仮屋賢一
抽斗に余寒のごとく聖書かな
切り抜きの裏に記事ある菜の花忌
石段の高さまちまち武満忌
喪のいろの湖に雨うつ義仲忌
啓蟄やメモの余白にメモをして
豊里友行
だんもほねもしまじゅううまった球春
みをゆだねいきるしずくの桜の実
潮まねきまねかざるきちおしよせて
とんがればきずついたまま島薊
うりませんやんばるせんの花でいご
やどかりのきちせおいゆく甘蔗(きび)穂波
網野月を
善は母罪は父より卒業式
悪しは母良しは父より入学式
さくら花離れ出会いの道祖神
三月や時間不足していたり
多忙なり四月の朝も昼も夜も
瀬越悠矢
緋と瑠璃と組まるれば雛ガラス館
校庭の四方にゴール卒業す
花さいて見本太郎の大家族
小野裕三(海程・豆の木)
着々と鬼打ち終えし一家族
待春の夜の子の髪を乾かしぬ
地下鉄の潜り抜けきし春の土
人として住まうところに啓蟄の木
三寒四温くるりと風の聖徳太子
小沢麻結
ほろ苦き今宵の酒や白魚汁
河岸うららオフィス昔は上屋敷
燕来る同窓会の通知来る
早瀬恵子(「豈」同人 )
友禅の小袖の春に遊び種
絢爛の湿りに乗るや花信風
ビスクドールの春色の故郷
前北かおる(「夏潮」)
真暗闇椿の花を生み止まず
昃れば椿の花粉光り出す
ひと本の雨のさ中の椿かな
堀田季何(「澤」「吟遊」)
乾くほかなし変態のできぬ蝌蚪
蝌蚪乾き少しだけ死にさらに死に
蝌蚪乾く非実在少女の腿に
蝌蚪乾く水上の音楽途切れ
蝌蚪乾くアラブの春のけだるくて
いつまでも革命起きず蝌蚪の国
帰還困難区域蝌蚪元気に乾く
岡田由季(炎環・豆の木)
尾行すぐまかれ蛙の目借時
大仏は主に銅なり春の宵
亀の鳴くそこにピークを持つてくる
浅沼 璞
梅が香に殿心なす小袖かな
春雨や屁負ひ比丘尼が膝頭
胴長の恋猫に似し端女郎
垢染みた手へ雛あられ夜鷹なれ
春雪はお女郎さまも大あくび
脇息に開く春雨物語
真矢ひろみ
うららかに赤ウインナー蛸の足
春はあけぼの国を愛するけものみち
料峭や血脈うすき親子丼
木村オサム(「玄鳥」)
囀に浮かぶ閑雅な無人島
青き踏む伏字だらけの本に倦み
朝刊に載らないニュース百千鳥
月野ぽぽな (「海程」)
春風や空に溶けだす野の匂い
しぶきするように鶯鳴き交わす
花びらのひとつにひとつずつ奈落
陽 美保子(「泉」同人)
公魚の一寸泳ぐ油鍋
蝦夷栗鼠の耳を立てたる木の根明く
吾が影の吾れを離るる流氷原
中村猛虎(なかむらたけとら。1961年兵庫県生まれ。「姫路風羅堂第12世」現代俳句協会会員)
一の丸二の丸三の丸も春
羊水に浸りて遅き日となりぬ
骨壺の遊女を笑ふ恋の猫
とりあえず寝てみましょうよ月朧
海老のひげはみ出す弁当春来たる
春の水君の形に拡がりぬ
朧夜の肩より生まれ出る胎児
山田露結(銀化)
目の動くSF映画暮れかぬる
歩くたび光る箇所ありうららけし
これ以上老ゆることなき春ショール
近恵(こん・けい。炎環・豆の木)
あの梅の前を集合場所とする
梅匂う背伸びするとき爪立ちに
梅林へしんと溜まってゆく音楽
紅梅の根の下じきになればいい
梅の夜のいく度も開けている扉
福永法弘(「天為」同人、「石童庵」庵主、俳人協会理事)
風光る探偵団の缶バッジ
天平の甍の上の春の雲
大江山よりゆるゆると春スキー
曾根 毅(「LOTUS」同人)
元遺体安置所授業参観日
限りある時間をともに春の雪
風車水子したたり落ちるまで
杉山久子
床の間に鯨の鬚や冴返る
啓蟄やヨガ教室の時間割
ながく手をつながざること春の雪
仙田洋子
愛鳥ぴいぴい逝く
あしびきの山鳥の尾のごとめそめそ
囀りの真似をしてゐる淋しさよ
白梅やまたも月命日の来て
白梅やこころの穴を風とほり
たまらなく淋しく白く梅の花
どうしても滲む涙や梅真白
好きなだけめそめそせよと春の雲
神谷波 (「豈」)
あたたかや軒に埃のやうな虫
地卵を割つてごはんに雪柳
絶頂へ意志めらめらと牡丹の芽
亀鳴くや知らぬ存ぜぬ貌の猫
堀本 吟
伊丹公子和田悟朗逝く紅椿
山並めて春の弔意の風立ちぬ
花ふふむこの世の辻に逢うて風