2023年8月25日金曜日

令和五年 春興帖 第七/花鳥篇 第六(鷲津誠次・下坂速穂・岬光世・中村猛虎・渡邉美保・なつはづき・小沢麻結)

【春興帖】

鷲津誠次
新調の杖を褒め合い若菜風
嬰児のおなら大きく春の川
花の雲城趾へ急ぐ園児の列
あつけなく兄との和解花の夜
逝く春や畳屋の灯の薄明かり


下坂速穂
子も孫も亡き人に似て風光る
うららかな人形町の絵地図かな
くしやくしやの千円草餅と替へむ
少し降りては囀に振り返る


岬光世
四五枚の若葉のフォークソングかな
葉は花の肌となりぬ桜餅
間引きたる花の大きさ夏近し

【花鳥篇】

中村猛虎
梅一輪シュプレヒコールの声に揺れ
花冷えや赤ちゃんポストにブザー音
鳳仙花バリウム重き紙コップ
新宿の桜の花に麻酔弾
軒先で鯉飼う村の花の雨
醍醐桜隠岐の島へと散りゆかむ
倶利伽羅紋紋生まれ変われば蕗の薹


渡邉美保
永き日の水面を川鵜滑りくる
黄薔薇咲きクラリネットのよく響く
ビー玉が描く軌跡や夏燕


なつはづき
十薬や傘を閉じられないふたり
海鳴りは父 額の花が咲いたよ
息湿らせ埋めた金魚と語り合う
ドラキュラの淋しき背中花ざくろ
濡れ縁に呼吸めく風明易し
ベランダは男の孤島紫煙吐く
吸血鬼じみた夜あり夏痩せす


小沢麻結
桜蘂降る校庭の砂乾び
春の夜や母の眠りを守りゐて
どくだみや明るみつつも雨雫

2023年8月18日金曜日

令和五年 春興帖 第六/花鳥篇 第五(渡邉美保・なつはづき・小沢麻結・堀本吟・眞矢ひろみ・望月士郎・曾根 毅・岸本尚毅)

【春興帖】

渡邉美保
住吉の風吹き上ぐる松の芯
海光のまぶしさをゆく鰆船
キャベツ山盛り食事処の幟立て


なつはづき
一筆箋にたった一行落雲雀
パレットから逃げ出している涅槃西風
桜蕊降るや表札出せぬ恋
鍵盤に春が毀れてます 教授
春の蜘蛛話し足りない夜の嵩
ヒヤシンスつま先つんと触れて恋
姉さんの部屋の死角にいそぎんちゃく


小沢麻結
持ち帰り上履き捨つる為の春
予報より降り初め速き春の雪
遠ければ良いのではなく柳絮とぶ


堀本吟
妻たちのうわさ根も葉も迎春花
陽炎の塀はぼろぼろ廃校舎
逃げ水や電光ニュースを先送る


眞矢ひろみ
かげろふやサムトの婆の野に出れば
独酌や独活の歯ざわり当てとして
復活祭神の笑顔をググる夜


【花鳥篇】

望月士郎
人ひとひら桜ひとひら小さな駅
はんざきのまなうら飛行船がくる
くちなしが私を嗅いでいる夜風
悩みごと抱えています金魚鉢
夜店の灯舌先で触る親知らず


曾根 毅
桃の花僧のかたちを整えて
裁かれることなく老いぬ白牡丹
灰色の夜は人肌の桜蘂

岸本尚毅
マーガレットはサイダーの壜にさす
道逸れて来たる男女に浮巣あり
小さめの沈み加減の浮巣かな
子を孕む井守や腹を藻に擦りて
雨の墓尺取虫は濡れながら
かたつむり花屋花の香鬱々と
大いなる赤き日除に肉を売る

2023年8月12日土曜日

令和五年 春興帖 第五/花鳥篇 第四(望月士郎・浅沼璞・曾根毅・岸本尚毅・中村猛虎・花尻万博・小野裕三・松下カロ

【春興帖】

望月士郎
金箔に息をふーっと春薄暮
胸びれに尾ひれの触れて春の宵
うれしくてスイートピーのぐるぐる巻き
入学式ちりめんじゃこの中に蛸
耳にきて風少し巻く糸繰草


浅沼 璞
梅ちらりほらり背中をかく道具
看板を枝つきぬけて桜かな
薄氷の眼鏡の縁をこする音
蒜の臀部の皮を剥きだしぬ
小柄にて春闌の土手塗りたくる
春雨のチラシの猫の迷子かな
霾ると恐竜の鼾になりぬ


曾根 毅
春疾風木像の顔二つに割れ
松の枝先雪嶺のざわざわと
春めくや坂の時間が長くなり


岸本尚毅
漫談が出て寄席楽し春の蠅
うち眺め白きところは茅花かな
頭上やや澄みて遠くの霞みをり
土の上に墓ある雀隠れかな
松の芯引き傾けて葛若葉
水深きところ舟ゆく柳絮かな
春惜しむ土人形の西行と


中村猛虎
ハンドバッグに入りきらない春愁
ぶらんこに酔う年頃になりました
春泥の中より救急救命士
恋の猫監視カメラを横切れる
下萌や卵子凍結する女
卒業証書丸めたままの三元号
海馬より始む啓蟄鬱きざす


花尻万博
菜の花に入りゆく眼菜の花に
濡れている水黒々と鹿尾菜干す
遠霞む人工林の祓ひかな
菩薩らの半眼永久に豆の花
けむりぐさ温みし水の中けむる


【花鳥篇】

小野裕三
ハッピーと名につく店や抱卵期
思案する頭集まり浮巣めく
輪唱の尻切れとんぼ黄楊の花
キッチンにアネモネの色混ぜにけり
捩花が曲馬団へと雨降らす


松下カロ
海見えて芯まで齧る青りんご
鯉幟ちらり山手線外回り
青りんご投げて静けし日本海