下坂速穂(「クンツァイト」「屋根」)
日向ぼこ昨日と同じかほ撫でて
すいすいと枯れし芒の中を誰
人も家も忘れられたる冬木かな
岬光世 (「クンツァイト」「翡翠」)
冬靄に高き翼の隠れしか
葱を買ふ二人の仲をいつはらず
白日の硝子の芽吹く聖樹かな
依光正樹 (「クンツァイト」主宰・「屋根」)
手を打たば一つひらくか帰り花
手が朱くなつて来たりし落葉掻
木の葉散るきのふのことがよみがへる
依光陽子 (「クンツァイト」「屋根」「ku+」)
弾け飛ぶ遠さ低さを冬の水
炭色の冬に生まれて土の上
枯菊として山菊の香を放つ
網野月を
終バス前に一人の散歩月冴える
月冴えるコンビニの灯に人の群れ
群れ人のやがて去り行き冬の月
髙坂明良
白鳥は日没までの自由帳
温室をすべて壊して父を討つ
手錠して心臓までも初氷
指先を冬薔薇にし逢ゐたき夜
極月や記憶の墓を荒らしけり
ひらがなに変えて兎をなでている
縄跳びの傀儡は壊れるまで哂う
水岩瞳
大福餅冬めくものの一つかな
本閉ぢて冬の伊吹を見よと言ふ
マフラー巻いて闇の世間に紛れ込む
中西夕紀
鷹まぶし眉間のちから解きたまへ
土葬せし祖母は狐火二度見しと
わが内のわが声聞かむ葛湯かな
望月士郎 「海程」所属
雪孕むまで六角形の交尾せり
魚屋に魚の目玉年詰る
屈む子に野兔の毛の耳袋
真矢ひろみ
動詞が好き助詞もそこそこそして河豚
瑠璃天に海鼠は小言を云ふらしい
抑うつに身過ぎ世過ぎの枯野道
羽村 美和子 (「豈」「WA」「連衆」同人)
朱欒さぼん南蛮船など来んか
風土記より尻尾出る出る十一月
狐火も混じって青色発光ダイオード
花尻万博
沖へ沖へ光集まる狐罠
何時までも葱を刻んでをられしよ
大根覚えたての水垂らすなり
埋火に照らされ夜目の利き納め
跳ね炭や誰(たれ)が山河を貫ける
大井恒行
六林男忌の街ぬり絵のごとく夕焼ける
冬青空まさびし風を聞く娘
虚舟(むなしぶね)漕ぎつつ隊を崩さざる
小野裕三(「海程」「豆の木」)
生き物の名前群がる凹面鏡
おとりさま赤い教室へと兆す
極月の犬を選んで生まれ変わる
小澤麻結
本堂へ猫の抜け道花八ツ手
鰻くる迄の手酌や燗熱く
冬館漏れくるピアノ何の曲
林雅樹(「澤」)
枯園の見えて鉄扉の半開き
柵にシート張つてありけり池普請
行く年や広間に歌ふ演歌歌手
前北かおる(「夏潮」)
授かりし子を連れ申す七五三
昇殿の床の冷たさ七五三
ぺしやんこに抱かれてをりぬ七五三
藤田踏青
室咲のあやしいほどな用言体
短詩型を一寸止めに笹鳴や
音読に朱をにじませて寒木瓜の
冬の雷 後退りする 槍穂高
寒林に黒斑増えゆく余罪として
早瀬恵子(「豈」同人 )
朔旦冬至ちょっといい日の香りせり
小夜時雨毛皮のマリーに敬礼す
金色の接吻はぜるペチカ燃え
寺田人(「H2O」「ふらここ」)
冬暁や手を成す骨の夥し
背骨より凍りつつあり研究棟
凍星を眺めアイスの棒の味
古神社立ち入り禁止小夜時雨
雪嶺や寝返り小さき同衾者
着ぶくれの中心にある心の臓
口の端の熱燗舐め取られ夜更け
曾根 毅(「LOTUS」同人)
寄せ鍋に顔の長きが集いけり
冬の灯を浮かべておりし関ヶ原
寒旱田に囲まれし墓一基
陽 美保子(「泉」同人)
改札は黙つて通る日短か
どんみりと真鯉のゐたる神の留守
石垣に水影あそぶ一茶の忌
関根誠子(寒雷・炎環・や・つうの会所属)
小春夜の遠目に若きひとの夫
息弾むマスクの引つ付いて困る
鏡の顔の笑むまで笑んで冬深し
小林苑を
幾頭も鯨の過ぎて目覚めけり
波高ければ幻の捕鯨船
さよならくぢら渋谷五叉路の信号
飯田冬眞
ママチャリに枯葉を乗せて家探し
猫の尾のしたたかな影白障子
凩や死者も生者も海より来
煤逃げの連れは愛犬メロンパン
鉛筆を無為に尖らせ討入り日
青空や目ばかり動く暦売
熱燗の腸(わた)の火照りを持ち歩く
中西夕紀
野分だつ三省堂に待ち合はせ
新蕎麦や趣味で始めた店らしく
蓑虫も吾も共揺れする今日ぞ