【歳旦帖】
小野裕三
麺類の看板続く小正月
水岩瞳
元旦や揺れて机の下に入る
二つの神籤いいとこ取りする辰の年
二日はや隣りの坊のバイク音
胡桃入りのごまめまだある五日かな
図書館に十代の句集春隣
神谷波
まんまるの月数へ日の窓ごとに
元日の暮れかかる頃家揺れる
吹きとんでしまふ正月気分かな
【秋興帖】
早瀬恵子
長き夜の脳内パズルかけめぐる
降りみ降らずみアナーキーな秋
点滴と酸素の母じゃ澄み渡る
浜脇不如帰
あかるくは月と椛と基督の肩
ほつるるはできれば秋分の日でも
双肩がちきゆうをわかるむししぐれ
右肩を失くしたやうに瀑したり
馬肥えてやつと雲の上を語る
月の砂齧る6番アイアンに
地にいちど転がりし柿かも基督
辻村麻乃
夢の淵素粒子となる初旭
ぽつぺんや闇より息を吹き入るる
襟巻に埋もれて眠る終列車
時々は豆も混ぢりて春の雪
春の雪すすはや都心の立ち往生
線路より歩道に漏るる冬日差
権八の恨めしと鳴く寒鴉
豊里友行
追突の身体は積木恐竜だ
プチトマト七粒分の朝の不調
鯨はこっちにおいで天秤の体
葡萄食う一粒ごとのプライバシー
恐竜の骨組み拒む初興し
勝牛の綱は蜂起の島うねる
新春の羽搏き洗濯物を干す
川崎果連
影踏みは遊女の遊び初日の出
嫁が君お一人様が石投げる独楽廻し父は今年も左巻き
双六のあがってからの無聊かな
血縁の濃きは帰りぬ七日粥
死はときを選ばぬものよ米こぼす
初鏡賞味期限の切れるまで
仲寒蟬
椀底に礁のごとく雑煮餅
初詣普段着のまま里の神
国にも家にも鏡餅にも罅
郵便の赤が横切る初景色
初風呂へ去年の湿布を貼つたまま
たちまちに初日の写メの来る来る来る
成人の日のパンプスに道ゆづる
仙田洋子
金剛力士かつと目開く初日かな
お降りや何処へも行かぬよろしさよ
松過のけふも太陽うるはしく
小正月ぽかぽかと空ありにけり
左義長や名もなき星もかがやける
餅花の星々のごとまはりをり
初句会終りし空の暮れきらず
【秋興帖】
小野裕三
臆病な貨車十月の石運ぶ
銀杏紅葉家に番犬法に番人
金木犀に助太刀されていたりけり
技師ひとり冷えていくなり始発駅
曼珠沙華予知夢の中に並びけり
佐藤りえ
糸瓜殿夕顔殿に日の高し
ガブリエル・ミカエル神の汲む新酒
筑紫磐井
八百政が秋のかたちのものひさぐ
【冬興帖】
小野裕三
片恋をもう隠さずに石蕗の花
人影が人影として飲む葛湯
冬薔薇女の名前欲しがりぬ
錯覚の消えぬ枯薗ありにけり
梟の部首を集めていたりけり
泣かぬように冬の金魚が翻る
佐藤りえ
そらで書く地図にか黒き冬の川
風邪の日眼鏡になにも見せない日
筑紫磐井
戦後史も昭和史も時雨けり