2024年7月26日金曜日

令和六年 春興帖 第五(花尻万博・早瀬恵子・大井恒行・竹岡一郎)



花尻万博
草花に沈みし錨紀伊遍路
隣る世を支ふる芹のひよろひよろと
角隠しきれざるも佳し磯遊び
上る水下る水あり柳なら
落ちる処までおちて人山椿
古道をへて菜の花のもうすぐに
杉挿し木父のこと皆分からずよ


早瀬恵子
容鳥や自惚れコップのエアプランツ
けんけんぱいろとりどりの五月病み
瀬の早みバイリンガルの時を着て


大井恒行
ものの芽の結ぶははるか葛飾区
典雅なる戦将棋や桃の花
白梅の無限のひかり壺頭


竹岡一郎
一夜官女治水の成りし静けさを
要らぬ子は無けれど一夜官女かな
流木の逞しく立つ俊寛忌
名画座おぼろ十五で死んだはずの僕
死後四十五年の吾がいま花人
来し方を照らすが如き春障子
甘南備の谺まろやか木の根明く

2024年7月19日金曜日

令和六年 春興帖 第四(小林かんな・ふけとしこ・眞矢ひろみ・望月士郎・鷲津誠次・曾根毅)



小林かんな
畑まで行くのにそんな寒紅で 
版画展るるるるしゃぼん玉るるる
音楽に駆られる木馬春の昼
陽炎に何焚べたんですか博士
紫木蓮マネキンの腰細すぎる


ふけとしこ
摘み頃の蓬よ雨に打たれたる
鹿子の木の肌濡らしゆく春の雨
そのかみの女王陛下の春帽子
煙突の遠く見えゐる古巣かな
春愁のとろりとこはす目玉焼


眞矢ひろみ
春一のすでに腐乱の気配かな
空いてゐる君の隣席春の夢
老いてなほ海馬に少年坐す春暁


望月士郎
囁きの唇やはらかく「うすらひ」
合掌にかすかなすきま木の芽風
三叉路に阿修羅が立っていて三月
まどろみのまなぶた初蝶のつまさき
零ひとつ輪投げしてみる春うれい
絮たんぽぽ吹く球形の哀しみに
原子力いそぎんちゃくにさっと指


鷲津誠次
春雨香ばしく鯉の睡りがち
若葉風左折ゆつたり教習車
土筆摘む保母にも苦き別れあり
病床の母の一口さくら餅
飛花落花母校一度も訪ふことなし
筆まめな異国の母や花月夜


曾根毅
戸袋の見え隠れする春の雷
国境のロープをくぐり白椿
御神渡りゆらりゆらりと戯言など

2024年7月12日金曜日

令和六年 歳旦帖 第七/春興帖 第三(竹岡一郎・岸本尚毅・浜脇不如帰・冨岡和秀・杉山久子・松下カロ・木村オサム)

【歳旦帖】


竹岡一郎
女礼者とアンモナイトを論じ合ふ
人に化け杓子定規の礼者なり
賭博場へ向かふ礼者に嘆息す
寒声や流謫の嘆き高くうねり
欠けざる歯誇りて漁翁ごまめ嚙む
人日や祟る理由もまた恋と
怨霊の行く方を観る七日かな


【春興帖】


岸本尚毅
豚汁にこんにやく多し雛の宵
筒のやうな白く大きなチユーリツプ
色薄く生れし蠅やゆるく飛ぶ
灌仏や五本の杓のあるばかり
やがて来るものの如くに春の雲
ほねつぎの骸骨と春惜しみけり
老人に魔法の国の亀が鳴く


浜脇不如帰
十字架の掌なら激辛ほたるいか
東京タワーは血の味宵の雉
こきざみに惑える窒素菜種梅雨
とびばこをおたまじゃくしをうつくしく
痛いトコ突かれましたですね目刺
きりすとと鵲の巣と歯磨き粉
まったくの基督はさくらもち気質


冨岡和秀
群棲の(がく)をはねのけ踊る花びら
光る家ゆくえはいずこ声を出せ
沸騰する生命波動や舞い踊る


杉山久子
カピバラの食欲無限春の雲
陽炎へ二足歩行のまま進む
春愁や駱駝をとほす針の穴


松下カロ
落第子ジャングルジムのてつぺんに 
ぶらんこに酔ひてジャングルジムに醒め
春の月ジャングルジムに閉ぢこもり


木村オサム
しゃっくりが止まらぬ午後の枝垂梅
モルヒネを増やした朝の薄氷
爆音に怯え蛙か兵になる
落第知るジャングルジムの真ん中で
かげろうの水っぽい手触りが詩だ

2024年6月28日金曜日

令和六年 歳旦帖 第六/春興帖 第二(花尻万博・早瀬恵子・大井恒行・小野裕三・水岩瞳・中西夕紀・神谷波・坂間恒子・山本敏倖・加藤知子)

【歳旦帖】

花尻万博
角見ゆる枯野の奥に消ゆるまで
佛手柑の働く人にまぎれゆく
降りてくるものをうべなひ夕焚火
外套や父と遊びし納屋に似る
日の暮れのねんねこいつも母を入れ
蜜柑山越えて木の国また清める


早瀬恵子
敲の与次郎ひょいと龍頭(りゅうがしら)
初諷経(はつふぎん)多星人の風立ちぬ
父と母泉殿から初お香


大井恒行
山鳩のふくみ鳴きかや去年今年
結晶は氷雨と書かれ匂う朝
初春の「ああ姉さま」と書く手紙


【春興帖】


小野裕三
前よりも耳の大きな初閻魔
空耳の人集まって春近し
早春の君に蹄のようなもの
棘あるものみな置いてきて雛遊び
人相のはっきりしない蜂の子よ
猫柳たましいならば弄ぶ
夏近しよくもわるくもふしぎな子


水岩瞳
節分や鬼にも好かれたきこころ
北窓を開く濁世も久しぶり
地虫出づ此処はかつての駐屯地
我に反骨されど蛙の目借時
つくしんぼ一斉蜂起とまでいかず


中西夕紀
世を閉づる前髪長し卒業す
ももいろの和菓子いただき卒業す
国後の霞見やりて息深し
上気せる顔に手をやり蜃気楼


神谷波
蕗のたうひよこひよこバレンタインデー
はなやかに幕の開きたる春の宵
蕎麦すする鶯の声近すぎる
こつぜんと婆消えゆれる藤の花
よき隣とはムスカリと黄水仙


坂間恒子
引き出しに椿あふれて眠られず
春の蛇回転扉押し行けり
春鴎漁港はあくび噛み殺す
花の雨鏡売りくる夜の透き間
桜蘂降る真夜中の非常口


山本敏倖
陽炎の仮説を崩すかんつおーね
戦艦の腹から蝶の生まれけり
初蝶の波紋はたしか変ロ短調
雪解けの音につまずく囲碁帰り
言の葉以前の言の葉つなぐ飛花落花


加藤知子
春雷や青むか吠えるかなだめるか
純なるもの人身御供として芽吹く 
花冷えの散るまであなた口に詰め
口からは食べぬ桜餅歯痒い
口数でもの言うおのこ春時雨

2024年6月21日金曜日

令和六年 歳旦帖 第五/春興帖 第一(眞矢ひろみ・望月士郎・曾根毅・辻村麻乃・豊里友行・川崎果連・仲寒蟬・仙田洋子)

【歳旦帖】


眞矢ひろみ
読初やちょい寝の夢に初音ミク
恋歌留多笑う小町のアニメ顔
五臓六腑の生命ゆらぎぬ七草粥


望月士郎
着ぐるみを新しくしてお正月
一月のお面は一番上の棚
初日記いきなりピカソふとムンク
大根炊くにんげんという無期懲役
酢海鼠は「すまない」に似てる


曾根毅
追い越して鳥から明るくなる鳥へ
夕餉まで悠々と寝ている小雨
褐色の馬沈みゆく巨大太陽


【春興帖】


辻村麻乃
のつぽりと富士の頭や春の空
おにぎりを小さく握り春に入る
花曇ビルの谷間にビルの街
手から手へゆつくり渡す染め卵
第三紀の海触洞穴抜けて春
ポケットに父と繋ぐ手あたたかし
手首より呪咀のごとくや春光


豊里友行
鮮やかな桜色の看護士さん
もくもくと捥ぐ点滴の大西日
術中の我よ宇宙オペラごらん
目醒めがちな我を見守る鮫の陣
さくらさくらさくらさくら麻酔覚め
術後ベッドの震源心音の闇
桜咲く此処から源氏物語


川崎果連
立ちんぼの職務質問おぼろかな
囀や名通訳の二枚舌
重力は時空の歪み半仙戯
蛤やカスタネットは歌わない
さそわれる徹夜の工事シネラリア
投票という立ちくらみ飛花落花
ぼくたちがどう生きようと山笑う


仲寒蟬
春雷や武者震ひするトラクター
春の夢放送禁止すれすれの
春宵や猫の時間と人の時間
野火走る鳥より獣より迅く
火炎瓶にもなる椿一輪挿し
傘といふ野暮置いて出る花の雨
蜜蜂や全長見ゆる野辺送り


仙田洋子
  一周忌
この先に恋もうあらず夜の梅
箱を出し雛ぼんやりしてゐたる
人の世をあきらめ顔の雛かな
ひとつこぼれぱらぱらこぼれ雛あられ
星のみなつめたき彼岸桜かな
色濃きは恋情の濃き桜かな
しわがれし声で応へぬ桜守

2024年6月14日金曜日

令和六年 歳旦帖 第四/令和五年 冬興帖 補遺(杉山久子・木村オサム・小林かんな・ふけとしこ・早瀬恵子・浜脇不如帰・下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子)

【歳旦帖】

杉山久子
対岸の仲間へ啼けり初鴉
犯人の見当つかぬ読始
買初の途中のプリン・ア・ラ・モード



木村オサム
人日やみんなうなじにコンセント
人日の埴輪の顏を覗き込む
人日やわたしの中は別なひと
人日のボンレスハムの糸ほどく
人日や仮面外すがすぐ付ける



小林かんな
それぞれの位置に鴨たち初景色
初雀老婆三人手を合わす
浅草に人あつまれば笑初
双六に今年の運を使い切る
比類なき単純であり初芝居



ふけとしこ
虎豆も黒豆も煮え小晦日
砂時計の仄白き影年新た
足跡を州浜に残し初鴉



【冬興帖】

早瀬恵子
顔のなき冬天ゆるび地球弾
噴き出せり抹茶ラテの輩たち
つつがなくワイン日本酒からっ風


浜脇不如帰
きりすとは彼が掌くだきてはつひので
散在したる痛点にすきまかぜ
政権は特におでんの具でもなく
蝶凍つるじかんのひずみ否みつつ
インド式九九のてほどきてぶくろに
金将の裏まで読んでたらばがに
カルバリの主と寒晒寒晒



下坂速穂
水仙やとほくに人のあらはれて
鳥に戻つて冬空へ飛んでゆく
萩枯れていつまで揺れてをりしかな
年下の君にも白髪町も冬



岬光世 
数へ日や仕事帰りに寄る花屋
清き藁匂ひたちたる年用意
小晦日埃の交じる星の砂



依光正樹
人の手と動物の手と冬に入る
冬の音見上ぐればまた雲流れ
スケートや手摺り磨きも楽しくて
寒ければ寒いと言ひし女かな



依光陽子
水連れて雲は来にけり栗の毬
水鳥に無色の水を絵筆かな
水槽の金魚に冬の時間かな
雪来るやがさりと鳴りし袋麺


2024年6月8日土曜日

令和六年 歳旦帖 第三/令和五年 秋興帖 補遺(山本敏倖・岸本尚毅・浜脇不如帰・冨岡和秀・下坂速穂・岬光世・依光正樹 ・依光陽子)

【歳旦帖】 

山本敏倖
滅びなる予言のかたち元旦の地震
鏡餅ずらし平和を呼び寄せる
液化するピアノのような初日かな
初夢を覚めても醒めても夢の中
霊辰(れいしん)の扉を開き水を歩く


岸本尚毅
近づくや花びら餅へ鼻と口
水仙がおもちやの如し避寒宿
伊勢みちや冬田の雀みな空に
ひしやげたる箱を苛み寒鴉
スズメ鳩ヒヨドリ枯木おじいさん
もの問ふが如き木の影春近し
笹鳴やうす濁りしてあら煮の眼


浜脇不如帰
冬耕の痕が微かに将棋盤
泰然と構えてしまえこたつねこ
富士額てかげん無用雪礫
きりすとが電気はしらす鶴の骨
冷やかしてげふっと冴えるウィルキンソン
十字架の苦すら本鮪の造
緩急をツケて湯気立つ卅日蕎麦


冨岡和秀
旅涯てに地獄めぐりや恐山
斜陽館文士の声が滲み出す
虚家(からいえ)はいずこにゆけば光満つ


【秋興帖】


下坂速穂
或る町の消えて道ある秋彼岸
厨房の二人に狭し小鳥来る
隙のなき色となりたる唐辛子
水澄みて校歌はいつも山や川


岬光世
新秋や波除願ふ水の音
秋桜ををしき海の鳴り止まず
蔵町を舟と流れて後の月


依光正樹
石ごとに丸みのちがふ水の秋
携帯のなきころの吾秋が澄み
秋の野や桜でんぶの弁当も
町に入りて秋の気配の遠くなり


依光陽子
るりしじみ秋へ秋へと誘ふは
波音のする人美術展覧会
眼の玉に水陰うつす蜻蛉かな
空を来て花野に遊びゐたる人