2018年4月27日金曜日

平成三十年 春興帖 第二(大井恒行・田中葉月・椿屋実梛・松下カロ)



大井恒行
空さびし青またさびし初つばめ
よみがえる一枝もなき桜かな
まぬかれぬ死はあり泰山木の花


田中葉月
夜桜や小さき拍動生まれ来る
遠足のメザシぞくぞくやつて来る
メデゥーサの深き哀しみ木の芽立つ
乳暈のゆつくりひらく春の水
桜湯や元気でゐますお母さん
嫁ぐ日の大和ことばや花の雨
少年にもうもどれない蝌蚪の紐


椿屋実梛
朝のままカップに残る桜湯よ
花客去ぬ日の暮れ方の匂ひをり
夜桜の薄紅の灯に街染まる
花かがり白川の水鏡なす
眠れない夜を見下ろせば花並木
冷めてゐる夜の珈琲啄木忌
伝説の空のさざめく雁風呂よ


松下カロ
封筒にのり代 埠頭に春の雪
少年の腕へさくらは散りたがる
男死に女は尼に春の雪

平成三十年歳旦帖 補遺(ふけとしこ)/【歳旦帖特別版】金子兜太氏追善 補遺(望月士郎)

平成三十年歳旦帖 補遺

ふけとしこ
手びねりの仏ちよこんと初明り
正月の大きな月を仰ぎけり
読み上げる歌留多に動く猫の耳




金子兜太氏追善 補遺

望月士郎
きょお!と幻聴夜汽車のような宿に眠る
「おおかみに」と刻む春昼の巨きな石
永き日の「遊牧集」で掻く背中

2018年4月20日金曜日

平成三十年 春興帖 第一(北川美美・小野裕三・仙田洋子・杉山久子)



北川美美
春岬バナナワニ園上から見
右へ左へ河津桜の原木へ
梅園を巡る途中の猿まわし


小野裕三(海程・豆の木)
万巻の背表紙に向け北窓開く
永き日の葬具一式押し進む
裏側は人の音する花馬酔木
観梅を右へ左へ食堂へ
春のひとびと快速艇が運び去る


仙田洋子
はるばると来し江南の桜かな
江南のわれも旅人桜人
春の夜の無錫の運河灯りかな
うららかや紅きランタン窓に揺れ
煬帝の運河の上をつばくらめ
上海の風に吹かれて春ショール
上海の夕日の赫と桜かな


杉山久子
スカートの楕円にまはる鳥の恋
かけがへのない日海雲を食べてゐる
亀鳴くや死の話のち湯の話

2018年4月13日金曜日

平成三十年 歳旦帖 第五(松下カロ・内村恭子・浅沼 璞・渡邉美保・佐藤りえ・筑紫磐井)



松下カロ
人日の一駅先の合鍵屋
刻まれて芹は小さな島となり
だぶだぶの花柄パジャマ小正月


内村恭子
初浅間風のナイフが削ぎ真白
狛犬の化粧際やか初詣
中京や雪積もりゆく犬矢来
飼犬はをらず読初に八犬伝
ロビーに金屏風外は銀世界


浅沼 璞
歳旦三つ物
犬あまた初日まぶれに丘の上
 飼主たちの交す年酒
花を酔ひ月を酔うてはギター抱き


渡邉美保
お焚上の最後の榾の燻れり
あやふやな顔となりけり初鏡
日照雨きらきら予定なき五日
人日の魚の肝のゼリー寄せ


佐藤りえ
あはゆきをたつたひとつのお守りに
クレヨンの海漕ぎいづる宝船
大寒や末の娘も指圧中
履き物の出尽くしてゐる三が日
野良猫に尾など振られて御慶かな


筑紫磐井
平成のなつかしくなる初放屁(おなら)

2018年4月6日金曜日

【歳旦帖特別版】金子兜太氏追善・伍(山本敏倖・依光正樹・依光陽子・関悦史)



山本敏倖
「良く来た、良く来た」右手を挙げて春と逝く
慟哭のかたちに秩父音頭かな
青鮫から狼の背へ魂遊び
菜の花月夜へそ出しっ子の兜太いる
モノクロの借景と行く春の人
二月二十日は兜太の忌なりけり
人間を振りむかさせる兜太の忌


依光正樹
魚島や石の礫が届くだらうか


依光陽子
糞の中に黒き種あり兜太逝く
蝶よりもかろき人灰になつたといふか


関悦史
誤報後の春本当に兜太亡し



左様なら!
(「俳句四季」5月号の「俳壇観測」で、筑紫が「金子兜太逝く」を載せています)