2019年7月26日金曜日

令和元年 春興帖 第十(渕上信子・望月士郎・井口時男・青木百舌鳥・花尻万博)



渕上信子
「令和」号外四月一日
万葉集に初春とあり
歸田賦には仲春とあり
子引き孫引きともかくも春
平成さいご春もたけなは
蛇穴を出てみれば改元
新元号の五月はじまる


望月士郎
しらすぼし知らない人の死亡記事
あおぞらへ蝶ゆく白紙委任状
囁きにふりむくさかな夕桜
春雷の髪から出てる白い耳
そらいろの空はだいろの人はるうれい


井口時男
寒明けて焼酎臭い死が一つ
幼さぶ母よかたかごの花藉いて
日暮し坂に春愁灯る影ふたつ
花びら踏んでこちたき鳩の急ぎ足
柳絮飛ぶ水路の町の逆光に


青木百舌鳥(夏潮)
連なれる白き遠嶺や畦を塗る
ぬめ革のてかりに畦の塗りあがり
彩雲や午前に畦を塗り了り


花尻万博
船頭の歌尻追へる蝶無限
口熊野に宿取る蜷の道踏みて
蘖の森の迷ひ路紀伊夜汽車
耕して喜雨の後手造り柄杓試さむか
遠足の声聞く鬼の蛍光す
背中押すだけの役割鳥の親らも

2019年7月19日金曜日

令和元年 春興帖 第九(羽村美和子・小野裕三・山本敏倖・仲寒蟬・飯田冬眞)



羽村美和子
時代という名のあとさきを春嵐
かしこかしこ春あけぼのの標本木
花の夜の深みに沈む目安箱
留守居して満開の花に攻め込まれ
行く春の美貌の石をふところに


小野裕三
ウェールズ地方に雨のある立春
古書店に明かり立ち込め春朧
春浅き紐をきしりと結びけり
清潔な校舎春雨は寡黙な雨
どこもかしこも水面並べて春行けり


山本敏倖
冴え返る手のひらにあるマチュピチュ
風光る縄文土器の破片かな
水底のモネの色揺れ蝶生まる
花冷えや鱗びっしり通せんぼ
陽炎の第二関節調教す


仲寒蟬
色塗つてやれば回りぬ風車
裏の砂透けてゐたりし桜貝
鞦韆のまだ揺れてゐる夜の闇
山の端に雲の混み合ふ仏生会
遠目にもクレソンの沢輝ける
わが影の外へ散りゆく蝌蚪の群れ
高原を来て春星の名を知らず


飯田冬眞
パイプ椅子たたみ終へれば春休み
封鎖せし町よ酸葉の赤き揺れ
どら焼きの歯ざはり八十八夜かな
問ひかけて飲み込むことば蜷の道
石楠花の白に囲まれ喉渇く
ざうざうと罪を負ひたり熊谷草
背伸びして覗く巣箱よ朝な朝な

2019年7月12日金曜日

令和元年 春興帖 第八(内村恭子・林雅樹・神谷 波・北川美美・中村猛虎)



内村恭子
鳥のごと石油掘削機の春愁
パイプライン春の原野を貫きて
蜃気楼海上プラントの遥か
夕凪をタンカーのゆく遅日かな
タンクローリー銀色に風は春


林雅樹(澤)
恋猫や煌々として花やしき
回春の妙薬は砒素木瓜赤し
妾宅の猟奇殺人濃山吹
朧月屋形船にて乱交す
国道に馬牽く人や春の雲


神谷 波
たんぽぽの絮吹きをはり走り出す
宮殿の男手に手にチューリップ
用忘れ花に見とれる二階かな
さくら散る夜と昼とのあはひかな
改元初日うぐひすは普段通り


北川美美
春陰の臨月となる妃かな
魚屋が逗子駅前に桜海老
青山椒一合半の米を研ぐ


中村猛虎
意地悪なこの意地悪なチューリップ
靴裏の紅きヒールや夏燕
褒められる事なき齢鳥曇
骨壷の蓋開けている蛍の夜
残雪や賽の河原に石を積む

2019年7月5日金曜日

令和元年 春興帖 第七(木村オサム・真矢ひろみ・水岩瞳・家登みろく)



木村オサム
掬ふたらけむりになりし春の水
天界の耳を咲かせる大桜
あさっての真夜が見頃と桜守
モザイクをかけられし村春の風
満開の桜の下の手術台


真矢ひろみ
還るのか産むのか春泥キラキラす
にがよもぎ高音伸びる初音ミク
県道に大蛙をり海苔弁当
 

水岩瞳
初蝶や犬の鎖を解き放ち
若芝の真ん中猫が座を正す
昇降機途中で止まる三鬼の忌
わたくしも二つのおもて月日貝
ゴールデンウイークお出かけは三千歩


家登みろく
戯れて拗音多き春の泥
蘖や人の世を捨て人となる
そぞろ神枝垂桜を揺らしづめ
あてどなき旅の途桜また桜
空磨くごとく手を振り昭和の日