【冬興帖】
中村猛虎
ご自由にどうぞ霜夜のパンの耳
剥製の眼の中にある冬の霧
紙飛行機炊き出し鍋に着陸す
春怨をクリスティーズに出品す
二月のざらついている便座かな
春の月基礎体温の高温期
松下カロ
うつくしき霜焼を持つレジ少女
泣きながら赤い手袋脱ぎながら
ポケットの胡桃に触れるユダの指
望月士郎
雑巾が固まっている日向ぼこ
帰れない日々綿虫をわたくしす
この星の思い出などを夕焚火
ガラスのキリン冬青空の棚に置く
ハンガーに外套吊るし今日を処刑
遠く海鳴りきっと鯨の幻肢痛
狐たちのゆくえ駅舎にマスク落ち
堀本吟
山火事の夜空あかるしハルマゲドン
凍星や水琴窟の壺中天
白菜や女が悪いに決まっている
カフカ覚め白菜の森たかだかと
白菜浅漬日本史は一夜漬け
花尻万博
寄る辺なきことなら同じ海豚煮て
猟の犬ももいろうすく折りたたむ
砂色の異国の日暮れ古暦
認印何でもいいと狐来る
鯨肉を包む讀賣雄弁に
街に出た鮫らの話昔のこと
貧しき町今川焼に並び待つ
【歳旦帖・春興帖】
曾根毅
海光の鳥から人に流れけり
人類に眼鏡の曇り初景色
ゆうぐれの樹の一本の水浸し
浅沼 璞
歳旦三つ物
初空や屋根高く軒低くあり
生脚めきぬ門松の竹
十団子の如く連なる花万朶
なつはづき
草青む影に年齢などなくて
春雨や馬刺ゆっくり舌に溶け
踏み鳴らす脛の豊かさ卒業式
歯磨きのあとの口論三鬼の忌
ティースプーン二杯の恋よ百千鳥
ひっそりと孔雀の開く花の冷
白鳥帰るもう一度人形を抱く
【冬興帖】
岬光世
新大いなる枯野を曳きし杖を置く
新寒晴に縁の錆びたる書を掲げ
新水仙の昼を遠のく荒磯かな
依光正樹
新抜け出して先頭の人息白し
新待たされて待たされし身の息白し
新火のやうに子の遊びたる暮れ早し
新冬の朝職人の手が打ちはじめ
依光陽子
新小春日の雪駄つつかけ築地まで
新柿好きの柿なき庭の冬ざるる
新ジャンパーや撥ねたる髪が鳥に似て
新野をゆけど歌ふことなし冬の鵙
岸本尚毅
新二三日小春日続く男かな
新文机や冬あたたかに白き紙
新首細き褞袍の人の猫を抱く
新老人のゐて水仙の香かな
新焼鳥を食ひホルモンを侮れる
新春を待つ渋谷いつしか古き町
新釣堀に映る手や顔春近し
木村オサム
新泣き顔の隠れる深さ冬帽子
新塀越しに白菜放り込むじじい
新大枯野木魚の音の家が建つ
【秋興帖】
中村猛虎
新角道をあけて台風を通す
新原爆忌ハーゲンダッツの昏き赤
新跳ね返る射的のコルク星祭
新歌麿の描く女陰より曼珠沙華
新十三夜君をドライフラワーに
新村人の他は背高泡立草
【冬興帖】
曾根毅
鹿威しより氷柱とも狂気とも
コーヒーを待つ長葱と暖炉かな
冬夕焼近づいてくる杖の音
浅沼 璞
照らされてゴジラの背鰭めく聖樹
ボトルネックギター聖夜も乾びたる
マネキンの褞袍はためく夢の島
冬うらゝ埴輪の口は目と同じ
小春日の巨大風車の曲がる見ゆ
湯けむりの消えて冬至の柱かな
全身で寒の尻ふる赤ん坊
なつはづき
小六月るるると回る綿埃
竜の玉他人行儀のままの靴
さざんかや明るく人に欺かれ
着信は母さんばかり夕焚火
クリスマス射的の銃のずっしりと
笹鳴や日陰の道の遠く見え
顔上げて静かに生きて今日も雪
下坂速穂
かくれんぼしてゐる背中日短か
襟巻やお菓子のやうな犬連れて
なだめすかされしブーツの女かな
冬林檎写真の君の横に置く
【夏興帖】
中村猛虎
人間になりきれなくて散る蛍
逃げ水を追い迷い込む恐山
父の日の父図書館の椅子にいて
鰻屋の女将の指の白さかな
金魚掬いタトゥーの白き手が伸びる
週刊誌の袋綴じに棲む青葉木菟