なつはづき
青葉騒悲しいときは歯を磨く
風鈴や誰かの思い出にわたし
日雷荷台に剥き出しのギター
急に真顔ボートを揺らすひとことに
途中からハミングになるソーダ水
叶わないくちづけが浮く金魚玉
水中花ベッドの下という魔界
渡邉美保
葉桜のトンネルつひに抜けられず
鰺割きの欠けし切つ先晩夏光
川岸の流木を蟻走りゆく
前北かおる(夏潮)
二の腕をさはりにくる子早桃むく
コンビニのかち割り氷首にあて
地下の扉をひらけばごつた返す夏
浜脇不如帰
「じゅうじか」や百割引の鉄火巻
陽子にはまるでふれずに海水浴
打水や青信号で白いトコ
人力車いわしみず足す男梅
雲海は宙が自ら諦めた
むらさきの充つるイケイケ作り舟
梅雨茸は星をそこまで謳わずも
真矢ひろみ
タブーなる宴もたけなわ夏の月
俳句っぽい五七音字と夕端居
ひかがみと素数の陰の涼しさよ
西日よりはみ出る馬の真闇かな
あゝ会いに来てくれたんだほうたるよ
田中葉月
転居
短夜や隠れん坊のかくれをり
白鷺は西に十字を切つて行く
青胡桃とても大事な話など
空蝉に笛遠ざかる豆腐売り
海月浮く言葉足らずと言はれても
花尻万博
蝶舞ひて蝶の静けさお花畑
西日受け帽子の箱と目眩せり
蛇の腹縮みて四肢にあくがれつ
乱れ建つ門煙らする花氷
仲寒蟬
電線をたどれば海へ夏燕
平積みの箱敷きつめて麦の秋
ワイン庫の黴うつくしく午下り
燕子花水行く方へ人も行く
何ものとつかぬ足跡泉の辺
箱庭の海鉛筆を灯台に
ウェブ会議かすかに風鈴の音が
妹尾健太郎
風薫る脚立に立ったりしなくても
大小の対象のない烏賊泳ぐ
河童忌の銘々皿を銘銘洗う
其は回想シーンから入り来る凌霄花
後ろ頭に生涯浮かぶかの蝙蝠
椿屋実梛
五月雨や静かな曲を好みをり
歩ききてマスクの中は滝の汗
子どもらに思ひ出のない夏となり
鶴瓶落とし政府の愚策底のなし
井口時男
病葉やゲルニカに散る馬の首
青黴やルドンの目玉が闇に咲く
マスク流るゝムンクの橋の梅雨夕焼
ラスコーの闇の赤牛跳ねて夏
喪服脱ぐピカソの女夜の蟬
口寄せたまへば青白きかな夜の百合
こをろこをろと海かき混ぜよホヤ熱死
ふけとしこ
急坂や揚羽と同じ風をゆく
滴りに息継ぐ役行者かな
火の国の出自を言うて冷し酒
木村オサム
熟睡の脳の彩りところてん
ため息で膨らましたる蛇の殻
目薬をさして金魚の眼を思ふ
うなだれる神父クルスに羽抜鶏
向日葵を一つ残してシェルターへ
林雅樹(澤)
一向に鳴らぬ風鈴コロナ欝
ステイホームゴキブリを飼ひはじめました
へこみたるガードレールや夏休み
金魚釣る暗き屋内釣堀に
かまつてちよかまつてちよ首筋に汗
小林かんな
昆布刈る父は舳先に子は艫に
林蔵の歩いた大地てんとむし
オホーツクと叫ぶ先陣雪渓を
泉へのこみち白樺ダケカンバ
蝦夷富士のてっぺん見えてハンカチ干す
岸本尚毅
咲いてゐる薔薇あざやかに草いきれ
軍艦の入り来る港花氷
病葉や整然として芝淋し
富める祖父やさしき父や避暑たのし
鏡台の横なる避暑の男かな
七夕のものゆさゆさと風の中
蜻蛉飛ぶ頃となりつつ薔薇園も