岸本尚毅
扇風機の風ゆるやかに秋の蠅
ミヒャエルといふ老人や花煙草
表札の無くて人住む穴惑
この町にプロレスが来る草の花
居る蠅のただぼんやりと糸瓜かな
壁白く人の影あり美術展
手の甲を嗅がせて奈良の鹿いとし
坂間恒子
実むらさき声だすものに群鶏図
月光に呼ばれたものから折れる
デユーラーの視線の先の曼珠沙華
心象の岸辺の馬に秋がくる
シャガールの驢馬の声する秋の虹
ふけとしこ
こほろぎや函を出渋る昭和の書
秋の日を針出して死ぬ蜂ありて
月を見て木星を見て雲を見て
仲寒蟬
八百長の疑惑も愉し西瓜割り
秋の蚊といふといへども痒きこと
身上は揺るることなり酔芙蓉
懐柔は無理いきりたつ蟷螂に
蚯蚓鳴く兵馬俑にも聞こゆらむ
人よりも案山子が多いではないか
耳打をされて角力の本番へ
【夏興帖】
木村オサム
迷宮をあっさり抜ける羽抜鶏
内側はサンバのリズムかたつむり
ががんぼが来るが昨夜の壁がない
空蝉が樹の出奔を留めをり
顔上げて天牛の噛む雨雫
中西夕紀
じゅくじゅくと葎すずめの不満らし
雨太き浮世絵に入る涼みかな
水飛ばし帆を洗ひをる裸かな
そこそこに友人もゐて泥鰌鍋
【秋興帖】
辻村麻乃
息苦しきほどの雲よ秋の雷
失くしたと思うて出会ふ明けの月
長き夜に長き手紙を書きにけり
揺蕩うて淡くなりたる恋螢
笑ひ声溢るる校舎稲の花
彼岸花左岸に土砂のどつさりと
きつちりと壁に沿うたる秋日射
神谷波
秋暑し石割れ石の溜息が
包丁を研いで新米炊きあがる
ひよつこりと厨の窓に小望月
名月に見守られつつ眠りけり
瀬戸優理子
ほどほどがわからないまま花野風
ピアノ曲転調のたび水澄みて
育休産休林檎の蜜の満ちるまで