【冬興帖】
曾根毅
鹿威しより氷柱とも狂気とも
コーヒーを待つ長葱と暖炉かな
冬夕焼近づいてくる杖の音
浅沼 璞
照らされてゴジラの背鰭めく聖樹
ボトルネックギター聖夜も乾びたる
マネキンの褞袍はためく夢の島
冬うらゝ埴輪の口は目と同じ
小春日の巨大風車の曲がる見ゆ
湯けむりの消えて冬至の柱かな
全身で寒の尻ふる赤ん坊
なつはづき
小六月るるると回る綿埃
竜の玉他人行儀のままの靴
さざんかや明るく人に欺かれ
着信は母さんばかり夕焚火
クリスマス射的の銃のずっしりと
笹鳴や日陰の道の遠く見え
顔上げて静かに生きて今日も雪
下坂速穂
かくれんぼしてゐる背中日短か
襟巻やお菓子のやうな犬連れて
なだめすかされしブーツの女かな
冬林檎写真の君の横に置く
【夏興帖】
中村猛虎
人間になりきれなくて散る蛍
逃げ水を追い迷い込む恐山
父の日の父図書館の椅子にいて
鰻屋の女将の指の白さかな
金魚掬いタトゥーの白き手が伸びる
週刊誌の袋綴じに棲む青葉木菟
辻村麻乃
三人の同時に開くる初御籤
初社一気に投ぐる厄割玉
初茜蜃吐きたる氣の中に
引潮の鳥居金具に淑気満つ
自らが乗る夢見たり宝船
わつと来てわつと去りたるお正月
咲上がる梅の花こそ町意なる
びきびきと泡立つものや春の池
啓蟄や人に言へざることをして
留守居せし部屋の女雛のよく笑ふ
瀬戸優理子
初暦この一年という長編
淑気満つ一句のための紙の白
朗らかな原稿依頼五日かな
春の雪けものの水場甘くなる
春塵の薔薇窓ペインクリニック
ふけとしこ
あらたまの出窓に壜の蒼透けて
年新た琉球硝子のデカンタも
正月の火棚の端にのぞくもの
・
芹を摘む渡りの沼といふ水辺
切株に斜めの裂け目春霰
春闌けて地下に大きな舞妓の絵
加藤知子
日の丸を立てぬ酸っぱさお元日
矢の淑気玉依姫の妊活は
寝正月キソウテンガイと化す流れ
人日のパソコン夫が消えた椅子
矢面はマリアの青衣春隣
心筋の狂れて小躍り二月尽
白梅の真白きにごり乳溢れ
啓蟄や渡台の父のロマンとは
停戦の合意決裂花粉症
無条件降伏なんかたんかよたか
杉山久子
七種粥吹き令和はや七年目
鳥帰るみな俯ける列車内
春の川渡りて友の来る日あり
小野裕三
早見表の隅々までも淑気かな
白い目も黒い目もある初芝居
数学的素養羨ましき雨水
魂を抜く仕草にてぶらんこ揺らす
雪割草僕はあなたの指がほしい
日本の音のきらきら遍路道
正解のように湖沈丁花
【冬興帖】
辻村麻乃
藻の池に朽ちたる舟の冬日かな
熊手笹ゴールデン街に消えゆけり
人の飲む珈琲匂ふ冬日向
肉まんの暖を分け合ふ高架下
手の余る父のポケット冬麗
こそばゆき白の配列霜柱
どの家も幸せさうな十二月
瀬戸優理子
天然水買って孤独の風邪薬
侘助や廊下の奥は人を断つ
慟哭を散らかすまいとブロッコリー
身の内の余熱をさます冬木立
【歳旦帖・春興帖】
仙田洋子
咆哮やあらたまの闇深々と
広重の空の青さや大旦
暗がりの多き実家の切山椒
集まりて大鷲しづか流氷原
流氷を割りては海を覗き込む
流氷原残照に闇しのびこむ
国後へ流氷すさりゆく夕べ
魚は氷にトランポリンで跳ねる子ら
病室に影のまはれる吊るし雛
野遊やどの子一番早く死ぬ
神谷 波
野に山に月の簪お正月
初晴や順調肺も心臓も
松過ぎの手足遊ばせ湯船かな
野の池の縮緬皺や雲に鳥
ぬばたまの眠りを誘ふ春の闇
愛敬たっぷりのかんばせ土雛
そつと抱き寄せ花冷えの抱き枕
豊里友行
翅ばかり残してショーウィンドウの春
次第しだいに皇軍の電照菊
溢れ出す白い会話のゴジラたち
武器を捨て手を叩こうよ花暦
Qよ蝌蚪
双手あげ花鶏頭のバレリーナよ
枇杷燈る真空管のランプ色
棘がある言葉のわたし花きりん
唇が捲るチューリップのプライバシー
凸凹人生も光る春野菜
山本敏倖
半ドアのこの世に漏れる初明り
餅伸びて大統領への提訴からまる
双六で三つ戻りてラジオ体操
火の鳥が永遠の春連れて来る
たんぽぽのほわいとのいずてきてんかい
どの角も壬生狂言となりにけり
鷲津誠次
家計簿に亡母の俳句や冬銀河
冬帽子なで肩丸め喫煙所
寒柝や認知の父の寝息濃く
路地裏の老犬呻く霜夜かな
腰低き青年庭師冬紅葉
朝霜や警笛強き三輌車
晩婚の子のなき卓やおでん酒
加藤知子
寝る前の水仙香るキラークイーン
狐火におそわれダイナマイトの仕掛け
冬満月ママァーとはなんだかなあ
寒九雨死者が挨拶に来て困る
喪の家の姐御のように寒牡丹
杉山久子
光る眼の六つ狸の親子らし
鳩白く囲われてゐる寒さかな
一陽来復一輪挿しの淡き影
小野裕三
似顔絵に見つめられたる初冬かな
兄弟の同じ角度で冬に入る
形よき白鳥ばかり眠りだす
ときおりは音符噴き出す鯨かな
魂の抜けたあとにて悴めり
カーディガン団体行動苦手です
斎場に行方の知れぬコートかな
【冬興帖】
仙田洋子
書いて消す恋といふ字や雪の窓
湯豆腐やぽつぽつと雨降り始め
ご主人の書斎の好きなかじけ猫
黒猫のよぎつてゆきし紙干場
われらみな手皺に見入る火鉢かな
エプロンで磨き陽の色冬林檎
凍滝や命あるもの許されず
神谷 波
雪女叫びをるらん雪しまく
冬晴の富士を車窓にお弁当
数へ日のエスカレーター派階段派
母永眠(享年97)
数へ日の死顔何か言ひたさう
節分の灯のぱらぱらと山家かな
豊里友行
凍蝶の軌跡が描く天体よ
風化の螺子を巻く凍蝶の天体
凍蝶は天体の血潮になるか
じたばたと凍蝶の冬が沁み入る
沈澱し出す凍蝶の銀河系
冬陽が洗う凍蝶の煩悩
誕生するね凍蝶の天体よ
山本敏倖
寒椿波はヨハンシュトラウスかな
冬銀河を渡るひとりの紙の舟
切り絵から露地の寒気が漂えり
鯛焼きに見向きもしない盲導犬
返り花どこまでピエロでいるつもり
ふけとしこ
裸木の寄り添ふのみぞ開墾碑
長編のやうやう佳境冬うぐひす
数へ日や天気図に風見ることも
【夏興帖】
水岩瞳
濃あぢさい御国のためと血を流し
大樟の青葉騒バンザイばんざい
忠魂碑に空蝉ひとつ置いてくる
煙草やめ父が愛した水やうかん
白玉やつるんと過ぎる日一日
エンゼルストランペットあの人は来ぬ
【秋興帖】
水岩瞳
八月の投降のビラ今も舞ふ
永久にあれからずつと敗戦日
少年の掌のなかの黙きちばつた
花野ゆく少女の吾に会ひにゆく
木曾のなあ月にとどけと踊り唄
村消えて秋の蛍がゐると言ふ
浅沼 璞
片脚を伸ばしてかなかなを聞けり
かなかなと外湯に瘦身をまげる
朝霧や数多の樹頭あらはにし
柄と柄重ねてひとり秋高し
針金の人形の腰秋めきぬ
唇のかたちの刺繍秋立ちて
軽やかに鬼の子としておりてくる
佐藤りえ
わたしたちたちまち居待月のもと火を捨ててきた掌も霧の中 コペンハーゲン、ストランゲーゼ30番地
秋深みピアノの蓋に置いたパン
筑紫磐井
精霊会コロナの死者はいつかゼロ
化け物になつて西瓜の帰り来よ
檻の中で人が飼はれる月夜かな