2017年5月26日金曜日

平成二十九年 春興帖 第六(渡邉美保・ふけとしこ・坂間恒子・椿屋実梛)



渡邉美保
独活と烏賊若布と酢味噌相関図
花冷えの手に渡さるる特急券
鳩笛の音のくぐもり花万朶
かげろふをたがやしている男かな
アーモンド齧り蛙の目借時


ふけとしこ
見てゐれば一羽が二羽に春の鴨
貝殻の沈んで白き春の水
紙袋二枚重ねに持ち朧


坂間恒子
首塚にさるのこしかけ連用形
首塚のとなり山猫料理店
さえずりの火箭朱雀門聖別す
レトリック辞典ひらけば青大将


椿屋実梛
抱かれしあとの春雨振り払ふ
品川に乗換へをして春の虹
打刻して帰るパートや夕桜
海の向かふひたすら空の五月かな
マグカップ濯いでつかふ春ゆふべ

2017年5月19日金曜日

平成二十九年 春興帖 第五(内村恭子・仲寒蟬・松下カロ・川嶋健佑)



内村恭子
浅春や眉をきりりと狐絵馬
白梅や蕾は清らなる緑
春浅き三条に買ふ酸茎かな
春温し人寄れば鯉泳ぎ出す
白梅や根付に千の物語
浅春や京の深きに鹿ヶ谷
春昼や蛇腹で閉ぢるエレベーター



仲寒蟬
啓蟄のはちきれさうな餃子かな
その中の一人は刺客花衣
一ヶ所に○春宵の解剖図
ファックスの紙の丸まる仏生会
深海生物大図鑑へと菜飯こぼす
春水の濁るとはよみがへること
馬を見かけず春昼の競馬場



松下カロ
きさらぎの青年をまた見失ふ
責め具とも春の回転扉とも
百人の男うつむく鳥帰る



川嶋健佑(船団 鯱の会 つくえの部屋)
駅舎傾いて新生活はだるい
春風が吹いても今日は家にいる
蛍光灯割れてきらきら風光る
言い訳をまず言ってみる石鹸玉
愚痴ってもいい春霖の傘の下

2017年5月12日金曜日

平成二十九年 春興帖 第四 (仙田洋子・木村オサム・小林かんな・池田澄子)



仙田洋子
哭くことを許されず鳥帰りけり
てふてふのこぼす涙のごときもの
たらちねの春眠にして永眠す
春時雨母逝きし日の終りけり
死にたての母よ桜が咲きました
うららかや母の永眠はじまりて
花万朶母を焼くことおそろしく



木村オサム(「玄鳥」)
囀らぬ鳥から先に巣立ちをり
チューリップ天使が酒を注ぎに来る
蝌蚪の紐散りぬ聖母の生あくび
春眠や水切り石の沈むとき
口中に夜桜見えて家出せり



小林かんな
春の昼迷子のインコ名はリリイ
シラウオとシロウオは別ココロセヨ
胴体を出て脚二本清順忌
春灯君二度付けをするなかれ
記入欄よりこぼれ出す雪柳



池田澄子
生まれていて未だ死ななくて迎春花
アネモネを活けて砂糖はひかえずに
空気清いか桜の花花の隙間
風ふっと途絶え柳の芽の可愛い
野よ川よ花よ人よと雨が降る
共謀罪とや散る花に嗚呼と言うな
惜春やパレットも絵具の白も汚れ

2017年5月5日金曜日

平成二十九年 春興帖 第三 (夏木久・網野月を・林雅樹)




夏木久
0時0分北緯35度の白魚           
澱に落つ私の今が畢るとき
硝子器の国家の烏木の故郷
寿司醤油蓋に溶きをり花吹雪
春月の笑ひの残るバスストップ
地下室の奇跡見せたくガーベラ蒔く
菠薐草呑み込んでいいと誰が言つた



網野月を
何処からかセメダイン臭花曇
桜散るまでの日雇い塾講師
桜咲く判官塚に天気雨
花冷や堂脇に犬猫供養塔
掛け紐のシウマイ弁当花の雨
「ヴァンゼー連詩」散る花びらを栞けり
綻びる水の流れや花筏



林雅樹(澤)
俳人の杉田久女さん体の一部が干潟で発見
砂浜の細りて長し春の暮
ぶらんこに腰掛け虚子や死んでをり
鳴る前に光る電話や冴え返る
俳句部男子女生徒を刺す日永かな
意識高い系ネット俳人自殺落第を苦にして
春灯に動くや亀と人間と