竹岡一郎
烏蛇墓から墓へ伸び渡る
守銭奴がそちこちを灼く人いきれ
麦秋や画家の眼くはへ鴉は陽
貴き血吸つて山蛭まろく浮く
満員電車ホスピス掠め螢撒き
玉虫の重きに傾ぐあたしの死
一揆の徒退けば阿弥陀に灼かるると
木村オサム
風なんて食いたくねぇよ鯉幟
たよりない手品見終えてところてん
思い出せないがいい句だ昼寝覚
月涼ししづかに笑ふ鳥男
顔のない時間を進む蓮見舟
ふけとしこ
比良よりの水に沢蟹育ちたる
沢蟹の爪立てしまま流さるる
いつまでも見て赤腹の消えし水
守宮出づ琉球硝子の濃き青に
西表島眼の赤き蛾にも遇ひ
山本敏倖
美意識の刺中和する梅雨の蝶
羽抜鶏素数にようにカタルシス
わたくしを泳いでいます藪の中
かき氷遠い過去から声がする
神話への秘史をつづりし蝸牛
坂間恒子
空間の青無花果の受洗のいろ
無花果の葉陰に浮かぶ片えくぼ
白昼の鶏鳴あがる栗の花
昼の月からす揚羽の素手でくる
大仏の背中がひらく棄民の夏
杉山久子
派出所に届きし穴子よく動く
愚痴聴いてやる白玉の芯を噛み
白南風やこすると魔人出る指輪
仲寒蟬
夏草に地雷ラフマニノフの国
罪多き顔を映して蓮の水
切通抜け人間に戻る蛇
チャーチルの蕃茄ヒトラーの唐辛子
安土城礎石百十雲の峰
物欲の覚え初めは夜店なり
汗だか雨だか額から項から
辻村麻乃
すんすんと窓辺の豆苗夏日呑む
水打てば板戸に影の動きけり
まひまひや出やうとしても戻さるる
階段の隙間にぐんと濃紫陽花
虚ろなる埴輪の眼窩虎が雨
紋黄揚羽懐いて低く翔びゐたる
四丁目異国の香水すれ違ふ
仙田洋子
百日紅ゐてほしき人ばかり死す
水打つや夫の亡き世にまだ生きて
死装束ぱつと広げしごと白夜
油蟬雲の過ぎゆくたび鳴けり
うすばかげろふ罪なきもののごとく飛び
夫の亡き誕生日なり水を打つ
納骨の決心つかず百日紅