2023年4月28日金曜日

令和四年 冬興帖第六/令和五年 歳旦帖第五(木村オサム・中村猛虎・浅沼 璞・曾根 毅・望月士郎)

【冬興帖】

木村オサム
口の穴ひとつ目の穴ふたつ冬
雑談の合間の無言日向ぼこ
十二月八日ドラム式洗濯機
外套を着たままスープ啜る音
春近しキリンの舌がちらと見え


【歳旦帖】

中村猛虎(なかむらたけとら)
元日の今日も無事目が覚めました
年初めザラメ零れるメロンパン
元日の足の小指をまたぶつけ
あがりから戻る双六離婚して
今日もまた僕を見ている福笑い


浅沼 璞
クレーンのゆつくりめぐる初御空
門松の断面そろふ月明り
山姥の図などひろげて屠蘇干して


曾根 毅
正月の氷が溶けて耽るなり
野良犬の舌は枯野に染まらない
枝を伐るとき冬空は平らなり


望月士郎
一月一日一重まぶたの妻といる
いいかけてそっと平目を裏返す
血の色の実の生っている寒さかな

2023年4月21日金曜日

令和四年 冬興帖第五/令和五年 歳旦帖第四(浅沼 璞・曾根 毅・家登みろく・望月士郎・山本敏倖・大井恒行・田中葉月・なつはづき)

【冬興帖】

浅沼 璞
立冬の一本たらぬ蛸の脚
参拝の先客ひとり小春かな
冬もみぢ眉間に音のしてゐたり
さかしまの鯨が肺の奥にゐる
乾鮭の北斎に似る面構
身長の伸びる感じの霜を踏む
ふり返る枯葉の道も日の光


曾根 毅
豊饒の蔭の湿りの藪柑子
荒涼と赤い毛布の重なりぬ
寒暁の扉に自重ありぬべし


家登みろく
風花に赤子抱くやう荷を抱いて
耳当や母の掌のごと声のごと
ストーブに髪ますますの濡れ羽色
教へ子のごとく湯の柚子遠し近し
一日のいのち本望雪だるま


望月士郎
綿虫とわたくし混ざりわたしたち
開戦日日の丸という赤い穴
失ったピースに嵌める冬の蝶
冬の虹消えそらいろの置手紙
雨は雪にちいさな骨はピッコロに
冬の葬みんな小さな兎憑き
絵本閉じれば象は二つに折れ寒夜


【歳旦帖】

山本敏倖
大旦人間正しく運ばれる
門松や本卦還りの頃の月
初詣どのわたくしを連れ出すか
切処(きれっと)のちらり初日の羽根の先
運勢や船のごとくに餅伸びる


大井恒行
手びねりの兎の白さ眼の男
愛ありて兎跳びなる不思議かな
じゅうにがつくにうたつきる山河かな


田中葉月
独楽回る宇宙にはない西東
真二つに白菜わるる寂光土
恥じらひのはじまりゐたり冬木の芽
あらたかな山ふところや冬の鵙
山茶花や兎にも角にも白湯をのむ


なつはづき
宝船イスカンダルから帰還せり
初夢や自分をオレという天使
松過や箱の四隅の粉砂糖

2023年4月14日金曜日

令和四年 冬興帖第四/令和五年 歳旦帖第三(山本敏倖・大井恒行・田中葉月・小林かんな・なつはづき・中村猛虎・辻村麻乃・松下カロ)

【冬興帖】

山本敏倖
風花の羽化する街を過りけり
路地奥の華構の屋根や冬銀河
墨汁の遠浅活かし海鼠描く
寒月はまよねーずの匂いダダ
雪原へ誤植のような杖の跡


大井恒行
指笛にふり向く冬の戻り橋
コウガンモコウガンザイモ冬ハジメ
大王(おおきみ)の他生の縁や山に入る


田中葉月
セーター脱ぐ見知らぬ影をおくやうに
ゆるびゆく骨の音あり冬銀河
うまさうな赤子の寝息冬紅葉
振り向けば冬の木漏れ日ついてくる
雪女系図の余白見つめをり


小林かんな
冬うらら低い神籤は山羊が食う
靴提げて見入る曼荼羅白障子
冬の菊不動明王顔昏く
火の焚かれ法衣の渡る長廊下
毛氈の果てて綿虫とどこおる


なつはづき
オムレツのしわしわになる神の留守
冬もみじ呼吸のたびに揺れる傘
赤ワイン一杯ほどの帰り花
裸木や言葉が硬く着地する
暗がりに匂い置き去りにし兎
わびすけや髪の毛しおしおと眠る
霜の声結び目硬き黒ネクタイ


中村猛虎(なかむらたけとら)
回天や海鼠を切れば水溢る
右靴から左の靴へ時雨けり
白息の駆け込んでくる山手線
凩の途方に暮れる土踏まず
寒波来る羽生善治の勝ちし夜に
風花やビクター犬の踊り出す
アマテラスではない君よ着膨れて

【歳旦帖】

辻村麻乃
人々の集ひて寒きルミナリエ
富士塚の上の人にも御慶かな
赤子らの交互に夜泣四日かな
ベビーカー登りきつたる初景色
鉄塔の脇照らしたる初日差
大氷柱誰の罪かと問ふやうに
西からの邪視を避けよと雪兎


松下カロ
寒林のただ一枝に触れて去り
不機嫌な清少納言着ぶくれて
一月一日真青な雪が降る

2023年4月7日金曜日

令和四年 冬興帖第三/令和五年 歳旦帖第二/令和四年 秋興帖補遺(辻村麻乃・松下カロ・前北かおる・男波弘志・神谷波・竹岡一郎・堀本吟)

【冬興帖】

辻村麻乃
落葉踏み今日の仕事を終えにけり
冬天に大角羊の咀嚼かな
薩摩汁あれば機嫌の良き夫
日当たりて立ち枯れてゆく紅葉かな
はじまりの呪詛にも似たる冬雷
ばら積の貨物港に寒暮光
枯木から枯木へ夕日渡りたる


松下カロ
白鳥や陶人形の底に穴
熟睡の尼僧へ毎夜白鳥来る
白鳥がよぎるノーベル受賞式


前北かおる(夏潮)
霙るるや本庄早稲田過ぎてより
古き名をくづれ川とも霰魚
今は日を隠すものなし冬の鳥


男波弘志
ゆるやかに祝詞を出づる真神かな
喉笛は隠さずにいて寒月下
自画像やふたりの我に置く胡桃
普門品浮寝の鴨にしたがえり
木守柿抱き合うことを忘れずに

【歳旦帖】

神谷波
数へ日の戦況気掛りでならぬ
餅を搗く山があくびをしたような
人に臍家に床の間鏡餅
松過ぎの友はふらりとやつてくる


竹岡一郎
初夢や一族は陽に並びをる
ドライブイン猿が猿曳あたためる
元旦もかの火葬炉は稼働せる
(はた)の音や獏枕から髪が生ふ
木剣の友は乙女や初稽古
軋む港や伊勢海老を積み上ぐる
橋を褒め姫を畏るる手毬唄


堀本吟
廃校のうさぎ小屋にも初茜
タワーマンション最上階に〆飾り
書き初めや守りの盾に「戈」を添え


【秋興帖 補遺】

前北かおる(夏潮)
おたがひに喪服の今宵秋黴雨
赤シャツの笑顔が遺影秋黴雨
生き字引なりし瓢に酒きらさず