仙田洋子
ありたけの椿と唇をふれあはす
見つめられすぎて椿の落ちにけり
うなだれて帰る子供や春夕焼
戦争の好きな人類鳥雲に
桜時雲の行方は知らぬまま
花鳥の声の眩しきほどに降る
好きなだけ大きな声を春の山
仲寒蟬
まだ風呂を出て来ぬといふ受験生
だんまりの二三羽混じり百千鳥
望潮ハワイ年々近づき来
湖からの風まつすぐに雛の市
春昼を行く半分はすでに死者
春愁にベートーヴェンは重すぎる
碩学の朝の日課や目刺焼く
坂間恒子
きさらぎのキリンとキリンすれちがう
モラトリアム同士擦れ合う春の小島
教科書にアンネの隠れ家鳥ぐもり
【歳旦帖】
林雅樹(澤)
田向ふの家に客来る二日かな
がうがうと川の堰鳴る二日かな
手斧始建築関係者挨拶
水岩瞳
モーニングAで始まる四日かな
破魔矢の鈴鳴らして行くや肩車
田づくりの命クルミと絡み合ふ
佐藤りえ
画布延べて木枠を乗せる去年今年
ささくれし廊下のむかふ初湯あり
ゲンセンカンに初刷りが五年分
筑紫磐井
初鴉・初鴉・初鴉・初かけろ
ひめはじめおとこはじめもありぬべし
叔母さまは坊主めくりが大好きで
【冬興帖】
松下カロ
凩や夜の画集の焚刑図
川下の濁りと思ふ柚子湯して
楔形文字寒林の男たち
妹尾健太郎
躍り出て踏みまちがいのごとき鮫
二つ目にする咳も芸のうち
極月のどこもかしこも駐車場
しかないしかない寒月のインタビュー
人身のどれもが零しゆく榾火
堀本吟
風花は谺のように水琴窟
雪女郎うきうきそしてとげとげし
寒卵ほんのり赤うなる手指
【歳旦帖】
依光正樹
子を膝に抱いてしづかや年用意
年の瀬の夕べのマスク取り替へて
年の湯や湯舟に柚子のあるごとく
年の花鉢のひとつを取り込んで
依光陽子
小食と大食と年逝かしむる
高々と焔を立ててゐる餅ぞ
言の葉の塔に鳥来る初景色
大鷭の声のみじかき淑気かな
竹岡一郎
迎春の梯子を崖に立てかける
毒を盛られた友の遺した年賀状
人日や予言てふ計画を売る
買初は晶洞眠る山一つ
山始烏に捧ぐ餅純白
初機の音沁み込んで床百年
山神の頌めをる麦を鍬始
瀬戸優理子
元朝の嗽おおきく吐き出せり
初春の少年にやわらかき髭
作業着のまま駆けつける初句会
【冬興帖】
林雅樹(澤)
ブラックホールに吸はれ寒星減りゆける
アイドルカレンダーお渡し会の列にあり
マスクして私綺麗と問ふなかれ
行き会ひしコロナの精や聖夜の街
枯蓮の悄然として日本かな
水岩瞳
まやかしの団結のありブロッコリー
星の子と手羽先食べる聖夜かな
山眠る懐紙小さく折りたたみ
バケツだけあつて此処です雪達磨
鬼やらひ鬼に妻いて子だくさん
佐藤りえ
なめて世を慰めてゐるしぐれかな
葛に喉ごくりと鳴らす近松忌
主はきませり韜晦室の暗夜にも
筑紫磐井
ひと時雨あとで花やぐ美美の忌
何もなくてもこの一月の星凄し
滅亡の狼 兜太・敏雄も我も詠む
【歳旦帖】
浅沼 璞
初日さす褥や虎の大あくび
初夢の色はだんだん宙に浮く
双六の無重力めく入歯かな
眞矢ひろみ
初風の欠片となって走りけり
笑初してパスワード思い出す
大笑の死顔を練る初鏡
うつし世にながらふは意地手酌屠蘇
初句会妖人奇人税務員
下坂速穂
何処よりも樹下の明るし初雀
輪飾りの昔も今も鳩の街
夜更かしをして早起きの足袋を履く
辰巳の名露地に残して松過ぎぬ
岬光世
天平の調べ降り来る淑気かな
三味の音と女礼者へ出す珈琲
黒塀の店おほき坂餅の花
【冬興帖】
下坂速穂
鐘が鳴る方へ向かへば冬日和
閉ざされて冬あたたかな子規の家
町棲みの永き雀に冬日の斑
探梅や遠き世の人思ひつつ
岬光世
かくれんぼ寒の足音聞き分けて
荷物なく乗る歳晩の列車かな
柔らかくさがす糸口毛糸玉
依光正樹
父の忌のゆりかもめの眼怖ろしく
霜晴の手紙を待つてゐる時間
初雪のもう暮るるなり吾も暮るる
淋しさは氷の溶けてゆくときも
依光陽子
仰ぎたる雲に底辺一の酉
冬枯や生えて来し尾に模様なく
葉表の埃をぬぐふ湯冷めかな
日の枝の始点終点冬の禽
竹岡一郎
鳥沈む森の救ひは白い橇
亡八の笑み神留守の薬売
十二月八日渦とは逆にまはる膂力
大金庫以外廃墟の冬館
幽世を罵る舌の寒の黴
出ておいで井戸の縁には髪凍てて
寒烏群るるは巨き柱を宙へ
瀬戸優理子
白鳥の胸を汚して先頭に
おでん鍋孤独擬きが浮いてくる
地吹雪の出口嗅ぎつける狼
【歳旦帖】
渡邉美保
極月の極楽湯まで自転車で
イグアナの気分二日の日を浴びて
イヤホンの左を借りる初電車
曾根 毅
手水より伊勢海老のごと初氷柱
産み流す国の頭に雪降れり
破蓮神仏もまた破れたり
鷲津誠次
ふと浮かぶ一句小さく初日記
村いちばんよく泣く双子福寿草
初湯して推敲よもや捗らず
人日やタイムカードの打ち忘れ