2021年3月12日金曜日

令和二年 冬興帖 第七/令和三年 歳旦帖 第八(岸本尚毅・浅沼 璞・眞矢ひろみ・加藤知子・水岩瞳・下坂速穂・田中葉月・林雅樹)

【冬興帖】

岸本尚毅
波立てて遊ぶ我居る柚子湯かな
陽気なるもの冬雲とアドバルーン
霜柱舐めたる如くつややかに
冬晴の雲の曳かれてゆく如く
何淋しとてにほどりの淋しさは
子供らはひねもす墓地に落葉蹴る
もの買へばサンタクロースお辞儀して


浅沼 璞
鹿の顔に似た人もゐて牡丹雪
排水のほそぼそ氷る山羊の舌
永遠に笑窪はマスクしてゐたる


眞矢ひろみ
世の果にただ佇つちから寒昴
あゝ皆んなここにいたんだ枯木立
彼の世より生前葬の寒牡丹
水鳥はその水影に溢れをり
東京湾に鮫真白き腹見せり


加藤知子
尊きは致死量の青ふゆ空の
冬の陽をこばむひとだまには目薬
ひとだまや冷たき恋に触れてみる
雪獄の総監室へひとだま燦


水岩瞳
絶版といふも冬めくもののうち
喜怒哀楽すべて眼に込め白マスク
十二月八日塩つぱい握りめし
一撃す今年傘寿の牡蠣割女
毛糸編む行きつ戻りつして未来


下坂速穂
梟や古地図と古地図見比べて
水涸れて木に真直な影が沿ひ
風の色日の色雨色の落葉
伐られたる木が残る木へ雪降らす


【歳旦帖】

田中葉月
吉原のお栄の眼差し遠い火事
黒豆や肩までつかつてコロナ風呂
くれぐれも御自愛ください芹なづな
去年今年流れる砂のごとくあり


林雅樹(澤)
家人呼べど応へぬ鏡餅に罅
『ヴィルヘルム・マイステルの遍歴時代』読み始む
初売りの商店街琴の音流れ人はをらず
 

岸本尚毅
雲高く浮かび裏白よく吹かれ
薔薇園に薔薇の落葉や初雀
初鴉頭小さく飛び去れる
窓大きく開けて初荷の運転手
青き空つづく長途を初荷かな
幹部諸氏マスク大きく初句会
初場所の腹をゆたかに仕切りけり