2023年12月22日金曜日

令和五年 夏興帖 第九(眞矢ひろみ・渡邉美保・網野月を)



眞矢ひろみ
蛍の夜闇より薄く老夫婦
旱星母犬の乳垂れ揃ふ
藍浴衣十万億土の端っこに
凋落の世や夕凪を授かりぬ
一掬の金魚は旅の目を持てり


渡邉美保
青野では魚の貌めくふたりかな
風景の隅つ子にある貝風鈴
清掃課去りたる後の草いきれ


網野月を
平均率は無理な数なり今朝の夏
白牡丹中華料理は好きですが
女王とはあたしのことよおほ牡丹
二の腕の水を弾いて夏はじめ
水茄子の刺身を食らふ島暮らし
秋口や色深くなる小さき葉葉

2023年12月16日土曜日

令和五年 夏興帖 第八(高橋比呂子・鷲津誠次・林雅樹)



高橋比呂子
始原(アルケー)として多色刷りなり河口
炎昼のつれなき影や始原とす
晩夏かな塒の烏よ葡萄牙(ぽるとがる)
旅人の喪失早熟のはまなす
紅い手鞠突いている睡蓮(ひつじぐさ)
みちのくの青葉違えず磊々峡
復興海岸岩壁津波高記夏果


鷲津誠次
手鏡に貧しき素顔桜桃忌
梅雨晴れ間家裁駆けゆくハイヒール
海の日や吾子の歯磨き念入りに
しばらくは会えぬ片恋夏休み
落雷やふいに鳴り止む黒電話
父の島に慟哭めくや油蝉


林雅樹(澤)
蛇の這ひ出づる空家の解体に
ブクオフに寄りて帰らむ夏の暮
汗ばつかかいてんじやねえちやんと舐めろ

2023年12月8日金曜日

令和五年 夏興帖 第七(冨岡和秀・花尻万博・青木百舌鳥)



冨岡和秀
アフリカの実存者来て人光る
不明の「それ」捉えれば我消滅す
思考神ウィトゲンシュタイン我が聖性
頁繰る指先はしる文字群霊
古神道みなもとに居るシャマニズム
岩塊に刻んで読みし阿毘(アビ)達磨(ダルマ)
古インドのヨーガを極め昇天す


花尻万博
水からくり父だんだんに忘れてゆく
どこからを意味と仰つしやる喜雨休み
滝の水この世へと引き戻されて
今は今で他人となりて蕗を跨ぎ
藤枕頭でつかちご遠慮ください
蚊帳低し結び目一つ子に託し
走馬燈増えゆくいとこはとこにも


青木百舌鳥(『夏潮』)
田植機の拍子たかたか稲を植う
かなかなの声や呼応し退潮す
フェンネルが育つて咲いてピザの店
往来の風のぐちやぐちや熱帯夜