中村猛虎
トーストの飛び出し損ね女正月
あがりから戻る双六離婚して
たましひにひとつずつあるかざぐるま
猫抱けば猫の形の春の闇
唇の奥に舌ある女雛かな
饒舌なブランコと寡黙なブランコ
筍や自分で脱いでくれないか
足音の成長している子供の日
背表紙の丸み辿れば春の闇
青蔦に絡まっている打球音
松下カロ
訃報来る喇叭水仙二三本
トイレットペーパー尽きて春の雪
晴着脱ぐピカソの女お目出たし
望月士郎
一頭の蝶の越えゆく象の昼
うすらひの音感さすらひの予感
海市消え双子のそっと手を離す
漢字みなひらがなにしてきつねだな
ミモザ揺れ私のいない町にいる
花降る日からだの中の無人の駅
鏡花を読むうしろの鏡花あかり
堀本吟
初詣亡父亡母の背の大き
ハツクニシラス南に基地のある旦
紅梅がさきに白梅そのあとで
探梅や木椅子に犬が躓きぬ
二月尽一毛そよぐ美女の眉
遠枝垂桜の花や雷に揺れ
メタセコイアの芽好きの枝を見に行かん
麦青むトートバッグの皺のばし
木瓜ゆたか大欠伸して糸電話
春月の翳りほのかに閨の人
花尻万博
暖かしくろしおを待つ数分も
瓦礫より密に車の田螺かな
木流しを思ひ出さずにせせらげる
遊ばんと誘はれている紀伊遍路
されかうべもう繋がらぬ摘草か
桜見せる死に近き鬼動かして
学びとはならぬ器用さつゝじにも
街音に耳の休めず蕗の薹
クレソンが遅れて駅の中で待つ
下坂速穂
青き踏む唄ふ子を追ひ越さぬやう
ちよんちよんと亀に鼻ある暮春かな
春更けて石に笑窪のやうなもの
裏赤き苑子の鏡春惜しむ
岬光世
一揺れの透けてゆきたる春氷
白雲のささらぐ彼岸なりにけり
春雨を仄めかすなり牡丹の葉
依光正樹
子が降りた白いブランコ音もなく
鳥の巣に不思議な形冷えてゐる
間を置いて子鹿男鹿孕鹿
船べりに春風が来て鳥が来て
依光陽子
細き窓よりあたたかな木が見えて
蠟梅や蠟のごとくに石の椅子
時間とは流れぬものと梅白し
旧姓を新姓が超え冴え返る
岸本尚毅
初昔会津の酒に酔うて泣き
闇に打つ豆力なく落ちにけり
冬の帽子かぶつてみても春が来る
鴉みな同じ向きなる雪解の木
我に穴ありて息吸ふ余寒かな
廃屋や窓に木の芽がよく映り
春の雪小海老小鰯噛むほどに
遠足や田舎大仏うち拝み
永き日のバケツに暮らす目高ども
服白く磯遊なる膝がしら
木村オサム
ぽっぺんに合わせて地雷原を行く
天才には解けないクイズ雑煮食う
老衰や日永の顏のデスマスク
二次元の教室蛙の目借時
水温む流れゆくのは魚影だけ
愛人に背中さすられ日雷
のどかさやフランスパンでフェンシング
【冬興帖】
眞矢ひろみ
雪舟の白のてざわり冬めきぬ
小六月少年老いず逆走す
引きこもる子にせめてもの寒昴
数ヘ日や三度数へて合わぬまま
校庭の白線伸ばす雪女郎
村山恭子
剥き出しの梁の太きや波の花
土砂流れ崩れしままに山眠る
復興てふポスター叩く霰かな
隆起せし道に置かるる慈善鍋
奥能登の仮設住宅注連飾る
数へ日や希望と書きて窓みがく
雲切れし空の青さに冬深む
冨岡和秀
雲のうえ荷風散人 杖を突く
深淵の叫びが谺す仮死幻想
粉雪に白霊まつわる零夢幻
Yという暗号抱え大河越え
Yの暗号 解けて海峡帰還する
源に玉を放らば弥勒見え
田中葉月
ありつたけの影投げ入れる二月かな
裸木のやあと手をあげ明日が来る
狐火の夢とうつつの擦れあふ
渡邉美保
枯れていくものに雨ふる近松忌
仮の世の枯野に美しきされこうべ
狐火の曲がりし方へついてゆく
小沢麻結
冬シャツのつつめる体躯頼もしき
社会鍋鈍色雲へ喇叭吹き
餌を探る鷹匠と鷹同んなじ眼
【歳旦帖】
下坂速穂
年送る家のおほかた闇にして
初空や悩み消えれば淋しくなり
途中から佳き声の添ふ手毬唄
福といふ色に捌きし鮪かな
岬光世
湾に沿ふ人へ汽笛の御慶かな
スポーツを家族と観たり三が日
艶の佳く御用始の靴揃ふ
依光正樹
一軒の中華料理の年用意
冬青空大きな枝の懸かりけり
炭火にかざす吾の手朱し人の横
煮凝を持つて隣に来りけり
依光陽子
ほつとするひと言が欲し寒椿
松の内煮物の名人が村に
雲と雲つながるやうに書初めす
早起が苦手七草粥の昼