2022年5月27日金曜日

令和四年 春興帖 第五(早瀬恵子・岸本尚毅・小林かんな)



早瀬恵子
侵攻や春の色が見つかりませぬ
明くる朝に祈りのバレーアンダンテ
昼顔のくちびる尖るウクライナ
春愁の地に描きたる赤い三角
つづれかなどこにも春は行き暮れて


岸本尚毅
空青し我をめがけて杉花粉
庭広く淋し子供はたんぽぽに
つややかに柱の映る甘茶かな
のみものにクリーム載つて夕桜
すべて過去スイートピーも何もかも
春落葉掃くや団栗現れて
菓子となるパンダの顏や春は逝く


小林かんな
シマフクロウまぶしさに耐え春に耐え
逃水いいえシマウマの縞
つちふってタンタンどうしても帰る
きりん発つさくら前線追いかけて
象の来たあの日もさくら咲いていた

2022年5月20日金曜日

令和四年 春興帖 第四(瀬戸優理子・鷲津誠次・木村オサム)



瀬戸優理子
塩壺の底に塩粒春吹雪
夕月のやさしき呼吸木の根開く
春眠の足りてまもなく降りる駅
引き返しふたつ買い足す桜餅
花の冷かたりことりと万華鏡
紙やすりめく北国の春鴉
春の闇首の釦が弾け飛ぶ


鷲津誠次
うはずりて鶏啼きなほし山笑ふ
無骨なる石室照りし枝垂れ梅
草青む測量士らは肥満気味
花冷えや家宅捜査の段ボール
空爆に高き産声木の芽雨


木村オサム
春だぞと言われあわてて埴輪顔
入学子からまず猿をつまみ出す
うすらひを越えていつもの精神科
やる気ない社員の背のヒヤシンス
四月馬鹿曲げたスプーンでカレー食う

2022年5月13日金曜日

令和四年 春興帖 第三(花尻万博・望月士郎・網野月を・曾根毅)



花尻万博
長々と褶曲に生き蝶々らは
蜂の尻花の深さを出入りす
唇に人だけ透けて暖かし
おたまじゃくしに包まれる飴の色
鬼の子の位置ずれてゐる朧かな
背を追へば蝶々にも生の速さ


望月士郎
白鳥帰る青うつくしくくちうつし
消印は 三月十一日海市
朧夜を歩く魚を踏まぬよう
月おぼろ幻獣図鑑に「ヒト」の項
フラスコの中のふらここ少年期
赤い風船青い風船口結ぶ
永き日の砂丘の砂時計工房


網野月を
黄水仙自由身勝手独善者
パドドゥの老いの夫婦や春の泥
上あごに海苔張り付くや握り飯
桃東風や迷つて頼む興信所
啓龕や花屋の釣りの濡れてゐし
佐保姫の乱と言うには咲き降り
横流るのぞみの窓の穀雨の雨


曾根毅
虚空蔵曼荼羅蝶の舞いはじむ
緋牡丹や閻魔の筆の柔らかく
戸袋の見え隠れする春の雷

2022年5月6日金曜日

令和四年 春興帖 第二(なつはづき・山本敏倖・杉山久子)



なつはづき
ぼたん雪碁石を打つように余命
建国日癖毛をまっすぐに伸ばす
安吾忌や言葉くしゃりと捨てる夜
羽衣の影を映して春の水
毎日が誕生日めく雪解川
モビールの影揺れている蝶の昼
蛇穴を出る親知らず抜きに行く


山本敏倖
花の冷埴輪の馬の濡れている
曇り空をだまし絵にする杉花粉
感情に目あり耳ありおぼろあり
陽炎の影法師なりカンツォーネ
花筏古今集より流れ出る


杉山久子
鳥雲に帽子ケースの中真青
うららかや最後はぱふとマヨネーズ
てふてふやコトノハいつも追ひつかず