2025年9月12日金曜日

令和六年 冬興帖 第八/令和七年 歳旦帖・春興帖 第九(水岩瞳・佐藤りえ)

【冬興帖】

水岩瞳
不機嫌なブロッコリーとゐる食卓
寝る人の(かたち)覚える蒲団かな
冴ゆる夜の抽斗の奥の恋の文
枯るるにも中途半端と完璧と
毛糸編む人を眺めし夜汽車かな
風邪ひいてちよつと幸せ玉子酒
数え日といふ一日を待ちぼうけ


佐藤りえ
胡桃割り人形ふいに寒さ言ふ
冬雲の下にお椀のやうな山


【歳旦帖・春興帖】

水岩瞳
年賀状ホノルルマラソン完歩した
歌留多して負けず嫌ひの孫が泣く
初写真いつもの神社のいつも此処
   *
恋なんてと菜飯田楽たひらげり
仏滅も佳きにはからへ桜鯛
春眠もバスと電車を乗り継いで
花吹雪むかし学徒を煽りけり
散る桜焦土の色を忘れまじ


佐藤りえ
また女斬り殺されて初芝居
使はれぬアコーディオンが冴返る
階段の表に裏に海髪の揺れ
花守はみんな年下よく晴れて

2025年8月22日金曜日

令和七年 歳旦帖・春興帖 第八(眞矢ひろみ・村山恭子・冨岡和秀・田中葉月・渡邉美保・小沢麻結)



眞矢ひろみ
樹に残る釘痕深し成木責
飾り歯朶太郎次郎を囃すなり
裏山に龍起つ気配初山河
豆撒いて豆拾い食う孤高かな
うすらひを透いて地霊の閑かなる
若鮎の鰓のくれなゐボルシェビキ
鶴亀の鳴いてリーマン予想かな
別の世の道草遅日使い切る


村山恭子
大人にもとりどりの夢雛あられ
踏青や我が心にも鬼がをり
ゆつくりと雲の流れを追ひて春
初鮒の鱗に虹の色のあり
後出しのじやんけん負けてクローバー
蕉公や去来や美濃の花に酔ひ
ぷかぷかとブリキの金魚春深む


冨岡和秀
ビッグバンその後のいのち白明集
いずこにも花降りそそぐ銀河より
見えざる孤悲 雲の渓間に抱き締める
浅草に早桜咲く永遠の国
ヴェネチアに沸き立つ日々や仮面祭
妖精の森にたたずむ亡命者
よろづ世の朽ち葉舞い散り腐葉の碑
包みより(ぎょく)が飛び出す観世音
言の葉は超えて羽ばたく幽明境
幽明境 銀の言の葉超えて咲く


田中葉月
うすらひの孤島となりて離れゆけり
国境は春キルトの針が見つからぬ
蟠りほぐれしところ囀れり
黒鍵の影につまずく花菜風
言霊をさがしに行けば金鳳花
花筏ゆつくり動くムー大陸
春光をほろほろこぼしクロワッサン
からつぽの埴輪みつめる春の闇
山茶花のいたいたしくも奔放で


渡邉美保
歳晩の水撥ねてゐる金盥
無罪放免崖下の波の花
水甕の水位の変はる建国日
臥龍梅這いゆく先の白煙
春愁ひうつぼかづらが揺れるから


小沢麻結
初乗のりんかい線の遅延詫び
恵方道晴れ晴れと風吹きわたり
ぶちまけし破魔矢火を吹くどんどかな
よき風を待ち散りぎはのチューリップ
春風へ翳せば光り飴細工
息つめて引き剝がしをり薄氷

2025年7月25日金曜日

令和七年歳旦帖・春興帖 第七(中村猛虎・松下カロ・望月士郎・堀本吟・花尻万博)



中村猛虎
トーストの飛び出し損ね女正月
あがりから戻る双六離婚して
たましひにひとつずつあるかざぐるま
猫抱けば猫の形の春の闇
唇の奥に舌ある女雛かな
饒舌なブランコと寡黙なブランコ
筍や自分で脱いでくれないか
足音の成長している子供の日
背表紙の丸み辿れば春の闇
青蔦に絡まっている打球音


松下カロ
訃報来る喇叭水仙二三本
トイレットペーパー尽きて春の雪
晴着脱ぐピカソの女お目出たし
  

望月士郎
一頭の蝶の越えゆく象の昼
うすらひの音感さすらひの予感
海市消え双子のそっと手を離す
漢字みなひらがなにしてきつねだな
ミモザ揺れ私のいない町にいる
花降る日からだの中の無人の駅
鏡花を読むうしろの鏡花あかり


堀本吟
初詣亡父亡母の背の大き
ハツクニシラス南に基地のある旦
紅梅がさきに白梅そのあとで
探梅や木椅子に犬が躓きぬ
二月尽一毛そよぐ美女の眉
遠枝垂桜の花や雷に揺れ
メタセコイアの芽好きの枝を見に行かん
麦青むトートバッグの皺のばし
木瓜ゆたか大欠伸して糸電話
春月の翳りほのかに閨の人


花尻万博
暖かしくろしおを待つ数分も
瓦礫より密に車の田螺かな
木流しを思ひ出さずにせせらげる
遊ばんと誘はれている紀伊遍路
されかうべもう繋がらぬ摘草か
桜見せる死に近き鬼動かして
学びとはならぬ器用さつゝじにも
街音に耳の休めず蕗の薹
クレソンが遅れて駅の中で待つ

2025年7月11日金曜日

令和七年歳旦帖・春興帖 第六(下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子・岸本尚毅・木村オサム)



下坂速穂
青き踏む唄ふ子を追ひ越さぬやう
ちよんちよんと亀に鼻ある暮春かな
春更けて石に笑窪のやうなもの
裏赤き苑子の鏡春惜しむ


岬光世
一揺れの透けてゆきたる春氷
白雲のささらぐ彼岸なりにけり
春雨を仄めかすなり牡丹の葉


依光正樹
子が降りた白いブランコ音もなく
鳥の巣に不思議な形冷えてゐる
間を置いて子鹿男鹿孕鹿
船べりに春風が来て鳥が来て


依光陽子
細き窓よりあたたかな木が見えて
蠟梅や蠟のごとくに石の椅子
時間とは流れぬものと梅白し
旧姓を新姓が超え冴え返る


岸本尚毅
初昔会津の酒に酔うて泣き
闇に打つ豆力なく落ちにけり
冬の帽子かぶつてみても春が来る
鴉みな同じ向きなる雪解の木
我に穴ありて息吸ふ余寒かな
廃屋や窓に木の芽がよく映り
春の雪小海老小鰯噛むほどに
遠足や田舎大仏うち拝み
永き日のバケツに暮らす目高ども
服白く磯遊なる膝がしら


木村オサム
ぽっぺんに合わせて地雷原を行く
天才には解けないクイズ雑煮食う
老衰や日永の顏のデスマスク
二次元の教室蛙の目借時
水温む流れゆくのは魚影だけ
愛人に背中さすられ日雷
のどかさやフランスパンでフェンシング

2025年7月5日土曜日

令和六年 冬興帖 第七/令和七年 歳旦帖 第五(眞矢ひろみ・村山恭子・冨岡和秀・田中葉月・渡邉美保・小沢麻結・下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子)

【冬興帖】

眞矢ひろみ
雪舟の白のてざわり冬めきぬ
小六月少年老いず逆走す
引きこもる子にせめてもの寒昴
数ヘ日や三度数へて合わぬまま
校庭の白線伸ばす雪女郎


村山恭子
剥き出しの梁の太きや波の花
土砂流れ崩れしままに山眠る
復興てふポスター叩く霰かな
隆起せし道に置かるる慈善鍋
奥能登の仮設住宅注連飾る
数へ日や希望と書きて窓みがく
雲切れし空の青さに冬深む


冨岡和秀
雲のうえ荷風散人 杖を突く
深淵の叫びが谺す仮死幻想
粉雪に白霊まつわる(ゼロ)夢幻
Yという暗号抱え大河越え
Yの暗号 解けて海峡帰還する
源に(ぎょく)を放らば弥勒見え


田中葉月
ありつたけの影投げ入れる二月かな
裸木のやあと手をあげ明日が来る
狐火の夢とうつつの擦れあふ


渡邉美保
枯れていくものに雨ふる近松忌
仮の世の枯野に美しきされこうべ
狐火の曲がりし方へついてゆく


小沢麻結
冬シャツのつつめる体躯頼もしき
社会鍋鈍色雲へ喇叭吹き
餌を探る鷹匠と鷹同んなじ眼


【歳旦帖】

下坂速穂
年送る家のおほかた闇にして
初空や悩み消えれば淋しくなり
途中から佳き声の添ふ手毬唄
福といふ色に捌きし鮪かな


岬光世
湾に沿ふ人へ汽笛の御慶かな
スポーツを家族と観たり三が日
艶の佳く御用始の靴揃ふ


依光正樹
一軒の中華料理の年用意
冬青空大きな枝の懸かりけり
炭火にかざす吾の手朱し人の横
煮凝を持つて隣に来りけり


依光陽子
ほつとするひと言が欲し寒椿
松の内煮物の名人が村に
雲と雲つながるやうに書初めす
早起が苦手七草粥の昼

2025年6月27日金曜日

令和六年 冬興帖 第六/令和七年 歳旦帖・春興帖 第四(中村猛虎・松下カロ・望月士郎・堀本吟・花尻万博・曾根毅・浅沼 璞・なつはづき)

【冬興帖】

中村猛虎
ご自由にどうぞ霜夜のパンの耳
剥製の眼の中にある冬の霧
紙飛行機炊き出し鍋に着陸す
春怨をクリスティーズに出品す
二月のざらついている便座かな
春の月基礎体温の高温期


松下カロ
うつくしき霜焼を持つレジ少女
泣きながら赤い手袋脱ぎながら
ポケットの胡桃に触れるユダの指


望月士郎
雑巾が固まっている日向ぼこ
帰れない日々綿虫をわたくしす
この星の思い出などを夕焚火
ガラスのキリン冬青空の棚に置く
ハンガーに外套吊るし今日を処刑
遠く海鳴りきっと鯨の幻肢痛
狐たちのゆくえ駅舎にマスク落ち


堀本吟
山火事の夜空あかるしハルマゲドン
凍星や水琴窟の壺中天
白菜や女が悪いに決まっている
カフカ覚め白菜の森たかだかと
白菜浅漬日本史は一夜漬け


花尻万博
寄る辺なきことなら同じ海豚煮て
猟の犬ももいろうすく折りたたむ
砂色の異国の日暮れ古暦
認印何でもいいと狐来る
鯨肉を包む讀賣雄弁に
街に出た鮫らの話昔のこと
貧しき町今川焼に並び待つ


【歳旦帖・春興帖】

曾根毅
海光の鳥から人に流れけり
人類に眼鏡の曇り初景色
ゆうぐれの樹の一本の水浸し


浅沼 璞
 歳旦三つ物
初空や屋根高く軒低くあり
 生脚めきぬ門松の竹
十団子の如く連なる花万朶


なつはづき
草青む影に年齢などなくて
春雨や馬刺ゆっくり舌に溶け
踏み鳴らす脛の豊かさ卒業式
歯磨きのあとの口論三鬼の忌
ティースプーン二杯の恋よ百千鳥
ひっそりと孔雀の開く花の冷
白鳥帰るもう一度人形を抱く

2025年6月21日土曜日

令和六年 冬興帖 第五/秋興帖 補遺(岬光世・依光正樹・依光陽子・岸本尚毅・木村オサム・中村猛虎)

【冬興帖】

岬光世
新大いなる枯野を曳きし杖を置く
新寒晴に縁の錆びたる書を掲げ
新水仙の昼を遠のく荒磯かな


依光正樹
新抜け出して先頭の人息白し
新待たされて待たされし身の息白し
新火のやうに子の遊びたる暮れ早し
新冬の朝職人の手が打ちはじめ


依光陽子
新小春日の雪駄つつかけ築地まで
新柿好きの柿なき庭の冬ざるる
新ジャンパーや撥ねたる髪が鳥に似て
新野をゆけど歌ふことなし冬の鵙


岸本尚毅
新二三日小春日続く男かな
新文机や冬あたたかに白き紙
新首細き褞袍の人の猫を抱く
新老人のゐて水仙の香かな
新焼鳥を食ひホルモンを侮れる
新春を待つ渋谷いつしか古き町
新釣堀に映る手や顔春近し


木村オサム
新泣き顔の隠れる深さ冬帽子
新塀越しに白菜放り込むじじい
新大枯野木魚の音の家が建つ


【秋興帖】

中村猛虎
新角道をあけて台風を通す
新原爆忌ハーゲンダッツの昏き赤
新跳ね返る射的のコルク星祭
新歌麿の描く女陰より曼珠沙華
新十三夜君をドライフラワーに
新村人の他は背高泡立草