2017年12月29日金曜日

平成二十九年 秋興帖 第十(中村猛虎・仲寒蟬・堀本 吟・田中葉月・望月士郎・筑紫磐井・佐藤りえ)



中村猛虎
卵巣のありし当たりの曼殊沙華
余命だとおととい来やがれ新走
脊椎の中の空洞獺祭忌
モルヒネの注入ボタン水の秋
新涼の死亡診断書に割り印
鏡台にウィッグ遺る暮れの秋
深秋の遺骨に別れ花の色


仲寒蟬
すぐ切れる輪ゴム八月十五日
ひぐらしの染み込みしシャツ洗ひをり
裏口の奥に裏山稲の花
大窓に葉のへばりつく野分あと
星屑を掃く音かすか新走
どの人の項も月は知つてゐる
虫の闇別のひとつに呑まれけり


堀本 吟
もしもしと叢にいて藤袴
夕方の風を見にゆく吾亦紅
鶏頭やざんばら髪の主人公
鬼やんま目を剥く地球はどうみえる
皮蛋は鶉の卵ヨコハマに


田中葉月
栗名月ひらたいかほで正座して
ポニーテール爽やかに影きりにけり
引力に逆らつてみる草の絮
満月の音に触れゆく美術館


望月士郎
優先席ちょっと迷って南瓜を置く
駅前ロータリー月光のシャーレ
晩年の赤いゆらりと烏瓜
夫の口に南京豆を投げ省略
どの夜のどの星の下に孵ろうか
十三夜深海魚から泡ひとつ
ゆく秋の色鉛筆の十二使徒


筑紫磐井
幽明に松茸売りの声がして
太郎・次郎なら 芸術はパンプキン
誰も知らぬ井荻の駅に秋顆いろいろ


佐藤りえ
鳥になる鳥鳥にならない鳥跣
串カツが光つて見える喉に月
穭田にたまさか鳥も走りたい
もういいと桜紅葉も云つてゐた
折り紙で水を折れよといいしかと