2023年9月29日金曜日

令和五年 春興帖 第九/花鳥篇 第九(浅沼 璞・佐藤りえ・筑紫磐井)

【春興帖】

佐藤りえ
春愁いなぞなぞなんぞ読み明かし
偶成の枝のしるべや西行忌


筑紫磐井
とつてをきの衣擦れの音春宵に
眉おぼろそろそろ死んでゐる頃か
世間うるさし・ひだるし・かなし春の孤老


【花鳥篇】

浅沼 璞
あぢさゐのとてもあかるい平屋建
貧困につき鬼百合は斑なる
老鶯はたどたどしくもすぐ近く
向日葵をやさしくなでるつもりなし


佐藤りえ
カレンダー破き慣れにし六月や
ひとさらふ風の吹くてふ竹枕


筑紫磐井
明け易し同人欄は徐々に減る
うらぎりは葦の青さのなかにあり
衆議して河童は夏の生きものだ
ぼんやりと土踏まずより梅雨茸

2023年9月8日金曜日

令和五年 花鳥篇 第八(依光正樹・依光陽子・前北かおる)



依光正樹
子を産めばやがて大きく春の月
ひとつ手にひとつの仕事八重桜
春の雨に濡れて小さな花を見る
夜の冷えて花の明るく照らされて


依光陽子
盆梅や鏝にて寄する貝の砂
花ふぶく柩の舟がつぎつぎに
小鳥引き音楽が消え雨積む木
松の花きみの振る手は窓辺から


前北かおる(夏潮)
雨過ぎて日永の虹の立ちにけり
朝に雨夕暮に雨あたたかき
あたたかき料理を届け花の宵

2023年9月1日金曜日

令和五年 春興帖 第八/花鳥篇 第七(依光正樹・依光陽子・前北かおる・堀本吟・眞矢ひろみ・下坂速穂・岬光世)

【春興帖】

依光正樹
盆梅や打ち残しある寺畑
春風や運河に映る窓明り
崖怖し花の舞ひ散るただ中も
マスク取つて祈りはじめし暮春かな


依光陽子
翅を得て象が胡蝶となることの
東風吹くや人の壊れてゆくときも
亡失の春や写真の端が反り
三月の終はりを赤く枯れゆくか


前北かおる(夏潮)
埋立の如くにひらけ麦青む
眩しさに慣れていよいよ麦青く
菜の花の広がるところ斎宮址


【花鳥篇】


堀本吟
鹿の子や楠の走り根地にもぐり
すれ違う眼でものいうて蛍狩
峠越え眼窩に風の涼しかり


眞矢ひろみ
酢で〆よ戦争好きも木耳も
首傾げ雉歩み去る銀河系
美男美童みな攫はるる花辛夷
死は後に迫りくるもの白牡丹
冥婚の列しんがりの道をしえ


下坂速穂
もの思ふさまに鳥ゐる緑雨かな
緑蔭のおほきな球は小鳥塚
合歓の花夕暮の雨ほのめかす
花錆びて香を鎮めたる極暑かな


岬光世
白き斑の風切羽に春生れて
残る鴨もぐりて音を立て一羽
雪柳一枝の力尽くしゐて