2020年12月25日金曜日

令和二年 秋興帖 第八(田中葉月・中村猛虎・小沢麻結・渡邉美保・なつはづき)



田中葉月
月光や放せとせがむ千羽鶴
レモン置く吾がたましひに向かひ合ふ
カンナ燃ゆいく時代かがありまして
木犀に呼び止められてしまひけり
ぬばたまの玉兎を探す夫の貌


中村猛虎
幽霊の寿命の尽きて秋の草
蓑虫の全集中の呼吸かな
血痕を辿れば白き曼珠沙華
芙蓉咲く蘇我入鹿の首塚に
式神を飛ばせば揺れる秋桜
稲光乳房はもっと下にある


小沢麻結
猿酒や花のかんばせはや染まり
雅男の丹精のこれ秋茄子
墓原の足下を洗ひ秋の潮


渡邉美保
行先は知らないと言ふ葛の花
半透明の付箋になりし秋の蝶
火恋し郵便バイク素通りし


なつはづき
秋桜や聞こえるようにひとり言
きりたんぽの穴から覗く永田町
鵙日和すっぴんで書くラブレター
秋葉原尺取虫の席がない
団栗をひとつずつ捨て夜に入る
火の恋し生ハム透けるほど薄く
冬隣手紙破って捨てる山羊

2020年12月18日金曜日

令和二年 秋興帖 第七(坂間恒子・仲寒蟬・飯田冬眞・前北かおる・五島高資)



坂間恒子
蝋燭屋の猫が出てゆく曼珠沙華
秋雲のあつまってくる変電所
枯蟷螂ガレのランプに挑みける
駅頭の枕詞なり秋風
シャガールの驢馬の声する秋の虹


仲寒蟬
深閨にあり鈴虫も飼ひ主も
対岸の方がよささう曼殊沙華
向かう三軒猫の出てゐる良夜かな
恐竜の糞の化石や濁り酒
防空壕の蓋を隠せと生身魂
六国史そろへて残る虫の中
萩見事こんなところに植ゑられて


飯田冬眞
秋彼岸正座する者できぬ者
保護色を脱ぎて蟷螂らしくなる
不知火やまだ抜けざりし刺を持つ
電車来るまでコスモスと揺れてゐる
親知らず抜けばどこかに鵙の声


前北かおる(夏潮)
大木に梯子三本櫨ちぎり
野をわたる煙の匂ひ櫨ちぎり
櫨ちぎり髪ごはごはになりにけり


五島高資
追ひかけて土手に濡れたり秋の虹
実朝の矢を探しけり藤袴
金木犀デパート遠くなりにけり
傾いてあめつちを知る茸かな
竹林や銀河の端に風を結ふ
木馬より降りて夕月と帰りけり
水切りの石の消えたる銀河かな

2020年12月11日金曜日

令和二年 秋興帖 第六(青木百舌鳥・花尻万博・小林かんな・早瀬恵子・真矢ひろみ)



青木百舌鳥
山並を平たく越ゆる秋の雲
寺跡の芝に菌の輪をなせる
辛さんが中辛と云ふ唐辛子
風去つて芒の原のふくらめる
弦月や街の写真はタテで撮る


花尻万博
  秋
朝寒や光らぬ水を舐める猫
父母の眠りに鳴子一夜鳴る
木の国の時の流れも通草かな
胡桃割り人形疲れ波音聞く
渡る鳥みな見る形良きベレー帽
蟷螂に畳まれ何かがさがさす
吾子光る猪垣下りてまた上り


小林かんな
三日月の踵に艫綱のかかる
宇宙船酔い止めとして桃のグミ
月がきれいですねボンベに酸素足す
月面をみな後ずさる1ヤード
露草の咲く地球へと還りゆく


早瀬恵子
白膠木紅葉ぬるでもみじにバロックのシンフォニア
秋深しおばあさまからデジタル化
どこまでも金木犀の独断
木染月こそめづき母の目に咲く美容院
薄紅葉して抱きおこされる日の母よ


真矢ひろみ
川の字に臥すもの怖し秋の蚊帳
蚯蚓鳴く部長の目許震ふとき
触覚の先の光昏かまどむし
天高く火星地下湖に棲むものよ
身の奥のたまゆら碧く秋あはれ

2020年12月4日金曜日

令和二年 秋興帖 第五(夏木久・加藤知子・望月士郎・岸本尚毅・林雅樹)



夏木久
檸檬転げる道なりの港町
透明になりゆく鳥を月光樹
踊り場を行き交う後遺症残り
ⅠCUの医者も患者も夜長へと
聞き漏らす釣瓶落しの深層考
闇を切り天の川原を走る人
然も然も地球は棺漂流す


加藤知子
眠れずに眠る男へ花灯籠
星月夜に向けてエプロンをほどく
木をゆするうそ寒の芯つかむまで


望月士郎
みずうみの空耳ミソラ秋澄むや
狗尾草母と哀しくくすぐりあう
キリン絶滅ガラスのビルに映る月
秋そっと自分の影を踏むあそび
霧の町やさしい象とすれちがう


岸本尚毅
木の上に雲現れし良夜かな
山光るほどの良夜のほととぎす
銀漢に羽蟻もすこし飛ぶ夜かな
秋晴や草丈高き外来種
鬼蔦を引いて柿とる女かな
秋晴や駅の北口広々と
つながつて長き白波雁渡し


林雅樹(澤)
劇終はり舞台に血糊秋の暮
新酒酌みコロナパーティーたけなはぞ
覚えとけよ月のない夜もあるからな
秋暑しバリウム呑んですぐげつぷ
ひつじ田に立小便をする男

2020年11月27日金曜日

令和二年 秋興帖 第四/令和二年夏興帖補遺(網野月を・竹岡一郎・木村オサム・堀本 吟)



網野月を
夏の果て山々己の場に聳ゆ
秋七日願いは無くも光あり
三方に揃いの茶碗天の川
三日月を目指して急ぐ親からす
月光や鳥獣戯画を写し取る
後の月猿は悲しい顔をする
秋の日や猫とグリコのポーズして


堀本 吟
銀漢や黒覆面のお友達 
朝顔のずぶぬれとなり午後の配信
ぼたぼたとマスクは唄う曼珠沙華
ばあちゃんの祥月命日曼珠沙華


竹岡一郎
銀河測るに良き広場だが爆破
月浴びてかうがいびる再生の阿鼻
万博も隣る団地も蔦に融く
土蜘蛛の憑代として雁を聴く
待宵は三味かすかなる廃旅館
銀漢をよぎる翼を権現と
梳く髪の蛇となるまで月の蝕


木村オサム
百年は誤差よと秋の鳩時計
砂時計割れて砂漠の出る秋思
鉦叩柱時計を裏返す
時間から遅れ団栗転がりぬ
一瞬と永遠同じ草の花


【夏興帖追加】
堀本 吟
斑猫やルビコンわたる心こそ
供物すくなし磨崖仏に蚊の痛し
おもいだす父の殯の百日紅

2020年11月20日金曜日

令和二年 秋興帖 第三(松下カロ・仙田洋子・神谷 波・ふけとしこ)



松下カロ
足元のどんぐりを見て何も言はず
哲学者のやうな山羊ゐる秋の山
傷を持つ万年筆もどんぐりも


仙田洋子
盆の路吹かれて蝶のむくろかな
水たまり覗き込みゐる休暇明
両脇に標本かかへ休暇明
音もなく死にゆく星や風の盆
手鏡へ金木犀の金こぼれ
しろがねの大海原の月見舟
我が身また獣臭しや寝待月


神谷 波
栗もらふこまつたこまつた多過ぎる
どこからかどすこいどすこい松手入
鯛鮃蛸うきうきと今日の月
クレーターのあばたもえくぼ今宵の月
鍔を鰐と読みちがへ釣瓶落とし


ふけとしこ
棗の実かつて花街の開業医
約束のひとつを果たし柿を剥く
深秋や雨の初めを羊歯が受け

2020年11月13日金曜日

令和二年 秋興帖 第二(杉山久子・曾根 毅・山本敏倖・渕上信子)



杉山久子
飛蝗の子跳んで蔓草ゆれました
マスクの内に浅き呼吸や雁のころ
台風のうしろ姿へ献杯す


曾根 毅
遊行の亀の速さも秋高し
秋の湖しずもり根の国まで近し
穂芒やここから湖の匂いして


山本敏倖
牧谿の幽谷を出る秋の蝶
眠られず十三夜まで歩きます
虫の闇陸は平均寿命なり
感情の先の先まで赤のまま
鬼胡桃アンセルムスの手から落つ


渕上信子
九月二八日   秋晴や赤い小さな傘干して
九月二九日   庭へ出ん秋蚊一匹ぐらゐなら
九月三十日   掃除当番秋草を少し刈り
十月 一日   今日の月マスク外して深呼吸
十月 二日   雲動き子夜の満月煌々と
十月 三日   長き夜のもういちど近現代史

2020年11月6日金曜日

令和二年 秋興帖 第一(大井恒行・辻村麻乃・関根誠子・池田澄子)



大井恒行
ヒトはあらわに顕わに生きる秋コロナ
弱いオトコがまず消えるウイズコロナ
秋青空ウイズコロナウイズ核


辻村麻乃
立秋や家具にハンマー振り下ろす
ティンパニの音加速して秋驟雨
影と云ふ影踏まれたり牛膝
おぢさんの面つけてゐる竈馬
疵のある男に並び芋煮会
大夕焼死んでしまへば話せない
小屋裏の真夜中の月笑ひたり


関根誠子
秋風の傾斜に合わせ蝶の翅
オガサワラシジミ忌と書き破り秋
傷秋のまず三食を正さむか
玉子かけ御飯秋茄子きうと噛み
虫しぐれ手本なき世の星仰ぐ


池田澄子
入口と書いてはあって雨の萩
底紅の紅の嘆きをほっておく
羊羹の陰気な色を十三夜
秋深く物置のあの箱は何
いなつるびしんぱいされていて嬉し

2020年10月30日金曜日

令和二年 夏興帖 第十三(小野裕三・佐藤りえ・筑紫磐井)



小野裕三(海原・豆の木)
蜘蛛の巣に架かる幽霊みな透明
礼拝も口づけもなき薄暑かな
自転車の荷台に置かれパイナップル
浜木綿やヒッチハイクの二人組
岬へと当てずっぽうの径灼ける


佐藤りえ
水菓子に文添へてある映画かな
夏河にイルカの群れのやうな雲
猫のよぶこゑ 素手でさはつて良いものか


筑紫磐井
夏座敷妻がまる見えだから不安
少女s(複数形)脱いで 蛾となったり 蝶となったり
君が飲む私の溶けたソーダ水

2020年10月23日金曜日

令和二年 夏興帖 第十二(川嶋ぱんだ・中村猛虎)



川嶋ぱんだ(樹色、つくえの部屋)
水眼鏡してアクリルの向こう側
峰雲が分厚く白くピアノ弾く
虹がでるまでまちぼうけ白い雲
薫風が吹いて午後から椅子だらけ
捨て積まれゆく文春の紙魚だらけ
横たわる頭を蛞蝓がわたる
天井を煙草の煙這う蜈蚣


中村猛虎
一畳に足りぬ棺桶道おしえ
姿見の中で口開く原爆忌
中年の肉のはみ出す虫籠窓
カフカ読み終えれば足下の出水
爆発してこその爆弾草いきれ

2020年10月16日金曜日

令和二年 夏興帖 第十一(松浦麗久・高橋美弥子・姫子松一樹・菊池洋勝)



松浦麗久(いつき組、樹色)
夏空の青さに音符溶け出して
メロディーが光り始める夏の浜
この夏は優しさ取り戻せない夏
雲の峰希望を歌い続けたい


高橋美弥子(樹色)
高速の朝空まぶし袋掛
ペディキュアのはじけて青い夏の星
抽斗の奥の百円梅雨の月
ねむの花若き役者の逝く空や


姫子松一樹(青垣、関西俳句会「ふらここ」、樹色)
レガースのひたと吸ひ付く夏の昼
赤鱏を干せば現る人の顔
アロハシャツ着れば陽気に思はれる
サイダーに呼吸乱れてゐるこども
子鯰の腹に透けたる蚯蚓かな


菊池洋勝(樹色)
ダンボールベッド組み立つ初夏の風
甚平に着ける変身ベルトかな
リトマス試験紙の滲む夕焼かな

2020年10月9日金曜日

令和二年 夏興帖 第十(依光正樹・依光陽子)



依光正樹
大輪の花やしづかにものを書き
涼しさや手狭暮しに花ひとつ
蟬の色わづかに堅き晩夏かな
手を添へて鉄砲百合の趣きも


依光陽子
晴子忌の切実に散る花びらよ
ちちははに会へぬ日日草二色
風が吹く付箋のやうに外寝人
作庭の要の石や蟬時雨

2020年10月2日金曜日

令和二年 夏興帖 第九(水岩 瞳・のどか・下坂速穂・岬光世)



水岩 瞳
廃校の足踏みオルガンアマリリス
わたくしも並んでそよぐ夏木立
七夕竹終息の文字ここかしこ
捩花の選ぶ右巻き左巻き
混沌が混濁となる泉かな


のどか
月下美人魔女と契約した証
ミルク飲み人形にもと天花粉
前世での爵位隠してゐる飛蝗


下坂速穂
蛸はいつより海に棲む壺に眠る
其処な者毒消売か酒飲みか
蛸が壺出でゆくほどの月明り


岬光世
初夏や女庭師の道具入
内にある水音立てて葛桜
花束を簡単服の腕へ受く

2020年9月25日金曜日

令和二年 夏興帖 第八(なつはづき・渡邉美保・前北かおる・浜脇不如帰)



なつはづき
青葉騒悲しいときは歯を磨く
風鈴や誰かの思い出にわたし
日雷荷台に剥き出しのギター
急に真顔ボートを揺らすひとことに
途中からハミングになるソーダ水
叶わないくちづけが浮く金魚玉
水中花ベッドの下という魔界


渡邉美保
葉桜のトンネルつひに抜けられず
鰺割きの欠けし切つ先晩夏光
川岸の流木を蟻走りゆく


前北かおる(夏潮)
二の腕をさはりにくる子早桃むく
コンビニのかち割り氷首にあて
地下の扉をひらけばごつた返す夏


浜脇不如帰
「じゅうじか」や百割引の鉄火巻
陽子にはまるでふれずに海水浴
打水や青信号で白いトコ
人力車いわしみず足す男梅
雲海は宙が自ら諦めた
むらさきの充つるイケイケ作り舟
梅雨茸は星をそこまで謳わずも

2020年9月18日金曜日

令和二年 夏興帖 第七(真矢ひろみ・田中葉月・花尻万博・仲寒蟬)



真矢ひろみ
タブーなる宴もたけなわ夏の月
俳句っぽい五七音字と夕端居
ひかがみと素数の陰の涼しさよ
西日よりはみ出る馬の真闇かな
あゝ会いに来てくれたんだほうたるよ


田中葉月
 転居
短夜や隠れん坊のかくれをり
白鷺は西に十字を切つて行く
青胡桃とても大事な話など
空蝉に笛遠ざかる豆腐売り
海月浮く言葉足らずと言はれても


花尻万博
蝶舞ひて蝶の静けさお花畑
西日受け帽子の箱と目眩せり
蛇の腹縮みて四肢にあくがれつ
乱れ建つ門煙らする花氷


仲寒蟬
電線をたどれば海へ夏燕
平積みの箱敷きつめて麦の秋
ワイン庫の黴うつくしく午下り
燕子花水行く方へ人も行く
何ものとつかぬ足跡泉の辺
箱庭の海鉛筆を灯台に
ウェブ会議かすかに風鈴の音が

2020年9月11日金曜日

令和二年 夏興帖 第六(妹尾健太郎・椿屋実梛・井口時男・ふけとしこ)



妹尾健太郎
風薫る脚立に立ったりしなくても
大小の対象のない烏賊泳ぐ
河童忌の銘々皿を銘銘洗う
其は回想シーンから入り来る凌霄花
後ろ頭に生涯浮かぶかの蝙蝠


椿屋実梛
五月雨や静かな曲を好みをり
歩ききてマスクの中は滝の汗
子どもらに思ひ出のない夏となり
鶴瓶落とし政府の愚策底のなし


井口時男
病葉やゲルニカに散る馬の首
青黴やルドンの目玉が闇に咲く
マスク流るゝムンクの橋の梅雨夕焼
ラスコーの闇の赤牛跳ねて夏
喪服脱ぐピカソの女夜の蟬
口寄せたまへば青白きかな夜の百合
こをろこをろと海かき混ぜよホヤ熱死


ふけとしこ
急坂や揚羽と同じ風をゆく
滴りに息継ぐ役行者かな
火の国の出自を言うて冷し酒

2020年9月4日金曜日

令和二年 夏興帖 第五(木村オサム・林雅樹・小林かんな・岸本尚毅)



木村オサム
熟睡の脳の彩りところてん
ため息で膨らましたる蛇の殻
目薬をさして金魚の眼を思ふ
うなだれる神父クルスに羽抜鶏
向日葵を一つ残してシェルターへ


林雅樹(澤)
一向に鳴らぬ風鈴コロナ欝
ステイホームゴキブリを飼ひはじめました
へこみたるガードレールや夏休み
金魚釣る暗き屋内釣堀に
かまつてちよかまつてちよ首筋に汗


小林かんな
昆布刈る父は舳先に子は艫に
林蔵の歩いた大地てんとむし
オホーツクと叫ぶ先陣雪渓を
泉へのこみち白樺ダケカンバ
蝦夷富士のてっぺん見えてハンカチ干す


岸本尚毅
咲いてゐる薔薇あざやかに草いきれ
軍艦の入り来る港花氷
病葉や整然として芝淋し
富める祖父やさしき父や避暑たのし
鏡台の横なる避暑の男かな
七夕のものゆさゆさと風の中
蜻蛉飛ぶ頃となりつつ薔薇園も

2020年8月28日金曜日

令和二年 夏興帖 第四(山本敏倖・夏木久・松下カロ・小沢麻結)



山本 敏倖
烏揚羽天の香具山越えて来る
こっくりさんと密談をする木下闇
箱庭の十三番地冠水す
陰影の無限大描く蔦青し
ピンヒール底の高さに積乱雲


夏木久
解禁の昨夜の夢は薔薇の棘
心臓のリズム乱して花は葉に
荒梅雨へ重機のアーム水の星
青梅雨へ白いカートがドアを出る
ぐるぐるの針金の先今日も雨
耳鳴りへ硝子の檸檬抛り込む
空蝉を覗き夜警は黙り込む


松下カロ
噴水のてつぺん眠る女の子
ハンカチに何か包んで大事さう
仰向けば疵うつくしき青りんご


小沢麻結
草茂る鉄条網は錆び歪み
半日を風に晒して蓮の花
水打つやシンシアの歌口ずさみ

2020年8月21日金曜日

令和二年 夏興帖 第三/花鳥篇 追補(神谷 波・杉山久子・曾根 毅・竹岡一郎・小沢麻結)



神谷 波
梅は黄熟なす術のなき病
合歓咲くや末期の涙拭いてやる
命終の頬撫でのうぜんの花落ちる
心なしか遺影に愁ひ百合香る


杉山久子
菩薩見て不動明王見てラムネ
耳朶に今宵くちなしほどの冷え
風音やキャンプ終ひのハーブティー


曾根 毅
花菖蒲脚の先から消えかかり
雨音か瀬音か我か五月闇
計算の片手間に蠅叩きけり


竹岡一郎
包丁に水噴く海鞘はさへづりたい
海鞘の殻剝く安けく滅びたい彼奴のも
わが死肉の部位は蛆に喰はせてわが行く
沢蟹の群踏まざれば進み得ず
息を吐くたび睡蓮のひらく音
咬み狂ふ赤蟻の巣は雨充つる
すつぽんに花街劫暑羽根みどろ


【花鳥篇】
小沢麻結
みづうみの眠れるままに公魚釣
縄文土器出土の在所桃の花
花過ぎの人来ぬ土曜見学会

2020年8月14日金曜日

令和二年 夏興帖 第二(青木百舌鳥・加藤知子・望月士郎)



青木百舌鳥
風ありて旱河原に靡くなし
明易し鶏卵おのづから光る
地の雨にずしりと太き茅の輪かな
みあかしに蜘蛛つたひをる糸見えず
灰釉のあをき溜りへ冷やつこ


加藤知子
晴子忌や捨てねばならぬお菓子箱
ぽうと立つ蓮の蕾よ食えないお嬢
なめくじらきょうの白地図黒く冷ゆ
馬の目の濡れて道連れ半夏生
血太りの藪蚊を叩く僥倖


望月士郎
蛍狩背中の黒子さわられる
眠れないさかさのさかな梅雨の月
転生のまずは一旦みずくらげ
手花火に黒いキリンがやってくる
哀しみと金魚掬いは鰓呼吸

2020年8月7日金曜日

令和二年 夏興帖 第一/花鳥篇 追補(仙田洋子・辻村麻乃・渕上信子・妹尾健太郎)



仙田洋子
金魚藻のただよふのみのゆふべかな
葉桜の葉擦れに呪詛の紛れ込む
茅花流し空しらじらと明けてきし
シャンパングラス薔薇の花びらもてふさぐ
夕薄暑魚跳ね上がる高さかな
生ビールさびしさにまた乾杯す
    七月十六日
仮幻忌のうすむらさきのゆふべかな


辻村麻乃
ここにゐるここにゐるよとほたるとぶ
夕焼けて見知らぬ家族の会話かな
草いきれ疲れの出たる手を繋ぐ
家だけの故郷を捨て大夕焼
不具合の多き一日や凌霄花
浴槽の藻と広ごりて髪洗ふ
一人居やアイスコーヒーてぃんと鳴る


渕上信子
夏来る人類皆マスク
スマホを濡らすあぢさゐの雨
火蛾掃くや恋の跡累々
夕合歓の花けむりのごとし
花氷褒め方ほめられて
出刃包丁を研げば郭公
嗚呼すてゝこのこんなをとこと


【花鳥篇 追補】
妹尾健太郎
指で土落とすだけ野蒜すぐ齧る
目の目立つ面目のない落し角
ちょっとちくっとしますよ草餅
しゃがまねど微かに匂う春の土
海苔掻に崖あり一発波かぶり

2020年7月31日金曜日

令和二年 花鳥篇 第十(岬光世・依光正樹・依光陽子・佐藤りえ・筑紫磐井)



岬光世
紫蘭咲き高貴な人をつれてくる
受け継ぎし厨の広さ椎の花
黄の薔薇の朝をひらきて入る館


依光正樹
水草の花や名もなく美しく
河骨の一茎に神宿るやも
小鳥屋に小鳥を見たる若葉かな
舟少しうごくときある鵜飼かな


依光陽子
この夏やほつれと見えし花を剪り
カーネーションけふはやさしくせむと思ふ
たかんなよ薬指ばかりが荒れるよ
花よりも草の親しき安居かな


佐藤りえ
フランスに行かなきゃ糊のきいたシャツ
月のこゑきこえて青む大画面
月球儀猫に掻かれてゐたりけり
蹲るおほきな魚みたいに


筑紫磐井
老艶の芸は人なり水中花
古稀の春古きテレビを一日中
六年生とほくに見えて卒業す

2020年7月24日金曜日

令和二年 花鳥篇 第九(北川美美・小林かんな・椿屋実梛・下坂速穂)



北川美美
鶯や昨日の庭に手を入れて
みつちりと十薬の庭文字うつり
老鶯や巨石並べて庭石屋


小林かんな
黒南風や果実を龍と名づけたる
指笛は市場のおじい雲の峰
芭蕉畑より日焼けして子と大人
気圧910ヘクトパスカルソーダ水
海蛇を燻して吊るす朱の瓦


椿屋実梛
令和二年春がなかつた気がしてる
闇市のごとくマスク売らるる商店街
ひとりしづか巣籠り生活慣れてきて
自粛といふ言葉に慣れて豆ごはん


下坂速穂
真夜中の雨明け方の燕
行かぬ方の道うつくしく麦の秋
麦秋を見つめてしづかなる二人

2020年7月10日金曜日

令和二年 花鳥篇 第八(高橋美弥子・菊池洋勝・川嶋ぱんだ・家登みろく)



高橋美弥子(樹色)
下萌や産直市に人あふれ
春暁の悪夢を獏に食はせたし
春の月ラピスラズリを握りしむ
バタールを十回囓んで春時雨
春ショール三越前の閑散と


菊池洋勝(樹色)
石鹸玉飛べるソーシャルディスタンス
憲法記念日のテレビ会議かな
渋谷駅展望台へ蟻の道


川嶋ぱんだ(樹色、夜守派)
食パンの穴に足長蜂の穴
つばくらめきて向日葵の群のなか
夕立の溢れて沈下橋怒濤
夏蝶がどんどん増える無菌室
蛇口錆びれば蜈蚣這い触れられず


家登みろく
ほむら立つ日の出の中や伊勢詣
人が人厭ふ春なり疫病えやみ
風見鶏ぐるぐるときのけの春を
忍ぶれど恋の鼻歌チューリップ
南風待つ紙飛行機は芝の上に

2020年7月3日金曜日

令和二年 花鳥篇 第七(真矢ひろみ・渕上信子・曾根 毅・のどか)



真矢ひろみ
花篝焚いて百鬼のしんがりに
亀鳴くやカーナビ座標北にずれ
ロボットの長い瞬き風光る
飛花に顔上げて軌跡は眼裏に
素数てふ割り切れぬ数おぼろの夜


渕上信子
涅槃図や遠近法が変
手のとどく鳥の巣のからつぽ
さくらんぼ未完のグッド・バイ
堂々と玄関から蜈蚣
犬は片足上げ小判草
ちまむちまむと尺蠖虫は
なつれうり器をかへただけ


曾根 毅
花冷の枕の端が縮むなり
花筏妻の匂いを潜めたる
花客なり別れのときは離岸めき


のどか
朱の紅は覚悟の色や晶子の忌
燃え上がる草矢の射ぬく処から
石楠花や懐妊を知る日の鼓動
軽鴨やモンローウォークの母を追ひ
雛罌粟や転校生は帰国子女

2020年6月26日金曜日

令和二年 花鳥篇 第六(早瀬恵子・水岩 瞳・青木百舌鳥・網野月を)



早瀬恵子
ほっほ螢ハッピーホルモン追いかける
深窓の母はコロナの蚊帳の外
鉄線花まだ狂いたき坂の風
ストイックな分身虹の果てまでも
名歌とや新たまねぎを剥くあした


水岩 瞳
木屋町の橋桁集合花筏
自粛てふ謹慎のごと花は葉に
籠り居のままにつれづれ躑躅燃ゆ
草稿は草稿のまま風薫る
扇風機さげて居間きてテレワーク


青木百舌鳥
葛の芽ののぼりて草を締めきらず
十薬を摘みをる婆もマスクなる
蕗若葉広がりきつて日に垂るる
交番や蚊取線香の火を左右
田植機の矻矻と水押し分けて


網野月を
右利きの蛇に好かれる右巻貝
薄暑かな浦和太郎の妻花子
蝌蚪は蛙に二枚目の二枚舌
習いても天分の有無夏うぐいす
心って交わらないの花いちじく
捨てられぬものばかりなり父の日来
あなたの影はあなたではなし夏燈

2020年6月19日金曜日

令和二年 花鳥篇 第五(網野月を・前北かおる・井口時男・山本敏倖)



網野月を
こどもの日此処だったかな秘密基地
おとといはあれだ親父の誕生日
元カノの後ろ姿や夏きざす
夏めくやバッティングセンターの割引券
通販のドガのレプリカ花は葉に
睡蓮の鉢を沈める怒り肩
葉桜に未来というの来てしまい


前北かおる(夏潮)
物忌になぞらへて夜々おぼろなる
忌籠の日数のつもる春埃
応援の如くに布団叩く春


井口時男
歳時記に君の句ありと花あせび
八年経ぬ死にたればまたヒヤシンス
マスクして寡黙な春となりにけり
花盈ちて虚空波立つウイルス禍
空咳に小鬼さゞめく花明り
蝶落ちて鱗粉の街メイド服
さながらに陽光散華叫天子


山本 敏倖
菜の花に辿り着いたる我は誰
自撮りする背後は古代桜かな
さえずりの平行棒は変体仮名
殿様蛙古城のように身構える
火焔土器をふっと離れし烏揚羽

2020年6月12日金曜日

令和二年 花鳥篇 第四(林雅樹・渡邉美保・ふけとしこ・望月士郎・木村オサム)



林雅樹(澤)
日溜りに鸚鵡の籠や啄木忌
イーゼルの向かうの裸女や春の鳥
街道の音はたと止む猫柳
鉱泉のぬるきに浸る若葉かな
葉桜や水澱みたる鶴見川


渡邉美保
森に降る雨のこまやか抱卵期
藤棚の下に来てゐる緊縛師
疫禍とや芭蕉玉巻く悲田院


ふけとしこ
ゆく春の箒にからむ鳥の羽
バス時刻表囀りに取り巻かれ
クリムトの零せし赤か罌粟ひらく
八十八夜蔓持つものは蔓で攻め


望月士郎
新社員みな人形を抱いて立つ
苗札とちがう花咲く丘の家
字余りのような顔つき毛虫焼く
影法師ひたひたと来るもぬけの夏
髪洗う空中ブランコが見える


木村オサム
あるのかい死者の側から見るさくら
あごひげを撫でる神々さくら散る
テーブルにピエロが一人花の昼
さくらさくら日本は詩人多き国
ひかり射す巣箱の中の大伽藍

2020年6月5日金曜日

令和二年 花鳥篇 第三(松下カロ・花尻万博・堀本 吟・竹岡一郎)



松下カロ
おたまじやくし産湯の中で泣いてゐる
銀髪の少年少女修司の忌
家出したことがないから蟾蜍


花尻万博
葱の花追はるる遊びその果てに
表の無い後姿を狩る蕨
鬼薊言葉に起こす今更に
蕨狩り進みつつ沖見てしまふ
いつか見た子鬼を思ふ花苺
逃げぬ男逃げぬ女と蕨狩り


堀本 吟
穴出ると帰れと言われ長蛇の列
亀鳴くや甲骨文の堆く
太陽を浴び日本の黄金週間
見えぬものも共にいて耳すますグレイゾーン


竹岡一郎
かへれない全てのものへぶらんこを
蝶のゐる切岸までを耕せり
初夏は割腹しくじる度に増える臍
梅雨の人形髪伸び爪も歯も尖れ
失踪の半世紀後の川床に遇ふ
合金の義体にビキニあたし不死
弱き魂煮えたり鵺よ共に喰はん

2020年5月29日金曜日

令和二年 春興帖 第十/花鳥篇 第二(岸本尚毅・佐藤りえ・筑紫磐井・加藤知子・夏木久・神谷 波)

【春興帖】

岸本尚毅
春よ来いウイルス来るな猫は来い
風に乗る足湯の湯気や梅の花
てらてらと胸の木目や涅槃像
涅槃図の眠たさうなる釈迦を見る
日に障子熱くなりつつ地虫出づ
太宰にも沈丁花にも飽きにけり
串団子もちて日永をどこまでも


佐藤りえ
ころばせてころがるままにうららかに
花の旅窓を眺めてゐるばかり
とりどりのマカロン選るも春仕事
猫の仔と坂の途中の教会へ
朧夜のあなたがひっこぬくターン


筑紫磐井
大いなるマスクに隠す悪事かな
大胆な水着を選ぶ磯巾着
遠い日の子規の日記の桜餅


【花鳥篇】

加藤知子
初蝶来羊水ゆるるカルデエラ
すかあとの裾半乾き走り梅雨
手に余るなお捕まえる蛍の死
ピンク本開いて夏野通り過ぐ


岸本尚毅
永き日の日本堂といふ菓子屋
陽炎が高々とこれみんな墓
チユーリツプ「コーポ幸」幸あれと
蝦の尾のひつかかりつつ蜷の道
姫女苑ぐらぐらとして茎硬く
青き空甘茶に暗く映りをり
鍋底のやうなる春の雲を見る


夏木久
花解体デルタの街の猫車
淘汰せし蝶を摘んで病棟へ
10階に水際の波五月雨の病院
海暮れて見舞へぬ五月病ひかな
春菊の残菊をいただく晩春をいただく
銭湯の富士からセザンヌの裸婦
風薫り策を弄してしまひけり


神谷 波
去りがたきうぐひすの声柿若葉
国中が暗澹たるに柿若葉
そのうちに雨は上がるさ柿若葉

2020年5月22日金曜日

令和二年 花鳥篇 第一(仙田洋子・杉山久子・大井恒行・池田澄子)



仙田洋子
春の宵じゃんけんぽんで負けて死ぬ
鳥帰る十字架運びゆくやうに
春愁の極みに巨象耳を振る
四月馬鹿待たずに逝けり志村けん
桜守野太き声を出しにけり
白鼻芯消えてしまひし花の山
始祖鳥の影よぎりけり春の月


杉山久子
雲梯にぶら下がり見る春の雲
春愁をまぜてタピオカミルクティー
亀鳴くや三千年の禁固刑


大井恒行
鳥よ毎朝悲愴にかわす春の言の葉
花ふぶく日月火水木金金
ゆずり葉のゆくゆくいずれ風の色


池田澄子
家々や春が寒くて かと言って
   浦風の途切れ仔猫が塀の上
べつにいいけど土手のぎしぎし手が届かぬ
二羽ずつの残り鴨かな川長し
豆の花他力本願難しき

2020年5月15日金曜日

令和二年 春興帖 第九(花尻万博・竹岡一郎・中山奈々・北川美美・大関博美・小野裕三)



花尻万博
蜷の道昼長々とありにけり
花降りて沼として薄まれる
浜風と背中を反らす花の中
木の国の鳥居の次の桜となり
半身に花を頂きイノブタらは
我儘に泣かされている昼の蝶


竹岡一郎
疫の春腹話術師の舌の赤
黄砂に紛れこはい寝首を搔くめえか
啓蟄や疫や正義や魔女狩や
「死すべきは死す」と逆打ち遍路這ふ
教室空つぽ恋猫さかり放題
疫神おぼろ首都マンホール次々跳ね
もともと死霊の息吸ふ我ら花万朶


中山奈々
蜥蜴が出てきた世界そのものがバベルの塔だつた
疫病の塔や春燈より崩れ
新聞の日に日に薄し花のあと
誰彼と保有の黄砂降りにけり
服をみな紫とせよ鐘おぼろ
どの国の言語で死者数を伝へやうかとすみれを踏む


北川美美
永き日の窓側に置く電波時計
花粉症湿り気のある黒土かな
春の夜の我は豆腐を抜けてゆく


大関博美
LEDランプにレタス盛りなり
悪女とはなれぬ青春シクラメン
どこからの白タンポポやパン工房


小野裕三(海原・豆の木)
亀あれば鼓膜の奥で鳴きにけり
寄居虫の散文的な歩みかな
数式を究めし学長花ミモザ
糸遊の丘へと歩む安息日
肉体は眠り始めて豆の花

2020年5月8日金曜日

令和二年 春興帖 第八(飯田冬眞 ・小沢麻結・坂間恒子・網野月を・井口時男・中村猛虎)



飯田冬眞
臘梅や含羞の色訥訥とつとつ
あくびして虚無を身に飼ふ恋の猫
愛の日のわが影乾き始めをり


小沢麻結
夜開く花に似て雲春立ちぬ
輪を半歩外れ立ちたり新社員
ポケットから洗濯挟み姫女菀


坂間恒子
イスラエルヘ帰る人あり朝桜
朝桜ほどよきところ梯子かな
はっきりしないのが勝か李の花


網野月を
薄氷あの子に踏まれるまで待って
出目金は遠い親戚ムツゴロウ
言葉遣いの知らない人と花疲れ
膝替えは兄弟弟子や弥生果つ
西東忌吾は孫弟子でありにけり
遅日の象師の面影を追っている
祈るとは諦めぬこと染卵


井口時男
春風やクラリモンドは自転車で
シャボン玉子らと子雀跳ねやすし
天地の開けておたまじやくしかな
我や悪相雪柳の花扱き取る
ウイルスの春ひつそりとケバブ売
春の雪はだらまだらに世界病む
惜しみなく無人の街の夕桜


中村猛虎
三椏のどの道行けどフラクタル
花の下抱き寄せようか押し倒そうか
卒業歌終えて少年のジハード
菜の花の濃厚接触しているか
春の夜の発音できぬあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛

2020年5月1日金曜日

令和二年 春興帖 第七(妹尾健太郎・なつはづき・小林かんな・山本敏倖・水岩瞳・五島高資・青木百舌鳥)



妹尾健太郎
早春の鳶佐和山へ舵をきる
眩しくて何も見えない目張かな
人間で残念連翹きっと香り満つ
春眠に出る点心に多めの酢
気象庁その中に鼻を振る穀雨


なつはづき
洗ってもまた手を洗うシクラメン
春雷や短いカッコ書きで恋
寄せ書きの文字ぎゅうぎゅうにあたたかし
土筆野や水の匂いの過去にいる
かざぐるまライオンすべすべとあくび
鞦韆漕ぐ言葉がいらぬところまで
ハリネズミひっそり針を立て春夜


小林かんな
春の雲ちぎれて犬の駆けてくる
雀の子蛤御門より入る
女性より高き声出るほうれん草
犬の毛に犬の目隠れ春の暮
蝶そして子どもの消える堤かな


山本敏倖
不定時の江戸の鐘音桜散る
墨東の交差点から鳥雲に
山水画に戻りかけてる花の精
遍路笠岐路の地蔵に被せおく
継ぎ繋ぐ津波のようなつつじかな


水岩瞳
麦踏んで思考の坩堝はまりけり
少年に内省の日々苗木市
黒板に晴れの文字あり三月忌
ルビー婚なんて知らずに木の実植う
さくら桜ひとりと孤独は違ひます


五島高資
  東日本大震災から九年を迎えて
手を合はせ蹲ふ浜や風光る
  志村けんさんを悼む
斃れたる身に滞る春の水
春陰や拳でまなこ支へたる
引き急ぐ春の潮こそ光りけれ
目を瞑り額に受けたる春入日
コロナ死とな言ひそ春のかはたれに


青木百舌鳥
遠桜へとつながらず墓地の道
風やみて花ひとつまたひとつ散る
花の山下りて白色灯の花
稲妻のごときフラッシュ花の山

2020年4月24日金曜日

令和二年 春興帖 第六(ふけとしこ・渡邉美保・下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子)冬興帖/歳旦帖追補(北川美美)



ふけとしこ
先勝の朝や燕の来ることも
道行や花どきの花道をいざ
三鬼の忌ピンクッションを針が落ち


渡邉美保
さへづりの樹下接点のなき二人
小惑星に点灯夫ゐてあたたかし
味噌壺の味噌乾びけり春の雷


下坂速穂
誕生日までの一ト月青き踏む
たんぽぽや戦の足跡の上に
春光や水を湛へて星の病む


岬光世
早春の男同士の動物園
粗朶を折る音乾びたり遅き春
目の合ひし犬の吠えたる梅見かな


依光正樹
一園をうち鎮めたる梅花かな
日は遠く目白は近くふんだんに
三椏の黄色い蜜に誘はれて
華やかな気持がひそむ大試験


依光陽子
嫩草や秋は芒が丈隠し
みつまたの花に雨より早く着く
木が水を吸ひ上ぐる音の春を遊べ
漂鳥や振り向けば東京は花


【冬興帖】
北川美美
暖房の人感スイッチにて稼働
罪思ふ百合根の鱗外すとき
ホットワイン球体となる干葡萄(巨峰)

【歳旦帖】
北川美美
死ねば居ず地水火風か四方の春
嫁が君囲みて話聞きやらむ
嫁が君餅に上がりて脚白し

2020年4月17日金曜日

令和二年 春興帖 第五(内村恭子・早瀬恵子・渕上信子・真矢ひろみ・仲寒蟬)



内村恭子
踏青や道を聞かれてばかりゐる
邸宅の裏庭に入る鳥交る
春を待つ次の間飾る銀食器
生前のままの書斎や冴返る
春暖炉泰西名画一面に


早瀬恵子
血圧と脈拍99 66 77ゾロメ春立つ日
コロナウイルスVS東京大空襲忌
パンデミックさくらの女神号泣す
仏壇にお迎え祈る母の春
デュオや吹かれゆく蝶々と和毛


渕上信子
蛇穴を出てコロナつてなに
三月や無人の滑り台
ふらここの人たちまち寝落ち
春のマスクを洗つては干し
囀のつひにパンデミツク


真矢ひろみ
じゅん菜のぬめりぷちぷち甘露かな
禍々しきは菜の花の昏きより
煌めきを十把絡げぬ春の川
春一や暖色電球廻し点く
春愁ひゴルゴンゾーラを二三片


仲寒蟬
キャスターのピアス揺れをり今朝の春
流氷に乗つてどこぞの神が来る
ヒヤシンス顔洗ふ手に水鏡
徐々に声高紅梅派白梅派
初蝶の飛ぶといふよりただよひ来
先生のやけに小さく卒業式
なまじ音立ててさびしき風車

2020年4月10日金曜日

令和二年 春興帖 第四(前北かおる・神谷波・杉山久子・望月士郎)



前北かおる(夏潮)
影法師見ながら踊る春日かな
汽笛うららか羽田からどこへ飛ぶ
うららかや癒えて身体の絞れしと


神谷波
離れ座敷や溺愛の色の梅
誰からも相手にされず蕗のぢい
リュックおしやれコートもおしやれ風光る
三月十一日菜の花そよいでる
COVID-19荒れ狂ふ中開花


杉山久子
スケボーの板裏青し鳥雲に
確定申告終はる蝌蚪の紐伸びる
春暁やわが消化管さくら色


望月士郎
春満月この世に入口と出口
二枚セットの三角定規猫の恋
薄氷の奥にぼんやりと唇
花明り人みちあふれている無人
ど忘れのように父いる潮干潟

2020年4月3日金曜日

令和二年 春興帖 第三(堀本 吟・木村オサム・林雅樹)



堀本 吟
先生の提げて来られしシクラメン
紅色の品佳き花ぞ悟朗の忌
  ・・・・・
ももいろの耳たぶ弐つ豚饅頭シクラメン
流行風邪ウィルスが風の息する篝火草シクラメン


木村オサム
啓蟄の体温計がピッと鳴る
啓蟄やにっぽん木乃伊大図鑑
目覚めると首絞められた痕地虫出づ
啓蟄のちくわの穴を覗きをり
啓蟄や駄々こねやすき畳部屋


林雅樹(澤)
コロナ怖じて朝寝続ける女かな
ワンテンポ遅るゝダンス柳の芽
失踪せる友に会ひたり苗木市

2020年3月27日金曜日

令和二年 春興帖 第二(五島高資・松下カロ・辻村麻乃)



五島高資
羚羊と目の合ふ時つ風光る
春の風邪ナツメ球の灯目に刺さる
牡丹雪湯の沸く音の中にをり
龍天に登りし松の馨りかな
目を閉ぢて春の入り日となりにけり


松下カロ
父の足さがし続けて春炬燵
息をもて銀器曇らす鶴帰る
春炬燵遠く多産の国があり


辻村麻乃
ビル街の古りて社に淡き梅
白加賀の雄蕊を風の撫で回す
これからと連呼する人梅見かな
枝ぶりを褒めて梅見の車椅子
探梅や口を開けたる老婦人
ぷつぷつと蜆先刻の息を吐く
クロッカスはち切れさうな犬連れて

2020年3月20日金曜日

令和二年 春興帖 第一(仙田洋子・曾根 毅・夏木久)



仙田洋子
春の鹿地軸のやうに傾けり
超新星爆発無音梅白し
梅白しわが細胞も新しく
雛人形みな正面を向く怖さ
カルメンの踏みつけてゆく落椿
影あれば影に佇み桜かな
永遠を追ひかけ雲雀揚がりけり


曾根 毅
瓦礫より赤い毛布を掴み出す
死んだ人らの拍手のようにかぎろい
春めくや坂の時間が長くなり


夏木久
春立ちて入るか出るかの手がノブに
コンタクトその涙目を鳥帰る
行旅死の百円ライター春燈
立春や隙間に水を流し込み
永眠は家出するやう大人しく
箸置きに山背のこと大和のこと
ノートには戯画も寺もの記憶あり

2020年3月13日金曜日

令和元年 秋興帖追補/令和二年 歳旦帖 第十(家登みろく・井口時男・仲 寒蟬・五島高資・佐藤りえ・筑紫磐井)



家登みろく(森の座)
福達磨 勝ちにゆくにはまだ素く
独り居の豆撒壁を跳ね返る
海老押しのけ蛤開くちからかな


井口時男
ひしめいてスマホかざすも年迎へ
死者たちの書物並べて去年今年
乳の香うつすら人の日のエレベーター


仲 寒蟬
進むべき道は初湯の湯気の奥
一族とともに縮小鏡餅
仕舞湯の湯気の多さも四日かな
電線の見えぬ空なし初景色
ぺたぺたと赤子の触れて鏡餅
どんどの火こぼれしばらく地を焦がす
ミサイルのあと七草粥のニュース


五島高資
初富士や背骨を昇る炎あり
立ち返る山懐や初筑波
初日影とりどりにあり花崗岩


佐藤りえ
歩み越しとりかへばやの去年今年
  今生のいまが倖せ衣被
根性のいまがっついてからみ餅
瑞雲で阿難迦葉を牛蒡抜き


筑紫磐井
子の年の子の国にある御慶かな
先生虎皮下で届く賀状の見覚えなし
さっそうと坊主屏風に消えにけり


【秋興帖】
井口時男
銀河流れよ廃墟も青き水の星
俳諧は死語の波寄る秋の岸
瓦斯燈に秋ともし行く影男
身の秋を泪橋から山谷まで
月蹣跚コンビナートがのたくる
黄落の中を眼病みの独学者
山姥も綴れ刺すかよ冬支度

2020年3月6日金曜日

令和二年 歳旦帖 第九(下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子・のどか・水岩瞳)



下坂速穂
初便りにはお互ひの母のこと
店子いつ入れ替はりたる飾かな
どんど焚くけむりは蘆花の旧居へと


岬光世
飾取る品川宿を後にして
小正月過ぎて売約済の花
帯留を愛でてもらひし女正月


依光正樹
花街あり焚火をぢつと見つめたる
露地の人しやがんで立つて年詰まる
亡き人と冬あたたかき手拭屋
侘助や露地の途中に店があり


依光陽子
のし餅のうんと言はする厚みかな
枝撥ねて一鳥枝に淑気かな
鳥のほか父母のゐる御慶かな
かめむしの白き半分寒暮かな


のどか
大氷柱風のおらびを閉ぢ込めて
軒氷柱の雫となるや星の声
バラライカウォッカに氷柱つき立てて


水岩瞳
雑の句を集めて久し師走かな
大安で締め括りけり古暦
初日記また書いてゐる今年こそ
初詣いつもの神社いつも吉
読初の一書「ポピュリズムの功罪」

 

2020年2月28日金曜日

令和元年 秋興帖・冬興帖追補/令和二年 歳旦帖 第八(林雅樹・小林かんな・小沢麻結・渡邉美保・高橋美弥子・川嶋ぱんだ・青木百舌鳥・家登みろく・水岩瞳・井口時男)

【歳旦帖】

林雅樹(澤)
カレンダーお渡し会や握手なし
輪飾や犬寝そべりて町工場
『ラ・カテドラルでの対話』下巻を読み始む
バイアグラ飲めば頭痛や姫始
後期高齢者餅の早食ひ大会ぞ


小林かんな
ペンキ絵の富士の嶺年のあらたまる
はろばろと鳥の声して初射会
白足袋を奉射の幅に広げつつ
つつしんで後ろの射手も矢をつがえ
隅っこに突き当たりたる嫁が君


小沢麻結
読初や私淑の心定まりて
繭玉の揺れ止み影はなほ揺らぎ
向合ひの真珠大玉初句会


渡邉美保
手拍子は祝うて三度実南天
祝杯の金粉沈む手毬歌
波音を聴きとめてゐる初鏡


高橋美弥子(夜守派)
御降や猫の鼻先ふくふくり
女正月母の銘仙帯の蝶
初買や高齢猫の缶選りぬ


川嶋ぱんだ(夜守派)
元旦の廊下の人はちりぢりに
人は水 木も水 寒九の水を汲む
怒鳴りたるチーズと置かれたる御屠蘇


青木百舌鳥
フロントの肌つるつるの鏡餅
席ゆづるゆづらるるまた厚着なる
寄鍋のアルゼンチンのエビとかや
冬の蠅なぜ居るなぜに見当たらぬ
節分草石に膝つき誉めにけり


【秋興帖】

家登みろく
秋初めきつね色帯び昼の月
一茎に命ぎつしり蝦夷竜胆
鋸を引く背押す肩うろこ雲
馬の眼の光恋しと残る蠅
颱風のかきまぜてゆく芋の蔓


【冬興帖】

水岩瞳
カプチーノのハート崩れてレノンの忌
冬三日月阿弖流為のこと母礼のこと
散紅葉天より降つて天を透く
父が父らしき頃なり懐手
寒紅を引くきつちりときつぱりと
思春期の黙の主張や青木の実


家登みろく(森の座)
千切れてはまた集ふ雲千空忌
落葉道深くもわづかに師の軌跡
棘なき青森薊句碑に供す
白息の激し俳論語らへば
着膨れて母小さき荷を持て余す


井口時男
母我を忘れたるとか雪便り
メルカリで背骨売ッたるや冬ごもり
新巻がクワッと眼を剥く雪起し

2020年2月21日金曜日

令和二年 歳旦帖 第七(ふけとしこ・花尻万博・前北かおる・なつはづき・網野月を・中村猛虎)



ふけとしこ
しゆと走るものに巻尺嫁が君
七宝の指輪の金茶粥柱
五つ紋乗せ宝恵駕を送り出す


花尻万博
枯れ薄卵を産ます鳥寝かす
言の葉のうすらひまとふ白菜か
新しき海ウツボの腸は熟れて
すぐ手毬に飽きた人死ぬといふにも
道入れて道を老いしむ置炬燵


前北かおる
房総のやま常葉なる初詣
年越せる葉が欅にも銀杏にも
足指の先まで包む冬日かな


なつはづき
鉄アレイじっと見つめている三日
人日や手帳のすみっこで眠る
ぽっぺんぽっぺんひとり夜のうすうすと
思い出のそこだけが夜鮫きたる
真新しい石鹸の香よ寒に入る


網野月を
数え日を五指に納める令和かな
鳥影の梢に四羽大晦日
眼底疲労の薬を白湯で初燈
目薬を点す手の震え羊歯白し
初場所や舐めたらいかん突っ張り棒
タコ焼やちょっと歪な新満月
寒寒寒痰の絡んでいる烏


中村猛虎(なかむらたけとら)
横たわる百舌鳥古墳群去年今年
太陽の塔の背中の御慶かな
仁徳陵へ続く参道淑気満つ
生物の頂点はヒト虎落笛
年酒酌む今もヒロポン三百円

2020年2月14日金曜日

令和元年秋興帖・冬興帖追補/令和二年歳旦帖 第六(早瀬恵子・夏木久・中西夕紀・岸本尚毅・菊池洋勝・高橋美弥子・川嶋ぱんだ・青木百舌鳥)

【歳旦帖】
早瀬恵子
にい霞白き羽毛の俳句舞う
嫁が君か君は嫁かとかしこまれ
新年や庚子の産声高らかに
チューと鳴く千五百秋ちいほあきなるお正月


夏木久
明星に馬車繋ぎあり初御空
パソコンの上を暫らく初埃
この夜を軽く着てゆく初厠
初風は厠窓より素つ気なく
初笑すべて昨夜の舌禍にて
ぼくの基地私が爆破す初夢
海鳴りと惑ふ耳鳴り初明星


中西夕紀
口中に舌のごろつと年つまる
休みをる脳へも響け除夜の鐘
大奥のごと羽子板の姫並ぶ
鳥のこゑ虫の翅音や淑気満つ
太鼓打つ役を頂き弓始め


岸本尚毅
煤逃やあてを酢モツの二合半
手に達磨下げて現れ札納
老いの屠蘇まなこつむりて吸ふやうに
日を経つつ出水の跡や初景色
夕翳りしながら破魔矢また売れて
破魔矢売る巫女の齢を問ふまじく
留守の家居留守の家や松も過ぎ

【秋興帖】
菊池洋勝
天高し牛の拒める荷台かな
盗まれた下着並ぶや秋の色
試し書きする筆ペンや冬支度


高橋美弥子(夜守派)
紅葉且つ散れりベビーカーの双子
ふるへる手岬の野路菊の揺るる
芋洗ふ吾が腸の黒かりき


川嶋ぱんだ(夜守派)
人生はがんばらないと秋がくる
秋空に打つ音階のない木魚
掃けば掃くほどに銀杏の石畳

【冬興帖】
菊池洋勝(無所属)
入院の手続き済むや冬の月
年惜しむつけ置き洗う溲瓶かな
喰積の何でも噛める歯を磨く


高橋美弥子(夜守派)
夫も吾も猫も嘔吐す十二月
木々は眠りぬ湖面は真冬みなぎらせ
水面てふスクリーン美し冬の薔薇


川嶋ぱんだ(夜守派)
改札を出れば広場や落葉焚
老人を射殺野原の日は短か
銃声が心に響き雪の声
目薬を落とし怠惰な冬の海
鼻に穴 炭焼小屋は施錠せず
赤い海とうとう青くなる冬至


青木百舌鳥
稲荷社にあぶらげ人に散黄葉
降る雪のバスの窓打つときに鋭し
子の頰のみるみる赤し餅を搗く
食堂のからくり時計年つまる

2020年2月7日金曜日

令和元年 冬興帖 第六/令和二年 歳旦帖 第五(木村オサム・ふけとしこ・真矢ひろみ・前北かおる・佐藤りえ・筑紫磐井・飯田冬眞・竹岡一郎・妹尾健太郎・神谷波)


【冬興帖】

木村オサム
全身に刻むハングル冬日向
小春日のロシア民族大移動
モアイ像のまなこの窪み日短
日向ぼこビルマのチェスの仏たち
シベリアの飢餓のざらつき寒卵


ふけとしこ
深草の少将へ散る冬紅葉
三椏の蕾欲しがる雪をんな
妖精の棲みつきさうな木にも雪


真矢ひろみ
餅白く罅深くして冬季鬱
石蕗何ぞ己が照らしに引きこもる
一月や竹の切り口気にかかる
日を掬い虚空に透かす寒の水
野に消えし寒茜いま新宿に


前北かおる
中社前中谷旅館雪を踏む
雪踏に随身門の遥かなる
寒造滝の如くに水注ぎ


佐藤りえ
たゞ冬のお菓子売場に迷子なる
猫の子のやうに子供が泣く師走
地味な花買つてクリスマスを往けり


筑紫磐井
壺の中に雪降る如く酒醸す
サンヨウチュウの化石に火花ありといへり
雪山を爵位のごとく頂けり
辰巳湯に小銭の如き柚子の数
人間ひと永遠とはに争ふ されどクリスマス
いつもどこかで戦場のごと雪が降る
ゼームスは小春のごとく無期懲役


【歳旦帖】

飯田冬眞
去年今年鱗の色の変はりゆく
寒波来る不揃ひの歯をむき出しに
初凪や原子炉の火を飼ひ殺す
湾ひとつほのと明るし寒桜
寒釣や銀貨は魚の口より出


竹岡一郎
稲積むや旅に雨垂とはに聴く
ぽつぺんに漁港の皺の深みけり
書初に「鏖」とは優しい子
白みけり傀儡から抜くたましなる
羽子板の押絵の顔としてあたし
西窓や傀儡こまかく解体す
辻につく手毬いきなり石と化す


妹尾健太郎
貫禄もまあ中くらい年男
 ゲゲゲにおけるバイプレイヤー
初夢に食べられかけていたのかも


真矢ひろみ
御鏡の罅の深きを覗く児よ
ぱたぱたとスマホを閉じぬ御慶かな
御降りの溪一筋となりて消ゆ


木村オサム
葬儀屋に積まれし柩年明ける
元日のしづかな紐を揺らしをり
坊主だけ抜き出してみるお元日
踏切の音はたと止む三日かな
静脈に流れるけむり寝正月


神谷 波
全身を洗ひをへれば除夜の鐘
見て見てといはんばかりの初日かな
富士山に雲のちよつかい五日かな

2020年1月31日金曜日

令和元年 冬興帖 第五/令和二年 歳旦帖 第四(仲寒蟬・小野裕三・渡邉美保・望月士郎・飯田冬眞・早瀬恵子・浅沼 璞・渕上信子・松下カロ・加藤知子・関悦史)

【冬興帖】

仲寒蟬
冬耕や是より東武田領
焼藷屋魔人のごとく湯気の中
海苔焙る手の皺と海苔交互に見る
阿吽なるあくびとくさめひと部屋に
山襞のやけにくつきり室の花
小春日や母の繰り言ひたすら聞く
討入の日の錆びつきし蝶番


小野裕三
エジソンの瞳の青き文化の日
飼いならすように寒紅引きにけり
先回りして狐火に囁けり
それぞれに前のめりなる聖歌隊
牛飼いと牛飼いの子の聖夜かな


渡邉美保
極月やメタセコイアの金茶降る
遅刻者の火事を見てきし貌であり
子狐の灯す狐火仄白く


望月士郎
月凍てて少女水銀体温計
ふっと風花そっと帰り花きっと
柩の窓こんなにきれい寒銀河
行きすぎて平目を買って戻りすぎ
白息の白犬がゆく年の果て


飯田冬眞
神の留守漏刻の夜の狂ひ出す
かさぶたの色持つ廃車冬夕焼
茶の花や寝所をともす灯の低く
夕暮は風の要塞枇杷の花
冬の鵙銀鼠の空かきむしる
打消しで始まる人と根深汁
冬の月流沙河に詩の崩れゆく


早瀬恵子
雪だるまワンツー天下の園デビュー
アカペラのドッペルカノンにペチカ燃ゆ
大年のウィンク・ウィン明日また


【歳旦帖】


浅沼 璞
天井は嫁が君かやかたかたと
  ころがる棒へさす初茜
花と月あまねく描く筆致にて


渕上信子
嫁が君研究棟の夜
徹夜明なる初日眩しき
差し入れ嬉し喰積にハム
挨拶するや春着の秘書と
破魔矢ぶらさげ友の来訪
年賀のメール豪州は夏
D論仕上げ人日の空


松下カロ
ホフマンスタール黒豆煮えるまで
冬薔薇リルケ寡黙で貧血で
オクタビオ・パス新年はフリーパス


望月士郎
魂をひとつてんてん手毬かな
ちょうろぎは雪兎には使わない
はらからの集いはららご食べている


加藤知子
初夢の女体掘り出す土器須恵器
塩抜きの足りぬ数の子ピノコのP
参考に頬の赤らむ寒の菊


関悦史
初日さす糞尿五輪の税責めの
や読初西村寿行『滅びの笛』
アストルフォを語られてをり初電話
元日の国道の辺の供花を見たり
「男の娘かるた」全画像拾ふ二日かな
五十億年先の初日を待ちながら

2020年1月24日金曜日

令和元年 冬興帖 第四/令和二年 歳旦帖 第三(岸本尚毅・下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子・竹岡一郎・妹尾健太郎・坂間恒子・大井恒行・仙田洋子・山本敏倖・堀本 吟)

【冬興帖】
岸本尚毅
団栗と蜷と見分けて冬の水
ひつぱられ今川焼は湯気漏らす
玉子酒なまぐさければなぐさまず
数へ日や昼のカラオケ野に聞こえ
永久に留守冬の風鈴ぶら下げて
風よりも小鳥に揺れて枯るるもの


下坂速穂
コンビニの人とは話すマスクかな
猫に髯人に髭あり根深汁
冬の木に人に未完の物語


岬光世
狭き路地狭くかたづけお酉さま
足首の若きを廻し日向ぼこ
立ちしまま枯野の中に水を飲む


依光正樹
冬ざれを行けば秋桜子と波郷
朝ごとの露に親しき帰り花
淋しくもなくて独りの帰り花
あとついて歩くてふこと耳袋


依光陽子
水鳥のこころ水なき街をゆき
刈萱の枯れて谷中の咖喱店
小春日やなんぼでもよしと値つけて
翌る年ひらく莟よ冬構


竹岡一郎
木菟の羽搏きに護符搔き分くる
狩る我は水鏡にも映らない
大き胃を割けば熊あり半ば溶け
僧形や霜置く牙を踏みしめて
大鷲や目玉くわへて聖山へ
黒帝が声無き口を開き切る
熊の掌を煮て弦月は三日月に


妹尾健太郎
時空間もつ湯湯婆の内と外
火事場から場を移したら馬鹿力
九重の天守の上の冬菫
温恩怨をんなの音を雪女
片手鍋より煮凝り滑り出す宇宙


【歳旦帖】
坂間恒子
数え日のロダンの首を思いけり
黒ジャージの少年かたまる大晦日
羊飼いの少年初夢はひつじ


大井恒行
嫁が君つぼうちねんてんアンパンマン
われ子年ねんてんは猿アンパンマン
初日かな知恵ある鳥を慰まず


仙田洋子
いそいそと羽子板市をひとめぐり
朝より羽子板市のよく濡るる
遊び女の売らるる如し羽子板市
吉徳の小さき店や年の市
柚子風呂の匂ひどの家からとなく
新玉やくろがねの如隅田川
東の空をまづ見て二日かな


山本敏倖
水平の世を水平に除夜の鐘
大年や水の器を用意する
広島への道のりにあるお雑煮
人類の戦なき世を読初む
嫁が君次の客間で婚の声


堀本 吟
子ねずみの初齧りかな宇宙卵
家猫をいじり窮鼠と気づかせぬ
駆けおりてゆくバベルの塔鼠算
かがようて篝火草のまたひらく
ヒヤシンス耳奥に声のとどくまで

2020年1月17日金曜日

令和元年 冬興帖 第三/令和二年 歳旦帖 第二(網野月を・大井恒行・神谷 波・花尻万博・近江文代・なつはづき・林雅樹・曾根 毅・池田澄子)


【冬興帖】

網野月を
どこからがいやどこまでが冬の空
冬の薔薇名の無い毒を潜ませて
霜柱狭い歩幅の大足跡
橋は名を残して霜の遊歩道
マフラーを持て余してる夜店の子
冬の海ないものがある神童忌
バックミラーに絡み付いてる冬の蝶


大井恒行
死後もはるかに木々に雪あり山や海
五明後日ごあさってはるばる痩せる冬落暉
花鳥風月おかんなぎまためかんなぎ


神谷 波
裏山にそつと近づく冬三日月
名古屋まで往復切符小春日和
おにぎり買ふ小春日和の名古屋駅
かならず買ふものに束子年の暮
ほっとけないわ数え日の空模様


花尻万博
狼の優し狼知らぬ波に
狼映つてたか小さな小さなテレビ
磯漁の一族として餅搗ける
始まりも途中もあらぬ餅配
鯨割く潮の流れ歌う者らよ
鯨老うなかれ記紀の終はるまで


近江文代
片方の顔が綺麗な落葉焚
忘却の彼方を鶴の凍てており
ピアノごと沈む絨毯ふるさとは
わたくしの男にマスクかけてやる
白鳥の王様になるまで叫ぶ
 

なつはづき
夜の底をまさぐるように兎罠
開戦日衣ばかりの海老天麩羅
凍鶴やうなじが知っている言葉
西遊記の結末知らず冬山河
寒林や耳が時間を食い潰す
冬霧を裂いてはだかの眼でふたり
ブレーキの利かぬ思い出毛布干す


林雅樹(澤)
キスすれば離るゝ頬や冬銀河
日曜の工員寮や花八つ手
巨大なる麺麭工場や銀杏散る
そはそはと動く鸚鵡や日記果つ
腹芸の百面相や年忘れ


【歳旦帖】

曾根 毅
海光の鳥から人に流れけり
春寒し情事のような箸一対
円形に日の射している書斎かな


池田澄子
することのなくもがな去年今年かな
見つめたり喉のぞいたり初鏡
赤ん坊へ変な声出し松の内
初春と思えば初春の遺影
永久に在れ雪の故郷の箱階段

令和元年 秋興帖 第八(小林かんな・加藤知子・網野月を・早瀬恵子・中村猛虎・のどか・近江文代・佐藤りえ・筑紫磐井)



小林かんな
前を行く人のリュックの秋日かな
弁当を河原の上に解く照葉
竿で押す紅葉の映る川の底
乗ってすぐ降りる渡船や石叩き
紅葉山滝はいくどか折れながら
     

加藤知子
りんご剥くごと金属探知機の触る
塹壕の深堀林檎湿らせる
唇を切り獣の笛の音楽会
腐りかけのりんご断面見せて舞え
林檎端正に置かれてもはや林檎じゃない


網野月を
爪先で食べ尽くさんと柿落葉
立ち上がる海原睨む石蕗の花
白菜や名無き料理をアルマイト
眠れない呪禁の夢を花八手
欅紅葉地獄にしても温過ぎる
初霜や小鳥のように生きてみる
高くはないが深い空堀返り花


早瀬恵子
秋夕べ新書解体オークション
白秋や恋する本のらんらんと
月明り片口に盛る天女舞


中村猛虎
子規の忌の三角関数溢れ出す
攫われる肩車の子十三夜
カトマンズに人焼く匂い夜長し
亡骸を洗うガンジス紅黄草
鶏頭花方位磁石は黄泉を指す
男根を祀る神社に色鳥来


のどか
黒鍵のエチュード転び色鳥来
御陵を守る鍵穴鵙猛る
霜降や綾取り糸の忘れ物
母と生きる火宅を抜けて桃を剥く(三世火宅)


近江文代
書き順を間違え曼殊沙華一本
散骨の忽ち小鳥来るならば
猫きっと来るコスモスは束となり
入りゆく団地の子供茸山
今生は囮にされる鳥になる
  

佐藤りえ
コスモスや向こう側からも犬が来る
鵙も来よ株式会社月世界
霧の電柱幽霊船の帆と見ゆる
古書店の百均台や夜長く


筑紫磐井
山姥の旦暮あけくれといふ紅葉あり
醍醐味は智山・豊山の紅葉など
数列の視界を秋の蝶が舞っふ
たつたいま見殺しにして秋の蟬
花野とは子供ひとりが消える場所