2019年7月19日金曜日

令和元年 春興帖 第九(羽村美和子・小野裕三・山本敏倖・仲寒蟬・飯田冬眞)



羽村美和子
時代という名のあとさきを春嵐
かしこかしこ春あけぼのの標本木
花の夜の深みに沈む目安箱
留守居して満開の花に攻め込まれ
行く春の美貌の石をふところに


小野裕三
ウェールズ地方に雨のある立春
古書店に明かり立ち込め春朧
春浅き紐をきしりと結びけり
清潔な校舎春雨は寡黙な雨
どこもかしこも水面並べて春行けり


山本敏倖
冴え返る手のひらにあるマチュピチュ
風光る縄文土器の破片かな
水底のモネの色揺れ蝶生まる
花冷えや鱗びっしり通せんぼ
陽炎の第二関節調教す


仲寒蟬
色塗つてやれば回りぬ風車
裏の砂透けてゐたりし桜貝
鞦韆のまだ揺れてゐる夜の闇
山の端に雲の混み合ふ仏生会
遠目にもクレソンの沢輝ける
わが影の外へ散りゆく蝌蚪の群れ
高原を来て春星の名を知らず


飯田冬眞
パイプ椅子たたみ終へれば春休み
封鎖せし町よ酸葉の赤き揺れ
どら焼きの歯ざはり八十八夜かな
問ひかけて飲み込むことば蜷の道
石楠花の白に囲まれ喉渇く
ざうざうと罪を負ひたり熊谷草
背伸びして覗く巣箱よ朝な朝な