2021年11月26日金曜日

令和三年 秋興帖 第二/夏興帖 補遺(杉山久子・神谷 波・ふけとしこ・依光正樹・依光陽子・佐藤りえ・筑紫磐井)

【秋興帖】

杉山久子
何憑きし顔か葛の葉より女
夢に鹿森を生やして去りにけり
蚊の目玉スウプ一匙秋深し


神谷 波
口を開けるのもめんどくさい残暑
大雨の後勢揃ひ曼珠沙華
アフガンをぞくぞく脱出あかとんぼ
 明日は雨らし
ひかへめな嫦娥の艶や十四夜


ふけとしこ
あかちやんがバンザイしたよいわし雲
着崩しにしてもやりすぎレモン切る
団栗が降るぞ逢魔が時なるぞ


【夏興帖】

依光正樹
鳥どちの若葉の中に光りけり
だんだんに老いし掌芒種かな
海に来て蚊遣の淡き色を見て
花茣蓙の上を走つていく子かな


依光陽子
初蟬や樹齢等しき埋立地
新月に蟬と生れしか啼いてみん
夕立や手前の雨と奥の雨
逃したる鳥に囲まれ西日の家


佐藤りえ
青芝を転がつてゆく児童ふたり
芭蕉葉の奥釣り人の二三ある
審判も汗拭いてゐる草野球


筑紫磐井
遠い青春 美男美女美女避雷針
座談会に不遜なままでチエホフ忌
  しばしば小諸に行ったっけ
美美のなき夏来たり夏逝きにけり

2021年11月19日金曜日

令和三年 秋興帖 第一(仙田洋子・渕上信子・妹尾健太郎・坂間恒子)



仙田洋子
うさぎ小屋のにほひのむつと休暇明
ちちははの家の昏さや葛の花
チェンバロの音やんでをり秋の昼
空瓶で殴るせつなさ秋の浜
秋の蟬土蔵に罅のはしりけり
秋暑し墓地分譲の旗残る
踏切のかんかん鳴るや秋の暮


渕上信子
女郎花テレビ会議の背景に
秋の雷「昭和史」はいまB29
その花を想ひ出しつゝ石榴の実
コロナ禍や墓参叶はぬ今日子規忌
監督の名はMuscat美味しさう
彼岸花盛りを過ぎて鳶高し
長き夜の手紙の末尾with love


妹尾健太郎
旅ゆけば柿が鈴なり遠州路
打つ時を虚空へ飛ばす添水かな
藪枯何の倉庫か聞いたよな
いつからと思う時から虫の時
昼を君と何にもかむらない紫苑と


坂間恒子
曼珠沙華鉱毒事件おわらない
野牡丹の真昼を走る亀裂かな
夕暮れの鶴一羽いる違い棚

2021年11月12日金曜日

令和三年 夏興帖 第九(妹尾健太郎・渡邉美保・下坂速穂・岬光世)



妹尾健太郎
はるばる来たる祭の鼻の穴
そらまめのそらしどれみふぁそらのいろ
下り来て後ろびっしり蕗の丘
辣韮にチャンスとピンチある如し
縦のもの横にしてみる大暑かな


渡邉美保
完熟のパイナップルにある狂気
空蟬の背に仁丹を詰めてみる
瓜漬の真青なる色露伴の忌


下坂速穂
宿へゆく道にいくつか鮎の宿
箱らしきものを並べて鮎の宿
汗拭いて露地に昔を見てをりぬ
白雲の灼けて真白き雲になる


岬光世
サングラス掛けて娘の手を借りぬ
甘辛くにほふ川風アマリリス
枇杷の実の熟るる家なり立ち寄らず

2021年11月5日金曜日

令和三年 夏興帖 第八(ふけとしこ・林雅樹・家登みろく・小野裕三・池田澄子)



ふけとしこ
かはせみの切手で返す夏見舞
向日葵の丈や線状降水帯
行く夏をウバタマムシの長き擬死


林雅樹(澤)
犬の首輪光り新樹の夜を過ぐる
草いきれすごいマスクを外したら
虫入り放題破れし網戸より


家登みろく
二つ三つ氷菓家路を急がるる
影向の松片蔭といふ御加護
をぢさんはかつて小次郎捕虫網
驟雨去り驟雨のやうに街始動
夏雲潔白行くべき道は知らぬ道


小野裕三
サイダーの溢れ出したる希望かな
こいのぼり方向音痴でも愉快
宵祭本祭とも小雨かな
三伏の白きも黒きも放し飼い
「ぜんぶ嘘」プールサイドに告白す


池田澄子
災害級大雨予報以後涼し
蟬穴に突っ込んでみし指を扨て
蓮つぎつぎひらきおらんと寝返りぬ
夕立の先ずは匂いを先立てて
夏野あぁ光の匂いとはこれか
暗い目という比喩にまた夏は秋
無花果裂く我が生誕の覚えなく