2024年4月26日金曜日

令和五年 冬興帖 第七(川崎果連・花尻万博・眞矢ひろみ・なつはづき・五島高資)

【冬興帖】

川崎果連
枯菊や添木にたよる世でもなし
凍滝や修行の尼僧シースルー
マフラーをぐるぐる巻いて父はクビ
雪隠に雪うち散るや歌舞伎町
尻出すな嗚呼おとうとよ浮寝鳥
小米雪ヤンヤヤンヤの葛西橋
たぶんもう失うものはない氷柱


花尻万博
夕空のどこまで続く毛皮の女優
寒霞静かなキャンプに堰かれている
乙女らよ北風額に流しながら
水仙の通りに延びる川湯かな
炭の音や甘噛む犬と心晒して
やや高く烏が鳴いて雪と知る


眞矢ひろみ
天命を知る凍蝶の文様に
雪おんな真空管のひかりだす
老境のおぼろは楽し枯芙蓉
極月のAIに問うメカの罪
濡衣を着て寒鯉となりしかな


なつはづき
片時雨君の手紙を伏せて置く
さざんかや噂はなんとなく信じ
冬銀河尾を太らせてゆく獣
葉牡丹や唇いじらしく乾き
綿虫や指じんじんとする手紙
雪女虫歯はキスが甘いから
濁音になりきれぬ風石蕗の花


五島高資
幻日にはにかむ冬の旭かな
笑む子より高く枯れたりからすうり
男体山眠る孝明天皇祭
狐火を翼かすめて離陸する
遺されて冬三日月のゆれ止まぬ
凍星の降つては昇る瓦礫かな
寄り添へる命なりけり冬銀河

2024年4月12日金曜日

令和五年 秋興帖 第七/冬興帖 第六(花尻万博・眞矢ひろみ・なつはづき・五島高資・辻村麻乃・網野月を・渡邉美保・望月士郎)

【秋興帖】

花尻万博
囮あり人といふもの集まりゆく
鉄橋と繋がっている栗の木々
自然薯や幾人埋めし紀の山に
最果ての見えると聞きて柘榴頂く
小鳥網透けて野の空四方あり


眞矢ひろみ
月明に波あり夢殿押し開く
生死不二鈴虫はそう哭いている
老いゆくや銀河のわたる心字池
虚仮の世に月下の象として歩む
神迎大きな耳の族が来る


なつはづき
敗戦日蕎麦猪口に蕎麦へばりつく
空耳はわたしの余白桃熟れる
コスモスや薄い背中で無視をする
鈴虫に混じる合鍵捨てる音
檸檬噛む栞を挟みたくない日
人感ライトいちいち光る文化の日
影錆びて釣瓶落しのパレスチナ


五島高資
透く風の時代や色を変へぬ松
龍灯やスンダランドの浮き上がる
月の射す魔術書にある朱筆かな
月草の帰りそびれて咲きにけり
いなびかり硯の海の深さかな


【冬興帖】

辻村麻乃
立冬や歯科医の指のぬるりとす
凩や自転車二台寄り合へり
尾長鴨ぴゆういと鳴きて人去れり
小夜時雨音の垂れては川となる
綿虫を飛ばして見せる友の指
包帯を昔の傷に巻きて冬
冬日向大切さうに犬抱ふ


網野月を
日和中じゃぶじゃぶ池の番鴨
義央忌雪は氷雨に冬桜
落葉籠サンタクロースのやうに負ふ
数へ日や読売新聞販売促進員
冬晴を石のかたちに愉しめる
バッチグーは死語であるかも夕みぞれ
茶を淹れた妻へ蜜柑を転がして


渡邉美保
侘助や首筋ふいに重くなる
暖房のよくきいてゐて待たされて
水仙のもの思うさま横向いて


望月士郎
あまてらす顔をうずめて干蒲団
白息と綿虫まざりわたしたち
小雪降る老いごころとは旅ごころ
雪のあね雪のいもうと雪うさぎ
さよならの「さ」からゆっくりと氷柱

2024年3月29日金曜日

令和五年 秋興帖 第六/冬興帖 第五(網野月を・渡邉美保・望月士郎・川崎果連・小沢麻結・木村オサム・岸本尚毅・前北かおる・豊里友行)

【秋興帖】

網野月を
新涼や湯屋の鏡に己が肉
つくつくしくつくつほうしをしいくつ
仲良しの肖てない姉妹王瓜
生贄を祀る獣や月の雨
捨案山子への字の滲む眉と口
地雷原を縦横無尽秋の蟻
月鈴子ワインボトルの空となり


渡邉美保
重なりてくれなゐ昏き葉鶏頭
軽トラを揺らし猪横たへる
草の絮ふわり言葉になる途中


望月士郎
8月の8をひねって0とする
鶏頭の赤や昔のニュータウン
たぶん後から作った記憶アキアカネ
うさぎりんごこの町月の肌ざわり
まだ文字にならない夜長インク壺
はららごや地球は人にやさしくない
霧の町地図をひらけば人体図


川崎果連
竹伐るや槍の元締め好々爺
月光や仮面夫婦のご懐妊
身中の穴という穴秋の風
地団駄のとどろく国や木守柿
遺言と遺書のうらはら秋刀魚焼く
秋遍路ダンプカーから落ちる石
案内を終了します桐一葉



【冬興帖】

小沢麻結
白波のうち寄する如白鳥来
殺気消し大鷹ひそむ青天井
焼芋搔く頃合の枝焼べ残し


木村オサム
電話ボックスに籠る老人文化の日
銀杏落葉少し余分に金借りる
マラソンのところどころにある炬燵
アルペジオ奏法のごと師走かな
葱刻む時間の消える日に備え


岸本尚毅
釣堀を守りて小春の昼餉かな
飛ぶ鷗大きく白く冬の雨
暖房の皆眠くなる窓に川
常磐木の枝押しくべし焚火かな
煮凝の飯にとろけて汝と我
粕汁の具やきらきらと粕まみれ
WELCOMEと書きたる札や冬ざるる


前北かおる(夏潮)
小春日のババロア色の団地かな
冬菊や老のカラオケひもすがら
この団地よりも長生き日向ぼこ


豊里友行
玉葱炒めのプチ哲学を堪能する
葡萄食う一粒ごとのプライバシー
プチトマト七粒分の朝の不調
人体の闇は震源地球抱く
光のシャワーの瓦礫浮く閑さよ
落花の眼が見返す私の晩年
何万回の素振りで春一番

2024年3月22日金曜日

令和五年 秋興帖 第五/冬興帖 第四(岸本尚毅・前北かおる・豊里友行・辻村麻乃 ・浅沼 璞・仙田洋子・水岩瞳・曾根毅・松下カロ)

【秋興帖】

岸本尚毅
小さき子遊ぶばかりや野分めく
或る秋の或る一族の写真かな
秋の雲この町少しどぶ臭き
秋の灯や鼻の穴ある招き猫
どの脚となく月明の座頭虫
秋扇や亀に右脚左脚
人遅々と歩むや穭伸びそよぎ


前北かおる(夏潮)
人形のかたちに萩の括られて
三度燃え再興されず花芒
石垣に突きあたりたる秋の暮


豊里友行
花きりん喜びだけの愛憎よ
きらきらと魚骨が踊る秋の海
緑が走る蟋蟀のオーケストラ
茶を沸かす今日も薬缶は宇宙船
十五夜が染み入る蟋蟀の翅よ
枯れる花は焔の鮫の遊泳
脇役を買って出るのは花きりん


辻村麻乃
やんはりと空気揉みたる風の盆
律の風左舷に能登の海遙か
咲く前の素直な茎や彼岸花
吊橋に凭れ大きな秋の冷え
十六夜に身を任せたる占ひ師
汽笛てふ身に沁むものや河原風
木の実落つかつてサーカス来たる地に


【冬興帖】

浅沼 璞
スナックの開かずのドアの冬日かな
矢の跡を自慢の宿の古暦
谷底や縄跳の縄流れつく
冬の陽の湯船に光る人になる
月凍てて機械めきたる声ててて
真向かひて冬日のしぶきたる岬
紺碧の海を四温へ張りわたす


仙田洋子
病む鳥の見る大空や冬はじめ
掌に病む鳥つつみ冬の暮
もの燃ゆる匂ひなつかし冬の暮
手袋に指つぎつぎと入りにけり
日向より掃き始めたる煤払
就中ぺたりぺたりと冬の鷺
鳴き声の短きもよし冬の鳥


水岩瞳
ユダヤの子ガザの子生きよ寒昴
口紅のワインレッドを買ふ小春
膝に置くサガンに冬日とどきけり
龍の絵の虎屋やうかん歳暮かな
賀状書くお元気ですかばかりなり


曾根毅
北風や馬柵のつづきの犀の角
十二月八日の虎に見られおり
鬣はひかりを統べてクリスマス


松下カロ
かの朝の氷柱の甘さ忘られず
バレリーナ片足失くす氷柱かな
ゆふぐれの氷柱うすくれなゐに折れ

2024年3月16日土曜日

令和五年 秋興帖 第四/冬興帖 第三(曾根毅・小沢麻結・木村オサム・大井恒行・神谷 波・ふけとしこ・冨岡和秀・鷲津誠次)

【秋興帖】

曾根毅
雨上がりの電気を愛す茸かな
青く固し蜜柑の尻に指を入れ
古着屋の四隅は唇の冷たさ


小沢麻結
水底の倒木古りぬ初紅葉
秋明菊真白神懸りたるかに
実玫瑰海遠くして湖の風


木村オサム
ペイペイでさっと支払っても残暑
王将の裏側は無地終戦日
秋の蚊と團十郎のやぶにらみ
浮世絵の顏にすげ替え月の宴
丸善に檸檬を置きし指香る


【冬興帖】

大井恒行
クリスマスマスクの中の実母散
愛別離苦 賽の目の一が時雨れる
ふくいくと暮れ火事跡の牡丹かな


神谷 波
水あやしあやし紙漉く手首かな
目覚めればしるしばかりの初雪が
 待ったなしの地球
善哉を食べてワタシハチキウジン
快晴の冬至はやぶさ2煎餅
冬服をびしつとあやしげな話


ふけとしこ
井戸水のほのと温しよ留守詣
覇者となる少年メリークリスマス
冬眠の蛇の鱗の擦れる音


冨岡和秀
地獄門アリの大群吸い込まれ
約束せよ死んではならぬ希死念慮
梵字書く美少女の美は透徹す
流刑地の透明びとよカフカ狂
愛のヒト無限を思う敬虔派


鷲津誠次
表札の剥がれし隣家村時雨
あつさりと婚期の過ぎて花八手
老詩人歩幅高らか落ち葉道
夕暮れの大根畑の白光り
トロッコの軋み緩やか年詰まる

2024年3月8日金曜日

令和五年 秋興帖 第三/冬興帖 第二(冨岡和秀・鷲津誠次・浅沼 璞・仙田洋子・水岩瞳・仲寒蟬・関根誠子・瀬戸優理子)

【秋興帖】

冨岡和秀
病むおんな智恵子抄を愛読す
詩の極意 ウニオ・ミスティカへの架橋
晩年を純潔にする天の磁力
亜大陸 古インドの智慧を召喚す


鷲津誠次
秋茄子や身籠りし子の眉長く
懲りもせず母の文来てすがれ虫
夕鶲いつもの古里の風緩く
月光につぶやく夫の肩黒子
碁敵の似合ふ五分刈り草紅葉


浅沼 璞
それぞれの傘輝かす野分あと
瓶底の砂までとどく曼珠沙華
ましら酒髭の先まで雫して
秋の蚊の痒みを踝に歩く
月白の恥づかしければ笑ふなり
場違ひの空気に蜻蛉来てとまる
鉄塔の尖端霧に現るる


仙田洋子
生温き薬罐のお茶や敗戦日
みどりごも老婆となりぬ敗戦日
獺祭忌偉人と呼ばれ親不孝
行年の数字うすれし墓洗ふ
お日様のどすんとありぬ村祭
近寄ると見えて椋鳥去りにけり
秋濤や独りの長き影法師


水岩瞳
月を待つ黒田杏子を書き留めて
月祀るどの子も光りの中に居よ
入ると出る数の合はない大花野
誰にでも非はあるものよ烏瓜
有の実と言つてみたとてなしはなし

【冬興帖】

仲寒蟬
むささびや夜空に宇宙ステーション
上海へつながる海よ冬あたたか
少しづつ骨ずれてゆく毛布の中
風花や山を睨んでハンニバル
無人機攻撃横切つて神の旅
ラグビーの泥人形が立ち上がる
鎮痛剤より鯛焼の方が効く


関根誠子
花伝書を閉づ北風を深く吸ふ
舞ふ落葉大合唱となりにけり
雪催ひ遠くの町に肩すくめ
捨てばちのど演歌ひと節年用意
賀状書く生きて在ること小前提


瀬戸優理子
凍空のくちびるを焼くカレーうどん
音楽性違う木枯らしのようだ
研究に疲れた博士ジンベイザメ
後悔を素手でさわるな軒氷柱

2024年2月23日金曜日

令和五年 秋興帖第二/冬興帖第一(瀬戸優理子・大井恒行・神谷波・ふけとしこ・竹岡一郎・山本敏倖・杉山久子)

【秋興帖】

瀬戸優理子
秋暑し衣抜け出す海老フライ
長き夜のさみしいスマホ同期する
十六夜の軋みはじめる半月板
無花果を割る手黒魔術のように


大井恒行
千の風に紅葉流しの降れるかな
神隠し角を曲がれば紅葉の街
にっぽんの大きななやみ水の秋


神谷 波
緑色のマニキュアの客野分後
犬しやなりしやなり金木犀香る
鳥渡る石の鳥居の前をパトカー
鳴神のしどろもどろの十三夜


ふけとしこ
天深し青松虫の声が降り
秋高し粥に棗や枸杞の実や
蚊母樹を見上げて秋の雲眩し


【冬興帖】

竹岡一郎
聖夜まで亜麻布負うて歩む驢馬
すき焼や肉貪るもわが老いたる
塵と化す涙がいつか吹雪くとは
マネキンか廃工場のふきたふれ
恋文の甁積む橇のまどかなる
蕪村忌の地平は天と睦みけり
大鷲が雲の獄裂き破りけり


山本敏倖
青女来る門塀にある鳥の跡
積み木崩れて綿虫の世に帰る
道化師の脚注にあるおでん酒
極月や秒針音が追ってくる
喪中ハガキ来る枯野から昔から


杉山久子
風花の空へ仔犬と乗るリフト
日向ぼこふと君は癌サバイバー
師を送り母を送りし年詰まる