2021年6月25日金曜日

令和三年 春興帖 第九(依光正樹・依光陽子・井口時男・佐藤りえ・筑紫磐井)



依光正樹
花冷の雄蕊をひとつ拾ひたる
春禽のものも言はずに身ほとりに
春寒のふざけあひたる仲や何
花筏もうひとひらを乗せてみたし


依光陽子
聴きゐるは滂沱の無音春の鵙
舟揺れて君は揺れずよ鳥帰る
イヤホンの落ちてゐる椅子春の雪
蝶々を捕へし網をかるくねぢる


井口時男
うらゝかや老漫才師鳩まみれ
何事も「させていたゞく」とか土筆
春ぢやものらしやめん金魚赤いベゞ
祝婚や曳舟からの花便り
金雀枝やいのち傷みて母逝きぬ
母逝きてすみれかたかごれんげ草
春の野に女童(めわらんべ)の母遊ぶらん


佐藤りえ
雲雀野にくだものの匂いがするわ
切り通しいよいよ無人余花曇
ちり籠に桜はなびらかたまりて


筑紫磐井
マスクして沈黙の春ばかり
井戸端で茶壷に嵌る老いの春
  鈴木明氏
春闌けて白にて仕舞ふ全句集