2021年9月24日金曜日

令和三年 夏興帖 第二(渕上信子・木村オサム・中村猛虎・花尻万博)



渕上信子
生麦酒オータニサンのホームラン
子蟷螂世界を敵に廻すなよ
ボリス・ジョンソン面白き人アイス・ティー
径はゆるく右折してをり遠郭公
アイスキャンデー感染者数の棒グラフ
七夕や夢つつましく叶ひがたく
箱庭に幸福なひと立たせたり


木村オサム
耳一つ落としておかむ蟻地獄
手相見が言う「蟻地獄しか見えぬ」
独り言多し隣の蟻地獄
蟻地獄だらけだが吉兆らしい
仰向けの死顔にある蟻地獄


中村猛虎
 「テロ」
詠む人しか読まない句集水羊羹
人間の進化の先の蝸牛
ステージ4螢を逃してあげたのに
暗黒物質の中より竹婦人
蓮の実飛ぶイスラム国の空白地
人類を繋いでまわる揚羽蝶
ブラックホールに飛び込んで行く蟇


花尻万博
吊り橋のどこ揺らしても母が居て
初めての流灯会子にきらきらす
昼蜥蜴砥石の水を曳きゆける
目覚めたる子に晩涼の上座かな
寂しさの似たり寄つたり簾揺れ
花火の夜水に何かの気配する

2021年9月17日金曜日

令和三年 夏興帖 第一(なつはづき・堀本吟・飯田冬眞・青木百舌鳥・杉山久子)



なつはづき
あの言葉この言葉夏野から持ち帰る
辰雄忌や驢馬柔らかく風にいる
カタカナが舌にもつれて梅雨寒し
夕虹や心が透けそうなドレス
炎帝がみっしり席を埋め五輪
裸足から幼さ消える片思い
のうぜんか会釈のように日差し揺れ


堀本吟
長い触手がゆるゆる水母水くさし
炎天のマスク脱ぐまいエチケット
歩道橋犬とマスクをして夫人
朝顔や水道工事の穴だらけ


飯田冬眞
憲法記念日池にはびこる外来種
修司の忌澤田和弥のいない夜
夏の星宿のタオルを首にかけ
語り継ぐ革命前夜ジャスミンよ
朝帰り月下美人を置き去りに


青木百舌鳥(夏潮)
花あふち木蔭に風を招じけり
バナナ撮る足を揃へて裸婦のやうに
畳まれて記憶小さし梅雨籠り
夏草の花ののんどを擦る葉も


杉山久子
蜘蛛黒く太りたる嵌め殺し窓
剽窃のしづかな蠅として集る
マスクよしっ滅菌シートよしっ晩夏

2021年9月10日金曜日

令和三年 花鳥篇 第十一(仲寒蟬・早瀬恵子・井口時男・佐藤りえ・筑紫磐井・のどか)



仲寒蟬
梅林に迷ひしことは伏せておく
鶯の森の明るさ湖よりす
三方に奇岩絶壁桃の村
草を編むネアンデルタール人の春愁
お若いですねと言つて筍をもらふ
しまはれぬ翅だらしなく兜虫
海月に聞けその海流のことならば


早瀬恵子
スノッブな風のごちそう花見鳥
花パワー天地返しの自粛の園
バロックはロックのオンかパンジー茶
而して母の金魚は喪の素振り


井口時男
春宵の「居酒屋馬酔木」灯りけり
逃水や王国いくつ亡びたる
遠富士へ言の葉若葉ちぎり行く
すひかづら日暮の母の足の裏
ルノワールの少女らにサァ薔薇の鞭


佐藤りえ
測るがに尾を振り回す春の牛
枇杷の実や蓋を組み合はせて遊ぶ
デスメタル聞かば聞けとし夜光虫


筑紫磐井
ドクホリディは死なず炎天なる決闘
助五郎(きょうかく)を葦原雀贔屓にす
  北川美美を思い出し
死んで十両生きて五両の洗鯉


のどか
白鳥座へ戻る交信時計草
素足の子ペディキュアでする自己主張
父の日の似顔絵に濃き鼻毛まで
木耳や百鬼夜行に遅れたる
勝鬨や木耳数多亡者めく

2021年9月3日金曜日

令和三年 花鳥篇 第十(下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子・網野月を)



下坂速穂
花の雨花の嵐となりつつあり
空にありし枝を集めて烏の巣
つつ立つてゐるは燕を見てゐたる
青葦や人は遠くへゆきたがり
   

岬光世
葉桜やバックハンドがまだ苦手
硝子戸の閑かに昏き杜鵑花かな
浜木綿の花もやもやと咲き初めて


依光正樹
春禽のよく鳴くこゑもおもてなし
鰻食うて旬の花々活けもして
日々のもの食うてうれしき夏料理
水草の花やあたりをうち鎮め


依光陽子
叢雨や砂を噛んだる野梅の根
うぐひすや色を少なく咲く庭に
かなしみの消し方茅花流しかな
ふりほどく光は夏のかもめかな


網野月を
記入漏れの生年月日若葉騒
ハンカチもリボンも黄色麦の秋
梅雨流すステンレス製すべり台
誕生日に満期の定期夏至る
白ワイン赤でもショーレ薄暑光
うかつにも女性専用車に雷火
欲張りな女神に捧ぐ火取虫