辻村麻乃
冬天に百軒長屋の胴間声
軒下に忘れられたる冬日向
脈拍の小太鼓となる師走かな
銘仙の滑らかなる肌鐘氷る
車椅子冬の金魚の真正面
空耳に母の呼吸や虎落笛
角巻を脱ぎて狐のやうな人
木村オサム
長崎の墓地に聖樹を立てにゆく
石投げて当たった人とクリスマス
どことなく心拍数の多い河豚
0と1だけが転がる大枯野
冬眠は或るバラードの作り方
渡邉美保
裸木となりて木の瘤賑々し
時々は横座りして一葉忌
木枯一号キューピーを横抱きに
ふけとしこ
さてどうする二つ貰ひし竜の玉
知らぬ町知らぬ川の名冬木立
年の瀬や豆浸けて水平らなる
水岩 瞳
しやぶしやぶと今年丸ごと年の暮
また夫の締めは沢庵茶漬かな
着ぶくれてどんな署名もお断り
水仙や束ねて捩じり皿に立て
高層の窓に消えゆく雪の精
井口時男
灰かぶり(サンドリヨン)幾たり眠る雪の村
灰かぶり(サンドリヨン)老いかゞまつて雪の村
雪の夜のわが少年を幻肢とす
竹岡一郎
母の死後鼬のひよんと立つ広場
狐の子地下水道より母の墓所へ
ラブホテル聖樹になりたくて焼ける
すき焼屋奥の店主が牛頭(ごづ)の顏
聖夜明け精霊みちて電気街
カジノ轟轟冬木はみんな切株に
凍天を刺すラブホテル建てにけり
浅沼 璞
濡れたての指たててゐる障子かな
カネつきて勤労感謝の金曜日
人知れず落葉の下に寝る子かな
小春日の地下を一歩も出ずにゐる
また曲がかかり始める障子です
乾 草川
血涙のにほふ外套父還る
身の内に蹲る夢成道会
己が咎知らざる熊の穴に入る
若水や声に応へて土に触れ
花石蕗に葬の灯こぼす勝手口
執行や枯野の起伏気にならず
薺粥寅といふ字に日が当る
近江文代
冬暖かロールキャベツの断面図
平日を冷たく挟む体温計
遠火事へ向き変えて抱く赤ん坊
雪片の息に消えゆくことをまた
下坂速穂(「クンツァイト」「秀」)
子規の来しあたりや冬のあたたかく
クリスマスソング喧し飯旨し
冬の木や柄長集めるうれしさに
岬光世 (「クンツァイト」「翡翠」)
雪吊と短き枝の在り処
ふくらみの寒木瓜めきぬ密やかに
人来れば綺麗に座る雪見かな
依光正樹 (「クンツァイト」主宰)
帯解や人を閉して硝子窓
あつまつてひとつの花を日短か
慕はれてもう夕方や落葉掻
群雀群れとほしてや冬ざるる
依光陽子 (「クンツァイト」)
焚き上げの櫓に年の釘を打つ
門松の一度据ゑしを寝かせたる
千両や鍵かけて戸に隙間出来
透明な影を遊ばせ路地の冬
渕上信子
初時雨はや喪中葉書か
蟷螂みどり冬のベランダ
聖しこの夜首輪瞬き
鱈場蟹いえ「ほぼタラバガニ」
忘年会よ春歌でをはれ
マスクのひとの耳尖りゆく
朝床に聞く雪掻のこゑ
望月士郎
まぼろしの象の重力ふっと冬
サーカスの爪先がくる霜夜かな
少女笑えば歯列矯正開戦日
駅頭に落ちてる顔のないマスク
手首から先が狐で隠れて泣く
前北かおる(夏潮)
望月のあくるあしたの小春かな
合掌をとけば小春の日ざしかな
皿よりもナンの大きな小春かな
小野裕三
山眠る夜へと綴る筆記体
処刑場跡の広さに落葉踏む
王冠を観る人群れて冬館
黒人の息ひとつあり氷橋
クラスメートひとりひとりに冬の聖書
仲寒蟬
パンタグラフ折り畳まれて神の留守
冬あたたか会へば笑顔になれる人
風呂吹に透けて昭和の町明り
欠航の朝を塩鮭噛む他なく
山脈を浮かべるための冬青空
狐火を追ふともなしに岬まで
星ぜんぶ呑む勢ひや年忘
田中葉月
白鳥や仮面かしら魔女かしら
本能のかたまりごろり冬林檎
天狼星帰つてこないブーメラン
転生の手触りやさし冬の壺
バス降りる冬の銀河の真つ只中