゴジラたち
武器を捨て手を叩こうよ花暦
 Qよ蝌蚪
双手あげ花鶏頭のバレリーナよ
枇杷燈る真空管のランプ色
棘がある言葉のわたし花きりん
唇が捲るチューリップのプライバシー
凸凹人生も光る春野菜


山本敏倖
半ドアのこの世に漏れる初明り
餅伸びて大統領への提訴からまる
双六で三つ戻りてラジオ体操
火の鳥が永遠の春連れて来る
たんぽぽのほわいとのいずてきてんかい
どの角も壬生狂言となりにけり

2025年4月11日金曜日

令和六年 冬興帖 第二(鷲津誠次・加藤知子・杉山久子・小野裕三)



鷲津誠次
家計簿に亡母の俳句や冬銀河
冬帽子なで肩丸め喫煙所
寒柝や認知の父の寝息濃く
路地裏の老犬呻く霜夜かな
腰低き青年庭師冬紅葉
朝霜や警笛強き三輌車
晩婚の子のなき卓やおでん酒


加藤知子
寝る前の水仙香るキラークイーン
狐火におそわれダイナマイトの仕掛け
冬満月ママァーとはなんだかなあ
寒九雨死者が挨拶に来て困る
喪の家の姐御のように寒牡丹


杉山久子
光る眼の六つ狸の親子らし
鳩白く囲われてゐる寒さかな
一陽来復一輪挿しの淡き影


小野裕三
似顔絵に見つめられたる初冬かな
兄弟の同じ角度で冬に入る
形よき白鳥ばかり眠りだす
ときおりは音符噴き出す鯨かな
魂の抜けたあとにて悴めり
カーディガン団体行動苦手です
斎場に行方の知れぬコートかな

2025年4月5日土曜日

令和六年 冬興帖 第一/令和六年 夏興帖・秋興帖 補遺(仙田洋子・神谷 波・豊里友行・山本敏倖・ふけとしこ・水岩瞳)

【冬興帖】

仙田洋子
書いて消す恋といふ字や雪の窓
湯豆腐やぽつぽつと雨降り始め
ご主人の書斎の好きなかじけ猫
黒猫のよぎつてゆきし紙干場
われらみな手皺に見入る火鉢かな
エプロンで磨き陽の色冬林檎
凍滝や命あるもの許されず


神谷 波
雪女叫びをるらん雪しまく
冬晴の富士を車窓にお弁当
数へ日のエスカレーター派階段派
  母永眠(享年97)
数へ日の死顔何か言ひたさう
節分の灯のぱらぱらと山家かな


豊里友行
凍蝶の軌跡が描く天体よ
風化の螺子を巻く凍蝶の天体
凍蝶は天体の血潮になるか
じたばたと凍蝶の冬が沁み入る
沈澱し出す凍蝶の銀河系
冬陽が洗う凍蝶の煩悩
誕生するね凍蝶の天体よ


山本敏倖
寒椿波はヨハンシュトラウスかな
冬銀河を渡るひとりの紙の舟
切り絵から露地の寒気が漂えり
鯛焼きに見向きもしない盲導犬
返り花どこまでピエロでいるつもり


ふけとしこ
裸木の寄り添ふのみぞ開墾碑
長編のやうやう佳境冬うぐひす
数へ日や天気図に風見ることも


【夏興帖】

水岩瞳
濃あぢさい御国のためと血を流し
大樟の青葉騒バンザイばんざい
忠魂碑に空蝉ひとつ置いてくる
煙草やめ父が愛した水やうかん
白玉やつるんと過ぎる日一日
エンゼルストランペットあの人は来ぬ

【秋興帖】

水岩瞳
八月の投降のビラ今も舞ふ
永久にあれからずつと敗戦日
少年の掌のなかの黙きちばつた
花野ゆく少女の吾に会ひにゆく
木曾のなあ月にとどけと踊り唄
村消えて秋の蛍がゐると言ふ

2025年3月21日金曜日

令和六年 秋興帖 第十一(浅沼 璞・佐藤りえ・筑紫磐井)



浅沼 璞
片脚を伸ばしてかなかなを聞けり
かなかなと外湯に瘦身をまげる
朝霧や数多の樹頭あらはにし
柄と柄重ねてひとり秋高し
針金の人形の腰秋めきぬ
唇のかたちの刺繍秋立ちて
軽やかに鬼の子としておりてくる


佐藤りえ
わたしたちたちまち居待月のもと
火を捨ててきた掌も霧の中
 コペンハーゲン、ストランゲーゼ30番地
秋深みピアノの蓋に置いたパン


筑紫磐井
精霊会コロナの死者はいつかゼロ
化け物になつて西瓜の帰り来よ
檻の中で人が飼はれる月夜かな

2025年2月28日金曜日

令和六年 夏興帖 第十一(浅沼 璞・筑紫磐井・佐藤りえ)



浅沼 璞
くちばしを屋根で拭へる聖五月
カルミヤに吸はれ続けてゐる休日
 大山海『はにま通信』を読みて
古墳への道 緑さす出会かな
大いなる蝸牛を頭頂に這はす
蚊の声すジョルジョ・デ・キリコのマヌカンに
晩年のかなぶんの短編を書く
人間が人間とのむビールかな


筑紫磐井
金魚盥に金魚がをらぬ超現実
大いなる乳房吸ひ付く端居かな
夏の壁厚く刑務所入るすべなし


佐藤りえ
出目のない賽のやうなる日も涼し
夏立つともろ肌脱ぎのぬいぐるみ
差し入れた腕が戻らぬ五月闇

2025年2月14日金曜日

令和六年 秋興帖 第十(小沢麻結・林雅樹)



小沢麻結
雨に酔ひ風に酔ひ酔芙蓉かな
秋蝶の翅重ね風やり過ごし
杉の香の失せぬ間に酌め新走り


林雅樹
乳見せて笑ふ老婆やななかまど
庭掘れば出づる人骨ななかまど
よく出来て案山子やネルのシャツ着たる

2025年1月24日金曜日

令和六年 夏興帖 第十/秋興帖 第九(小沢麻結・林雅樹・辻村麻乃・堀本吟・望月士郎)

【夏興帖】

小沢麻結
誰が手より水面へ置かれ未草
池袋新宿渋谷違ふ夏
毛虫焼く誰も代はつてくれぬから


林雅樹
肛門に回虫半身出て夜涼
舗道に乾び蚯蚓点々書のごとく
プール地獄痴漢魔羅見せ餓鬼は糞る


【秋興帖】

辻村麻乃
息苦しきほどの雲よ秋の雷
失くしたと思うて出会ふ明けの月
長き夜に長き手紙を書きにけり
揺蕩うて淡くなりたる恋螢
笑ひ声溢るる校舎稲の花
彼岸花左岸に土砂のどつさりと
きつちりと壁に沿うたる秋日射


堀本吟
栗もなか窓の汚れにこだわらず
尼君の説明律儀萩の露
柿ひとつふたつ堕ちたりブラックホール


望月士郎
足りない日案山子を数えつつ歩く
鹿すっと立ち霧の中心の音叉
書き直す胡桃を左手に移し
キツネノエフデ月をまあるく塗り残す
離れると聞こえることば蕎麦の花
夕暮が鬼灯さわるさらわれる
眠れない夜のまなうら赤のまま