2022年9月30日金曜日

令和四年 夏興帖 第一(早瀬恵子・辻村麻乃・大井恒行・仙田洋子)



早瀬恵子
山高帽バイセクシュアルな薔薇の棘
スペイン語の愛称は「ガタ」夏の猫
エポックを愛せよ鱧の俳句バー
蔓は西に遠回りしてクレマチス


辻村麻乃
 耳鳴
隧道の壁を殴りて梅雨に入る
風雲児連れて来らるる滝の前
胎内にシャーリラといふ木下闇
大ぶりの葉より大暑の風貰ふ
リンパ液揺れ蝸牛管まで蝉時雨
立葵立つる音まで嫌になり
自転車に置き忘れたる竹婦人


大井恒行
影の夏天地に被曝あらしめるな
眼には眼を 願いはるかや魂祭
重信房子白い小さな鶴折ると


仙田洋子
押し寄する貌・貌・貌や油照
原宿の赤ゆるぎなき氷水
祭の子おほきな人とぶつかりぬ
山車過ぎてまた天丼を食べ始む
人逝きてほろほろのうぜんかずらかな
どしや降りの一茎高き蓮の花
白扇の空を招いてゐる如し

2022年9月23日金曜日

令和四年 花鳥篇 第七(水岩 瞳・下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子・佐藤りえ・筑紫磐井)



水岩 瞳
ふらここやまだ歌へます校歌一番
春炬燵しまひ彼のことしまひけり
人間を無防備にする桜花
ゴム巻いて放つ飛行機なら夏野
夏草を刈つて交渉始めんと
学校は対面ばかり風死せり
万巻の花鳥諷詠きらら棲む


下坂速穂
乗らずに次のバスを待つ若葉風
木へ影を寄せて遠くへ黒揚羽
向日葵を包む異国の新聞紙
手応へのなき闇にして蚊喰鳥
  

岬光世
切通しへ人往きにけり紫荊
牡丹や雨の乱れを残す蘂
花菖蒲影を崩さず揺れにけり


依光正樹
さへづりの光を享けし女かな
桜あり今も故人の思ひあり
食紅を使ふ指濡れ八重桜
幾日も通ひ続けし八重桜


依光陽子
白湯淹れて朝はじまる梅若葉
何処よりの柑橘の香や花に雷
揺籃に影射すえごの若葉かな
木格子は木蔦を這はす夕立かな


佐藤りえ
ドローイングの爪伸びてゐる春霞
麦秋の野末に野菜売る戸棚
暇さうなカーネル・サンダースに風鈴


筑紫磐井
 祝「篠」
しづかなる前衛といふ風が吹く
周辺に風吹いてゐる俳壇史
夜の秋夫と妻の隙間かな

2022年9月2日金曜日

令和四年 花鳥篇 第六(妹尾健太郎・松下カロ・小沢麻結・林雅樹・竹岡一郎)



妹尾健太郎
引っこ抜く涙の乱舞かつお潮
麦秋の濃尾三川瞬く間
髪洗う真下音する大江戸線
指なめて風向きを見る子蟷螂
妹の方がわんぱく今年竹


松下カロ
紫陽花はのけぞる誰か過ぎるたび
白波を小さな蛇と思ふなり
洗面器凸凹あれば明易し


小沢麻結
生若布スパークリングワイン買ひ
さくらさくらかの日昨日のやう今も
瑠璃蜥蜴瑠璃躍らせて転び逃げ


林雅樹(澤)
遊民となりて一年夕桜
露出狂神出鬼没囀れる
地割れへとビルも若葉の街路樹も


竹岡一郎
悲の蟬や瞋恚に焦げし背にとまる
夏書重ねてわが妄執を見殺すまで
怨府こそ白蓮(わら)ふ音とどろく
川床に招かん書淫なだめんと
翡翠に魚めぐまるるほど無聊
山盛り素麵無常の如し平らげる
雹止まず人魚も姉も泣くを知らず