下坂速穂
青き踏む唄ふ子を追ひ越さぬやう
ちよんちよんと亀に鼻ある暮春かな
春更けて石に笑窪のやうなもの
裏赤き苑子の鏡春惜しむ
岬光世
一揺れの透けてゆきたる春氷
白雲のささらぐ彼岸なりにけり
春雨を仄めかすなり牡丹の葉
依光正樹
子が降りた白いブランコ音もなく
鳥の巣に不思議な形冷えてゐる
間を置いて子鹿男鹿孕鹿
船べりに春風が来て鳥が来て
依光陽子
細き窓よりあたたかな木が見えて
蠟梅や蠟のごとくに石の椅子
時間とは流れぬものと梅白し
旧姓を新姓が超え冴え返る
岸本尚毅
初昔会津の酒に酔うて泣き
闇に打つ豆力なく落ちにけり
冬の帽子かぶつてみても春が来る
鴉みな同じ向きなる雪解の木
我に穴ありて息吸ふ余寒かな
廃屋や窓に木の芽がよく映り
春の雪小海老小鰯噛むほどに
遠足や田舎大仏うち拝み
永き日のバケツに暮らす目高ども
服白く磯遊なる膝がしら
木村オサム
ぽっぺんに合わせて地雷原を行く
天才には解けないクイズ雑煮食う
老衰や日永の顏のデスマスク
二次元の教室蛙の目借時
水温む流れゆくのは魚影だけ
愛人に背中さすられ日雷
のどかさやフランスパンでフェンシング
【冬興帖】
眞矢ひろみ
雪舟の白のてざわり冬めきぬ
小六月少年老いず逆走す
引きこもる子にせめてもの寒昴
数ヘ日や三度数へて合わぬまま
校庭の白線伸ばす雪女郎
村山恭子
剥き出しの梁の太きや波の花
土砂流れ崩れしままに山眠る
復興てふポスター叩く霰かな
隆起せし道に置かるる慈善鍋
奥能登の仮設住宅注連飾る
数へ日や希望と書きて窓みがく
雲切れし空の青さに冬深む
冨岡和秀
雲のうえ荷風散人 杖を突く
深淵の叫びが谺す仮死幻想
粉雪に白霊まつわる零夢幻
Yという暗号抱え大河越え
Yの暗号 解けて海峡帰還する
源に玉を放らば弥勒見え
田中葉月
ありつたけの影投げ入れる二月かな
裸木のやあと手をあげ明日が来る
狐火の夢とうつつの擦れあふ
渡邉美保
枯れていくものに雨ふる近松忌
仮の世の枯野に美しきされこうべ
狐火の曲がりし方へついてゆく
小沢麻結
冬シャツのつつめる体躯頼もしき
社会鍋鈍色雲へ喇叭吹き
餌を探る鷹匠と鷹同んなじ眼
【歳旦帖】
下坂速穂
年送る家のおほかた闇にして
初空や悩み消えれば淋しくなり
途中から佳き声の添ふ手毬唄
福といふ色に捌きし鮪かな
岬光世
湾に沿ふ人へ汽笛の御慶かな
スポーツを家族と観たり三が日
艶の佳く御用始の靴揃ふ
依光正樹
一軒の中華料理の年用意
冬青空大きな枝の懸かりけり
炭火にかざす吾の手朱し人の横
煮凝を持つて隣に来りけり
依光陽子
ほつとするひと言が欲し寒椿
松の内煮物の名人が村に
雲と雲つながるやうに書初めす
早起が苦手七草粥の昼
【冬興帖】
中村猛虎
ご自由にどうぞ霜夜のパンの耳
剥製の眼の中にある冬の霧
紙飛行機炊き出し鍋に着陸す
春怨をクリスティーズに出品す
二月のざらついている便座かな
春の月基礎体温の高温期
松下カロ
うつくしき霜焼を持つレジ少女
泣きながら赤い手袋脱ぎながら
ポケットの胡桃に触れるユダの指
望月士郎
雑巾が固まっている日向ぼこ
帰れない日々綿虫をわたくしす
この星の思い出などを夕焚火
ガラスのキリン冬青空の棚に置く
ハンガーに外套吊るし今日を処刑
遠く海鳴りきっと鯨の幻肢痛
狐たちのゆくえ駅舎にマスク落ち
堀本吟
山火事の夜空あかるしハルマゲドン
凍星や水琴窟の壺中天
白菜や女が悪いに決まっている
カフカ覚め白菜の森たかだかと
白菜浅漬日本史は一夜漬け
花尻万博
寄る辺なきことなら同じ海豚煮て
猟の犬ももいろうすく折りたたむ
砂色の異国の日暮れ古暦
認印何でもいいと狐来る
鯨肉を包む讀賣雄弁に
街に出た鮫らの話昔のこと
貧しき町今川焼に並び待つ
【歳旦帖・春興帖】
曾根毅
海光の鳥から人に流れけり
人類に眼鏡の曇り初景色
ゆうぐれの樹の一本の水浸し
浅沼 璞
歳旦三つ物
初空や屋根高く軒低くあり
生脚めきぬ門松の竹
十団子の如く連なる花万朶
なつはづき
草青む影に年齢などなくて
春雨や馬刺ゆっくり舌に溶け
踏み鳴らす脛の豊かさ卒業式
歯磨きのあとの口論三鬼の忌
ティースプーン二杯の恋よ百千鳥
ひっそりと孔雀の開く花の冷
白鳥帰るもう一度人形を抱く
【冬興帖】
岬光世
新大いなる枯野を曳きし杖を置く
新寒晴に縁の錆びたる書を掲げ
新水仙の昼を遠のく荒磯かな
依光正樹
新抜け出して先頭の人息白し
新待たされて待たされし身の息白し
新火のやうに子の遊びたる暮れ早し
新冬の朝職人の手が打ちはじめ
依光陽子
新小春日の雪駄つつかけ築地まで
新柿好きの柿なき庭の冬ざるる
新ジャンパーや撥ねたる髪が鳥に似て
新野をゆけど歌ふことなし冬の鵙
岸本尚毅
新二三日小春日続く男かな
新文机や冬あたたかに白き紙
新首細き褞袍の人の猫を抱く
新老人のゐて水仙の香かな
新焼鳥を食ひホルモンを侮れる
新春を待つ渋谷いつしか古き町
新釣堀に映る手や顔春近し
木村オサム
新泣き顔の隠れる深さ冬帽子
新塀越しに白菜放り込むじじい
新大枯野木魚の音の家が建つ
【秋興帖】
中村猛虎
新角道をあけて台風を通す
新原爆忌ハーゲンダッツの昏き赤
新跳ね返る射的のコルク星祭
新歌麿の描く女陰より曼珠沙華
新十三夜君をドライフラワーに
新村人の他は背高泡立草
【冬興帖】
曾根毅
鹿威しより氷柱とも狂気とも
コーヒーを待つ長葱と暖炉かな
冬夕焼近づいてくる杖の音
浅沼 璞
照らされてゴジラの背鰭めく聖樹
ボトルネックギター聖夜も乾びたる
マネキンの褞袍はためく夢の島
冬うらゝ埴輪の口は目と同じ
小春日の巨大風車の曲がる見ゆ
湯けむりの消えて冬至の柱かな
全身で寒の尻ふる赤ん坊
なつはづき
小六月るるると回る綿埃
竜の玉他人行儀のままの靴
さざんかや明るく人に欺かれ
着信は母さんばかり夕焚火
クリスマス射的の銃のずっしりと
笹鳴や日陰の道の遠く見え
顔上げて静かに生きて今日も雪
下坂速穂
かくれんぼしてゐる背中日短か
襟巻やお菓子のやうな犬連れて
なだめすかされしブーツの女かな
冬林檎写真の君の横に置く
【夏興帖】
中村猛虎
人間になりきれなくて散る蛍
逃げ水を追い迷い込む恐山
父の日の父図書館の椅子にいて
鰻屋の女将の指の白さかな
金魚掬いタトゥーの白き手が伸びる
週刊誌の袋綴じに棲む青葉木菟
辻村麻乃
三人の同時に開くる初御籤
初社一気に投ぐる厄割玉
初茜蜃吐きたる氣の中に
引潮の鳥居金具に淑気満つ
自らが乗る夢見たり宝船
わつと来てわつと去りたるお正月
咲上がる梅の花こそ町意なる
びきびきと泡立つものや春の池
啓蟄や人に言へざることをして
留守居せし部屋の女雛のよく笑ふ
瀬戸優理子
初暦この一年という長編
淑気満つ一句のための紙の白
朗らかな原稿依頼五日かな
春の雪けものの水場甘くなる
春塵の薔薇窓ペインクリニック
ふけとしこ
あらたまの出窓に壜の蒼透けて
年新た琉球硝子のデカンタも
正月の火棚の端にのぞくもの
・
芹を摘む渡りの沼といふ水辺
切株に斜めの裂け目春霰
春闌けて地下に大きな舞妓の絵
加藤知子
日の丸を立てぬ酸っぱさお元日
矢の淑気玉依姫の妊活は
寝正月キソウテンガイと化す流れ
人日のパソコン夫が消えた椅子
矢面はマリアの青衣春隣
心筋の狂れて小躍り二月尽
白梅の真白きにごり乳溢れ
啓蟄や渡台の父のロマンとは
停戦の合意決裂花粉症
無条件降伏なんかたんかよたか
杉山久子
七種粥吹き令和はや七年目
鳥帰るみな俯ける列車内
春の川渡りて友の来る日あり
小野裕三
早見表の隅々までも淑気かな
白い目も黒い目もある初芝居
数学的素養羨ましき雨水
魂を抜く仕草にてぶらんこ揺らす
雪割草僕はあなたの指がほしい
日本の音のきらきら遍路道
正解のように湖沈丁花