2025年10月31日金曜日

令和七年 夏興帖 第三/秋興帖 第一(仲寒蟬・ふけとしこ・浅沼 璞・杉山久子・辻村麻乃・仙田洋子)

【夏興帖】

仲寒蟬
田水張り前方後円墳かこむ
あぢさゐを見るたび三善英史の「雨」
いつの間にか合唱となる登山小屋
息詰めていま蚊柱を抜けにけり
その泉顔うつしてはならぬと言ふ
海見えず波音聞こゆ夏座敷
箱庭に父ただひとり待たせをり


ふけとしこ
波荒れて鵜が白々と汚す崖
昼席の出囃子洩るる若葉かな
池釣りの視線が留まる合歓の花


浅沼 璞
四五人の虻を怖がる日傘かな
動かない動物とゐる朝曇
穴毎に紐が出てゐる夏館
水すまし設計図とはやゝずれて
壁抜ける肋骨細し夏の蝶
教会に扇子の動く祈りかな
左右から苔むす壁の曲がりくる


【秋興帖】

杉山久子
盆僧の猫をかもうて帰りけり
カラオケの最後肩組む獺祭忌
秋風にほどくシナモンロールかな


辻村麻乃
音として龍となりたる秋の雷
カーブミラー残暑の街の裏返る
口閉ぢて枯るるも美しき白桔梗
虫籠に少年の息閉ぢ込むる
ひよつとして戻り来るかと茄子の馬
海水のざらりと八月十五日
アトリエの裸婦葡萄より暮れてゆく


仙田洋子
広島に長崎に鳴く月鈴子
山国の山ふところの稲の花
ちちははの亡き敬老の日なりけり
山を撫で海原を撫で秋の風
裏山の暗く大きく蚯蚓鳴く
蚯蚓鳴く皆既月食始まれり
秋灯のことに明るく呑み処

2025年10月24日金曜日

令和七年 夏興帖 第二/令和六年冬興帖 補遺(仙田洋子・豊里友行・山本敏倖・水岩瞳・浜脇不如帰)

【夏興帖】

仙田洋子
麦笛を吹く子に恋の矢の当たれ
雷兆す千住大橋渡りけり
たつぷりと濡れて朝顔市の鉢
亡き夫のたましひの火か螢飛ぶ
蟻地獄しづかに崩し始めけり
河童忌の万年筆のかすれけり
青春の歳月澱む香水瓶


豊里友行
ダンサーの宇宙の息吹よダリア咲く
桃ふたつ水惑星の水動く
薇ののの字のうねり山描く
大花火ぽんぽんだりあの夢野なり
傾けるサングラスの水平線
ひっぷほっぷのもももももももももも桃
今日、薫る新風は森の妖精


山本敏倖
大仏の掌から出てゆく梅雨の蝶
風鈴の目玉が闇を深くする
水中花ひらたく言えば体温計
別の世へ行く道示す水を打つ
雷雲が広がる将棋を差している


水岩瞳
怖いものなんてなかつた夏帽子
其のなかに樹齢千年青嵐
夏草の真つ只中を廃線路
旧式のそよ風よろし扇風機
ネタニアフとプーチンを撃ち昼寝覚
礼拝堂出入り自由や夏の蝶
うなだれし向日葵にある長き鬱


【冬興帖】

浜脇不如帰
主なるきりすとは蕎麦湯に冷えピタを
焙じ茶にたのしまされて初六日
寒鯛はくさりやすくもルームシェア
故国在るたのしさかみしめる鮃
柚子風呂のゆだん海月の不死身度合
せうが酒それと枕のやはらかさ
十字架の主には掛毛布の痛み

2025年10月10日金曜日

令和七年 歳旦帖・春興帖 第十/夏興帖 第一(鷲津誠次・仲寒蟬・浜脇不如帰・杉山久子・辻村麻乃)

【歳旦帖・春興帖】

鷲津誠次
春雷や九九諳んじて長湯の子
廃線の噂遠のく山桜
身ごもりのふいに鼻唄飛花落花
囀りや隣家のピアノ粛々と
初蝶来少年院へ長き坂


仲寒蟬
ヒヤシンス水縦横に都市の底
目の前に山たちのぼる木の芽和
受験生まづはトイレを確かめて
壺焼の水平線や噴きこぼれ
こし餡派つぶ餡派ゐて蓬餅
またあの子菫の前にしやがみをる
西行を呼び捨てにする花の客


浜脇不如帰
こなごなになるまで笑う味噌つくる
ギャンブルは双六のはじまりと〆
古暦そこに画鋲の矛先を
あおむけの地軸のままに餅焼ける
天ぷらの疵を治さぬかまいたち
猪鍋のすすみたるヘーベルハウス
十字架のひかりするどし置蜜柑


【夏興帖】

杉山久子
短夜や色鉛筆の白しづか
腋かたく締めてペンギン南風
酢の香立つ本番前の心太


辻村麻乃
出生の秘密とともに墓洗ふ
蛍待つ髪にねつとり沢の風
手水舎に匂ひ満ちたり樟の花
鉾の鉦鳴らす子尻をはみ出して
質草に桐の箪笥や薫衣香
扇風機止めて本気の喧嘩して
地方車の爆音煽動彩夏祭

2025年9月12日金曜日

令和六年 冬興帖 第八/令和七年 歳旦帖・春興帖 第九(水岩瞳・佐藤りえ)

【冬興帖】

水岩瞳
不機嫌なブロッコリーとゐる食卓
寝る人の(かたち)覚える蒲団かな
冴ゆる夜の抽斗の奥の恋の文
枯るるにも中途半端と完璧と
毛糸編む人を眺めし夜汽車かな
風邪ひいてちよつと幸せ玉子酒
数え日といふ一日を待ちぼうけ


佐藤りえ
胡桃割り人形ふいに寒さ言ふ
冬雲の下にお椀のやうな山


【歳旦帖・春興帖】

水岩瞳
年賀状ホノルルマラソン完歩した
歌留多して負けず嫌ひの孫が泣く
初写真いつもの神社のいつも此処
   *
恋なんてと菜飯田楽たひらげり
仏滅も佳きにはからへ桜鯛
春眠もバスと電車を乗り継いで
花吹雪むかし学徒を煽りけり
散る桜焦土の色を忘れまじ


佐藤りえ
また女斬り殺されて初芝居
使はれぬアコーディオンが冴返る
階段の表に裏に海髪の揺れ
花守はみんな年下よく晴れて

2025年8月22日金曜日

令和七年 歳旦帖・春興帖 第八(眞矢ひろみ・村山恭子・冨岡和秀・田中葉月・渡邉美保・小沢麻結)



眞矢ひろみ
樹に残る釘痕深し成木責
飾り歯朶太郎次郎を囃すなり
裏山に龍起つ気配初山河
豆撒いて豆拾い食う孤高かな
うすらひを透いて地霊の閑かなる
若鮎の鰓のくれなゐボルシェビキ
鶴亀の鳴いてリーマン予想かな
別の世の道草遅日使い切る


村山恭子
大人にもとりどりの夢雛あられ
踏青や我が心にも鬼がをり
ゆつくりと雲の流れを追ひて春
初鮒の鱗に虹の色のあり
後出しのじやんけん負けてクローバー
蕉公や去来や美濃の花に酔ひ
ぷかぷかとブリキの金魚春深む


冨岡和秀
ビッグバンその後のいのち白明集
いずこにも花降りそそぐ銀河より
見えざる孤悲 雲の渓間に抱き締める
浅草に早桜咲く永遠の国
ヴェネチアに沸き立つ日々や仮面祭
妖精の森にたたずむ亡命者
よろづ世の朽ち葉舞い散り腐葉の碑
包みより(ぎょく)が飛び出す観世音
言の葉は超えて羽ばたく幽明境
幽明境 銀の言の葉超えて咲く


田中葉月
うすらひの孤島となりて離れゆけり
国境は春キルトの針が見つからぬ
蟠りほぐれしところ囀れり
黒鍵の影につまずく花菜風
言霊をさがしに行けば金鳳花
花筏ゆつくり動くムー大陸
春光をほろほろこぼしクロワッサン
からつぽの埴輪みつめる春の闇
山茶花のいたいたしくも奔放で


渡邉美保
歳晩の水撥ねてゐる金盥
無罪放免崖下の波の花
水甕の水位の変はる建国日
臥龍梅這いゆく先の白煙
春愁ひうつぼかづらが揺れるから


小沢麻結
初乗のりんかい線の遅延詫び
恵方道晴れ晴れと風吹きわたり
ぶちまけし破魔矢火を吹くどんどかな
よき風を待ち散りぎはのチューリップ
春風へ翳せば光り飴細工
息つめて引き剝がしをり薄氷

2025年7月25日金曜日

令和七年歳旦帖・春興帖 第七(中村猛虎・松下カロ・望月士郎・堀本吟・花尻万博)



中村猛虎
トーストの飛び出し損ね女正月
あがりから戻る双六離婚して
たましひにひとつずつあるかざぐるま
猫抱けば猫の形の春の闇
唇の奥に舌ある女雛かな
饒舌なブランコと寡黙なブランコ
筍や自分で脱いでくれないか
足音の成長している子供の日
背表紙の丸み辿れば春の闇
青蔦に絡まっている打球音


松下カロ
訃報来る喇叭水仙二三本
トイレットペーパー尽きて春の雪
晴着脱ぐピカソの女お目出たし
  

望月士郎
一頭の蝶の越えゆく象の昼
うすらひの音感さすらひの予感
海市消え双子のそっと手を離す
漢字みなひらがなにしてきつねだな
ミモザ揺れ私のいない町にいる
花降る日からだの中の無人の駅
鏡花を読むうしろの鏡花あかり


堀本吟
初詣亡父亡母の背の大き
ハツクニシラス南に基地のある旦
紅梅がさきに白梅そのあとで
探梅や木椅子に犬が躓きぬ
二月尽一毛そよぐ美女の眉
遠枝垂桜の花や雷に揺れ
メタセコイアの芽好きの枝を見に行かん
麦青むトートバッグの皺のばし
木瓜ゆたか大欠伸して糸電話
春月の翳りほのかに閨の人


花尻万博
暖かしくろしおを待つ数分も
瓦礫より密に車の田螺かな
木流しを思ひ出さずにせせらげる
遊ばんと誘はれている紀伊遍路
されかうべもう繋がらぬ摘草か
桜見せる死に近き鬼動かして
学びとはならぬ器用さつゝじにも
街音に耳の休めず蕗の薹
クレソンが遅れて駅の中で待つ

2025年7月11日金曜日

令和七年歳旦帖・春興帖 第六(下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子・岸本尚毅・木村オサム)



下坂速穂
青き踏む唄ふ子を追ひ越さぬやう
ちよんちよんと亀に鼻ある暮春かな
春更けて石に笑窪のやうなもの
裏赤き苑子の鏡春惜しむ


岬光世
一揺れの透けてゆきたる春氷
白雲のささらぐ彼岸なりにけり
春雨を仄めかすなり牡丹の葉


依光正樹
子が降りた白いブランコ音もなく
鳥の巣に不思議な形冷えてゐる
間を置いて子鹿男鹿孕鹿
船べりに春風が来て鳥が来て


依光陽子
細き窓よりあたたかな木が見えて
蠟梅や蠟のごとくに石の椅子
時間とは流れぬものと梅白し
旧姓を新姓が超え冴え返る


岸本尚毅
初昔会津の酒に酔うて泣き
闇に打つ豆力なく落ちにけり
冬の帽子かぶつてみても春が来る
鴉みな同じ向きなる雪解の木
我に穴ありて息吸ふ余寒かな
廃屋や窓に木の芽がよく映り
春の雪小海老小鰯噛むほどに
遠足や田舎大仏うち拝み
永き日のバケツに暮らす目高ども
服白く磯遊なる膝がしら


木村オサム
ぽっぺんに合わせて地雷原を行く
天才には解けないクイズ雑煮食う
老衰や日永の顏のデスマスク
二次元の教室蛙の目借時
水温む流れゆくのは魚影だけ
愛人に背中さすられ日雷
のどかさやフランスパンでフェンシング