【夏興帖】
夏木久この坂は上りか下りかはイソップ
向日葵に黒子或ひは空似とも
間違ひは偶々月の無人駅
膨大な夜の片隅の腕枕
星月夜死後より椅子は徐に
明易し夢からの電話待つてゐて
裏窓をさも嬉しげに飛ぶドローン
山本敏倖10Bの金釘文字の暑さかな
六月の通奏低音あるかでぃあ
古代史の律令に穴紙魚走る
油蝉稲荷の裏の古代杉
水打って記憶の路地と路地繫ぐ
望月士郎毛虫焼くときもしずかな薬指
うす塩の空蝉カウチポテト族
黙祷のくびすじ夏蝶のつまさき
八月六日ふりむく街のみな双子
空席にハンカチのあり広島忌
【秋興帖】
曾根 毅露けしや苦しまぎれに抱きたる
紙おむつ穿き替えてから秋刀魚焼く
慰めにあらず日暮れの木守柿
辻村麻乃駅前が海になりたる台風禍
二代目は無口な店主貴船菊
鰯雲遠き街より暮れなずむ
山は我我は山なる野分あと
頭からがぶりと秋刀魚喰らひたる
仙田洋子トス高く上がりし空を秋燕
飛べさうもなき字の重さ蟿螽は
こほろぎの雌こほろぎの雄を踏み
明治神宮 四句
おほかたは莟のままの菊花展
菊花展もう飽きてゐる男の子
奉納の菊や明治の世を思ふ
奉納の懸崖菊の古びざる