2022年2月25日金曜日

令和三年冬興帖 第三/令和四年 歳旦帖第三(鷲津誠次・仲寒蟬・井口時男・ふけとしこ・杉山久子・花尻万博)

【冬興帖】

鷲津誠次
霙打つ小駅に朽ちし伝言板
ひとり言好きな家計やかいつぶり
冬夕焼転校生はまた転校


仲寒蟬
素うどんがきつねに化けて神の留守
逃げられぬ海鼠に舟の影およぶ
モノクロのネガのごとくに冬の水
鯛焼に正面の顔なかりけり
人寄れば大きく崩れ鴨の陣
演歌歌手並みの声量火の用心
榾火のけしきソドムともゴモラとも


井口時男
憂國忌蚤の幽霊さまよへり
ニュートンの沈みし海や大海鼠
写実の海に人魚溺れて冬の浪
枯野のゲリラ花束を擲弾す
ほろ酔ひの身を山茶花に抱き取られ
闇は温し光は痛し寒卵
その前夜(いまも前夜か)雪しきる


ふけとしこ
人参にピーターラビットの歯形
人参抜く西空も人参のいろ
風が出て人参甘く煮上りて


【歳旦帖】

杉山久子
あをあをと長門八景初明り
掃初の箒に猫が手を出しぬ
春待つ詩紙飛行機の片翼に


仲寒蟬
初夢の居間から宇宙ステーション
初鏡この老人は誰ならむ
御慶とてライン着信鳴り通し
午後の日の手元におよぶ歌留多取り
沈没の国のごとくに雑煮餅
箱開けてまた箱あやしげな初荷
初日とか初地球とか月面基地


花尻万博
鬼棲まぬ山々贄の寒さかな
新しき光より降る五円玉
屠蘇零す目を開けたまま獣らは
暖かく正月を巻く救急車
葉牡丹や美しき芸見えぬころ
釣り竿の向こう鬼らの凧上がる

2022年2月18日金曜日

令和三年冬興帖 第二/令和四年歳旦帖 第二(加藤知子・坂間恒子・辻村麻乃・杉山久子・松下カロ)

【冬興帖】

加藤知子
神さびの白菜二枚剥ぐ守り
年の瀬の葬にしぐれず白い骨
冬の木の瘤はあらわに胸の音
サーカスを追いかけ手振る落葉樹
三階の偶然あわい冬すみれ


坂間恒子
蜂の巣のころがりきたる軽さかな
チェーホフのかもめ着水冬の沼
大枯れ野風呂桶捨てに来る男
ストーブの炎に巣箱のような厨子
裸木となりて大きな御神木


辻村麻乃
団栗の止まるを知らぬ奥の院
切株に腰掛け拾ふ木の実かな
目庇に勇者のごとき冬日射す
武甲山水の記憶の凍りつく
国神の銀杏黄葉降り注ぐ
寒鯉の群れて光や放生池
どの人も五体投地や床紅葉


杉山久子
放られし黒き塊へ粉雪
肉・皮・毛振り分けられて雪の上
腸を展げて雪の上真赤


【歳旦帖】

坂間恒子
流行語大賞「ジェンダー平等」も
御神木の根方歳旦の雪の声
実南天なかを祝詞のあがりけり
白息をかけ厄除け玉砕く
プリンはあまい新春レストラン


辻村麻乃
かむながら蒼き光芒大枯野
凩や真夜の底ひを掬うては
天井の穴に目のあり嫁が君
歳晩や老女のカートごろごろと
羽子板や大笑ひより打ち返す
訪ねたる袋小路や鳥総松
あらたまの磨崖仏より光落つ


松下カロ
鶴となる朝のシャワーに目をあけて
折鶴と鶴の間に夜の川
二羽の鶴影をかさねてゐたるのみ

2022年2月11日金曜日

令和三年冬興帖 第一/令和四年歳旦帖 第一(飯田冬眞・仙田洋子・神谷波・小林かんな・加藤知子)


【冬興帖】
飯田冬眞
洗っても落ちぬ傷あり冬来たる
時雨忌や渡るべき橋あといくつ
冬の水一篇の詩に立ちすくむ
殴られてまた殴られて帰り花
極月や家族写真も燃えるゴミ
ここからが旅のはじまり白き息
今日の日を忘るるための日記買ふ


仙田洋子
折紙の鶴のぽつんと開戦日
冬田道どさりと犬の死骸あり
スターリンの肉声を聞く寒さかな
招福の猫かも知れず竈猫
惑星のごと柚子浮かぶ柚子湯かな
降誕祭星々の馳せ参じたる
亡骸は亡骸のまま寒に入る


神谷波
椎の木のまつさきに暮れ冬めきぬ
タンポポのほんわかほんわか狂ひ咲く
姿無き人の耳打日向ぼこ
枯野来し手先足先無影灯
心しかと閉ぢ短日の無影灯


小林かんな
ひとたばの花光州の朝霧へ
三島の忌熱い茶碗が盆の上
ジョニー待つ二時間冬の鴎たち
暖炉向く安楽椅子とリボルバー
餅うんと伸ばす蟄居の三年目



【歳旦帖】
仙田洋子
鳳凰も龍も飛びゆく初日かな
初社恋の神籤を引きに来し
鏡餅大いなる罅はしりけり
淑気満つ字体も古き神谷バー
酒の名のどれもうれしき初句会
駅伝のたすき真白き淑気かな
玉の緒のひたくれなゐに弓始


神谷波
数へ日の虹のアーチの下に墓
初めての日の降りそそぐ雪の嵩
 三重の名酒 「(ざく)
あらたまの年の喉越しふわと「作」
人参の麗々しくも三が日
引立て役の膾金団お正月


加藤知子
眩しくて見えない闇を迎春
初詣清め給えは中くらいで
初夢へ右折するなら入れません
初夢の蝶の憂いはギンギラ銀

2022年2月4日金曜日

令和三年 秋興帖 第十一(飯田冬眞・佐藤りえ・筑紫磐井)



飯田冬眞
ことごとく闇の供物や流燈会
歪みても戻る治癒力踊の輪
かさぶたのどこかが濡れて鵙の贄
剣もたぬ身やさいかちの実を垂らす
捨案山子裏地に龍の刺繍秘め
釜めしの蓋に貼り付く夜寒かな
身にしむや郵便受けにガムテープ


佐藤りえ
いやにしづかに物理の神は後の月
やや寒くロリポップ嚙むふつうの子
登高やあれが富士よと云ひつのり


筑紫磐井
菊薫る菩薩 前衛なかりけり
月夜野のあぶら屋に似て非なる(くわい)
宇井博士 遠く白いは秋の道