依光正樹
花冷の雄蕊をひとつ拾ひたる
春禽のものも言はずに身ほとりに
春寒のふざけあひたる仲や何
花筏もうひとひらを乗せてみたし
依光陽子
聴きゐるは滂沱の無音春の鵙
舟揺れて君は揺れずよ鳥帰る
イヤホンの落ちてゐる椅子春の雪
蝶々を捕へし網をかるくねぢる
井口時男
うらゝかや老漫才師鳩まみれ
何事も「させていたゞく」とか土筆
春ぢやものらしやめん金魚赤いベゞ
祝婚や曳舟からの花便り
金雀枝やいのち傷みて母逝きぬ
母逝きてすみれかたかごれんげ草
春の野に女童の母遊ぶらん
佐藤りえ
雲雀野にくだものの匂いがするわ
切り通しいよいよ無人余花曇
ちり籠に桜はなびらかたまりて
筑紫磐井
マスクして沈黙の春ばかり
井戸端で茶壷に嵌る老いの春
鈴木明氏
春闌けて白にて仕舞ふ全句集
林雅樹(澤)
形式的辞職願や夕桜
チューリップ濃し退職の花束に
あたたかや傘にさえぎらるゝ視界
渡邉美保
梅林を通り過ぎたる鈴の音
霾や厠に古き世界地図
街灯に造花めきたる花水木
浅沼 璞
梅林の折れ線つつがなくグラフ
日を舌に感じてをりぬ石鹸玉
さきに敷く春の布団をひろびろと
みんなしてたらりとすごす花きぶし
花散るを通りがかりの空にみる
よろこびの急坂にして百千鳥
ほの暗き藤が廊下をたれてゐた
水岩 瞳
いつどこで誰が何して建国日
此処までと堪へきれずに亀の鳴く
四月馬鹿続く此の国何がホント
石投げて壊す片片春の水
雑草も芥ものんで花躑躅
下坂速穂
帰りたる葉ずれの中にゐし鳥も
人見知りする掌に田螺かな
空き部屋の多きアパート柳の芽
Bar閉ぢてその奥に棲む干鱈かな
岬光世
野遊びやうとまれてゐて駈くる風
根菜のゑくぼを洗ふ春の水
本を読む背や春潮の太平洋
小沢麻結
警告は一度春雷二タ三度
胸深く吸へば痛みや沈丁花
春の沖いつかその地へその浦へ
松下カロ
しやぼん玉おとなになんかならないよ
春泥の中で誰かが泣いてゐる
ひとり吹きひとりが壊すしやぼん玉
早瀬恵子
ミルキーな夢の一歩よ丑の春
紐育ニュー育児の春爛漫
さくららん星空ライブのユーチューブ
変異株比度屋の国になりたまう
小林かんな
怪の字の頁がひらく春の宵
春満月扉の奥にサラサーテ
井筒へと通う百夜の藪椿