2025年1月17日金曜日

令和六年 夏興帖 第九/秋興帖 第八(辻村麻乃・堀本吟・鷲津誠次・下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子)

【夏興帖】

辻村麻乃
あめんぼの求婚波を掴みたる
選択の光受けたる蓮の花
いづれかが落つる定めよ柿の花
卯の花腐し他人のやうな一人つ子
病とは白き野にあるハンモック
振り向きて鶴の貌なり半夏雨
合歓の花閉ぢて光を仕舞ひけり


堀本吟
草むらに衣擦れのおと蛇が脱ぐ
毀れたか成層圏の日雷
金魚田のらんちゅうに陽矢ゆらゆらと


【秋興帖】

鷲津誠次
音読の覚束なき子虫時雨
うつとりとシルク湯浸かり残る虫
誰も彼も一詩を胸に星月夜
つややかに灯る城町鉦叩


下坂速穂
八月を永しと思ふ路地に唄
棚経や水面の月が月を呼び
月よりも光ほのかに団子かな
月の友思ひ返せば背の高く


岬光世
天地を畏るる日日に秋の蟬
水澄みて心許なき花のこと
定まりし蕾の向きや曼珠沙華


依光正樹
掃苔の水に映れる母の色
大きくてはかなき人と展墓かな
小さき石落ちてしづかや秋の山
水澄んでゆく先々に澄める人


依光陽子
草色の草には非ずきりぎりす
一部屋に居場所のいくつ秋灯
キッチンにもの書いてをり秋湿
ふぞろひの暦が二つ夜業かな

2025年1月10日金曜日

令和六年 夏興帖 第八/秋興帖 第七(下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子・川崎果連・前北かおる・中嶋憲武・早瀬恵子・小林かんな)

【夏興帖】

下坂速穂
横丁にスナックのある浴衣かな
説教やバナナの横に皮置いて
瓜を噛むやましいことの少しある
白玉やほなと話を終はらせて


岬光世
ラムネ持つ指輪の指を立てて待つ
狢藻の花へさつきと同じ人
何代目かと寺島なすの花に問ふ


依光正樹
若葉して匂ひのつよき花咲いて
赤きもの夏の落葉の中にあり
光る蟻光らざる蟻蟻の道
明るきも昏きも佳しや金魚玉


依光陽子
汐干狩より帰りたる息を吐く
年輪に鑿で分け入る青葉かな
トマト二個箱に偏る暗さかな
出目金の目のバランスの憎からず


【秋興帖】

川崎 果連
秋雨をバケツにためて牢に置く
前置きの長い戦争桐一葉
まだ斬るかそこまで斬るか村芝居
やわらかく生まれて硬く死ぬ秋思
死者の手を組むは生者や秋深し
秋深し牛が見ている遠い沖
ミサイルの光沢秋鯖の捩れ飛び


前北かおる
爽やかや人にバッグを担がせて
秋蝶に誘われゆく芝の上
また人にしがみつきたるいぼむしり


中嶋憲武
口語訳の月夜へひらく紙の質
月白を逸れ桃いろの足のうら
ことば古ければ鶴来るためしあり
童貞を捨てれば刈田広がる死
稲妻に文字追ふ闇の高架駅
晩秋の手相知らない紫雲の木
濡れてゐて月のほとりの茶葉ひらく


早瀬恵子
紅葉かつ散るケーキタワーにも紅葉
琵琶湖爽秋幽庵焼に灯す舌
ひ孫集える花圃よ秋蝶のラルゴ


小林かんな
広島の果物届く今朝の秋
大西瓜種父の十八番を皆が言い
女郎花二手に分かれ探し出す
神将のみな秋冷に影を負い
秋風のしみて獄卒目しばたく

2024年12月27日金曜日

令和六年 夏興帖 第七/秋興帖 第六(中嶋憲武・早瀬恵子・小林かんな・眞矢ひろみ・渡邉美保・村山恭子・松下カロ)

【夏興帖】

中嶋憲武
昏い火を置く白馬となれぬ夏の霧
蟻ひとつ潰し近代戻り来る
電話の向うに雹の昼の飛来
ローマは夜蝋燭しろく海月の密
海草の夜を貸しボート哀しむ北部
玻璃戸夜の呼吸閉め梅雨の星数へず
馬が立つ仕種の芒種倦む儀式


早瀬恵子
ヴィオロンのニンフの風や瑠璃の羽
茉莉花や彫刻美男のジャムセッション
バリ~ハイ~サザンクロスや王の道


小林かんな
梅雨の月グリコの下に少女たち
地下鉄の入口二つ蝉の声
電磁調理器勧める人へ出す麦茶
夜濯ぎや老人ひとり分の脂
踏まれたりサーターアンダギーと蟻


【秋興帖】

眞矢ひろみ
終バスに終わりありけり星月夜
また一人をんな死にゆく西鶴忌
老鞣すつるべ落としの山河かな


渡邉美保
捨て舟に鴉来てゐる残暑かな
大太鼓小太鼓干され九月来る
秋の風父似の硬き爪を切る


村山恭子
南門の礎白し荻のこゑ
子蝮の秋思よ半呑みの蛙
親さがし露の木の実をさがす熊


松下カロ
秋刀魚の頭ふたつ食べ愚かなまま
人形の目のあをあをと鳥渡る
流木は月の軍馬となりにけり

2024年12月20日金曜日

令和六年 夏興帖 第六/秋興帖 第五(眞矢ひろみ・渡邉美保・村山恭子・川崎果連・前北かおる・山本敏倖・青木百舌鳥・冨岡和秀・花尻万博)

【夏興帖】

眞矢ひろみ
野佛の微笑み深し蛇苺
青鬼灯女系家族の一男子
薬玉やかすかな風に犀を嗅ぐ


渡邉美保
ふうと息吐いて鉄砲百合ひらく
血豆浮く腐草螢となる夕べ
炎昼のベンチにバスを待つ黒衣


村山恭子
大屋根に水の刻印あやめぐさ
スカイブルーのインク封蝋は薔薇
桑の実をつぶす指さき自我の香よ


川崎果連
国境の膠の溶ける油照
山の蛇うちへ誘うがついて来ぬ
スカートの中へかくまう青大将
前例の始まりはいつ土用波
死んでから無罪とわかる金魚たち
つぶれてもトマトはトマト思想犯
片蔭に入っては出て鳩飛ばず


前北かおる
漂流す麦藁帽の画描のせ
日に焼けて漂流船に仁王立ち
絶海に炎帝とこの難破船


【秋興帖】

山本敏倖
砂絵を濡らす月光のカタルシス
蜻蛉来て国旗の赤に染まりけり
にんげんに向かう舟あり十三夜
分身は野菊に倣い馬に乗る
江戸前の新蕎麦すする紀尾井町


青木百舌鳥(夏潮)
古家や残る暑さを拭掃除
野分逸れけりからり空缶を捨つ
コスモスの揺れつつ伸びてゐる感じ
新米の籾をざらりと見せくれし


冨岡和秀
うるわしの背の刺青や雪女
解放の神学となるAとV
大三輪の緑を息する偏執・分裂
メランコリーの裂け目から沸く傑作集


花尻万博
赤々と漁婦羽ばたく台風圏
コスモスを一直線に巡礼よ
おつとりと鬼灯つひに恋をする
明日あると思ふ和歌山唐辛子
曼珠沙華散りゆく普通の花として
芒原詰めの甘さを残したる
表現の終はり台風賑やかに

2024年12月13日金曜日

令和六年 夏興帖 第五/秋興帖 第四(山本敏倖・冨岡和秀・花尻万博・望月士郎・青木百舌鳥・加藤知子・豊里友行・木村オサム・中西夕紀)

【夏興帖】

山本敏倖
六月ははや吊るし人形である
夏座敷居留守の音の尻尾出る
入念に余白を隠す女郎蜘蛛
古事記からくちなわの音盗みおり
中世の木霊を連れし麦の秋


冨岡和秀
弔いの鐘が鳴るなり疫病期
滑空のスキー転んで鳥探し
捉われて身口意(しんくい)放つ手術台


花尻万博
蛇一つ泳がす雲のみだれかな
木苺や熊野kumanoとツーリスト
お花畑ここ城跡と言はれても
Coca-Cola気にはしている道をしへ
100%ブーゲンビレア西日かな
長々と出口を探す木下闇
都合よくクロアゲハさへ味方して


望月士郎
言葉はぐれて夕べ蛍という鎖線
夜店の灯真っ赤なものを舐めている
包帯を濡らさぬように金魚掬う
等分にメロン切るときやや船長
聞き返す二度目は少しかたつむり
蜘蛛の巣の張られて空が神経質
星涼し脊柱そっと管楽器


青木百舌鳥(夏潮)
老鶯が四五羽それぞれ癖もありて
鶏糞が匂ひ夏葱畑かな
銭蔵に千両箱は無く涼し
高原やトマト棄てつつ販ぎつつ


加藤知子
崖墜ちし汝れ美しとふ梅雨の蝶
今年竹の切り口に憑く金剛鈴
滝の上の水落つ捨身飼虎のごと
揚羽蝶守護霊のごとひらひらす
死者の家蜥蜴が走る朝帰り


【秋興帖】

豊里友行
鰯雲あふれる愛の言霊よ
稲光レベルの属国コンセント
銀河系の回廊なり螽斯
いのちをもやしている戦火のまなこ
でで虫の敬老会の父と母
ブルーシートのあと桃太郎の誕生
原爆と戦争展の鰯雲


木村オサム
シャンプーの香りの美僧秋の昼
波平の一本を抜く龍田姫
あきらかに人間寄りな桃潰す
簡単に口割るスパイ猫じゃらし
凶作の地から古本掘り出さむ


中西夕紀
海を背に昔酒場の蔦紅葉
とんばうや海につながり湖暗し
秋燕やバスの待ちゐる外国船
あけび持つ小山君てふ迷子かな
赤い羽根つけて木陰に待つ演者

2024年11月15日金曜日

令和六年 秋興帖 第三(岸本尚毅・坂間恒子・ふけとしこ・仲寒蟬)



岸本尚毅
扇風機の風ゆるやかに秋の蠅
ミヒャエルといふ老人や花煙草
表札の無くて人住む穴惑
この町にプロレスが来る草の花
居る蠅のただぼんやりと糸瓜かな
壁白く人の影あり美術展
手の甲を嗅がせて奈良の鹿いとし


坂間恒子
実むらさき声だすものに群鶏図
月光に呼ばれたものから折れる
デユーラーの視線の先の曼珠沙華
心象の岸辺の馬に秋がくる
シャガールの驢馬の声する秋の虹


ふけとしこ
こほろぎや函を出渋る昭和の書
秋の日を針出して死ぬ蜂ありて
月を見て木星を見て雲を見て


仲寒蟬
八百長の疑惑も愉し西瓜割り
秋の蚊といふといへども痒きこと
身上は揺るることなり酔芙蓉
懐柔は無理いきりたつ蟷螂に
蚯蚓鳴く兵馬俑にも聞こゆらむ
人よりも案山子が多いではないか
耳打をされて角力の本番へ

2024年11月1日金曜日

令和六年 夏興帖 第四/秋興帖 第二(木村オサム・中西夕紀・辻村麻乃・神谷波・瀬戸優理子)

【夏興帖】

木村オサム
迷宮をあっさり抜ける羽抜鶏
内側はサンバのリズムかたつむり
ががんぼが来るが昨夜の壁がない
空蝉が樹の出奔を留めをり
顔上げて天牛の噛む雨雫


中西夕紀
じゅくじゅくと葎すずめの不満らし
雨太き浮世絵に入る涼みかな
水飛ばし帆を洗ひをる裸かな
そこそこに友人もゐて泥鰌鍋


【秋興帖】

辻村麻乃
息苦しきほどの雲よ秋の雷
失くしたと思うて出会ふ明けの月
長き夜に長き手紙を書きにけり
揺蕩うて淡くなりたる恋螢
笑ひ声溢るる校舎稲の花
彼岸花左岸に土砂のどつさりと
きつちりと壁に沿うたる秋日射


神谷波
秋暑し石割れ石の溜息が
包丁を研いで新米炊きあがる
ひよつこりと厨の窓に小望月
名月に見守られつつ眠りけり


瀬戸優理子
ほどほどがわからないまま花野風
ピアノ曲転調のたび水澄みて
育休産休林檎の蜜の満ちるまで