飯田冬眞(豈・未来図)旅に来て鏡持たざる涼しさよ
朝顔市サックスの音も紛れ込み
葉柳や地震一陣の水脈崩し
短冊に何の足跡かつぱ橋
麦茶煮る薬缶の底が抜けるまで
青山椒父に幾度も名を問はれ
旅果てて髪洗ふ妻見てをりぬ
売られたる牛の行く末鵙日和
満塁の走者一掃冬支度
仲 寒蟬青空へ溶け出してゐる海月かな
白玉に餡の少なき日なりけり
あまつさへ関取西日差す電車
それらしき婆ゐてこその滝見茶屋
蝉の木となり電柱の若返る
数減つて色濃くなりぬ赤とんぼ
鈴虫のまぐはひ済んでまだ鳴くか
楼蘭とうごくくちびる鰯雲
ヴァイオリン並べ売られし無月かな
シェイクスピア没後四百年の渡り鳥
渡辺美保蜥蜴過ぎパチリと割れし貝釦
山からの風を聴く椅子百日紅
拭き上げし食器触れ合ふ夜の秋
ゆく夏の工作の糊半乾き
枝垂れ槐の枝の内なる秋の声
薄荷味口に広ごる厄日かな
ちよつとちよつと顔を貸してと青瓢
目眩靴擦れ水際の草の花
早瀬恵子涼しげな思想まくらに谷(やつ)の客
新宿の金魚の刺青エイチ・ツー・オー
辛口の鱧の天ざる江戸の音
仏間よりホンキートンクの秋彼岸
朝茶事の斗々屋(ととや)茶碗や涼新た
犬よりも大きな猫の秋ごころ