2018年8月31日金曜日

平成三十年 夏興帖 第三(辻村麻乃・中西夕紀・杉山久子・山本敏倖・神谷 波)



辻村麻乃
交尾せし蛍の匂ひ押堀川
蛍火や一生恋をさせたまへ
幸福の木の枝払ふ男かな
丹の橋を渡りて織姫とならむ
風死して誰も降りない電車かな
電話から娘の鳴き声と夕焼と
手花火の焔地殻へ送りたり


中西夕紀
父(とと)さんの名はと文楽汗見せず
誘はれて行きたし大水青発てば
籐寝椅子父のポマード匂はぬか


杉山久子
殺されし牛の肉喰む汗の顔
合鍵につけし鈴鳴る明易し
避暑の荷に足すニョロニョロのぬひぐるみ


山本敏倖(豈・山河)
鬼百合を鬼百合にする十三輪
愚直なる男の背中黒い汗
空蟬が爆弾なるを誰も知らない
指先で空にひらがな描く踊り
雷雲のねじれ未来を炙り出す


神谷 波
招き猫ひやかし四万六千日
四万六千日の風鈴騒々し
四万六千日のつぽの袈裟の鬱金色
ゆきあたりばつたり茅の輪くぐりけり

2018年8月24日金曜日

平成三十年 夏興帖 第二(大井恒行・曾根 毅・網野月を)花鳥篇 追補(早瀬恵子・浅沼 璞・北川美美)



大井恒行
掘り進む夏 地球のみやこ出で来たり
青空に季(とき)ながく触れ夾竹桃
花づなの島に棲みつつ鸚鵡かな


曾根 毅
空蟬や音を立てずに崩れ去り
夏の蝶大方はメルトダウン
何処まで釈迦の声する百日紅


網野月を
持ち運ぶ略礼服や日の盛
天花粉「生まれる」は受動態
片陰の反対側の喫煙所
もしかしてあのビル斜め日の盛
食べること食べられること冷素麺
蝉時雨連休明けは休園日
夏の月廃刊間近の雑誌買う



花鳥篇 追補

早瀬恵子
春ゆけり万葉カクテルのパレット
咲きましてうすむらさきの美童なれ
平成の一休さんの囀りし


浅沼 璞
くわふんくわふん春風亭のやうな顔
ハンガーがからまつてゐる杉花粉
羽織ぬぐ春風亭杉花粉かな


北川美美
引き寄せて桜の実なり潰し嗅ぐ
之布岐咲く日増に雨の重くなり
紫陽花の青がまばゆし夜目遠目
山鳩の声くぐもれる夏の朝

2018年8月17日金曜日

平成三十年 夏興帖 第一(松下カロ・小林かんな・西村麒麟・仙田洋子・岸本尚毅)



松下カロ
噴水の芯に少年サンテグジュペリ忌
ウェディングドレスのやうな驟雨来る
恩讐の果てのホテルのプールかな


小林かんな
数多いて一羽飛び立つ半夏生
夏草を映さぬ瞳してひつじ
茫々と眉毛の灼ける駱駝かな
猛禽の羽毛にふれし白靴よ
カピバラはやがて埴輪に星涼し


西村麒麟
毒の無き蛇かもしれぬけど巨大
滝少し空中を行き落ちにけり
手で扇ぐ三鷹の嫌な暑さかな


仙田洋子
地図濡れてニュルンベルクの緑雨かな
緑さすナチス歩きし旧市街
  銅像
ワーグナーの頭の上の巣立鳥
夏の夜を金管楽器鳴りどほし
讃ふるは黄金の麦酒の大ジョッキ
生ビール恋に飽き人生に飽き
蛇を打ち殺せしイヴのけだるさよ


岸本尚毅
孑孑の浮く水舐めて雀蜂
優曇華や見て百円の福禄寿
空蟬は鬼の貌なり百合赤く
夏帽の皆美しく買はれずに
二番子を御成通りに鳴かせをり
寝そべつて壁の如くに簾あり
灯籠やお供へものを蜂が這ひ

2018年8月10日金曜日

平成三十年 花鳥篇 第八(青木百舌鳥・井口時男・花尻万博・小野裕三・飯田冬眞・佐藤りえ・筑紫磐井)



青木百舌鳥(夏潮)
土砂降に乱るる岸に乗つ込める
初蚊来ぬ見違へるほどよく弾む
外房やアボカドライス生ビール
むく犬の和毛の艶や樫若葉


井口時男
蛇七態
ぞわぞわと青血泡立ち穴を出る
ひなげしを灯しおくぐるる溶けるまで
ウロボロス腹のあたりが膨れたる
お日がらようてお身がらようて皮を脱ぐ
つるみ合ふ鱗蜿々合歓の花
水うねり文身ぬめり虹二重
朽ち縄さみし白身の肌はそつと締め


花尻万博
美しき鴨居に垂れる鮎の宿
人死ぬ間花虻濡れてしまひけり
日の入りの陽射し返さず桐の花
母屋みな国の繋がる初蚊かな
鬼の子の足軟らかき代田かな
蠛蠓やさつきから鬼見当たらず


小野裕三
園児らはさあっと引き上げ桜の実
大皿に海の仲間を並べ初夏
出陣のごとき守宮の現れり
幸運な世界に移る雨蛙
おきあがりこぼしも並ぶ舟料理


飯田冬眞
たんぽぽの絮吹きだまる議事堂前
三叉路に顔なき地蔵蝶生るる
蛙合戦策略のなき後ろ脚
のど飴を片頬に寄せ春惜しむ
夏の鳥ヒエログリフは左向き
手の中に火の付きさうな杏の実
俳号も偽名のひとつ鰻喰む


佐藤りえ
HERMESの旗も五月の風の中
夏来たる鋏を研いでゐるうちに
夏暁の夢にてひらく哲学書
とむらひにひとつ氷をふふませて
かたはらの猫に聞かせる夜来香


筑紫磐井
きつと梅雨兜太を偲ぶ会の告知
濃あぢさゐ八百屋お七の墓隠す
御町内のゴミを集めて五月来る

2018年8月3日金曜日

平成三十年 花鳥篇 第七(加藤知子・西村麒麟・水岩 瞳・ふけとしこ・中村猛虎・仲寒蟬)



加藤知子(「We」「豈」「連衆」)
木下やみ巣箱は街につながれて
藻の花のだいじそうなるはらんでる
イミテーション家族しゅうごう行々子


西村麒麟
古き世の如くに月や野遊びに
地虫出て他の地虫を見てをりぬ
潜るのが得意な鳥も春らしく


水岩 瞳
廃屋の門に瓦に飛花落花
抽斗の奥のさざ波さくら貝
脱脂粉乳今は無脂乳昭和の日
そのまんまでいいよ憲法記念日
薔薇ばらになつてゆく我夕まぐれ


ふけとしこ
西の方丈椎の香に攻められて
ででつぽつぽう桜の実黒く落ち
肘までの黒き手袋あらせいとう


中村猛虎
人間の暗渠に桜蕊の降る
囀り時々ジェットコースター
犬ふぐり母は呪文で傷治す
重心を持たないままで落つ初蝶
花は葉に左回りに摺る淡墨
ひとりずつカプセルにいて花の雨
花びらの重なってゆくふくらはぎ


仲寒蟬
蕗の薹洗濯物がすぐ乾く
ついてゆく川越えられぬ初蝶に
与太者と言はれて蛙にはやさし
砂時計砂落ちきつて鳥雲に
彼岸とも此岸ともなく川面へ花
華鬘草だけは前から知つてゐる
牡丹園観客もまた揺れてをり