【春興帖】
山本敏倖
春うらら四分音符らと街へ行く
青だけの空に貼りつく飛花一片
骨格に浮力を付ける花明かり
陰陽はとろいか春の腹話術
ぎやまんの奥の奥へと麦を踏む
小林かんな
弁財天へ橋もり上がる花筏
物種蒔くこの地に都永くあれと
大陸の裳裾を絡げ潮干狩
ひこばえる命婦侍従のみな低く
峡越えくる田螺売も花嫁も
浜脇不如帰
十字架は花火かバラエティ豊か
脇にキズ鮎にカルシウムが足らず
扇ぷう機それが自転の精一杯
じょうねつが炎えさかるほど水鉄砲
はれわたる月水金の雪解富士
空腹が兄弟のいくさを起す
「十」が天圀江の鍵やおとしぶみ
仲寒蟬
梅嗅いで発掘現場へと通る
夕桜旗亭に死すと年表に
クラスには翔平ふたり入学す
二流国などと自虐を目刺食ふ
亀鳴くや原子炉は地にうづくまり
春眠や涎たふとし老僧の
林檎咲くロシアを嫌ひにはなれず
【春興帖】
杉山久子
鳥の巣を垂れて何やら赤きもの
就活も終活もして四月馬鹿
人類に少しの未来桜咲く
小野裕三
垂直に水音溜めるチューリップ
卒業の足踏ん張っていたりけり
遠足の螺旋階段下りていく
七色のうちのひとつが桜鯛
惜春のカレー魔術のごとく煮る
神谷 波
宿り木の吐息のやうなもの余寒
ぐらぐらと湯が沸き恋の猫の声
猫だつて首を傾げる紫木蓮
花過ぎのコンクリートの上に蚯蚓
ふけとしこ
鳥雲に御納戸色の栞紐
箒目の深きところへ落椿
落椿玄武の首に載るもあり
【歳旦帖】
筑紫磐井
初芝居洒落にもならぬ澤瀉屋
山だけが宝や信濃一月は
ひとすぢの背筋あふれ初山河
鷲津誠次
数え日の叔父は懲りなく旅支度
悪友の喪中葉書や年詰まる
社宅にはひとつの灯り大晦日
靴溢るる子ども食堂福寿草
【春興帖】
仙田洋子
春装の一歩大きく踏み出しぬ
自転車の上ゆさゆさと桜かな
夕桜山姥も髪なびかせて
夜桜や母にあやしき血の流れ
夜桜や首吊る縄のぶらぶらと
夜桜やふつふつと血の沸きはじむ
春の水十指を抜いてしづかなり
大井恒行
降るはみな花にはあらずきのこ雲
林檎の花かの痛点に至りけり
水際にかげろう白き花ゆすら
【冬興帖】
五島高資
縄跳びや夕日のあとに誰か入る
水けむる川を見ている遅刻かな
狐火のかなた電気のとどこほる
泣きながら天ぷら揚げる冬茜
シリウスや身ぬちに炎抱きたり
小野裕三
目撃者だけを集めて兎狩
空港に狐火混ざる帰国便
決戦のように並んで冬薔薇
白菜を祝うがごとく抱えけり
赤い陽の赤い毛布の赤い人
鷲津誠次
湯気立てて父母に捧げん私小説
吾子のため童話を紡ぐ冬銀河
大寒の朝湯賑わう介護園
定年まで指折る日々よ川千鳥
依光正樹
初空のひるがへりたる砂時計
年の瀬や打ち残しある寺畑
見渡してまた家々の年詰まる
ひとりづつ枕のありて年の逝く
依光陽子
親指が剝いてゆきたる蜜柑かな
粘菌のやうに光らむ初御空
火の熱く煙の寒き伽藍かな
単音も和音も寒し耳は海
佐藤りえ
大年を歯痛と供に越えゆけり
歩調稍はづんでしまふ年の朝
音もなく犬の睫毛に暮れてゆく