2021年12月31日金曜日

令和三年 秋興帖 第七(依光正樹・依光陽子・渡邉美保・辻村麻乃・網野月を)



依光正樹
秋の蟬雨の間を少しづつ
行列が出来るパン屋も秋のこゑ
肌寒の着るべきものを腰に巻き
朝寒の小鳥の寄つて来たる家


依光陽子
刈り込んで金木犀や木の白き
秋蝶降下翅を失ふ日のための
無患子や木目を暈す雨の綾
木のかなた風のかなたの運動会


渡邉美保
露けしや夜の切株に棄て鏡
秋深しガラスの兎の耳の欠け
秋惜しむ高野豆腐を煮含めて


辻村麻乃
爽籟や秘仏の眠る奥の院
砂利を踏む音の疎らや秋日和
秋蟬の地に木霊して神楽殿
生まれるか今生まれるか台風圏
時限爆弾の如き孕み娘秋の虹
観音のやうな稚児ゐて九月尽
皆どこか軋みを抱へ天高し


網野月を
開かぬように雌ネジを嵌める牽牛花
性別は別せぬものに星祀る
外連味は無くしてしまへ黄コスモス
何もない畳の部屋や秋座敷
浦和にも夜霧に礼を言う奴が
心臓のあたりの痛み山粧う
秋の蝶脚に加わる力かな

2021年12月24日金曜日

令和三年 秋興帖 第六(眞矢ひろみ・岸本尚毅・小沢麻結・下坂速穂・岬光世)



眞矢ひろみ
AIの狂走止まる芒原
柿剥けばしづかに充ちてゆくちから
古伊万里の秋の金魚になりすます
誰何受く昇りきったる銀漢に
水澄みて三千世界迫りくる


岸本尚毅
外を見る猫を我見る秋の暮
歯を見せて太刀魚長し鯛の辺に
日は釣瓶落しや蜂は狩りながら
信厚く羊羹食うて秋遍路
柿供ふ白く綺麗な空海に
這ふ蟻に熟柿の皮の裂目あり
帽の子に秋潮深く澄めりけり


小沢麻結
ドビュッシー聞こゆるロビー秋の夕
虫時雨二階の浮かみゐたるかな
実椿や渡し場跡は川遠く


下坂速穂
おはやうとおはやうさんと冬支度
深秋の紅き蕾や明日も蕾
花と花噛み合うてをる曼珠沙華
すぐそこのはるかな月の光かな


岬光世
葉を影に影を楓に秋澄めり
無風なる人を離れぬ蜻蛉かな
仙人掌の爪立つときを星流れ

2021年12月17日金曜日

令和三年 秋興帖 第五/夏興帖 補遺(中西夕紀・浅沼 璞・青木百舌鳥・中村猛虎・なつはづき・小沢麻結)



中西夕紀

帰燕ありいざ演習の帆をあげて
はびこるといふ生きざまの草の花
豊年や力士の坐る二人掛け
馬肥ゆる隣国の船領海に
火恋しジュラ紀の骨のレプリカと


浅沼 璞
校庭は初秋で顔は瓜実で
稲妻や川はロダンの如うねる
電柱も人声もなき良夜かな
蜩と見おろしてゐる甃
さはやかに原発近き機影かな
鼻唄の右へ右へと木賊刈る
曲がりしな振り返るなり穴惑


青木百舌鳥(夏潮)
隅つこの水引草ののびやかに
へびうりの尾がへびうりの名札巻く
蓮の実に空室ひとつありにけり
塵埃をひろく浮べて水澄める
木々の曳く蔭も光も秋深し


中村猛虎
栗飯や縄文人の眉太し
花野来て幽霊子育飴を買う
火葬場の跡地の紅葉紅葉かな
捨て台詞にまとわりついて金木犀
月連れてロードショーのドアの開く
ミサイルのスイッチ埋める秋渚


なつはづき
目的地付近のはずのつくつくし
二百十日ウルトラマンはすぐ帰る
三分で出来る合鍵桃熟れる
草の穂や幼くなりたくて眠る
濃りんどう沼に女の名が付いて
茨の実呼吸正しき人といる
秋蝶が最後に止まる革の靴


【夏興帖】
小沢麻結
うつし世の疫病あまねく夏祓
水中に飽いて金魚の泡ひとつ
風鈴を鳴らしサラリーマンの指

2021年12月10日金曜日

令和三年 秋興帖 第四(小林かんな・松下カロ・木村オサム・夏木久)



小林かんな
魚津港へ女ぞくぞく稲雀
ひるがえる袂よ月は天心に
翌朝は蜻蛉流す石畳
八山の雨を束ねて鵙高く
山裾はまだ色づかぬ七竈


松下カロ
欲ふかき両のこぶしの烏瓜
烏瓜アンダーライン錯綜し
不在票ちらつくあたり烏瓜


木村オサム
老人の後ろ姿の虫の闇
ほおずきや大きめの服たまに着る
秋の蚊のときどき混ざる円周率
穴まどひ森に死体の多すぎて
冬瓜の放物線がラストシーン


夏木久
黙祷の澄みゆく時を曼珠沙華
銀河辺り密やかに死を解凍す
蛍光色重ね傷付く葡萄の海
白朝顔海の底より忍び足
扇風機それは淋しき銀河船
声明を少し発条ある夜舟ゆく
死体より眼鏡離れて土星の環

2021年12月3日金曜日

令和三年 秋興帖 第三(山本敏倖・曾根 毅・花尻万博)



山本敏倖
蔦紅葉見えない惑星空間を縫う
美学とは鵙の贄への道標
自衛隊にワクチン打たれ秋暑し
遠近法の記憶の誤差は三日月
羊羹買って十一月に逢いに行く


曾根 毅
ふたたびの廊下の暗さいぼむしり
十哲か否か団栗こぼれざる
常世とや風に稲穂の奥座敷


花尻万博
木の国のどの速達も鰯かな
煙草吸ふ一はなやぎに霧の海
頂ける藁塚ばかり星零す
弔ひに入りし花野に残りけり
蔦渡る戦欲しさに蟷螂よ
俯けば昔を降らす木の実雨
色鳥の瑠璃羽見せて燃えにけり