2022年6月24日金曜日

令和四年 春興帖 第九(下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子)



下坂速穂
木の痕に空の広がる余寒かな
猫柳きのふゆきすぎたる路の
朝見て夜見つめたる雛かな
目刺焼く夜の青空を帰り来て


岬光世
花の種蒔きし故国の土の色
首ちぢめ漕ぎ続けたり半仙戯
春塵や風切羽を授かつて


依光正樹
黄梅や運河にひとつ灯あり
料峭や訪ねあてたる寺ひとつ
髪切つて自由になりし春の雷
春昼の喉にやさしきレモネード


依光陽子
犇犇と紅梅の咲き古びつつ
春の死を鳥の遺した羽根で弾く
新月のあるべき空や鳶の巣
ぱつと開くと同じ頁の春深し

2022年6月17日金曜日

令和四年 春興帖 第八(堀本吟・高橋修宏・小沢麻結・浅沼 璞)



堀本吟
みどりの日シルバーワークへ通うらん
万能のおむすびの味春ならん
侵攻や海市も的になるならん


高橋修宏
一列の戦車の終わり見えず春
春昼の微塵となりしかみがみよ
花よ鳥よ消えてしまった子どもたちよ
来るはずのなき姉を待つチューリップ
恋猫を追うや性別など捨てて
春の風邪やがては蝶となる話
蝶に問う道の終わりのその先を


小沢麻結
車捨て歩み行くなり春の雪
世を探る二股の舌蜥蜴出づ
おばさんは転居土筆は伸び放題


浅沼 璞
まだそこに救急車ある蝶の昼
弁当も雲もあまりて春の丘
中腰の人ばかりくる沈丁花
裏門を平たくぬけて卒業す
濡れながら人見おろせる柳かな
片栗の皆すなほなり反り返る
手放しの手話で咲かせる花みづき

2022年6月10日金曜日

令和四年 春興帖 第七(ふけとしこ・前北かおる・松下カロ・渡邉美保)



ふけとしこ
印影も記憶も薄れ春の鴨
菫濃し手に載るだけの石拾ひ
須磨浦や菫に風の吹きつけて


前北かおる(夏潮)
着陸の窓を引つ搔く春の雨
うららかやへうたん島の滑走路
モッツァレラチーズのピッツァフリージア


松下カロ
青き踏むビロードの中国靴で
たんぽぽの絮ことごとく川へ落ち
建てるため何か壊して春の丘


渡邉美保
透きとほる幻魚の干物春北風
くろもじでつつけば鶯餅の鳴く
下萌えや置きつぱなしの絵具箱

2022年6月3日金曜日

令和四年 春興帖 第六(眞矢ひろみ・竹岡一郎・ふけとしこ)



眞矢ひろみ
親ガチャに子ガチャと応ふ夜鷹かな
山雀の籤映る眼の恐ろしき
うららかに無用のありぬ橅林
春暁の夢の小径を瑠璃の象


竹岡一郎
涅槃会の鏡の夢が淵の渦
半生をよくぞ薄氷歩み来し
花篝散らす女系の血の鱗
反橋の頂きに照る花衣
空海忌印やはらかく結ぶべし
刃を入れて貝の震へを聴く暮春
惜春の蹄を支へ崖の意志


ふけとしこ
印影も記憶も薄れ春の鴨
菫濃し手に載るだけの石拾ひ
須磨浦や菫に風の吹きつけて