【秋興帖】
網野月を
新涼や湯屋の鏡に己が肉
つくつくしくつくつほうしをしいくつ
仲良しの肖てない姉妹王瓜
生贄を祀る獣や月の雨
捨案山子への字の滲む眉と口
地雷原を縦横無尽秋の蟻
月鈴子ワインボトルの空となり
渡邉美保
重なりてくれなゐ昏き葉鶏頭
軽トラを揺らし猪横たへる
草の絮ふわり言葉になる途中
望月士郎
8月の8をひねって0とする
鶏頭の赤や昔のニュータウン
たぶん後から作った記憶アキアカネ
うさぎりんごこの町月の肌ざわり
まだ文字にならない夜長インク壺
はららごや地球は人にやさしくない
霧の町地図をひらけば人体図
川崎果連
竹伐るや槍の元締め好々爺
月光や仮面夫婦のご懐妊
身中の穴という穴秋の風
地団駄のとどろく国や木守柿
遺言と遺書のうらはら秋刀魚焼く
秋遍路ダンプカーから落ちる石
案内を終了します桐一葉
【冬興帖】
小沢麻結
白波のうち寄する如白鳥来
殺気消し大鷹ひそむ青天井
焼芋搔く頃合の枝焼べ残し
木村オサム
電話ボックスに籠る老人文化の日
銀杏落葉少し余分に金借りる
マラソンのところどころにある炬燵
アルペジオ奏法のごと師走かな
葱刻む時間の消える日に備え
岸本尚毅
釣堀を守りて小春の昼餉かな
飛ぶ鷗大きく白く冬の雨
暖房の皆眠くなる窓に川
常磐木の枝押しくべし焚火かな
煮凝の飯にとろけて汝と我
粕汁の具やきらきらと粕まみれ
WELCOMEと書きたる札や冬ざるる
前北かおる(夏潮)
小春日のババロア色の団地かな
冬菊や老のカラオケひもすがら
この団地よりも長生き日向ぼこ
豊里友行
玉葱炒めのプチ哲学を堪能する
葡萄食う一粒ごとのプライバシー
プチトマト七粒分の朝の不調
人体の闇は震源地球抱く
光のシャワーの瓦礫浮く閑さよ
落花の眼が見返す私の晩年
何万回の素振りで春一番
【秋興帖】
岸本尚毅
小さき子遊ぶばかりや野分めく
或る秋の或る一族の写真かな
秋の雲この町少しどぶ臭き
秋の灯や鼻の穴ある招き猫
どの脚となく月明の座頭虫
秋扇や亀に右脚左脚
人遅々と歩むや穭伸びそよぎ
前北かおる(夏潮)
人形のかたちに萩の括られて
三度燃え再興されず花芒
石垣に突きあたりたる秋の暮
豊里友行
花きりん喜びだけの愛憎よ
きらきらと魚骨が踊る秋の海
緑が走る蟋蟀のオーケストラ
茶を沸かす今日も薬缶は宇宙船
十五夜が染み入る蟋蟀の翅よ
枯れる花は焔の鮫の遊泳
脇役を買って出るのは花きりん
辻村麻乃
やんはりと空気揉みたる風の盆
律の風左舷に能登の海遙か
咲く前の素直な茎や彼岸花
吊橋に凭れ大きな秋の冷え
十六夜に身を任せたる占ひ師
汽笛てふ身に沁むものや河原風
木の実落つかつてサーカス来たる地に
【冬興帖】
浅沼 璞
スナックの開かずのドアの冬日かな
矢の跡を自慢の宿の古暦
谷底や縄跳の縄流れつく
冬の陽の湯船に光る人になる
月凍てて機械めきたる声ててて
真向かひて冬日のしぶきたる岬
紺碧の海を四温へ張りわたす
仙田洋子
病む鳥の見る大空や冬はじめ
掌に病む鳥つつみ冬の暮
もの燃ゆる匂ひなつかし冬の暮
手袋に指つぎつぎと入りにけり
日向より掃き始めたる煤払
就中ぺたりぺたりと冬の鷺
鳴き声の短きもよし冬の鳥
水岩瞳
ユダヤの子ガザの子生きよ寒昴
口紅のワインレッドを買ふ小春
膝に置くサガンに冬日とどきけり
龍の絵の虎屋やうかん歳暮かな
賀状書くお元気ですかばかりなり
曾根毅
北風や馬柵のつづきの犀の角
十二月八日の虎に見られおり
鬣はひかりを統べてクリスマス
松下カロ
かの朝の氷柱の甘さ忘られず
バレリーナ片足失くす氷柱かな
ゆふぐれの氷柱うすくれなゐに折れ
【秋興帖】
曾根毅
雨上がりの電気を愛す茸かな
青く固し蜜柑の尻に指を入れ
古着屋の四隅は唇の冷たさ
小沢麻結
水底の倒木古りぬ初紅葉
秋明菊真白神懸りたるかに
実玫瑰海遠くして湖の風
木村オサム
ペイペイでさっと支払っても残暑
王将の裏側は無地終戦日
秋の蚊と團十郎のやぶにらみ
浮世絵の顏にすげ替え月の宴
丸善に檸檬を置きし指香る
【冬興帖】
大井恒行
クリスマスマスクの中の実母散
愛別離苦 賽の目の一が時雨れる
ふくいくと暮れ火事跡の牡丹かな
神谷 波
水あやしあやし紙漉く手首かな
目覚めればしるしばかりの初雪が
待ったなしの地球
善哉を食べてワタシハチキウジン
快晴の冬至はやぶさ2煎餅
冬服をびしつとあやしげな話
ふけとしこ
井戸水のほのと温しよ留守詣
覇者となる少年メリークリスマス
冬眠の蛇の鱗の擦れる音
冨岡和秀
地獄門アリの大群吸い込まれ
約束せよ死んではならぬ希死念慮
梵字書く美少女の美は透徹す
流刑地の透明びとよカフカ狂
愛のヒト無限を思う敬虔派
鷲津誠次
表札の剥がれし隣家村時雨
あつさりと婚期の過ぎて花八手
老詩人歩幅高らか落ち葉道
夕暮れの大根畑の白光り
トロッコの軋み緩やか年詰まる
【秋興帖】
冨岡和秀
病むおんな智恵子抄を愛読す
詩の極意 ウニオ・ミスティカへの架橋
晩年を純潔にする天の磁力
亜大陸 古インドの智慧を召喚す
鷲津誠次
秋茄子や身籠りし子の眉長く
懲りもせず母の文来てすがれ虫
夕鶲いつもの古里の風緩く
月光につぶやく夫の肩黒子
碁敵の似合ふ五分刈り草紅葉
浅沼 璞
それぞれの傘輝かす野分あと
瓶底の砂までとどく曼珠沙華
ましら酒髭の先まで雫して
秋の蚊の痒みを踝に歩く
月白の恥づかしければ笑ふなり
場違ひの空気に蜻蛉来てとまる
鉄塔の尖端霧に現るる
仙田洋子
生温き薬罐のお茶や敗戦日
みどりごも老婆となりぬ敗戦日
獺祭忌偉人と呼ばれ親不孝
行年の数字うすれし墓洗ふ
お日様のどすんとありぬ村祭
近寄ると見えて椋鳥去りにけり
秋濤や独りの長き影法師
水岩瞳
月を待つ黒田杏子を書き留めて
月祀るどの子も光りの中に居よ
入ると出る数の合はない大花野
誰にでも非はあるものよ烏瓜
有の実と言つてみたとてなしはなし
【冬興帖】
仲寒蟬
むささびや夜空に宇宙ステーション
上海へつながる海よ冬あたたか
少しづつ骨ずれてゆく毛布の中
風花や山を睨んでハンニバル
無人機攻撃横切つて神の旅
ラグビーの泥人形が立ち上がる
鎮痛剤より鯛焼の方が効く
関根誠子
花伝書を閉づ北風を深く吸ふ
舞ふ落葉大合唱となりにけり
雪催ひ遠くの町に肩すくめ
捨てばちのど演歌ひと節年用意
賀状書く生きて在ること小前提
瀬戸優理子
凍空のくちびるを焼くカレーうどん
音楽性違う木枯らしのようだ
研究に疲れた博士ジンベイザメ
後悔を素手でさわるな軒氷柱